30.神に抗う船
曇り空の下、風が強くなってきた。
船が見えてきたけど人影がまったくない。最悪だわ。
船着き場に着いたソフィとミア。
いつの間にか波も荒くなり、とても船が出せる天候じゃなくなっている。
こんなに苦労したのに天候が急変するなんて何か憑いているのかしら。
「ソフィ、エースが後ろから来ます。」
「…」
本当なら船で逃げ切れる予定だったのに、戻るしかないの?
ソフィは一度左を見た後、ミアを手で引っ張って右に走りだす。
雨が降り始めた。
「ソフィ?」
…正直自信がない。聖騎士を相手に戦った経験がまったくないのもあるけど、それ以上の戦いにくさが私の中にある。
このまま逃げるとしてもこの大陸にどれくらい潜むことになるのか。その間に増援を呼ばれる可能性もあるし、あいつらもおそらく…
「ソフィ!前!」
「!」
雨が激しくなった。
一部だけの不自然な無い音の場所にその青年は現れた。
「往生際が悪いですよ…」
空気が冷える。
聖騎士の刃を水滴が走っていく。
「逃げ場はもうない。降参するなら今のうちです。」
エースは真っすぐソフィを見る。
震える手…ごめんミア。
「…最悪な状況だわ。」
ソフィはゆっくりと剣を抜き、前傾姿勢をとる。
それに対して獣のようなソフィに剣を向けるエース。
「!」
首目掛けて斬りかかった剣をエースは受け止めた。
そのままエースは剣で押してソフィを離す。
「なるほど。」
「…」
エースは不敵な笑みを浮かべながら剣を優雅に構える。
それに対してすぐさまソフィは飛び掛かるが、簡単に剣は避けられた。
「あなたの弱点、それは雨でしたか。」
「…だったらなに?」
安心しきっているエースに斬りかかるが、いともたやすく躱される。
「遅すぎる。」
人間の身体能力を超えた俊敏さをソフィは持っている。それに会得した剣技を組み合わせることで彼女は無敵の強さを生み出していた。
だが彼女も環境には勝てない。
あくまで足の速さの下の俊敏さは必ず接地を要する。つまり摩擦が必要なのだ。
摩擦が弱ければ十分に加速しにくくなる。だから遅くなる。
それでも相当の速さを持っているのは確かである。その速さでも十分だった。
それゆえに彼女自身も気づかなかった。
彼女は理解していた。決定的な弱点はそれではないことを。
「本当に最悪だわ。」
それは聖騎士と戦ったことがなかったこと。聖騎士を知らなかったこと。
聖騎士には探知能力があるという事実。
ソフィの素早さと鍛えられた剣技の化学反応と同じように、滑る地面と探知能力はソフィの俊敏性に対応できるものだったのだ。
エースは剣をしまって空を仰いだ。
「やはりロアマトは私たちを味方してくれている。」
最悪な表情をしているソフィを見つめるエース。
「決めるべきだ。降参してミアを渡すことを。」
剣を一向に下げないソフィに臆することなく代弁するエース。
「もう一度言おう。負けを認めろ、ソフィ。」
ブレないソフィに呆れながら会話しようとするエース。
まったく諦めない上に攻撃してこないソフィにエースは決意せざるを終えなかった。
「…今のは慈悲だったということを、その意味を刻み込もう。」
聖騎士の傷一つ、曇り一つない剣を抜いて空に掲げる。
そのブレのない気配にソフィは身構えた。
風が強くなる。
雨が激しく降る。
天が唸り始めた。
「この天候になったとき、すでに勝負は決していたのだ。」
エースの背後、その向こうにいくつもの雷が落ちる。
風はさらに強くなる。
「これに逆らうのは神に逆らうのと同義、ならば受け入れろ」
無数の怒号が鳴り響く。
聖騎士の剣が光りだした。
「ソフィ!」
雷を宿し、剣は聖剣となった。
エースは両手でそれを持ち振りかぶる。
「食らうがいい、神の怒りを!」
強く輝く聖剣をついに振り下ろす。
剣から放たれた神雷の刃が唸り声をあげながら、とてつもない速さで激突した。
その瞬間、一面は光に飲まれた。
色が戻ったとき、雨が煉瓦の地面にぶつかる音だけが聞こえていた。
「…」
遠くで雷が鳴る。
エースは目を閉じた。
「上か?」
エースは真横にある家の屋根を見上げる。
予想通り、そこには4人いた。
「ばれちゃったか、なんでだろうね?」
「そんなこと言ってる場合か。」
二人はミアとソフィ、一人は見覚えのある青年、最後の一人は謎である。
だがエースは戸惑うことなく剣を向ける。
「まずい、逃げるぞ!」
「そうだね!シユウ!」
元気な男はミアを抱えて颯爽と屋根を飛び移って逃げ、それを追っていくシユウはソフィの手を引っ張る。
困惑しながらもソフィは剣をしまい、その手を振り払う。
「どうゆうことなの?」
「こっちが聞きたいくらいだ。」
困惑していたのはシユウも同じであった。
脱獄犯と騒がれながら兵士に追われ、俺はロイバの奇妙な遊びに着き合わせながらなんとか逃げていた。
東に船があるっていうのに町中をぐるぐると走って逃げ回っていたのは恐らくわざだ。
そんなことがあって兵士を巻いた後に酷い天候の中、港のほうに出たらソフィがあんな感じだったから俺はロイバと協力してソフィを助けた。
「それは嘘だよ。シユウが必死に頼み込んできたからだよ。」
「そうだったんですか。」
「それも違うだろ。」
「そんなことより、あれがあなたの船?」
事の成り行きを説明している間にロイバの船らしきものが停泊していた。
「これがお前の船?」
「そうだよ。」
俺はロイバがただの変質者だと思っていたからその言動が本当だということが信じられない。それだけじゃなく、あまりにも立派なデカい船すぎて嘘にしか聞こえなかった。
「乗らないの?早くしないと追いつかれちゃうよ。」
戸惑っていたのはソフィとミアもだった。たぶんその理由は俺のとは違う。
あのやばい奴に追いつかれる前に急いで俺たちは船に乗り込む。
激しい音が曇って聞こえる。
船の中、恐らく倉庫らしきところで腰を下ろした。
「ようやく休める…」
「そうだね。」
俺の独り言に対してにこやかに返答するロイバ。
息切れもしていないくせに説得力のない返答だ。
「…あの」
びしょ濡れのミアは小声でロイバを見る。
「どうしたの?」
それにニッコリと答えるロイバ。
「下ろしてください。」
少し怒った顔をしながらミアが言うとロイバは抱きかかえた両手をぱっと離す。それでミアはお尻を押さえながらロイバを睨んだ。
「船長!ほんとに出すんですか?」
階段を下りて現れた巨漢は汗をかきながら言った。
「早く出して!」
その言葉の先にいたのはロイバ。
「し、しかし…」
俺は困惑した。
誰に対して船長っていたのか理解したくなかった。
「いいから、出せよ。」
「は、はい…」
声色を変えて指示すると船員は階段を慌てて登って行った。
ロイバはやはり船長なのだろうか。こいつが船長で大丈夫なのか。
「みんなはゆっくりしてて、僕はいろいろとやることがあるから。」
ロイバは子供みたいな笑顔で俺たちに手を振りながら船長の仕事をはじめに行った。
「あの人は大丈夫な人なのですか?」
ミアのここまで不機嫌な顔は初めて見た気がする。
シユウは船長が登って行った見えない階段の先よりも見えているずぶ濡れのソフィを気にして近づいて行った。
「!?」
大きく船が揺れる。
この天気じゃ、そうもなるか。
「うおっと!」
さらに大きく揺れる。
上のほうから船員が走り回る足音と飛び交う声が聞こえる。
「この天気で大丈夫なんでしょうか?」
ミアが俺の思っていることを代弁した。
だがロイバがあれだけ自信があるなら大丈夫だろう。
というか出航するしかないというのが本音だ。
「な、なんだあれは!」
鈍重な音が響き渡ると同時に立ってはいられないほど船が大きく揺れる。
「ソフィ!」
揺れが収まるとすぐにソフィは上に上がっていった。
俺もその後をついて行く。
甲板に上がった瞬間に強い風と雨と揺れで体が飛ばされそうになる。
雷もあたりに落ちまくっているし、まさしく嵐の海の中っていう感じだ。
「ロイバ!」
立っているのもやっとの中、指揮しているロイバに叫ぶ。
案の定、気づいていない。
それよりもソフィは?
「!?」
何かが光っている。港のほうからだ。
ソフィもそれを見つめている。あれはなんだ?
「またくるぞ!」
光っている何かが消えた…いや違う。
そこにいる船員が上を見上げている。俺もそれをなぞる。
「嘘だろ!」
巨大な光の矢が空から降ってきた。
運が良いのかそれは船のすぐ横をかすめたが、それによって生じた波で船は大きく揺れる。
「なんなんだ、あれ。」
「エース…本当に嫌なやつね。」
エース。ひょっとしてあれは聖騎士の攻撃か。しつこすぎるし、ミアが乗ってんだぞ。
でも船は港から離れて行っている。これなら射程距離外まで行ければ逃げ切れるか。
「光りだしたぞ!」
また一粒の光が見える。
さっきよりも距離が離れている。なら大丈夫だろう。
でもなんか変だ。
「…!」
ソフィの表情が変わった。
光は点滅している。
「…!…!」
ソフィが何かをロイバに対して言っているみたいだが、この状況のせいでよく聞こえない。
ロイバも全く気付いていない。
立っていられないほどの強く揺れる船の上でソフィは走ってロイバに近づく。
「今度は船体にぶつかるわよ!!」
ソフィはロイバの肩を掴んで無理やり怒鳴る。
それを聞いたロイバは手を振って舵を切っている船員にすぐ指示しようとするが、その音を見上げた。
「まじかよ!」
光の矢がほぼ真上にあった。落ちてくるまで時間もない。
「帆張って!」
大声でロイバは伝えた。反応して船員たちは帆を大きく膨らませる。
不安定な波の中、船は大きく加速する。
さらに船は揺れ、軋む音も聞こえた。船から落ちないようにしているのがやっとだ。
大きな鈍音とともに違う水滴が後ろから降ってきた。
その波で船は大きく前に傾く。
光の矢は船のすぐ後ろで落ちたのだ。
「なんとかなったみたいだね。」
「そうですね。」
船の傾きが戻り、港からもかなり離れただろう。
嵐の中にまだいるというのに、俺たちは安堵していた。
港の方角を見ても光は出ていない。
俺は船のほうに目を戻そうとした。
「!?」
視界の端でなにかが光った気がする。
もしかして、まずい。速いぞ。
「ロイバ!まだ来る!次が本命だ!」
声を荒げてロイバに叫ぶ。
ソフィが走る。
ロイバは上を見上げた。
そこに光は現れる。
落ちてくる。それもかなり早く。
急激に近づいてくる光。
「!?」
ソフィは揺れの大きい中、舵までたどり着くと、船員を突き飛ばして舵を回した。
船は急激に大きく傾く。甲板にいる全員が何かにつかまって荒波に落ちないようにしている。
ほとんど垂直だ。
とても目を開けていられない。
細すぎる音に片耳をなんとか塞ぐ。
光の矢は爆発音とともに船のすぐ横に落ちたらしい。
それによってできた激しい波で不安定な船はひっくり返りそうだ。
「おらあああああああああ!」
突き飛ばされた船員がなんとか舵までたどり着き、舵を回した。
船が荒波に着地する。
その振動で体が一瞬浮いた。
なんとか沈没せずに済んだみたいだ。
「今度こそ、大丈夫みたいだね。」
港から大分離れた。光も見えない。
どうやらストーカー野郎を振り切れたみたいだ。
本当の安堵を体感しつつ、船は嵐の中を北に進んだ。
落ち着いた気持ちに天気がついてきたみたいに、しばらくして嵐は小雨に代わり、夜には満月が見えるほどになっていた。
パスタは2人前まで。
3人前はマジ無理だった。




