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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【第一章】レイロンド大陸へ
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44.運命を逸らす刃

男はもともと大工であった。

毎日体が疲れきるまで真面目に働いていた。

彼は別に大工への憧れがあって仕事をしているわけではなかったが、それでも厳しい肉体労働に耐えられたのは、仕事が終わった後に仲間と飲んで騒ぐことが楽しかったからである。

不満特になく、ただ満足ばかりでもない。

だけど男はそんな日常が好きだった。

―しかし男は死んだ。原因は高所での作業で転倒による落下死。


目を開けたとき、彼は見たことのない自然の風景に目を見張った。

それから彼は自分がいる世界が異世界であることを知り、自分が異様な能力を持っていることに気づいたのだ。

前世とは全く違う世界に胸が躍った彼だったが、すぐにこの世界の残酷さを目の当たりすることとなる。

どこから来たかもわからない彼を受け入れてくれる場所はなく、生きるための選択肢そのものが彼自身には与えられていなかった。

しかし彼はそれを容易に受け入れることができたのだ。

なぜなら彼には他の人たちが持っていない能力があり、それに期待していたためである。

彼は能力を用いて人々を救っていき、それによって人々からの信頼され、ついに居場所を見つけた。

今まで生きてきた中で最も自分の存在を感じていたのだ。

救われていく人々の笑顔は彼を勇気づけ、より多くの人を救おうと決意させたのである。

だが世界はどこまでも無慈悲であった。


中には彼を不審に思っていた人々もおり、超越的な能力を持つ危険人物だと国に告発したのだ。

彼は必死に抵抗するがどうすることもできず、逃げるしかなかった。

それによって国も彼が危険だと認識し、指名手配したのだ。


逃げるしかなくなって彼はこの世界に絶望した。

何も持たなければ生きることができず、何かを持ちすぎても生きることを否定されるということに。

しだいに絶望はこの世界への恨みに変わっていき、人々を憎むようになった。

だから彼は戦うようになったのだ。


男の能力は建物を作り上げるだけでこれだけでは戦えず、改めて自身の能力はまったく利用価値のないものだと実感していた。

しかしそこに建物をすり抜ける矢という一つの武器が加わると、男の能力は一変する。

それは相手側から見えない矢を自由な場所から放つことができる圧倒的な能力へと変貌したのだ。

―男はついに転生者となった。


四方を巨大な壁に囲まれた港町。

そこにある東の壁の前には、それと同じ高さと幅だが厚さが薄い壁が聳え立っていた。

その薄い壁のすぐ後ろには、その半分くらいの高さの壁が立っており、それは足場として男が造ったものである。

その足場の南端で海と空を眺めている男がいた。

男は弓を握ったまま欠伸をしている。

「割と早く終わるものだと思っていたが、なかなかしぶといねぇ」

なんか波も風も穏やかでいいねぇ。

海の上を飛んでいる鳥も落ち着いているな。

「む、来たかねぇ?」

目を瞑り、集中しよう。

音の発生源は予想と同じ、海沿いの大通りからだねぇ。

こっちへ近づくためには海沿いの大通りしかないもんな。

やっぱりロアマトの子はこっちの場所に気づいて向かってきている。

「!」

男は弓を構え放った。

矢は男の足元から急降下し、その通りの対象へ飛んでいく。

「また避けたかねぇ」

やっぱりか。

様子見で遅めの矢を飛ばしたが、うまく躱されたか。

でも緊張しているみたいだねぇ。

走る音が不規則で、ゆっくりだよ。

「もう一本、よいしょ!」

一目散にこっちへ走ってくるなら、こっちも鋭くいくべきだねぇ。

今のは二番目の速さの矢。

さぁどうするか。

「そうかねぇ」

矢が落ちる音は聞こえない。

避けたのか。

さっき追い詰めたときも変だったよな。

「まぁいいか! よいしょ! ほい!」

それだったら三本飛ばすだけ。

避けたところも射抜いてやる。

しかも三本とも速さはバラバラだから、避けにくいだろうねぇ。

「……」

全部中らなかったか。

足音はこっちに来ているしな。

この壁まであと百メートルというところか。

全力で走れば十四秒くらいで壁までたどり着けるけど、とてもゆっくり歩いて来てるねぇ。

「だったら走らせてやるよ!!」

別々の軌道の二本の矢。

そのまま歩いていたら挟み込んで射抜いていくぞ。

「さらにこれもだねぇ!!」

横に避けたところを射抜く矢。

前に走るしか回避できないだろう。

それか矢を落とすかだねぇ。

「……?」

中っていない。

斜めに同じ間隔で避けただと。

体勢を変えて躱したのか、それでも無駄がなさすぎる。

息切れもないし、歩幅もペースも変わっていないな。

不規則に歩いたままだ。

あと七十五メートル。

「気味が悪いねぇ!!!」

五本の矢。

大通りの横幅いっぱいに5本だ。

横には避けられないし、前も後ろもない。

さぁどうするかな。

「……なんでだよなぁ」

確かに最速ではないが、どうやって逃れたんだ。

矢が落ちる音も無い。

足音も変わらないよな。

どうゆうことだ。

あと五十メートル。

「まったくこっちに動じないだと?」

不規則だがここまでくると逆に安定しているように聞こえてきて、腹が立つねぇ。

いいだろう、それならこっちも本気で行こうか。

「食らいやがれ!!!」

音速越えの矢を三本。

お前らの前から向かってくる三本だ。

避けられるものなら避けてみろ。

「……!?」

足音がある。

それも何の変哲もないだと。

今のを躱して、言葉一つなしだって言うのか。

距離はあと二十五メートル、変わらず歩いたままだって。

「なんだってんだよ!!!」

もう許さねえ。

あのガキだろう。

ここまで馬鹿にされたのは初めてだ。

無残に殺してやる。

音速越え四本くらいやがれ。

「……そんな馬鹿な」

ありえん。

今のを避けるだと。

そんなことができるわけがねぇ。

「!?」

なんだおかしいぞ。

八十メートル付近にも音がする。

「なに!?」

五十メートル付近にも、百メートルにもだ。

なんだこの騒がしさは。

うるさすぎる。

「何かおかしい、どうなってやがる!」

兵隊は西側にいるはずだろ。

こんなに乱雑な音がこっち側にあるわけがねぇ。

なんなんだよ。

どうなってんだよ。

「ああ、むかつくな!」

もういい、それよりもあのガキ共だ。

汚い音が散らかりすぎてよく聞こえねえ。

ああ、腹が立つ。

「そこか!」

五メートル手前、そこから足音がしたぞ。

音速越えの矢がこの距離だ、避けられるわけがねぇ。

その醜い身体を貫いてやる。

「うわああああああああああああああなんだこれええええええ!」

爆音。

なんだ、矢が命中したところから爆発音だと。

何なんだこれは。

「っくそおおおおおおお!」

「—耳ばかり使ってないで目を使ってみたらどうだ?」

「だれだ!?」

なぜだ。

どうゆうことだ。

どうやってここにのぼってきやがった。

「その面、滑稽だな」

シユウは剣を男に向けながら冷笑しながらそう言い放った。

それによって男の目つきは鬼のようになっていた。


足場の壁の上には二人の影。

北に剣を持ったシユウと南に矢を握っているシュロムが対峙している。

「ガキ、やってくれたな」

奴の強烈な圧力で足が震えてきた。

狭いこの壁の上だから余計に怖い。

「お前が馬鹿なだけだろ?」

「なに?」

ここで怖気づくわけにはいかないんだ。

むしろ挑発してやる。

「……船、石、鳥、そういうことか」

「今更わかったのか?」

奴はこの壁のすぐ近くの岸に止まっている小船、海沿いの通りに置かれている無数の小石と餌に食いついている鳥たちに気づき、何が起こったのかを理解したようだ。

「気持ちの悪いことだねぇ……」

こっちからすれば気持ち良すぎた作戦だったけどな。

この壁の裏に行くには、海沿いの通りしかなかった。

だからってそこを突っ走っても、待ち構えていた奴が矢で俺たちを殺しに来るだけ。

じゃあ船で壁の岸まで回るしかないのだが、それでも波の音でバレてしまう。

どうすることでもできないと思っていたが、船で回ること自体はいい案だった。

船で向かってくるだなんて予想外のはずだからな。

そう、その可能性こそが突破口だった。

逆に言えば、奴はあの通りに集中しているということだったから。

ならばその裏を突きやすい。

―船で移動しながら、石を投げて海沿いを進んできていると思わせる。

音しか見ていない奴だからこそ船に気づきにくく、この作戦は効果覿面だったんだ。

ちなみに餌と爆弾を投げたのはロイバ。

「でも馬鹿しか引っかからないけどな」

「……っふ」

俺の言葉を聞いて奴は深呼吸をした。

もっと感情的にしてやろうと思ったのに、むしろ冷静になったか。

「はっはっは!」

そう思ったら笑い出したぞ。

情緒不安定なのか。

「その剣、魔剣?」

「あ、ああ。だからなんだよ」

「っふ、滑稽だねぇ……」

正直、俺は怖かった。

だがこのクソ野郎のムカつく表情を見せつけられて、怒りが湧いて押さえられなくなってきた。

「たった一人で、魔剣持ってるからって舐めすぎだねぇ」

「なんだと?」

ここに俺一人だけの理由は、俺がこの剣を持っていたから。

ロイバの跳躍に乗って俺はここに着地した。

わざわざ俺がここに来たのは、ロイバじゃ奴の矢を避けきれないためだ。

「確かにその剣はすごい、この矢を落とすことができるからねぇ。だがね、だったら真っ向勝負で勝てるということにはならないんだよ、クソガキが。」

クソ野郎面から出てくる嗤い声が響き渡っている。

ああ、気持ち悪いな。

「傲慢すぎるよねぇ」

「……俺は一つミスをした」

「ん? そうだねぇ。それはお前に―」

「壁の着地点が悪かったこと、お前が俺の間合いのだいぶ外にいること。それだけだ。」

俺しかこのクソ野郎を殺せない。

だったら迷うことも恐れることもないだろ。

アイツのムカつく面ごとこの剣で斬ってやる。

「そうだねぇ……じゃあ死んでから後悔しなよ」

「!」

奴が弓を構えるとともに俺は両手に剣を握って走り出した。

真っすぐな狭い一つの道を全力で進んでいく。

「っふ!」

正面から真っすぐ矢が一つ、速さは普通の矢。

迷うまでもない。

ソフィなら剣で矢を斬れるけど、俺には剣を振って矢を逸らすことしかできない。

でも走り続けることはできる。

「……!」

風切り音が、下から。

このまま走れば中るが、止まるつもりはない。

あと少しで間合いに入る、剣で振り逸らしてやる。

「!」

俺は走りながら剣を振りかぶる。

矢はあの辺から出てくるのか。

「そう来ると思ってたけどねぇ!」

「—!?」

奴の声に前を見た瞬間、奴の気味悪い顔でわかった。

あれが、音速越えの矢が来ている。

「もらったねぇ……でも一応ねぇ?」

正面から音速の矢、下からも矢。

止まって後ろに下がり、しゃがめば避けられる。

むしろそれしかない。

「……っふ」

気持ち悪いな。

それしかないからこそ、そこを狙っているってことだ。

すでに奴は弓を構えている。

その矢尻は下向き。

「終わりだねぇ!」

トドメの矢も飛び始めた。

もう残された道はない。

諦めても死ぬなら俺は走ったまま死んでやる。

「いや、待てよ」

音速の矢が間合いに入ってくる。

斬るしかない。

もし次飛んでくる矢が音速越えでもそれしかないだろ。

「っく!」

俺は剣を振り下ろそうとした。

でも剣が動かない。

わかっている、この矢を逸らすことはできない。

「!?」

身体が反射的に矢を避けようと動いた。

だけど避けられるわけがなかった、それでも必死に体を捻った。

「は?」

だから俺はバランスを崩し、狭い壁から落ちていく。

一番最低だ。

身体がお前は怖がりだって証明してきた。

「くそ……」

横から見る矢は酷く真っすぐだった。

全くブレもなく、殺意に満ちていた。

「……」

やっぱり俺は戦えないのか。

確かに何も持っていなかった。

でもこの剣があるから、戦えるはずだろ。

なのに逃げている。

俺は満足に死ぬこともできないのか。

「……いや、違うだろ」

まだだ。

まだいける。

足掻いてやる。

「!!!」

シユウは落ちながらもその剣を振った。

矢から逃げ、目の前に矢がないにもかかわらず、剣を振ったのだ。

「なっ……!?」

―それはまるで運命をも逸らしていく。

シユウは空中にいながら、吸いこまれるように壁の上に向かって行った。

自分自身の身体を逸らしたのだ。

そして壁の上に着地した。

「なんだと?」

「!」

「!?」

すぐにシユウは走り出した。

矢のシュロムが驚愕し目を疑って固まった一瞬を決して逃さない。

「くそ!」

矢のシュロムは弓を構えようとしたがやめる。

シユウが迷うことなくその間合いに入っていく。

「終わりだ!」

俺は剣で斬りかかる。

それは奴の首に真っすぐ向かっていた。

「いや、まだだねぇ!」

「!?」

この期に及んでまたかよ。

奴は足元に柱を作って上昇して行く。

刃はその柱に挟まった。

「あぶなかったねぇ、でもピンチはチャンス!」

「まずい!」

奴は弓に矢を通し、こっちに向けている。

あれは真下でも射抜いてくるぞ。

「じゃあな」

ここまでして、また。

もう三メートルくらい上にいる。

剣は届かない。

いや、届かせるしかないだろ。

「!!!」

「!?」

剣を振って俺は上に飛ぶ。

自分自身を逸らす。

「いや、届かないね―」

「まだだ!」

俺は剣を振って上昇する。

それに奴はビビって矢から手を放し、柱をさらに上昇させていく。

だからなんだよ。

なんかいでも這い上がるぞ。

「しつこいねぇ!」

「いける!」

「!?」

同じ高さ、奴の間抜け面が良く見えるぞ。

追いついた。

「食らえ!」

俺は空中から奴の首に向かって右から振り下ろした。

「!!!」

強張った顔しながら奴は上昇して行く。

「届け!」

「間に合え!」

首に向かっていた剣が奴の腕に向かい、さらに足。

間に合わない。

「っく!」

剣は空を切り、その剣先は柱の左側を向いていた。

俺は上昇する奴の動揺している顔を見ながら落ちていく。

ギョロっと奴は何もない左を向いた。

「な、なぜだねぇ!?」

「!?」

何かに引きつかれるように奴は左に引っ張られていく。

それに必死に抵抗している。

しかし奴の足は離れた。

「う、うわあああああああああああ!」

奴は柱から転落した。

何もないはずの空中の一点に引き寄せられ、一瞬止まり、落下していった。

先に落ちていった俺よりも早く落ちていった。

その底は壁の下の地面、奴は二十メートルくらい。

「っぐ!」

「あああああああああああああああああああああああああああああ!」

俺が地面にぶつかった背中が痛い。

でもそれを掻き消すように奴の断末魔が響き渡っている。

その長さがその高さを物語っていた。

「あああああああああ―」

「……」

そしてそれは聞こえなくなった。

上から覗き込んでも奴の姿は無く、しかしそれでもなぜか奴は死んだのだと確信できる。

だから俺は夜空へガッツポーズを掲げた。


ふぅ・・・


ロイバは船にも気配消しをかけてました。

音が目立つことで影が薄れるわけです。

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