42.初めて港に響き渡る音
大通りから西に走って路地裏に避難し、ようやくミアの回復が終わった。
おかげで体は楽々動くようになってきたぞ。
「はぁ……疲れました」
「仕方ないだろ」
「そうですね」
ミアはなぜか怒っているようだ。
何かしたっけ、全く覚えがないぞ。
いや、それよりも矢のクソ野郎をどうするかだ。
「……もう少し休んでほしいです」
「え?」
「あの敵をどうやって倒すか考えてますよね?」
「いつ攻撃してくるかわからないだろ」
「何のために戦っているのかわかってますか?」
怒ったままミアは俺に問う。
なんでそんなことを聞いてくるんだろ。
その答えは明白だしな。
「そんなの生き延びるための戦いに決まってるだろ。」
「そうですよ!!」
「え?」
さらにミアの感情は高ぶっている。
その勢いある声で体が震えるくらいに。
「なんでそんなに怒ってるんだよ?」
「シユウわかってますか?」
「なにが?」
「死んだら死ぬってことです!」
「???」
まったくよくわからなくなってきた。
一体何が言いたいんだろ。
「てか、それよりもあのクソ野郎をどうやって倒すかだろ。ここで倒さないとソフィが危険だって」
「……」
頬を膨らましたまま睨んでくる。
治してくれたはずの傷が痛むんだが。
「悪かった。今は奴をどうするかだろ?」
「……」
「ミアの探知がないと戦えないんだよ!」
「……」
「奴を倒せなきゃ死ぬだけだぞ!」
「……そうですね」
ため息をしたミア。
なんとか俺の気持ちが伝わったみたいだ。
「じゃあまずは状況と奴の能力のことだが……」
矢のシュロム、クソ野郎の特徴からミアと作戦を立てていく。
相変わらずミアの斬新すぎる策がいくつかでたが俺はそれをすべて却下し、最終的にはそこまで捻りのない、妥当ともいえる作戦が採用された。
「じゃあこれでいくぞ」
「それはいいんですが、やっぱりその剣が気になります」
ミアが俺の手に握っている剣を指さした。
「さっきも言ったけど俺もよくわからないし、どうしようもないんだよ」
「でも矢のシュロムを吹き飛ばしてました。もう一回それができれば、もっと簡単に戦えると思うんですが」
ミアの言うこともわかる。
この剣はいわゆる特殊能力を持つ剣、魔剣だ。
感覚的にもそれは間違いない。
でもなんの能力でどうやって使うのかさっぱりわからん。
「使えないから仕方ないだろ」
「そうですか」
ミアはそう言いながらも剣をジロジロ見ている。
明らかに満足いってないな。
「……」
「……もういいだろ。作戦始めるぞ」
「あ、そうですね」
ミアの探知によると、矢のシュロムは近くにはいないらしい。
近くとかアバウトすぎるが、ここからあの赤い屋根の家までの距離だから、たぶん半径500メートルくらいか。
「じゃあ移動するぞ」
とにかく奴に近づかないと攻撃できない。
こっちは遠距離の武器なんてないからな。
「ちょっと待ってください、お願いがあります」
「なんだよ?」
ミアのほうを振り向く。
真っすぐなミアの視線が少し痛い。
「無理はしないで……ください」
やっぱりミアはミアだ。
もう戦うしかないのに、無理するなだなんて不可能だろ。
「それはわからない」
「……」
きっぱりと出したその言葉にミアは俯いた。
そんなことされてもどうしようもない。
「行くぞ」
悲しげにしているミアにかまわず、俺は歩く。
死んだ方が哀しいに決まってる。
「あの、実は回復あと一回しかできないんです」
「そういうことだったのか」
最初からそうやって言ってくれればよかったのに。
ミアの回復にも制限があったんだな。
「だから無理はダメです」
「わかった」
ほっとしているミアとともに、俺は町を路地裏から東に歩いていく。
むしろ危機的なのになぜ安心してるのかは聞かなかった。
矢のシュロムは異次元の矢を飛ばしてくる。
物体をすり抜ける逆放物線を描く、高速の矢。
奴の弓か矢のどちらか、あるいは能力そのものがそれを可能にしているかもしれない。
あと奴は柱を生成できるみたいだ。
これもどんな仕組みかは謎だな。
「シユウ、いました。あそこです」
「うん?」
ミアが示しているのはこの狭い路地裏の先、東の壁だ。
疑ってミアに問いかけようとしたが、ミアはふざけている様子はなく、真っすぐ壁のほうを見ている。
本当に間違いないのか。
「どうしますか?」
「あいつは動いてるのか?」
「いえ、止まってるみたいです」
困ったな。
奴は壁の上に陣取ってしまったのか。
これじゃ作戦が……。
あんなに高い壁の上に行く方法は俺たちにはない。
「シユウ、なんかおかしくないですか?」
「なにが?」
「あそこです」
北の壁と東の壁の角が変だとミアは思っているらしい。
なにもおかしくないが。
しいて言うなら東の壁のほうが少し高いとわかるくらいだぞ。
それのどこが異様なんだ。
「よく見てください!」
「あー?」
遠くてよく見えないし。
「ほら、東側のほうが高くなってますよ!」
「それだけだろ」
「ちゃんと見てください!」
「……」
いや普通だろ。
ここの壁を作った誰かはそこまで几帳面じゃなかったってだけで。
でもなんか違うような。
「……!?」
「気づきましたか?」
「嘘だろ!?」
東の壁が大きくなっている。
わずかにだが高くなっていってるぞ。
いやでもまだ何か。
「シユウ!」
「まじかよ」
壁がさっきよりも明らかに伸びている。
瞬きする間にもっと高くなっているぞ。
壁が高くなるスピードが上がってるのか。
「違います!」
「なにが!」
ミアがだいぶ焦っている。
壁が高くなっていっていることに対してなのか。
でもそんなに慌てることなのか。
また高くなってる。
「シユウ!」
「だからなんだよ!」
「わからないんですか?」
「なにが?」
「壁は高くなってません!」
「は?」
俺を掴んで揺らしながら訴えてくるミア。
いや、どう見ても高くなってるし。
「違うんです!」
「ん?」
ん、なんだこの音。
遠くから、壁のほうからか。
「シユウ!」
「わかったから、焦らず言えよ!」
慌てふためくミアの両肩を掴む。
なんでこんなになってるんだ。
「まただ」
さっきよりも大きくなっている。
音も壁も。
なんなんだ。
「お、落ち着いて聞いてください」
「ミアが落ち着けって」
「か、壁はですね高くなってるんじゃなくて!」
「!?」
また音が。
近くなっている。
なんだこの感じ。
待てよ、もしかしてこれは。
「おい、ミア」
「壁はですね、伸びてるんじゃなくて」
「まて、ミア」
言うな。
そんなこと信じられない。
あり得るわけがないぞ。
「待てません! 壁は大きくなってないです! こっちに向かってきてるんです!」
「くそ、どうしてそんなこ―」
「「!?」」
爆音は俺たちの言葉を奪う。
壁が最初の4倍くらいの高さになってないか。
また伸びた、速くなっている。
「シユウ―――す!」
「聞こえない!」
音にかき消されて聞こえない。
「―――が来ます!」
「え?」
壁がもっと大きくなっている。
音も激しい。
「なんだ?」
音が止んだ。
壁も止まった。
「……!」
「矢が来てます!」
風切り音とともにミアの言葉でわかった。
残酷にも矢は地を這ってこっちに来ている。
「最悪だ!」
「そこです!」
俺の真ん前に矢が来る。
それもかなり高速だ。
方向はやっぱり東、あのデカすぎる壁の方。
「!?」
この狭い路地裏の少し先で矢が地面に潜っていった。
しかも一本じゃない。
横に並んだ何本かの矢だ。
「やばい!」
「こっちです!」
ミアは壁のほうへ走っていく。
俺は前を走るミアに疑問を感じながらもその背中を追う。
「!?」
背筋に矢の通った風があたって冷たい。
俺の後ろには無数の矢が昇っていっている。
「まだ来ます!」
「くそ!」
沢山の矢は奥からだんだんこっちに降り注いで地面に潜っていっている。
奥に潜った矢は壁のほうを走る俺たちを狙い、それよりこっちに近く潜る矢は俺たちの後ろを射抜く。
だから俺たちは前に走るしかない。
でもこれじゃまるで壁のほうへ俺たちを誘ってるみたいだ。
それにこのままじゃ。
「シユウ!」
右に道がある。
「ミア、そこ曲がれ!」
「わ、わかりました!」
このまま前に走ったら上から地面に潜る矢に中る。
だったら横に行くしかない。
「おい、ミア!」
「待ってください!」
曲がり角でミアが突然止まった。
矢は前後に迫っているぞ。
「待ってられるか!」
「そこからも来ます!」
「!?」
曲がろうとした寸前、矢が目の前を真っすぐ上に昇っていった。
ミアの言葉が早くてよかった。
奴はここで俺が曲がることを先読みしていたのか。
「やばい!」
風切り音が後ろから近い。
「行きますよ!」
「あ、ああ」
ミアをまた追って走る。
すぐ後ろを矢が昇って行っている。
さっきよりも道が広いから走りやすいのはいいが、このままじゃまずい。
「あいつはどこにいるんだ?」
「今は無理です!」
「なんでだよ!」
「矢の探知してたらあっちを探知できないです!」
今それ言うか。
さっき襲われたときに気づかなかったのはそういうことだったんだな。
でもそれどころじゃない。
「矢は後ろだけです!」
後ろだけ。
そうだ、なんで後ろの一方向しか矢は来ないんだ。
奴は何を狙っている?
「!」
「はぁ……はぁ……」
ミアの走るペースが落ちている。
息切れして、明らかに疲れている。
「!?」
もしかしてこれが奴の作戦か。
「ミア!」
「だい……じょうぶです!」
やばいぞ。
もうミアの体力も限界だ。
とはいえ、あの鋭い矢に止まって対応できるか。
できたら逃げてない。
「はぁ……はぁ……」
「くそ!」
どうする。
どうすれば矢を回避できる。
「?」
音が消えた。
後ろにあった風切り音が無くなったのか。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
矢は飛んでいない。
後ろに矢は飛んでいない。
なんだ一体。
でもそれなら休ませてもらうか。
「はぁ…はぁ…」
「ミア、止まってもい―!?」
豪速の矢が前に一直線に飛んでいる。
あの矢は俺がさっきもらった奴だ。
それがミアのほう、走る前へ。
「止まれ!」
「はぁ…え?」
「矢だ!」
「!?」
ミア何で気づいてないんだ。
もしかしてミアは疲れたら探知できなくなるのか。
まずいぞあれはミアを狙っている。
鋭利な音を立てている矢が真っすぐミアのほうへ。
「っくそ!」
もしかして奴は最初からミアの探知を狙っていたのか。
疲弊させて探知を弱らせたところを射抜こうとしていたんだ。
「はぁ……」
ミアは疲れ果てて動けないのか。
「ミア!」
くそ、庇おうとしても無理だ。
倒れている間にあれは曲がる。
どうする。
どうすればいい。
「!」
それしかない。
この剣で矢を斬るしかない。
でも斬れるのか、いや斬れなくてもいい。
少しでもぶつかって飛ばせればそれで十分だ。
「うおおおおお!」
豪速で向かってきている矢に向かって剣を振りかざす。
一か八かだ。
そして剣を振り下ろした。
「……」
手には全く振動が来ない。
斬れなかったか。
まったく触れた感覚がない。
「……!?」
矢が振動しながら壁に刺さっている。
貫通するんじゃなかったのか。
「シユウ……怪我はないですか?」
「あ、ああ。ミアこそないのか?」
「はい、シユウのおかげで」
なんとかなった。
危なかったな。
「シユウ、矢が浮いてます!」
「いや、刺さってるんだろ……って浮いてる!?」
よく見たら矢は壁にギリギリ触れてなかった。
震えながら矢はそこに浮いているのか。
「なんかさっきも矢のシュロムがこんな風になってましたね」
「そういえばそうだったな」
刀身に変な模様のあるこの剣はやっぱり魔剣みたいだ。
その能力のせいで今の現象が起きたんだろう。
「吹き飛ばす……ことができるんじゃないですか?」
「なるほどな」
確かにそうだ。
この剣に矢のシュロムが触れたときも吹っ飛んだよな。
今も矢が触れたから曲がったのか。
いや、矢は触れてない。
もしかして触れる必要もないってことか。
「剣の近くに来たものを吹き飛ばす」
それがこの剣の能力だったんだ。
「あ、矢が落下しました」
矢が地面にぶつかった音が港に響き渡る。
それは地面をすり抜ける矢には決して出すことのできない音のはずだった。
今回、展開に結構困った。
倒し方はだいたい決まってるのですが、途中がね。
一番良い途中式を僕は探していた。
次回、矢のシュロム死す。




