35.いかれた青年は空を飛ぶ
僕が覚えている一番昔の記憶。
それは今までの人生の中で最も感動的なことだった。
足元の赤い煉瓦がゆっくりと動かされている。
凄くニコニコしながら僕の手を握って歩いているおじさんが僕を歩かせていた。
その人が誰なのかはよくわからない。
このとき僕はまだ四歳くらいだっただろうし。
だけど不思議には感じていたよ。
「―――」
おじさんの口が動いた。
僕に向かって何か話しているらしい。
だけど何なのかはよくわからない。
「―――!」
おじさんが目を見開いて怖い顔している。
何かを必死に訴えて両手をあげているよ。
「―――」
頭に一つの穴が開いておじさんはバタリと倒れた。
怖い顔したまま倒れている。
でも僕の手は弱くだけど握ったままだった。
「・・・」
デカい帽子を被った背の高い男の人が武器のようなものを持って立っていた。
彼がおじさんを殺したのだろう。
それなのに平然として、僕に背中を向けて離れて行く。
僕はその後ろを追っていった。
・・・。
多分これが最初の記憶。
その後のことは覚えていない。
なんであの男の後を辿ったのか、ついていったのか。
だけど思い出すたびに見えるあの背中は確かにカッコよかった。
だから僕は海賊になりたかったんだろう。
僕は目を開ける。
夜の船は海にただ一つ。
その船の上もすでに三人になっていた。
一人は大曲剣を振りかぶった男。
一人は血まみれで男を睨む女。
そして一人は両手をあげて男の前で目を閉じている青年。
「死ぬがいい、ロイバ。」
大曲剣は青年の首までの空気を真っすぐ斬っていく。
その様子を逸らすことなく、ただ見ている女。
「・・・やっぱり違うよな」
ロイバは目を見開き、笑った。
「!?」
すでに首に触れていた刃をロイバは首を回して避ける。
大曲剣は驚いて床に倒れた。
「てめえ、何してやがる。」
「・・・僕は海賊だよ、黙って死ぬわけないじゃん?」
ロイバは拳を握り、手を回し、拳を開く。
どこから取り出したのか、短剣がその手のひらに現れた。
「やっぱり海賊なら暴れないとね」
「ああ、そうかよ!」
憤怒していたスパイクは大曲剣を華麗な手品を披露したロイバにぶつけようと振り下ろす。
だがそれを優雅にロイバは躱した。
「・・・なんなのこれ?」
ソフィは戦場で頭を抱えて驚いている。
「何言ってるんだい姉貴、降りなよ。おいてかれちゃうよ?」
「・・・海賊向いてないわね」
剣を鞘にしまったソフィは素早く船から飛び降りた。
ロイバはそれを見てまた笑う。
「さぁ、やろうか」
「はっはっは!血祭りにしてやる!」
ついに船上はロイバとスパイクだけになった。
二人を乗せた海賊船がひっそりと進んでいく。
二人を乗せた小船がひっそりと進み始めた。
小さい帆が二つ付いている荒波から逃げるしかない船。
「まってください、ソフィを待ちましょう!」
「・・・」
「シユウ!」
小船は海賊船から少しずつ離れていく。
小船が遅いのは風によって進んでいるのではなく、大きい船を手で押したため。
その手は夜風によってさらに冷やされている。
「なんでですか・・・」
シユウはミアを無視して広い海を眺めていた。
そのような頼りないシユウといてもミアは怖がらず、海賊船のほうを見続ける。
「ソフィ・・・大丈夫ですよね・・・」
月を見越すミアと海を見直すシユウ。
「どうすればよかったんだよ・・・」
結局シユウは月を仰ぐしかなかった。
月光が煙のような雲に遮られ、二人の元に届かない。
それゆえに少しの間真っ暗になり、シユウは瞑る。
だがミアは消して届くことのない月を見続けていた。
だからこそミアは少し驚いた。
「!?」
そのミアの様子にシユウがびっくりし、その音と揺れに大きく瞳孔が開く。
そこにできるのは、その二つの波とだんだん差し出す光の調和。
船の上を月の光が再び照らすと、その瞳孔は少し閉じた。
「遅かったですね。」
「なにそれ?」
ソフィが上から降ってきた。
どういうことなんだ。
「ほら、つっ立ってないで船を動かしなさい。」
「あ、ああ」
ソフィは何事もなかったように船を早歩きしていく。
体に傷はなく、血も落ちている。
スパイクを倒したのか。
俺はすでに遠く離れてきている海賊船のほうをじっと見た。
「・・・わからないな」
ここからでも大きく見える海賊船はロイバを隠しながら進んでいくだけ。
風が吹こうとしている。
やばいことになった。
左、上、右、そして下から。
様々な方向からあのデカい曲剣が飛んでくる。
さすがの僕でも避けるので精いっぱいだ。
「避けてばかりだな、臆病者め!」
「うるさいやい!」
船が大きく揺れた。
そのせいに違いない、頬に真っすぐでざらざらしている剣筋が擦れた。
どうしようにもないよ、これ。
勢い任せでこんなことになってしまったけど、策なんてまったくない。
だったら死ぬだけ?
冗談じゃないよ、冗談みたいに今を選択しちゃったけど。
「・・・まいったなぁ」
ロイバは避けながらだんだん遠くに行く小船に目を向けた。
そしてその船が揺れるのを目視する。
「・・・まじか姉貴」
人間ってここから小船までの距離を飛んで行けるものなの?
一体どんな体の使い方したらそんなことができるんだろう。
「よそ見するな!」
「僕はお前の船員じゃないよ!」
スパイクの大振りを見切って僕は大きく後ろに避けた。
「素早いだけが取り柄だな。」
「お前は仲間を死なすことだけが取り柄だね。」
スパイクとロイバの距離が開いている。
だがロイバのすぐ後ろには死体の山があった。
「仲間?・・・それだから貴様は船長・・・いや、海賊失格なんだ。」
「・・・」
「あいつらは手下だ、船長が死ねといえば死ななければならない。また、歯向かうものは殺すだけ。それが海賊だ。」
スパイクは大曲剣を構えた。
「・・・義理がないね」
「それはお前のほうだ、船長に失敗は許されない・・・失敗すれば死だ!」
スパイクが消えた。
ロイバはあたりをキョロキョロ見回す。
「どこだ・・・」
まったくわからない。
どうして消えた。
「・・・!」
後ろからの大曲剣の強烈な一撃を小さい短剣で受けるが、反動で大きく吹き飛ばされた。
どうやって後ろに回ったんだよ。
「お前は船長失格だ!」
「うるさいな・・・」
何回も何回も同じことを。
こっちはどうやって勝つのかで必死なのに。
どうする。
まずはあの瞬間移動の仕組みを解かないといけないか。
「ずっと逃げてきたお前はここで死ぬべきだ。それこそお前の仲間?とともにな!」
「・・・!」
再びスパイクは消える。
本当に元気な奴だ。
僕はゆっくり船の角に移動し、短剣を構えながらあたりを見回す。
「・・・」
本当に静かになったなぁ。
昨日まではあれだけ騒がしかったのに。
「・・・ん?」
船の揺れ方がおかしい。
この感じは故障か。
「・・・やっぱり」
船の側面を覗き見ると、壁が少し凹んでいる。
昨日の嵐のときに傷めたのかな。
違う、さっきあんなものはなかった。
じゃあいつできたんだろう。
「よそ見するなと言っただろう!」
「うるさいって、え!」
水しぶきとともにスパイクが上から降ってくる。
その水滴に少し戸惑いながらも避け切った。
「風邪引いちゃうって」
「引く前に殺してやる!」
また消えた。
いよいよ僕を殺しにきてるか。
目の前に敵よりも船の故障に気が行くだなんて気を抜きすぎだろ。
「次でトドメを刺す、死ぬ準備をしておけ。」
僕はスパイクのことをよく知らない。
だけど予想では危ない一撃を食らわしてくるだろう。
逆に言えば大きな隙があるはず。
こっちも体力が無くなってきたし、避けるのもキツイ。
次の攻撃を完全に見切って倒すしかない。
「まったく、部下の技すらも知らないなんて・・・お前の言う通り僕は船長に向いてないのかもしれないね」
「・・・」
「無視するんだね。」
僕は目を閉じた。
眼では見えないかもしれない、音や風で判断するしかない。
「・・・」
やっぱり気が散るな。
船の揺れがものすごく気になるなぁ。
勝手に人の船を壊したのだれだよ、側面壊すとかどうやってやったんだよ。
人間離れしてるよ。
「・・・ん?」
ロイバは遠くに見える船を見つめた。
そして左上を向いて頭を傾げた。
「そうか・・・そうだったんだ!」
姉貴が船を蹴って小船まで飛んで行ったんだ。
昨日だって甲板を高速で移動していたし、あれは地面を蹴っていたってことか。
とはいえ、凄い蹴りだ。
「だからよそ見するな!」
「そうだった!」
水しぶきの後、横から魚に飛びつく猫のようにスパイクが大曲剣を振り下ろしながら攻撃してきた。
僕はそれを地面蹴って、上に避ける。
「おお!」
思ったよりも高く飛べるな。
やっぱり真似してみるものだね。
そのまま下で間抜け顔しているスパイクを見下しながら帆柱の真上で着地する。
「いや、でもすごい疲れるね」
「・・・」
スパイクの真っ赤な顔がここでもよくわかる。
すごい怒ってるよ。
「死を受け入れろ!貴様は勝てない!」
「やだよ!」
「貴様も海賊の端くれなら覚悟を決めろ!」
海賊の端くれか。
さっきまで船長だったのに。
「やだよ!」
「ふざけるな!だったら戦え!テイラール海賊団を侮辱するな!」
「・・・」
「なんとか言え!」
「・・・」
スパイクの言っていることにぐうの音も出ない。
わかっている。
僕はたぶんスパイクには勝てない。
不思議な技の仕組みもわからないし、それ以前に僕自身戦う気力がわかない。
なんでだろう。
わかっているよ、その理由はもうわかってる。
だけどこの心の引っかかりがわからない。
なんで僕は死にたくないんだろう。
「テイラールさんも今のお前を許さない!」
「!」
「お前はもう海賊として終わっている、潔く死ね!」
「・・・そうか」
もう最初から間違っていたんだ。
僕はテイラールに憧れていた。
だから海賊になった。
そうすればあの背中に近づける気がしたから。
だけどそんなことは最初から無理だったんだ。
なぜなら僕はあいつの言う通り、海賊に向いていないから。
一味を奮起させることもできない、人を襲うこともできなかったから。
テイラールの一味の仕草を一つも真似できなかったから。
僕が欲しいのはこれじゃなかったから。
「体力も限界というところだろう、正真正銘これが最後だ。」
「・・・」
「逃げたっていいんだぜ?」
「じゃあお言葉に甘えて。」
「!?」
ロイバは笑った。
それにスパイクは吃驚し、一瞬だけ硬直した。
だがもうそれに構うことはなく、ロイバは飛ぶ。
そして帆柱を大きく蹴った。
「なに!?」
船は大きく揺れる。
これはロイバが船を踏み台にして空を飛んだため。
そう、ロイバは逃げたのだ。
「じゃあ~ね!」
「ああ・・・?」
やっぱり僕はロイバだ。
テイラール海賊団の三番隊長である前に、ロイバだ。
だったら僕は空を飛ぶ。
それが最も自由だから。
「あーでもこれ届くかな・・・」
その向かう先は三人の乗っている小船。
かなり距離があった。
「いや、届かないよ!」
あと少し届かない。
僕はそのまま海に落ちる。
姉貴のをうまく真似たつもりなんだけどな。
顔を水の上にあげて見えたのは離れて行く船。
「やっぱりだめか・・・」
動けない。
完全に体力を使い切った。
海の上で漂うだけ。
結構頑張ったのになぁ。
「冷たいな・・・」
海賊になって手に入ったのは、こうやって水を怖がらずいられるということだけだったな。
宝も持ち出せなかったし。
これからどうするかな。
「いて!」
頭になんかぶつかった。
イルカか。
いや、浮き輪だ。
「おい、早く上がれ!」
「え?」
浮き輪を投げたのはシユウだ。
船からシユウが呆れた顔して僕を見ている。
「早くしないと置いて行くぞ!」
「いきなり止めてどうしたんですかって、ロイバさん?」
「あれ、生きてたの?」
船が止まっている。
「ってあれなんですか!」
「なにってなんだあれ!」
後ろの方からものすごい音。
振り返るとあの海賊船が大きく横転していた。
「っふっふっふ、あれは僕がだねぇ・・・」
僕はそのことを自慢するために浮き輪を掴む。
でも動けないからミアちゃんに引き上げてもらった。
シユウと姉貴は気にせず船を進めようとしていたんだ。
そのせいか、今までで最も水が冷たく感じたね。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。
おわったああああああああああああああああああああ。
ロイバ編小和田ああああああああああああああああああああああ。
終わったあああああああああああああああああ。
ちなみにスパイクの技は泳ぎは速い。
能力じゃなくて技量です。




