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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【序章】死後の世界
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26.蹄鉄は疑獄を消す

妖術とは妖の術と書くわけだが、その意味は妖しいと思わせる術と言う意味でも妖怪が扱う術というわけでもなく、自分自身を不気味に思う術というわけなのだ。

確かに不気味に思わせることがその役割でもあるが、その効果は自分自身を恐れなければできない。これはすなわち妖術の効力は自身に対する恐怖や絶望、不安などの妖しさの中にある。それは現実に対するものと等しい。妖術は現実に対する妖さの中に存在できるのだ。

私の名はトゥマーン。霧の妖術を極めし賢者。


逃げられない領域、催眠中のミア、毒に侵されつつあるソフィと戦闘に本腰を入れ始めたトゥマーン、シユウは大きく息を吸った。

ミアのかかっている術を解こうといろいろしてみたがどれも全く効果がない。やっぱりあのハゲをどうにかしない限り方法は無いのか。

あっちに目を細めてももはや白い霧だけしかない。

「方法は一つしかないか…」

俺は剣を抜いた。


大口の精霊ボッカニュムペが瞬間移動してその口でソフィを捉える。それと同時にしてソフィはそのアーミングソードで斬りつけ、口撃を飛んで避ける。すると精霊の歯は空気を噛んでソフィを見失う。見事に暗黒の胃の中へ彼女は取り込まれることなく一撃を浴びせているが、着地したら再びボッカニュムペは探知して瞬時にソフィの着地地点へ移動する。

これを何回も彼女と化け物は繰り返しているが、何度目にしても変わるのは彼女のスピードが落ち、化け物のできる切傷が浅くなっていくだけである。

それでもソフィはまた飛んだ。

…こいつタフすぎる。もう十回くらい斬ったのに全く効いている感じがしない。いくら精霊でもこれだけ攻撃したら何か影響があるはずなのに。

足が片方地面に触れてコンマ数秒してアイツはやってくる。アイツはアイツがいたところから見て私のいる向きを向いたままその接地点に現れる。その間に私は触れた片足を軸にして空中で回転しながら着地、すぐに飛んでアイツが現れてすぐの攻撃を避けながら剣で斬りつける。

わかっていることは私が空中にいる間はまったくなにも感知してこないという事。思い切り上に飛んだ場合は毒玉を飛ばしてくるけど、横に避ける分には毒玉を飛ばす時間は無い。

それにしてもこれじゃどうしようもないわ。斬った感覚は確かにあるのにやっぱり効いてない。こっちもだんだん動きにくくなってきたみたいだし。

着地してまた同じようにして飛ぶ。ソフィはずっと動きっぱなしで毒が回ってきているゆえに動きは少しブレてはいるが息切れひとつせず、顔色もまったく変わりない。

アイツの動きはわかっている。まだしばらくは避けられるけどやっぱり本体を叩かないと勝ち目はない。この霧の領域のどこかにいるはずだけどやっぱり姑息な手だわ、これだから妖術使いは嫌いだわ。

片足がまた地面に触れて同様に回転し、横に飛ぼうとしたときにその精霊はすでにソフィを口の中に入れていた。

「!?」

ソフィが方向転換しながら移動していたにもかかわらず、精霊は現れたのと同時にソフィに正対していたのだった。

大口の精霊、その中はこんな風になっているのね。ものすごく暗いし、寒い。さすが妖術使いの召喚した精霊だわ。怖がるようにできている。

精霊の口はそのまま閉じ、ソフィは姿を消した。乱雑にもシンプルであった霧の濃い平原での戦闘はその一口で飲み込まれた。

「やはり脳筋という事でしかない。妖を生業とする私であるが、君にはそれを感じさせる時間もなかったようだ。」

男は精霊が不敵に立っている静かな霧の空間に足音を響かせる。

「ん?丸呑みしてしまったのか。まったく、何でもかんでも腹の中に入れるのは危険だと何度も命令したはずなのだがな。」

トゥマーンはボッカニュムペの口にある大きな傷を撫でながら自然と笑みを浮かべる。いくつもの傷があるがソフィがシユウを守るために付けた傷が最も深いものであった。

「さて、後はあの少年と娘か。片方はいい値で売れそうだが、あっちは値がつかなそうだ。ボッカニュムペの餌にするか。」

トゥマーンはボッカニュムペを後ろに引き連れて霧の薄くなっていく中、空を見上げ続けている少女のほうへ歩き始めた。

「ん?」

男は違和感を抱いた。妖術とは妖さによって強くなる。霧が薄くなるのはそれが弱くなったからだ。つまり男は恐怖をしていない、現実を否定していない瞬間であった。だからこそ男は違和感を抱かざるをえなかった。

妖術師は右目を閉じる。そして横を向く。そこには弱い日光を反射させたばかりの刃がトゥマーンの首元に向かって突き進んでいたのだ。

「貴様!?」

だが妖術師は刃に恐怖する前にその少年がそこにいたということに驚くしかなかった。その驚きは恐怖を吹き飛ばした。それは妖術師にとってはかなりの隙である。しかしトゥマーンはそれを理解したままニヤリとした。眩しき刃が首元に向かっているとはいえ、その筋は恐怖を生むものではなかった。彼にとってこの驚きは次の愉しみを生んでしまうものだったのだ。

それはもはや妖術師ではなく、一人の人間としての満足だった。

その鮮血は紫色、飛び散ったのに気付くのはそれが肌に付着する前の液体が光を反射させた僅かな眩しさ。だがそれに気づくにはあまりに遅すぎる。暗闇の中にいるはずのシュバリーエルミエールはボッカニュムペの大口を斬り開き、妖よりも速くその剣撃を男に与えた。妖術師がそれを認識したときにはトゥマーンの左胸から右脇腹にかけて一つの深すぎる紅い曲線が引かれていた。

「貴様はやはり…シュバリーエルミエールだったのか…」

その戦場にいた生存者は一筋の閃光を見た。時は真夜中であったから美しき光であり、目に入った瞬間にそこが戦場であることを忘れるくらい虜になっていた。

だが光がだんだん強くなってきたときに正気に戻る。なぜなら光のあったところに死体が転がっていることに気づいたためだ。

生存者は理解した。しかし遅すぎた。気づいたのは死体を見た後の眩しき光に目を瞑ったときだったからだ。

生存者は再び閃光を見ることは無かった。

その閃光は戦場にある敵を屍に変える。敗れた戦士らはそれを閃光の騎士、シュバリーエルミエールと呼んでいた。

「懐かしい名ね。」


奴はほぼ瀕死みたいだ。立っているのがやっと。

でもソフィだってそれは同じだ。顔色がさすがに悪い。

「さすがだ…だが毒は効いてきているな。」

奴はまたニヤリとする。

「笑っていられる状況かしら?」

ソフィが剣を振ろうと力を込める。爆音が鳴った。

その音源は大口が裂けたままで突っ立っていたボッカニュムペであり、その体を爆散させたことによるものであった。爆散と共に出来上がったのは爆音だけでなく、白い煙もであった。白い煙が化け物のいたところから瞬時に広がっていき、瞬く間に平原は再び白い霧に覆われたのであった。

「聞こえねえ、見えねえ。」

耳に響き渡る高くて長い音と爆散した中心近くは霧が特に濃い。ソフィが歩いてきていたことがわかったのが目の前についたときだというくらいに。

「立てる?」

ソフィが口を動かしている。何かを俺に向かって言っているみたいだが、聞こえねえ。てかソフィのほうが爆破に近かったくせになんで喋れるんだ。

「あ、聞こえないのね。」

見下したような表情しているってことはまた俺を煽ってるのか。弱っているわりに元気じゃねえか。

だんだん霧は薄くなってある程度遠くまで見えるようになってきたし、ソフィの声も十分聞こえてきた。

「ミアはどうしたの?」

「え?」

ミアにかかった催眠を解くためには奴自身をどうにかするしかないという結論が出た。だから奇襲をかけた。だがこんな感じじゃミアがどうなったのかわからない。

「こっちだよ、諸君。」

奴の声がどこからか響き渡り、あたりを見回すと遠くにいた。しかもミアの隣に気味悪げに立っている。

「安心したまえ、人質などという手段はとらん。」

瀕死のくせに余裕ぶってやがる。

「取引だ。この少女の命と引き換えに私の傷を少女が癒し、私を逃がせ。」

奴はミアに催眠をかけることができたくせに回復術を使わせることができないみたいだ。だから致命傷を回復させて逃げ切りたいということか。

「断ったら?」

「こいつを殺す。」

取引とは言っているがほとんど人質だろ。そもそもこの霧の空間じゃ傷が治った後にアイツのほうに分がある。対等ではない。

「私の毒を解くという条件を加えてくれるなら取引するわ。」

奴は笑う。

「すまんな、その毒の解毒は私にはできん。街に解毒剤があるだろう。あるいはこの少女が解毒できるかもしれんな。」

ソフィは黙る。

ここで黙り込むだなんて何を考えているんだと言いそうになったが、ソフィの顔がはっきり見えてきたことに気づいてやめる。

霧がだんだん薄くなってきている。つまり奴の妖術は弱まっている。仕組みはどうなっているかはわからないが、奴の気味悪い顔がさらに気味悪くなっていっているところから体力が無くなってくると妖術の効果は弱まるのか。

「確かにこの取引の後は対等ではないかもしれんが、今は対等のはずだぞ。そのまま霧が薄くなるのを待っているようなら…」

奴はどこから取り出したのかナイフをミアの喉に触れさせる。

「わかったわ。」

ソフィが返事をすると奴はナイフを消してフィンガースナップを見せた。

おかしい。あの距離で会話ができるくらい音は聞こえていた。だから奴の鳴らした音が聞こえないはずがない。それに何か焦げ臭いぞ。

「なん…だ?」

奴が顔を横に向けたとき、騒音とともに津波のような炎が奴のいる周辺を覆う。

「…は?」

その炎は霧の外から発射され、白い霧を押しのける。それによって炎の通っているところから霧は消えていっている。

「…」

「この感じ…」

炎は散り散りになり、消えていく。同時に霧もすっかり消えた。


炎が消えたのにも関わらず、その熱が未だに平原に伝わっている。

「おい、あれは敵なのか?」

尖った声。太陽の光がその男を照らしている。

「いえ、敵ではないようです。フロガ副長。」

「そうか。」

焦げた大剣を鞘にしまうフロガ。その後ろには三人くらいの兵士を引き連れている。

「あの女…」

フロガとソフィが目を合わせる。フロガは無情に歩き始めた。

「落ちたものだな、ソフィ。」

熱さを醸し出している男は冷たく言う。一方でソフィは身動きが取れないくらい疲れており、片膝を地面に着けていた。

「妖術使いなど、敵ではなかったのにな。」

フロガとソフィにはなんらかの関係があるらしいが、この状況で煽ってくるようなやつはまともじゃない。そしてミアを…。

「なんだ貴様?」

俺は傲慢な騎士の目の前に立ち、睨みつけ、握りつぶれそうな拳でクソ野郎の頬をめがけて殴りつけた。

しかしその拳を受け流され、カウンターの右ストレートがシユウの頭を強く揺らした。

「おい、こいつ殺していいよな?」

フロガは倒れそうになっていたシユウを蹴り落とし、頭を踏みつける。そして後ろにいる兵士らに問いた。

「いや、賊っぽくないですが。」

その迷いのある回答に惑うことなく、躊躇せずにフロガは剣を鞘から抜く。抜き出した大剣の刃部分から炎を纏っていき、その炎の刃がシユウを見下していた。

「まって、そいつは私の連れよ。」

すでに刃はシユウの首めがけて突き刺さろうとしていたが、ソフィの声によってギリギリ刃は逸れて地面に突き刺さる。

「そうか。」

意外にも素直にフロガは剣を納め、シユウの頭を蹴り上げた。

地面に激突して頭から血を流すシユウだが悶えることなくすぐに立ち上がり、またフロガに殴りかかった。

その拳は変わらず空を切り、今度は相手にもされず避けられた。

「なんでミアを殺した?」

「ん?」

フロガの後ろからシユウは怒号を飛ばした。思わずフロガは後ろを振りむく。

兵士らは前を見て驚いていた。

「妖術使いのことか?」

「その近くにいたミアのことだ。」

「ああ?」

フロガは右上に目線を飛ばす。

「そうだっけか。」

「この野郎!」

フラフラになりながらもシユウはほどけそうな拳を振るう。

その拳は受け止められた。

「威勢のいいガキだ、ソフィの連れだけあってタフだな。だが周りをよく見るべきだ。」

「はぁ…?」

朦朧となりながらもシユウは辺りを見回すと傷ひとつないミアがソフィの治癒をしていた。

「ミア、生きてたのかよ…」

シユウは膝から崩れ落ち、倒れた。

疑獄は古い意味の方で。

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