29.ソフィVSエース
ヲーリア港の門を抜けたばかりの質素な馬車。その中から青年と中年が出てきた。
「なんか、騒がしいですねぇ~」
中年は目の前を通り過ぎる兵士を目で追う。
「司教、なにか企んでいますね?」
尖った視線を真っ向からぶつける青年に構わず、曇りなき空を見上げる中年。
「ハッハッハ、何を言っているのですか。誘拐されたミアを早く救わないといけないのに。」
青年が自分の兵に指示を出し終えると、ちょうど笑うのをやめた中年の後ろに回る。
「どうしたのですかエース、あなたは捜索に行かないのですか?」
陽気な中年に対して青年は握り拳を震わす。
「その司教の座をいつか下ろしてやる。」
その真剣な眼差しよりもロウエルは戻ってきた聖兵に注目した。
「エース隊長、この騒ぎは脱獄犯が町の中を逃走していることが原因のようです。」
「そうか…ひとまず私たちだけで捜索することにする。」
エースは自分の兵士6人のうち4人を南側に走らせ、自身は兵士2人とロウエルを連れて北にある船着き場へ向かうことにした。
「船を停止させる時間稼ぎに4人ですか。まぁ妥当といったところですね。」
「…」
「せっかく褒めてあげたのに、冷たいですねぇ~。」
エースは度々後ろから笑い声を飛ばすロウエルを無視しながら歩く。
港の検問を囲う数メートルある町の壁を飛び越えることで無視したソフィは、ミアを連れて船着き場を目指していた。
「やっぱり兵が多いわね。」
裏路地から表を右から左へ走っていく兵士たちを覗くソフィ。
エースよりもわずかに早く町の中に入れたのに、予想外だわ。これじゃ先回りされて町に閉じ込められるかもしれない。
「こんな状況なのに…なんでニコニコしているの?」
「うれしいのはソフィもでしょ?」
「そ、そんなことないわ。」
ソフィはミアにまじまじと見られながら裏路地を伝って港に向かっていく。
「厄介だわ、兵士たちは北に行っているみたい。」
さきほどよりも目を動かすソフィ。
仮に早く着いても出航するのに時間がかかりすぎる可能性が高い。あいつのせいでこっちまでピンチになっているのだけど。
どうする…。
「見つけたぞ!」
声の方向は二人の後ろからだった。聖兵が手を挙げて仲間を集めているのが見える。
あの鎧、エースの兵か。4人。
「逃げるわよ!」
「はい!」
ミアの手を引っ張って裏路地を走りだすソフィ。
ヲーリア兵のせいで気配がわからないのがやっぱりキツイ。でもなんで見つかった?
あっちが町に入ってからまだそんなに時間がたってないはず。
もしかして…。
「いたぞ!」
ソフィの目の先、路地裏の間の通りにはすでに聖兵が待ち構えていた。
「ミア、捕まって!」
「え、ええ?」
ソフィはミアを抱えて跳躍し、屋根の上に着地。
「あんなのありかよ!」
驚く聖兵の上をソフィは飛び、そのまま屋根伝いを走り出す。
徐々に加速し、抱えられていたミアの顔色が悪くなるほどの速さで駆け抜けていくソフィ。
だがそれは数秒だけだった。急にソフィは足を止め、ミアを下ろす。
「どうしたのですか?」
「離れないで。」
剣を抜いたソフィ。その先にある船が若い騎士によって遮られて見えなくなった。若い鎧を反射する光は眩しくなくなってきている。
そよ風が止み、暗い雲が空を覆っている。
華麗に並ぶ家々の屋根の上には剣を抜いた二人が向かい合っていた。
「ミア、帰りますよ。これ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。」
若い騎士はロアマトの騎士。名はエース。
世界にわずか30人ほどしかいない選ばれし騎士の称号を最年少でつかみ取った実力者である。
「そうはいかないわ。」
対するは閃光の騎士。
エースは汗一つもなく、剣を微動だにさせずに構える。
「最初に言っておきます、人質なんていないと思ったほうがいい。」
「…!」
屋根の煉瓦が宙を舞う前にエースは横に飛び、ソフィの右から斬り上げようとしていた。
それに遅れて気づいたソフィは右手に持った剣を左手に持ち替え、右後ろにいるミアを右手で抱えながら、剣を横にして盾のようにその攻撃を受けた。
「!?」
左手片手での受けとその威力によってソフィは上体が反り、剣も上に弾かれた。そこをエースはすかさずソフィの心臓目掛けて突こうとする。
ソフィはミアを離し、膝を垂直に曲げることで上体を完全に上に向け、鋭い一撃を避ける。そして両手を屋根につけると、両足でエースを蹴り飛ばす。
「っく」
ソフィはミアを真後ろに置いて、剣を構えなおす。
「聖騎士にしては、なかなかの外道みたいね。」
屋根を挟んで着地したエースも剣を構えなおした。
「外道は警告しないですよ。」
その下にある足音に耳を尖らす両者。
「それに私はあなたがミアを守ろうとすることを知っていますから。」
「あんた性格悪いわね。」
「いや、どこかの臭い中年よりかはマシですよ。」
「そうね。」
ソフィは緩やかに後ろに向きながら剣を振る。
それによってミアに迫り寄っていた聖兵を一人斬ると、すぐにそこにいた他二人を斬り飛ばす。
そしてエースが動く前に再びエースに剣を構えた。
「…。」
「賢明ね。」
エースは屋根で伏せて隠れていた聖兵たちに手で合図して下がらせた。
手を下ろしたのを確認したソフィは前傾姿勢をとった。
「それが騎士道か…。」
先ほどと顔つきが明らかに異なるソフィにエースは優雅に剣を向ける。
「!」
気が付いたときエースは宙を舞っていた。
驚いたのは自分が浮いていることではなく、その女がどこにも見当たらないということだった。
「…そこか!」
疎らにいる大通りの中をソフィとミアは走っていた。その先は船着き場、レイロンド大陸行きの大きい船が止まっている。
商店街には人だかりがあった。
「なんで教会の兵士がここにいるんだ?」
「知らねえよ!」
「血まみれだけど大丈夫なのか?」
町民の目は空から落ちてきた聖兵に注目していた。
「どけ!」
ざわつく人々をかき分けて出てきたのは別の聖兵、すぐさまケガ人を運んで消えていった。
「いったいなんだったんだ?」
「あっちでも騒いでるみたいだし、大丈夫なのか?」
人々はそうやって心配をしながらも、自分の仕事に戻っていった。
その様子を余裕気に見ている中年は曇り空を見上げている。
「今のうちに逃げますかね。」
先にある停泊している船に背を向けて中年はまっすぐ歩きだした。
だが彼が自由になれたのは二歩だけだった。
「おや?」
自分の影が大きくなって彼は一歩下がる。
砂煙のあとに鈍音が鳴り、その音源には冷徹な顔した青年が立っていた。
「何をしている?兵はどうした?」
エースは脇腹の傷を治癒しながらロウエルに問う。
「まだまだ元気なようですね、みなさんなら負傷者を連れて教会へ行きましたよ。まだ追うのですか?」
「当たり前だ。ロウエルも教会に行け。」
黄色い光を消し、鎧についた砂をはたいてエースは船着き場へ走り出す。
その背中をロウエルは悲しげに見てから教会へゆっくりと歩いて行った。
星座になりたい。




