52.混濁を突っ切る
壁に囲まれた夜の町の中。
月光を反射する妖刀、風になびかない白髭。その男は袂袖に拭い紙をしまった。
「わかったかね。我が能力。」
「……」
一方で、向かいに立つ若い女は注意深くその刀を睨んでいる。
手で髪を押さえながら、亀裂が入っている洋剣を構えていた。
全てを斬る刀と何も斬れない能力。
それが合わせれば、無条件になんでも斬れる。
やっぱり理解できないわ。
「無駄話はここまでにしておこう。ゆくぞ!」
「……」
地面を蹴飛ばし、急速に私のほうへ向かってくる。
やはりその動きは滑らかで音一つ無い。
「遅い?」
銀の光がだんだん近づき、眩しくなっていく。
だけど、さっきに比べてかなり遅い。
普通の刀の振る速さだわ。
だったら後ろに飛んで避けるだけでいい。
「いや、違う」
フェイントだ。
この遅い攻撃は私を飛ばせるためのフェイント。
今のタイミングで飛んだら、空中の動けない状態で斬られる。
「なるほど。ならば―!」
「やっぱりそう来たわね」
瞬発的に強くなった銀の光が目を眩ませる。
刀の振りを加速させたわね。
避けるタイミングはここしかない。
確かに反則的な速さだけどそのぶん反動も大きく、あの攻撃の後は硬直する。
私は地面をおもいきり蹴り、高速で後ろに飛んだ。
「若い。」
「―!?」
刀がピタリと止まった。
私を飛ばせるために、刀を止めるフェイント。
ありえない、あんなに速いのを止められるわけがない。
「っく!」
老剣士は刀の先を私に向け、飛んできた。
真っすぐ私の心臓あたり、体の軸を狙って突き刺そうとしてきている。
絶対に避けさせない、仕留めるって感じね。
「でもそれくらいなら」
刀が近づいて刺さる寸前、タイミングを合わせて空中で回転。
これで避けられる。
そして遠心力とともにカウンターを入れる。
「ほう。」
「―なんで?」
そこにあったのは背中じゃない。
踏み込んでいる老剣士だった。
あのスピードで向かってきたのに、ブレーキ掛けれるだなんて。
しかも屈んでいるせいで、私の剣が届かない。
「さらば。」
「―!!」
頭で考えていてもこんなことはしなかった。
だけど胸を突き裂けるような恐怖のせいだろう。
私は老剣士を足蹴りした。
「なに。」
それは刀の側面にぶつかり、その反動で私は吹き飛ばされた。
にしても、あんなに動きが読まれてるだなんて。
いや、それ以上に緩急がおかしい。
「はぁ…はぁ……」
「う、うわ!」
何かにぶつかった。
でもそんなに痛くない、クッションかしら。
かなり勢いよく飛ばされたから助かった。
「重いぞ」
「……はぁ…はぁ」
やっぱり、シユウだった。
ってことはかなり遠くまで飛んだわね。
老剣士も影しか見えないくらいだし。
「おい、すごい汗だぞ?」
「え?」
本当だ。
心臓も叩き上げてくるし、だいぶ無理してたみたい。
頭はさっぱりしてるのに。
「そろそろ来るわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
押した手を掴んでシユウが睨んでくる。
その瞳はまったく濁ってない。
「わかったことがあるんだ。奴の刀と能力で」
「……なに?」
「奴は恐らく、刀の重さを変えられる」
刀の重さを変える。
意味が分からないわ。
だけど真剣な顔してるし、からかってるわけじゃないわね。
「……どういうこと?」
「や、奴の能力は斬ることを禁じる能力だろ。だからとんでもない体力を消費する妖刀を振っても、ピンピンしてる―」
「ええ、でもそれって関係な―」
「いや、そもそもあの妖刀はかなり重いはずだ」
「……」
「でも、奴の能力はそれをも無視するんだよ。だから―!?」
「……小僧、いい考えだ。」
「下がって、だいたいわかったから」
「あ、ああ」
私が戦っている間も、頭を使ってくれてたのね。
余計なお世話だけど。
「刀の重さを変える……厳密にはその度合いをも調整できるというのが正解だ。よくぞ見抜いたな。小僧。」
「でもその威力は変わらないってところだ」
「なかなかの洞察力。」
私を挟んで爺とガキが雑談してんじゃないわよ。
こっちだってもう少しでわかったし。
「っ……」
それに体震わせてないで、堂々としてなさいよ。
あなたなりに頑張ってるんだから、格好つけるところでしょ。
「安心しなさい。こんなジジイ、簡単に倒してやるわよ」
「そうか。」
仕組みが分かったところで結局は、振りが自由自在で人間離れしてるってだけ。
あとは刀に触れたら死ぬってだけよ。
他にも読みが私の比にならないし、攻撃する隙も無い。
「……っ」
だけど戦わなければ死ぬだけ。
やるしかない。
とにかく回避を優先しながら、隙を狙う。
今までと同じだけど、もっと回避を意識。
「ではいくぞ。」
「ええ」
「―!」
俊足から接近。
そして刀を振りかぶる。
この初撃を早く避けすぎても追撃されるし、タイミング計ってもフェイント喰らわされる。
だったらもう一つしかない。
「っく!!」
「む。」
もっと強く地面を蹴って、もっと速くして後ろに飛ぶ。
初撃の弱点は時間がかかってること。
その隙に力を溜めて、飛距離もスピードも上げられる。
「若い。」
「何それ」
私が強く飛んだ瞬間に、もう振るのをやめている。
そこも読んでいたってわけなの。
でもこの速さはついてこられないはず。
「……!……!」
「え!?」
一歩出した後にもう一歩蹴って徐々に加速。
だんだん私に近づいてきてる。
なんなのそれ、あんなの知らない。
技のレベルが私より遥か上だっていうの。
「だけどそれなら―!?」
手が痺れてる、動かない。
「…!…!」
リズムが変えて、一気に。
私が地面に足をつける寸前に、距離を詰めてきた。
ここで一騎打ちしようとしたのも読まれてる。
踏み込んで前に急加速する時間がない。
「くそ!」
私は軽く横に飛んだ。
あの速さなら急に横には移動できない。
とにかく今は避けるのが大事。
「、、、、、、、―!」
今度は何回も地面を踏んで徐々に減速、そして一気に加速。
なにそのステップ。
でもだいぶ余裕はある。
「見切った。」
いきなり斜めに飛んだ。
しかもそれは私が横に飛んだと同時。
こっちの動きを先読みしている。
「でも着地はこっちのほうが速い―!?」
足が痛い。
連続して飛んだせいだ。
だけど無理するしかないでしょ。
「っ!!」
私はおもいきり向かってきてる老剣士の真横を狙い、地面を蹴り飛ばした。
「そうか。」
通り過ぎる一瞬、老剣士は私を睨んでそう囁いた。
それで後ろを見たが、追ってはこない。
「っったい!」
壁はやっぱり硬いわ。
こんなのどうやったら斬れるのよ。
「……足が痺れるわね」
久々だわ、こんなに足が痛くなったのは。
というかなんで老剣士、俊足使えるのよ。
秘伝じゃなかったの。
「逃げるのがうまいな。」
「うるさいわ」
こっちだって逃げるのは嫌。
あの髭面を斬り刻んでやりたいのに。
全然、隙が無い。
「そろそろ飽きた。次でその首を刎ねよう。」
「ああ、そう」
また手が震えるし。
勝手に怖がってるんじゃないわよ。
体がついてこないから、こうなってるの。
……勝てる気がしない。
「ゆくぞ。―!」
一番初め、急激に距離を詰めてくる。
それはもう全力で後ろに飛ぶしかない。
「っっ!」
足の感覚が無くなってきた。
でもこれしかない。
「……!……!」
次は徐々に加速。
ここで一瞬を狙って、一騎打ちは不可能。
足が着く寸前に老剣士は来るから。
「…!!」
今度は両足踏んで、一気に飛んできた。
そうか、私のスピードが落ちてるのか。
だけどそれじゃ遅い。
「っあ!!」
横に強く飛ぶ。
もっと離れて、隙を探せ。
足なんてもはや関係ない、無いようなものだ。
「若い。」
「あれ?」
足がついてる。
あんまり飛べなかったのか。
両足を地面につけて止まった老剣士、こっちに刀を振ってきている。
間合いに入ってる。
ヤバい、避けないと。
「……。」
わずかな力しかない。
だけどそれでも。
「っ!」
ギリギリだけど刀を避けられた。
でも空気の刃が来る。
これは剣で防御、間に合わない。
「っあ!」
姿勢を変えながら、擦れ擦れで避けれた。
だけどこの後どうする。
次の老剣士の攻撃をどう避ける。
「あれ?」
まだ老剣士は刀を振り切ってない。
そうか、空気斬りって大きく振らないとできないのか。
だったら次はもっと楽に避けられそう。
「え、え?」
地面にもう足がついた。
しかも感覚が少しある。
老剣士の首も空いている。
―私は大きく地面を蹴り出した。
「!!!」
「なぬぅ!?」
くそ。
掠っただけだ。
後ろに飛んで避けられた。
せっかくのチャンスだったのに。
「いや、まだいける」
老剣士、体制崩してる。
今の攻撃は意外過ぎたんだ。
ここを追い打ちするしかない。
「っん!?」
足が動かない。
目の前に勝機があるのに。
くそ、なんで。
「ほう。そう来るとは。」
「……」
膝をついている私を睨むだけで、トドメを刺してこない。
やっぱりムカつくわね。
「やはり若いか。戦いの中で成長するとは。」
「……?」
なんのこと。
成長したって、どうゆうことよ。
今の攻防のことを言ってるのかしら。
満身創痍でギリギリだったし、なるようになっただけ。
足が痛くてあまり飛べなかったのに避けられた……いや、違う。
「そこまで飛べなくても避けられる……ってことだわ」
「……?」
ああ、なんで気づかなかったんだろう。
老剣士の動きをずっと見てたはずなのに、なんで私は学ばなかった。
つねに全力で飛ぶ必要なんてなかった、私は飛びすぎてたんだ。
「そうだったんだ……」
この跳躍にも度合いがある。
それを使いこなせば、今みたいに隙をつける。
この老剣士に届くかもしれない。
「もういいかね。」
「…………ええ」
老剣士はソフィのことを睨んで刀を向けるが、ソフィの剣の先は震えてはいなかった。
そしてその瞳は清澄であった。
「若いな。」
老剣士は濁った声でそう言い、斬りかかる。
そろそろバトルをやめたい。
というか、物語を入れたいのだよ。
でもバトルばっかなのよ。
ああ、こんなに強いキャラにするんじゃなかった。
ラスボスよりたぶん強いもん。




