50.逸らし斬る刃
月の光が届かない路地裏の行き止まり、その壁に染みついていた心地よい涙と嘆きが嘘のように消えていった。
俺の目の前に立っている二人の兵士はどちらも右手に輝く盾を持ち、兵士の姿をして、そして汚い歯をむき出しにして嗤っている。
「逃げた方がいいと思うよ?」
「分身したくせに、ウザさは倍以上だな」
一対二で相手の実力が正確にわかっていない状況。
認めたくはないが、奴の言っていることは正しいだろう。
でも絶対に逃げたくない。
「もしかして、戦うつもりなのかな?」
「ああ、そうだ」
「頭悪い? それとも目が悪いのかな?」
あんなに煽られても冷静でいる自分自身に驚くくらい、頭はさっぱりしている。
ここで逃げずに奴と戦うことは感情任せではないし、馬鹿になったからじゃない。
むしろチャンスだと思ったからだ。
「逃げてほしいのか?」
「いや?」
「じゃあ、決着をつけてやる!」
俺は剣を握り、奴のほうへ走っていく。
いまから斬られるというのに、左右両方ともあざ笑いやがって。
なんなんだこいつ。
「!」
右の奴目掛け、剣を振るう。
「馬鹿だね!」
「っ!」
俺の一撃は盾で受け止められた。
ソフィのやっていたように、盾を真っ二つとはいかないか。
「こっちを忘れんなよ!」
左の奴が盾で殴りかかってきた。
たった今、盾から伝わってきたばかりの振動と迫ってくる光に対して、体を震わせる暇もなく、俺は下がって避けた。
「くそ、思ったよりも厄介だな」
「二人だけだと思って舐めていたって感じだね? ああ、浅はかな!」
「でも数的不利じゃない。こっちに分がある」
「なに?」
「お前二人くらいなら簡単に倒せるってことだ!」
俺は再び右の奴のほうへ走っていく。
奴は右手に持った盾を身構えて備えている。
こっちに盾を向けて。
「なに!?」
だれがそこで剣を振ると言ったんだ。
俺は手前で横に剣を振り、自分を逸らし、奴の左側に瞬間移動した。
「驚く横顔が良く見えるぞ!」
「っふ」
「!?」
こいつ、よく見てやがる。
奴の背後から、すでにもう片方のほうが俺に向かって殴りかかってきている。
そうだ、こいつは俺の魔剣の力を知っているんだ。
やばい、このままじゃ頭にぶつかる。
「なんてな!」
「!?」
逸らせるのは俺だけじゃない。
俺は剣を振り、もう片方を大きく逸らし、移動させた。
「浅はかなのはお前のほうだったな!」
「っく!」
後ろに飛びながら盾を構えようとするが、間に合わない。
その一撃は奴の胸を大きく斬りつけた。
でもまだ終わらない、俺は蹴りだして距離を詰める。
「一対一!」
「調子に乗りやがって!」
奴は盾をおもいきり振りかぶった。
すでに俺が間合いに入っているにも関わらず。
「馬鹿なのはお前のほうだったな!」
刃は横腹に強く激突。
奴はその威力で大きく飛んでいった。
「っう……」
「やっぱり俺のほうが強いみたいだな」
「そんなわけないだろうがよ!」
荒げた声は右から、倒れこんでいるほうじゃない。
元気なほうの奴が殴りかかってきている。
「そういうところがだぜ!」
浮ついた奴の攻撃を逸らし、カウンターの一撃を斬り上げる。
「っぐは!」
腹に深い傷を負い、奴は転んで動けない。
これで両方とも致命傷、あとはトドメだけか。
大したことなかったな。
「っふふふ……」
「なんだ?」
斬り上げたほうの奴が不気味に笑っている。
頭がおかしくなったのか。
しかもどこ向いて……!?
「油断したな!」
笑う奴の視線に、横を振り向くと奴がいた。
なぜだ、なんでだ。
三人いたのか?
「っぐ……」
あばらを抉りこんでくる。
まずい、このままじゃ死ぬ。
「っ!!」
殴られながらも剣を振り、俺は移動する。
それでも威力は大きく、俺は地面に激突した。
くそ、なにが起こったんだ。
「あ、あれは瓶?」
この町に入ってから瓶なんて一つも見てない。
その瓶の先から緑色の液体がポツポツと垂れている。
「……なんだと?」
あの瓶は転がっているのと同じだ。
剣で斬り上げた奴のほうが何か飲んでいる。
「っぷは! すごい効果だな」
立ち上がっただと。
さっき致命傷を与えたはずだ。
そんな馬鹿な。
「驚いてる様子だね?」
「っく……」
奴が迫ってくる、寝てる場合じゃない。
痛いけどまだ全然動けるし、立てた。
「大変だね? やっぱりロアマトの子がそばにいてほしいのかな?」
「あ?」
さっきまで悶え苦しんでたくせに、なんでこいつはこんなにピンピンしてるんだ。
相変わらず気持ち悪い顔だ。
「ロアマトの子娘がいないと、回復できないなんて不便だねって言ってるんだよ」
「……やっぱりか」
奴はその手に持っている緑色の瓶を俺に見せつけ、嘲笑している。
あれのせいに違いない。
回復薬なんてものを持っていたのか。
「だがそれがどうした!」
何回でも斬り倒せばいい。
俺は剣を握り、奴のほうへ走り出した。
さっきと同じで奴は右と左、俺の前を横に並んでいる。
「!」
俺は同じように右の奴に斬りかかる。
奴はそれに対して盾を構えて待つ。
だからまた剣の力で奴の左側、盾のないほうへ瞬間移動。
「無駄だ!」
「!?」
俺が移動したと同時にもう一人の奴が、盾で殴りに来ている。
この速さ、俺が斬りかかる前に移動していたのか。
これじゃ剣を振る時間がない、避けられない。
「やばい!」
「もらったな!」
盾が迫ってくる、だんだん光が強くなってくる。
眩しすぎる。
でもそれはまっすぐじゃない、揺ら揺らしているような。
「!?」
俺は剣を振ってはいない。
だけど俺は奴の驚くほど暗い顔がよく見えている。
それは明らかに俺の横を逸れていった。
「!!」
「くそ!」
俺はその隙間に剣を振るう。
あれは大振りの一撃だった。
だから逃げようとしても、消して避けられないぞ。
「っぐ!」
真っすぐな刃は奴を斬りつけた。
ここで追撃に行けばトドメだが、わかってる。
「そこに来ているんだろ」
「ああ、そうさ!」
もう一人が俺に攻撃してきている。
でもこれは十分に避けられるな。
「っち!」
そして一対一だ。
俺は恐れることなく踏み込んでいく。
「くそ!」
奴は後ろに下がる。
そうしなければ、今みたいに前から横に回って斬れるとわかっているからだろう。
確かに下がってしまえば、その攻撃は始まらない。
だから盾を構える必要もないってことだろ。
「だがそれは射程距離外の話だ!」
剣を二度振って前に二回、瞬間移動。
そうすればもう斬れる距離。
そしてもう一度振ってお前の横に移動―する必要もない。
「まじなのか!?」
「食らいやがれ!」
渾身の一撃は奴の体に斜めの大きな曲線を描いた。
本当なら首を斬り、トドメを刺したいところだが、この瞬間移動のスピードでは正確に首は狙えなかった。
「っう……」
でもまたこれも致命傷だろう。
奴は倒れて動けない。
だがそっちは違うってことだ。
「ふぅ……蘇るな―!?」
「油断したな!」
さっき倒した奴が回復しきる前に剣の力で距離を詰め、斬る。
単純なんだよ、舐めやがって。
今倒されたばっかで、俺が目の前で睨んでいるのにもかかわらず、また回復薬を飲もうとしてるな。
「トドメさしてやる」
「やらせるかよ!」
後ろからまたか。
こっちに光を放ちながら、走ってきてる。
「だがそれもさっきと同じだ!」
焦らなくても俺はお前を倒せる。
むしろ必死に汗かいてるのはお前たちのほうだ。
俺は殴りかかろうとしている奴のほうへ真っ向から向かっていく。
「なんだ?」
こいつの性格とかどうでもいい。
だがなんでこいつは逃げないんだ。
真っ向から一対一。
さっきと同じ状況だろ。
「っふ……」
「いや、そういうことか」
後ろから足音がある。
前と後ろからの同時攻撃、挟み撃ちってわけだ。
このまま俺が片方を倒しても、もう片方が俺に致命傷を与えられる。そういう作戦か。
「めんどうだな」
俺は足を止めるしかない。
攻撃してもダメなら、避けるしかないよな。
「あれ、止まっていいのかな?」
「なに?」
挑発なのか。
避けるためには止まらないといけない。
「!?」
「っふ……」
忘れていた。
ここは路地裏、道は狭い。
つまり避けても壁に追いやられるだけ。
挟み撃ちを解消することは不可能なのか。
「くそ!」
「やっぱり馬鹿だね!」
どうする。
狭い道での挟み撃ち、片方倒しても後ろからやられる。
そうか、最初から前に走って横に回避すれば、挟み撃ちじゃなくなったのか。
そんなのを今考えても仕方ないだろ。
すでにその距離ではなくなっている。
「喰らってくたばりな!」
この状況、ソフィならどうする。
……両方が間合いに入ったところを回転しながら同時に斬る。
って、そんなこと俺にできるわけがない。
そもそも俺は左右に向かってきている両方を見ることなんてできない、タイミングを取れない。
「っくそ!」
奴はもうすぐそこに来ている。
あと数歩であの攻撃が両側から飛んでくる。
どうすればいい。
どうすれば避けられるんだよ。
「もらった!」
来る。
もうやるしかない。
見切って避けろ。
この剣の力で、斜めに瞬間移動して回避する。
「!」
できない。
できなかった。
俺はここで止まっているしかない。
俺には避けることはできないからだ。
そう、攻撃することしかできないからだ。
「!!!」
「っう!?」
二つの盾は互いに同じところを殴りこんだ。
決して避けられない、会心の一撃。
俺はそれを横から眺めている。
「そ、そんなことが!」
奴は互いに吹っ飛んで行った。
遠くまで行ったせいで、追撃はできないか。
「ふぅ……」
むしろ俺にとって、この剣にとって挟み撃ちはチャンスでしかなかったんだ。
強く逸らし、瞬間移動させる剣。
自分自身を横に瞬間移動させるだけで、挟み込もうとした敵同士は相打ちになる。
俺が考えるべきだったのは、避けることではなく攻撃することだった。
「やっぱり馬鹿なのはお前のほうだったな」
「だから止まったのかよ……」
でもこれは奴の攻撃の直前、ギリギリで剣を振らないと成立しない。
結果的に助かった。
「くそ……はは……」
回復薬を飲んでいるな。
でもあのうろたえてる様子、あれが最後の一本だろう。
ようやく追い詰めた。
「ははは……」
「終わらせてやる」
俺は前にいる奴に近づいていく。
あの絶望に満ちた顔すら、気持ち悪い。
「……認めよう」
「あ?」
「……お前は強い」
何なんだいきなり。
意味わからないこと言っているが、もう間合いに来たし、やっちまうか。
「……!」
「だがな……それは二対一ならだ!」
「!?」
兵隊だと。
奴の前に一体の兵隊が召喚された。
俺がここまで近づいた瞬間を狙っていたのか、槍で攻撃してきた。
「あぶね!」
なんとか剣の力で避けられた。
てか、なんで兵隊がいるんだ。
今までいなかっただろ。
「いい顔してるな……もう僕は―いや、僕たちは二対一じゃない!」
「っく!」
屋根の上、奴の目の前、無数の兵隊が。
どうしていきなり。
「見つけたわ!」
「!」
ソフィが後ろの方からやってきた。
それで後ろにいた奴が前にいる奴のほうへ走っていく。
「あの距離、急いでお前を殺す!」
ソフィがこっちに着く前に、兵隊使って俺を仕留める気だ。
でもなぜこのタイミングで兵隊が。
最初から召喚しておけば、俺に追い詰められることもなかっただろ。
ソフィが現れたと同時に兵隊が召喚……そういうことか。
ソフィの足止めに兵隊を使ってたから、俺のほうに兵隊を召喚できなかったのか。
「誤算だったってことか」
「いや、計算通りになるね!」
「っく!」
どこを見ても兵隊まみれ。
奴らが俺のほうに槍構えてやがる。
完全に囲まれた。
「串刺しにしてや―なんだって!?」
「なんだあれ?」
屋根の上で何か光ったと思ったら、そこに立っていた兵隊が消えていく。
それが続いて行って、光は線になっている。
これはなにが起こってるんだ。
「なんだよ、もう!」
「!?」
逃げだした。
奴らが二人、逃げだしたぞ。
俺を追い込んだのに。
「いや、そうか」
俺は急いで奴を追っていく。
てか、逃がすわけにはいかない。
屋根でいくつも光っているのは、月光の反射だ。
ソフィの剣の刃の光なんだ。
「それにしても速いな」
ソフィの最大速度って平原でのじゃないのか。
前見た時よりも速くなっている気がするぞ。
「あれなら奴に余裕で追いつける―!?」
「ふはは!」
奴二人、この裏路地の先にあるのは分かれ道だ。
二手に分かれられたら、逃げ切られる。
あの速さでも、ソフィが追いつけたとしても、分かれ道の先だ。
「くそ!」
「あっはっはっは!」
奴らの片方を倒してもダメだ、もう片方が分身するだけで倒せない。
確かに片方を倒した後に、少し時間をおかないと分身出来ないし、そこを突けばいいのだが、そのチャンスなんて待ってられない。
ここで奴を仕留めたい。
もう逃がしたくない。
「待ちやがれ!」
「嫌だね!」
あと少しで奴が分かれ道に。
くそ、出遅れたせいで追いつけない。
追いつければ、剣の力で奴を足止めでもできるかもしれないのに。
「逃げさせてもらうよ! じゃあな!」
「くそ!」
ソフィほどじゃなくても、もう少し足が速ければ。
いや、そもそもさっき戦っていた時に倒せていれば。
ソフィに認めてもらえた、俺が戦えることを示せたのに。
「ちくしょう!」
もう奴は分かれ道に。
ソフィは屋根の上、俺の前を走ってる。
でも間に合わない。
逃げられる。
「あばよ!」
嫌だ。
絶対にここで終わらせたい。
ここで逃げられたら、俺はいつまで経っても勝てない。
「それならこんなのいらないだろうが!!!」
「なん―!?」
前のほうへ、逃げようとする男二人のほうへ、それは飛んでいった。
だがそれは正確に、男二人にはあたることはなく、その間を貫いていく。
分かれ道など関係なく、真っすぐ一直線にそれは、道の先へ飛んでいく。
それは剣である。
決して逃げることを許さない魔力が込められた、魔剣である。
「なんだって!?」
ゆえに剣は引き寄せた。
逃げようとする二人を磁石のように吸い寄せながら、飛んでいき、やがてそれは壁に刺さって静止した。
「動けない!」
壁に刺さっても剣は二人を逃がさない。
二人は壁に張り付いて動くこともできない。
「……嘘だろ?」
そこに光が追いつく。
見えたのは一筋の閃光。
盾の放つ光の反射で輝いたソフィの刃、それは盾のシュロムを斬り裂いた。
ようやっと。
ようやっと、倒した。
「はぁ、疲れた」
「そうね、しぶとかったわ」
盾のシュロム、その死体が転がっている。
光を出しながら消えないところからも、完全に仕留めたようだ。
「それ、なんなの?」
「え?」
「だから、その剣のこ―!?」
「なんだ?」
でかい音がしたと思ったら、あっちに見えていた家の屋根が落ちていった。
家が崩れているみたいだ。
弓のシュロムが死んだ影響が今になって現れた感じか。
「気を付けて!」
「なにが―!?」
また家が崩れた。
しかもよく見たら、斜め真っ二つにされている。
まるであれは、俺が落ちた壁の斜面みたいな……!?
「そういえば、あの時なんで崩れたんだ?」
「なんのこと?」
「それは―!?」
まただ。
しかも今のはだいぶ近い。
「だからなんのことって言ってるの!」
「あ、ああ、あそこに壁が見えるだろ。あの斜面は突然できたんだよ」
「え? どういうこと?」
「だから―!?」
だんだん近づいてきている。
いや、もうわかった気がする。
「あれは敵を倒した後にできた。理由はわからないけど、たぶんそれは―」
「来るわ!」
ソフィの視線を追うと、壁だ。
いや、ただの壁だろ。
何が来るんだ。
「!?」
一筋の光。
目の前の家の壁が光った。
「うわ!?」
その線から上のほうが滑り落ち、家が真っ二つに。
この滑らかな切れ目、やっぱりこれは。
「待たせたかね……?」
今崩れたところから誰かの声が。
砂煙で見えない。
「剣か?」
「……下がりなさい」
煌びやかに輝いている何か。
そして近づいてくる足音。
「どうも、若造どもよ……」
刀だ。
手に刀を持っている。
現れたのは髭をたくわえ、和服を着ている爺さん。
「さて、やりますかな……」
その爺さんの背後にあったのは、夜空だけ。
ほかには何もなかった。
あれだけあったはずの家が更地になっていた。
毎日10km走りながら後書きを考えた結果、書くことがないということに気づいた。




