53.エア・セカンド
「若いな。」
夜には眩しい銀色の輝きを放つ刀を構えながら、老剣士は私のほうへ飛び掛かってきた。
もう何回も見てるからこの後も大体わかってきてる。
私は後ろに少し飛ぶ。
「……!」
老剣士の刀の振りには過程がない、振っている姿が目では捉えられないほど速い振り。
だから振られる前に予想して避ける。
おもいきり飛ぶのではなく少しだけ飛んで避けるのは、体力の消耗を押さえるのとカウンターできる距離に入っておくため。
「そうか。」
やっぱり私が飛んだすぐ後に、老剣士は目で追えないほどの速さで振っていた刀をピタリと止めた。
すでに私の足が地面についているのも察しているわね。
空気を飛ばしても、もう一歩下がれば避けられる。
だからピタリと止めて別の動きに変えようとしているのだわ。
「―!」
思っていた通り、もう少し強く一歩飛んできた。
距離を詰めたうえでの速い攻撃は、判断の時間が少ない。
だから私を大きく飛ばせることができるはずだとでも思ってるのかしら。
「逃げないわ」
来るのは横振りか突きしかない。
縦は上に飛ぶのを防いで横に行かせれるけど、横振りの後は突きよりも振るのに時間がかかるし、仮に縦がきた場合は横に飛んで攻撃できるから、こっちが得するわ。
「ほう―!」
突きだ。
引き込まれて硬直しそうなほど鋭い突き。
でもこれも避けられる。
私は体を逸らして躱す。
「んっ!」
「……!」
横振り。
だけど私の足は地面についたまま。
今の攻撃に対して飛ばなかったからこそ、この攻撃は簡単に避けれる。
「―!」
思ったよりも振りが大きい。
これなら攻撃できる。
着地と同時に飛び掛かれる隙がある。
「ちがう!?」
空気斬りか、もう一歩後ろに飛ぶか。
風圧、体がだんだん押し退けられてる。
風で空中高く吹き飛ばし、身動きを取らせなくする気だ。
そうなったら、確実に斬られる。
「―だったら!」
私は吹き飛ばされる前に後ろに体を傾けて飛んだ。
上にさえ行かなければ動ける。
だけどそれだけじゃない。
「いける」
浮きながら体を前に傾けていく。
この避け方は想定外だったようね、老剣士は剣を振り終えていない。
今が攻撃するチャンス。
「―!?」
着地と同時に強く地面を蹴れない。
すでに刀を構えて、待っている。
このまま攻撃してもカウンターで斬られるだけ。
これも読んでいたのか。
「なんでよ……」
「賢明だ。」
攻撃する隙が無い。
それどころか攻撃することこそが死を意味している。
今までの動き全てを老剣士は読んでいた。
私がここで攻撃したくなるように、わざと隙を作った。
「違う……そこまで悪くないわ」
「ほう。」
攻撃は避けれた。
老剣士が攻撃をわざと外すことなんてしない。
斬れるならとっくに斬られてる。
あれはわざと隙を作ったわけじゃない。
どんな場合でも行動できるように備えているということ。
「……厄介だわ」
飛び方が上手くなってきて少しは戦えると思ったけど、全然遠い。
老剣士は私より遥かに上だわ。
「……。」
「……無理」
先に仕掛けるというのも何回か考えたけど、一瞬の駆け引きで勝てる気がしない。
でもこのまま避けてばかりじゃ、夜が明けてしまうわ。
「ゆくぞ。」
「っち」
やっぱり最初の攻撃は同じ、こっちに飛び掛かってくる。
あれはもう後ろに回避するしかない。
「……!」
「突き!?」
私が後ろに重心を傾けた瞬間に持ち替えた。
今まで振ってきてばっかだったから油断してたわ。
「間に合え!」
急いで重心を横に向け、飛んだ。
刀が胸にぶつかる擦れ擦れで避ける。
「そこだ。」
「やっぱりね」
突き切る前に刀を止めて、横斬りに変えて私を追撃。
だけど体勢はもう治ってるし、足もついてるから十分避けれる。
「―・――・―――・」
「!?」
なにこれ。
老剣士の刀の振りがだんだん遅くなっていく。
どのタイミングで飛べばいいの、わからない。
……いや、見切ればいいだけ。
速くなった瞬間に飛べばいい。
「そうじゃない!」
すでに刀はすぐ近く、私は後ろに飛んだ。
あれは普通の剣じゃない。
あれはどんなに遅くても簡単に私を斬る。
「……!」
「速い!?」
また突き、しかも私はまだ着地してない。
今の攻撃のせいか余計に速く感じるし、感覚が合いにくい。
でもギリギリ避けられる。
「っっ!!」
横に体を傾けて躱しながら、着地。
これはかなり攻めた攻撃だった。
だから大きな隙が出来ている。
「なんでよ!」
「若いな。」
私が踏み込もうとした寸前には、老剣士は刀を構える手前だった。
あまりにも立て直しが早い。
わずかな隙しかできないし、ここを攻撃しても斬られる。
「ゆくぞ。」
「っち!」
すかさず斬りかかってきた。
また私は後ろに避ける。
そして追撃が来る。
それも避ける。
「……!!」
「またきたか」
私が後ろに飛んだ瞬間に、老剣士は大きく踏み込んで斬りかかってきた。
これも私がギリギリ避けられるくらいの攻撃。
そんなもの、同じように避けるしかない。
「……」
「!?」
フェイントだ。
引っかかって飛んでしまった。
まずい。
「さすがに読んだ。」
「そうか」
慣れてしまった。
同じことばかりしていたせいで、感覚が自動で反応した。
それが狙いだったのか。
「止まった?」
そうか、偶然だけど私は飛びすぎていた。
刀が届かない距離に到達していたのだわ。
でもすでに老剣士は次の攻撃態勢に入ってる。
「……!」
着地と同時くらいに斬りかかる攻撃だわ。
だけどこれは少し遅いし、食い気味すぎる。
私は着地とともに、正面から高速で斬りかかってくる老剣士のほう一歩飛んだ。
「そう、これなら」
あの速さなら上に飛んで頭を斬れる。
私は老剣士のスピードに合わせて踏み込む。
「だろう。」
「―!?」
老剣士が突然減速した。
飛んだところを斬るつもりだ。
でももう踏みとどまれない。
「だったら」
私はより強く踏み込んで飛び、老剣士の頭上高く飛んだ。
前に減速しながらじゃ、急に後ろに飛べないはず。
冷徹で堅実な老剣士。
能力もシュロムにしては全てを斬れるだけというだけで平凡。
なのに戦闘の腕が桁違いだわ。
まさか、特殊能力じゃなくて技量で敵わないなんて。
やっぱり勝機が見えない。
「……。」
「きたわね……」
どれだけ避けても、隙を見つけて攻撃しようとしても待ち構えられてる。
一発でも当たったら終わりだから余計に避けるしかないし、もどかしいわ。
でもそれはあっちも同じのようね。
「さっきから避けてばかりだな。女。」
「ええ、そうね」
防戦の一方。
だけど避けるのには慣れてきている。
問題はどうやって攻撃するか。
このまま避けてばかりでも埒が明かない。
「こんな相手は久々だ。」
「……」
「攻めていかねばな―!」
「な!?」
一歩での加速、二歩目はもう見えない。
あれが全速力なのか。
さっきまでとは桁違いだわ。
「そこね!?」
「……!!」
左わき腹らへん。
刀はもう振りかぶっている。
私は地面を蹴った。
「っ!」
刀は避けた。
次は空気の刃。
これも横に蹴って避ける。
「それは本命ではない。」
「そうでしょうね」
老剣士は私が横に移動したところを狙いすましていた。
私は体勢を少し崩している。
かなりギリギリだわ。
「!!」
老剣士は刀を振り下ろした。
それはやはり速い。
私は地面を蹴った。
「そこだ。」
「!?」
フェイントだ。
空中にいる私に対して老剣士は一歩飛び、刀を振り下ろしていく。
やばい、完全に見誤った。
この速さを想定できなかった。
「いや、まだ」
空中で膝を曲げ、着地。
そして地面を蹴って飛んで避ける。
ここにきてまた別の飛び方が浮かぶだなんて思わなかった。
「今なの?」
また老剣士に隙ができている。
しかも今回は、今までに比べてだいぶ姿勢が崩れているわ。
あの速さで動いたせいなのか。
「いけるかもしれない!」
私は踏み込み飛び掛かる。
老剣士は徐々に姿勢を戻していく。
もう一歩で様子見て、判断しよう。
老剣士が構えを取ったら、そこで踏みとどまる。
「……ない、いける!」
二歩目で大きく飛び、私は老剣士のすぐ目の前に向かう。
剣を振りかぶっていく。
あの腹を斬る。
「若い。」
「―嘘」
私が目の前に来てから、刀を構えている。
あまりにも早すぎるわ。
私がここまで食いつくのを待っていたってことなの。
ありえない。
「もらった。」
老剣士の刀の振りは速い。
どれだけ私が接近しようとも素手の振りと変わらないから、振りの速さじゃ敵わない。
だったらどうする。
「―ある!」
足が地面に触れている。
避けられる方向は……真上しかない。
重心が偏りすぎているせいだ。
「っいけ!!」
「む。」
三歩目、私は老剣士の頭上すぐ上に飛んだ。
でもそれは老剣士の間合いの中。
すぐに老剣士は構えなおす。
ここに飛んだところでこうなることはわかっていた。
でもこれしかなかった。
「さらばだ。」
嫌だ。
こんなところで終われない。
老剣士の刀が迫ってきている。
決して避けられない斬撃が、死が私を捕まえようとしている。
「まだ終わりたくない」
恐怖じゃない、湧いてきたのは怒り。
あれが近づいてくるたびに私の頭には血がのぼっていく。
剣柄がさらに硬くなっていく。
「なに。」
刀が一瞬揺らいだ。
その隙を私は逃さない。
「!」
体を捩じり歪ませ、刀を躱す。
それとともに剣を構える。
狙うは首。
「!!」
「わかっている。」
老剣士は的確に私の剣のなぞるであろう軌道を横切るように刀を構え、防御。
完全に刀を振り切ったくせに、構えなおすのはやはり速い。
「だが、わかってない。」
「なぬ!?」
フェイントだ。
完全に意表を突いた。
私は逆方向に体を捻じり回し、その項に剣を振り下ろす。
「!!!」
「っぬう!」
とりあえず、寝ます。
今回は長丁場だった。




