43.地図を覆す能力
生物を除いた全ての物体を通り抜け、放物線の逆向きで敵を射抜く矢。
そして忌々しい音に特化している探知能力と優美なブロック作成能力。
これらを駆使してロアマトの娘とガキを追い詰めたはずだが。
「おかしいねぇ」
矢のシュロム、男は夜の無人港町の通りでミアとシユウを観察していた。
「へんだねぇ」
矢がガキを射抜いていないねぇ。
しかも余裕気に娘とガキは会話してやがる。
危機的状況なのわかってるのかなぁ。
「まぁどうでもいいけどねぇ」
男は弓に矢を番え始めた。
矢尻は正確にミアを狙っている。
「……!?」
なんだこの音は。
矢が落ちただと。
そんなことがありえるわけがねぇ。
いや待てよ、ガキの持ってる変な剣なら矢を落とせるかもしれない。
「だったとしてなんだってんだぁ!」
男は狙いを変え、弦を弾いた。
矢が急降下していく。
家の壁を通り抜け、地面に潜る。
まるで空を走るように飛ぶ矢であるが、減速することはなく、むしろ加速していった。
「シユウ、そこから矢が来ます!」
「わかった!」
少し怖いが、この剣の能力を確かめてやる。
俺はミアの指差したところに剣を差し出した。
「なにしてるんですか」
「実験だよ」
「ええ?」
風切り音とともに矢が下から現れる。
矢は真っすぐ剣に向かって進んでいく。
曲がれっていけ。
「!」
思った通り。
剣の近くまで来た矢は方向を変えながら、引っ張られるように飛んで行く。
しかも飛んでいる途中で突然止まって、震え出した。
さっきと同じだ。
やっぱりこの剣は矢の軌道を曲げることができるんだ。
矢のシュロムは矢で俺とミアを走らせて体力を奪い、そこを仕留めようとしていた。
走って逃げない限り、速くなった矢を避けられないと確信してそうしたんだ。
でもこの剣ならもう逃げる必要はない。
矢は落とせる。
「ミア、奴はどこにいる?」
「え、いいんですか?」
「いいぞ、矢は任せろ」
「……あっちです」
ミアが示しているのは、やはり東の壁だ。
俺たちのいるところより少し北のほうだな。
でも壁の上ではなく、真ん中より少し上の高さ。
「壁の向こうか?」
「えっと、壁のすぐ後ろですね」
変なところにいるな。
壁の上じゃなくて、真ん中らへんか。
「!」
「え?」
ミアの前方から聞こえた風切り音に剣を振る。
矢は曲がって飛んで行った。
「さすがに難しいな」
「やっぱり探知しますね」
「頼む」
ミアの探知の質は探知の範囲に依存する。
高速で動く矢を探知するには範囲を狭めないといけない。
だから矢のシュロムと飛んでくる矢を同時に探知することは不可能。
「矢は?」
「来てませんね」
一瞬だけなら奴の位置を特定しながら矢に対応できると思ったが、難しい。
矢は高速で地面や壁から飛んでくるから、音だけじゃ間に合うかは微妙ってところだ。
「どうしますか?」
「そうだな」
最初の作戦ではミアの探知で矢のシュロムを探しつつ、ロイバと合流する予定だった。
それで三人の力を合わせて奴を倒しに行く予定だったが。
でもやっぱり方針は変わらないな。
「やっぱりロイバを探すぞ」
「わかりました」
「それがいいと思うよ」
「たぶんいるなら、壁とは逆の安全なところだろう」
「そうですね」
「それは違うと思うよ?」
「なんでだよ」
「そうですよ」
「だって僕ここにいるし」
「「……え?」」
俺とミアが驚いている表情を見ながらニヤニヤしているロイバが、俺の横に立っている。
一体いつからいたんだ。
「はい、次はどうするのさ?」
「あ、ああ」
目を輝かせながらロイバは俺に問いかけてきた。
ロイバの切り替えが早すぎて、聞き逃しそうだったぞ。
「次はだな、奴を―」
「矢が来ます!」
「どこどこ? そこかい?」
ロイバ、ワクワクするところじゃない。
だからといって怖がる必要もないが。
「おお、やっぱりすごいね!」
「ほんとにいつから近くにいたんですか」
再び地面から飛んでくる矢に剣を差し出してその軌道を曲げる。
ミアの探知とこの剣があれば、この速さでも簡単に対処できるな。
「すごいなぁ!」
「触るな」
剣に頬ずりをするなよ。
斬るぞ。
「安心してる場合じゃないです、三本飛んできてます!」
「シユウ、出番だよ!」
「なんか調子狂うな」
ミアが指を刺したのと同時に、一本目の俺の真下、二本目のミアの背後、三本目のロイバの横、順番に飛んできた矢を次々と薙ぎ払った。
「僕のだけ一瞬ためらってたよね!?」
「疲れただけだって」
確かに剣で矢は防げるが、連続で来られたら堪ったもんじゃないな。
早く動くしかない。
剣は切り札にして。
「シユウ、また矢が!」
「いくぞ!」
「えー、またズバッといかないのかい?」
俺は通りを南に、海のほうへ真っすぐ走りだした。
奴の場所は東の壁だとわかっている。
でも直進していける道は狭い路地裏しかないから、矢を避けにくい。
「回っていくしかないね」
左後ろのロイバは察したようだ。
「シユウ! ものすごく速い矢が後ろから来ます!」
右後ろからミアの声で、奴の殺意はあの壁のように高いことが改めてわかった。
「何本だ?」
「三本、私たちから見て左、真ん中、右の順番です!」
後ろからで走って避けられなくする。
高速の三本はこの道の幅を埋めるようにというわけだ。
「ミア、ロイバ、こっちにこい!」
「わ、わかりました!」
「んー?」
方法は一つ、真ん中一列になった上で二本目を剣で斬る。
一本目や三本目じゃ横の移動が多い。
これしかない。
「ってロイバ! 早くしろ!」
「わかったよ」
「って後ろじゃなくて前に!」
「なんでだい?」
「シユウ! もう一本目が来ます!」
ミアは俺の前まで来て走っている。
後はロイバだけなのに、なんかわざと俺の後ろに来たぞ。
スピード落としてる俺よりも遅く走っている。
「うわ!」
「っふっふっふ、知ってるかい?」
ニヤニヤしながら後ろにいるロイバが両肩を掴んできた。
笑ってる場合じゃない。
「ふざけるな!」
「剣でこの矢を退けるってのは無理だよ」
「は?」
ロイバの言葉に耳を傾けて左を向いたとき、一つの点が左を通り過ぎていった。
それに遅れて風切り音が聞こえた。
一本目の矢が通り過ぎていったのか?
「ミアちゃんも言ってたよね。さっきよりも格段に速いって」
「嘘だろ」
「あんなもの曲げきれないよ」
確かにあれを曲げられる気がしない。
「くそ!」
「二本目来ます!」
「……」
こんな時にもロイバめ、ニヤニヤしやがって。
「お前の隠密の奴が効けばこうはならなかったぞ!」
「確かにそうだね。」
「だったら、どうにかしてみろよ!」
「じゃあもっと早く走ってて!」
「はぁ?」
ロイバが足を止めた。
もう後ろから音速を超えた矢が飛んでくるのに。
なんなんだよ。
しかもまだニヤついてる。
「いくよ!」
痛い。
風が痛いほどいきなり強くなった。
夜空だ。
ロイバのムカつく顔を見ていたはずなのに、今見えているのは空だ。
なにが起こったんだ。
「———すか?」
ミアの声が風圧に掻き消されて聞こえない。
「ん?」
なんか足に感覚が無いな。
足が地面についてないぞ。
俺たち浮いてるのか。
「……浮いてるのか!?」
「浮いているというよりも飛んでいる感じでしょうか、わずかにですが」
なぜかむしろミアは冷静になっている。
確かに高速で飛んでいるという感じだが、高速で飛んでいることに驚けよ。
混乱してるの俺だけか。
「そうだ、ロイバはどこだ?」
「ここ!」
少し上にいた。
一体いつからいたんだ。
「これはどうなってる?」
「高速で真っすぐ飛んでるんだよ」
「なんで?」
「矢から逃げるため」
「お前がやったのか?」
「そうだよ」
「決め顔しながらサムズアップするな」
「ここ褒めるとこじゃないかい?」
なんとなく状況がわかってきた。
ロイバが俺とミアを飛ばしたのか。
矢を避けるために。
「だから空にいるのか」
「そう」
「ミア、どう思う?」
「……」
「気を失ってるね」
状況を遅れて認識したみたいだ。
気絶する気持ちもわかる。
てか待てよ、飛んでるってことは落ちないか。
「ん? 気づいた? 実はもう落ち始めてるね」
「おい」
「なに?」
「着地のこと考えてたか?」
「……明日のご飯の話でもしない?」
殴りたくても殴れない。
浮いているから動けない。
この野郎を殴れない空中の不便さにも怒りが湧き上がってくる。
「本末転倒じゃねえか!」
「ごめんって!」
「ごめんで済むかよ!」
剣を振りまくった。
憎いロイバは器用にそれを躱す。
「あれ、ここはどこですか?」
「ミアちゃん、起きた?」
「ふかふかのベットだったので、寝坊しました」
「ベットじゃなくて、空気だぞ」
「え?」
「だから飛んでるんだよ」
「それってどういう――こ――」
風が強くなって声が聞こえない。
もうすぐ着地だ。
それにしてもよく飛んだな。
「っぶ!」
「ぼぼぼぼ!」
「うぶんがよがったね!」
身体を叩かれたが、その痛みだけで済んだ。
ロイバの突拍子の無さはあの長い通りを超えて、海まで到達していた。
俺たちは海に飛び込んで生き延びれたわけだな。
納得いかないが、海の冷たさで頭も冷えた。
「っぷは! 泳げるか?」
「泳げますよ!」
「僕、泳げない」
「じゃ、さよならですね」
「冷たすぎて風邪ひく!」
町から飛んで、港が少し遠いな。
この距離を飛んだのか。
「探知は範囲外ですね」
さすがに矢のシュロムもこの移動には驚いているだろう。
なんだかんだ安全にはなったな。
「あれ見なよ!」
「あ?」
「なんですか?」
壁だ。
薄い壁が東の壁の前にある。
壁に囲まれた中にある町なのに、その間には何も建っていない。
殺風景だ。
「わかった?」
「もしかして、奴がいるのはあの薄い壁なのか?」
「そうだと思うよ、あっちから飛んできたしね」
東の壁だと思っていたものはあの薄い壁だったのか。
でもあの薄い壁は最初からあったわけじゃない。
だったらあれは作られたのか。
「この町を囲っている壁、いやこの町自体もそうなのかもしれない」
「そうだね」
矢のシュロムの能力には柱をつくるというのがあったな。
でも実際は違うみたいだ。
奴の本当の能力は巨大な壁、町を作り上げる能力なのだろう。
信じられないが、それなら説明がつく。
この町が存在する理由が。
「寒いです」
「あ、ああ」
「泳いで岸まで上がるよ!」
夜の冷たい海を泳いでいく。
波はほとんどなく、穏やかでよかった。
ただ鼻水が止まらない。
矢のシュロム死ななかった。
たぶん次回こそは。
最近いきなり温かくなってきて、春は存在しているのだと実感しました。
だからなんだってんだよ。
なんでもないけど。




