25.霧の妖術師
ゆっくりと唇を血で汚しながら小さい眼でこっちをぼんやりと眺めている化け物。ミアは呆然としたままだ。
「あの感じ、たぶんアレが妖術使いだわ。」
「は?人間じゃなくても魔法が使えるのか?」
「そうみたいね。」
この前森で遭遇した獣も変な魔法を使っていたようだが、そんな化け物が蔓延していたのかこの世界は。
ソフィはすでに口の化け物を警戒して構えをとっている。
一方で口の化け物は馬鹿みたいに咀嚼したままボンヤリとこっちを見ている。
「とりあえずミアを守って。私が化け物を何とかするから。」
「わかった。」
どうするにしても手段はそれしかない。ソフィが化け物を倒すか注意を引く、俺はミアを守りながら退路を探す。
俺はミアのところに向かって歩いた。
その狭間。片足が地面を触れてもう片足を踏み出したときだ。
「避けて!」
暗い大穴がすぐ真横にあった。
覆い潰すように光は消え、暗闇が広がっていく。
しかしそれは視界が紫色に染まることで停止する。
「!?」
俺は投げ出された後にそれが口の化け物の大口の中であることと、紫色はソフィが奴を攻撃した際の出血であることに気づいた。
広い上口はソフィが両手で握る剣によって突き上げられており、化け物はデカい口を開けたまま立ち止まっている。
奴が動けない今がチャンスのはず。
「動かないで!」
立ち上がってミアのもとへ走り出そうとする俺をソフィは止める。さっきミアを任せるって言ってたよな。
その声色は嘘のようではなかった。一瞬でこっちまで移動してきた異次元な化け物を警戒してのことに違いないだろう。
だが一回、この状況でソフィを疑ってしまったのは冗談ではない。ソフィに何か違和感を抱いているからだ。
ソフィは突き刺した剣をさっさと引き抜いて攻撃することもなく、化け物とは硬直状態になっている。いつものソフィらしくない。相手が妖術を用いるということで変わるものなのか。
逆に化け物も化け物で大口に剣が突き刺さっているのにも関わらず、反撃することもなく静止している。ダメージを負っているという風にはどうにも見えない。
「おい!早くやっつけちまえよ!」
「…」
その趣はいつもよりもかなり慎重であり、俺の一声に反応してなのかソフィは少しずつ突き刺した剣を引き抜いていっている。
その間も化け物は無反応。ぼんやりと遠くを眺めている。
ゆっくりと無駄なく剣を抜き下ろす。
その剣の先が見えなくなった。
「!?」
何かに気づいたのか素早く剣を抜ききると、すぐさまその場を離れようと跳躍する。
その直後に奴の口から紫色の大玉が発射され、それは空中に上がっているソフィへ向かっている。ソフィは空中で身体を捻って避けようとするが、なんとそれはソフィの目の前で爆発して霧となった。紫色の霧によってソフィの姿は見えない。
しかし以外にもソフィは何事もなかったかのように化け物から離れた場所に着地した。
「今は一体…」
戦闘経験の豊富なソフィでさえ、目の前にいる化け物と同じような奴と戦ったことは無いみたいだ。
一方で化け物はソフィを狙って発射した方向を向いたままぼーっとしている。
この感じ何かあるのか。
「ん?」
遠くにいるソフィが霞んで見えるほどに、いつの間にか辺りに霧が立ち込めていた。
まずい。この状況で周りが把握できないのは危険すぎる。なによりもミアが心配だ。
「動かないで!!」
未だに見えもしない空を呆然と眺めているミアのほうへ走ろうとしていたときに、ソフィの大声が響き渡ってきた。こっちからは全く見えなくなっているのにソフィはなんで俺の動きが分かるんだ。それにしてもこんなに大声を出されていても全く反応しないあの化け物はなんなんだ。
「そいつは動き出したら反応するのかもしれないわ、だから動かないで!!」
動き出したら反応するだって。言われてみれば俺が走り出した瞬間にあいつは真横に移動していたし、ソフィが剣を素早く引き抜いたすぐ後に大玉を飛ばしていたな。
「じゃあどうすればいいんだよ!!」
思い切ってソフィと同じように大声を出す。
「何もしないで!!」
何もするなとはどうゆうことだ。何かをしなければあの化け物をどうにもできないだろ。
「!?」
化け物が消えた。今の今まで確かにそこにいたのに音も風も何一つ立たせずにいなくなった。
「今、のうちに、ミアの、とこに、走って!!」
どこからかソフィの息切れと共に声が聞こえてきた。化け物がいきなり消えたのはソフィが相手をしていたからか。
どうやって戦っているかはわからないが、今のうちにミアをどうにかするしかない。
「ミア!」
なんとかミアに近づくことができた。耳元で思い切り声を出しても変わらずボンヤリとしているだけだ。ミアの安全を確保するのが優先ではあるけど、ミアにかかっている術を解かないとだめだ。とはいえどうするか…。
「無駄だね。」
「!?」
さっきまではいなかったはずのローブを着た坊主の男が真横から声を掛けてきた。
俺は剣を抜き、その先を坊主に向ける。
坊主の男は動じることもなく微かに音がする向こう側に目を向けていた。
「誰だ?」
俺がそう言うと坊主はニヤリとした横顔を俺に見せる。
「剣が震えているぞ、坊主。」
そのいで立ちは戦いなれている様子。年齢もあっちのほう20以上は高いと思う。
「安心したまえ、君たちには手を出さないさ。」
偉そうにしているこのハゲ。見たところ丸腰のようだがなんで自信満々なんだ。
剣を振り切る。
しかしその感覚は無く、ハゲの体は煙のように揺らいで消えていった。
「!?」
「思い切りはいいようだね、でもやめておけ坊主。」
ハゲは俺の背後にいた。
この感じは間違いなく化け物と同じ妖術使いだ。
「あの大口の妖怪は僕の召喚したものさ、そして僕がこの子に妖術をかけたんだ。」
「は?」
あっさりと口を割ってきた。あまりに自然と言うものだから驚きは二重に重なっている。それとは反対に振りかぶった左拳はクソ野郎の顔面に飛んでいった。
「拳なら攻撃できるとでも思ったのかい?」
さっきと同じようにハゲの体は煙となりどこかに消えた。違うのは煙になる直前に上げた口角が笑い声とともに漂っているときに俺が抱いているのが恐怖ではないということだ。
「そもそも私はここにいないのさ坊主、だから攻撃したとしてもただの幻なのだよ。」
どうりで周りを見てもいないはずだ。だがあのハゲがただの幻だったら攻撃もできないが攻撃もされないという事だろ、それはこっちからすれば万々歳の状況。
再びミアのかけられている術を解くためにいろいろ試す。頬をつねり、耳を引っ張り、逆にずっと見つめてみたり…。
「さっきも言っただろう?娘にかかっている術は坊主に解けないぞ。」
どこにもいないはずの半笑いの声がどこからともなく響き渡る。俺は気にしない、ソフィが戦っている間にどうにかしなければならないからだ。
「…精霊は自分の意志で勝手に動くが、強い敵相手には召喚者が指示を出さなければ簡単にやられてしまうものだよ。」
いきなり意味の分からないことを言ってやがる。精霊ってあの化け物のことを言っているのか?
「つまり召喚者は強敵相手に精霊を野放しにしておくことは無いという事だぞ。」
わけのわからないことが分かりだしてくる。
「ずいぶん余裕のようだな。」
俺の一言で奴の半笑いは大笑いに変わりだす。
「余裕だとも。彼女はただ逃げ回っているだけだ。」
大人げないおっさんの笑い声は不快なだけだと実感する。
「その彼女はたった今、お前の精霊に一撃入れたぞ。」
「…」
俺が言っているのが嘘ではないということは奴が無言になっていることが証拠になっている。ソフィは霧に包まれている中でも俺が見えるくらいに近くまで移動して戦っているのだ。
「あの女、何者だ…」
化け物の大口には三つの切傷があり、そのうち一つはかなりの大傷に見える。一方でソフィには怪我は無いようだがいつもより動きが遅くなっているようだ。
「ボッカニュムペの毒を受けたはずなのに負けているだと…」
毒?あの化け物が口から出した紫色の玉は毒の玉だったわけか。よく見たらソフィが顔色悪くして息切れしているし、毒のせいだったのか。
ハゲが衝撃を受けている間にもソフィはもう一撃を化け物の顎下に入れていた。あの化け物は移動をするとその位置に瞬間移動して大口で喰らおうとしてくる。ソフィはそれを避けて攻撃していたのだ。しかも弱った状態で。
化け物は移動を感知してから瞬間移動しているはずだ、だから瞬間移動直後は静止している。静止してから感知を開始して瞬間移動する。その間に僅かな時間を要する。さらには大口を開いての攻撃が外れればさらに静止している間の時間は伸びる。
その誤差を利用してソフィは走って逃げていた。それだけでも普通の人間には不可能のはずだ。しかしソフィは化け物の攻撃を避けてカウンターすることができている。
「ありえない…」
そういえば俺が攻撃されたときもソフィはそれを受け止めていた。その時点であの速さはソフィにとって大したことなかったのか。いや、そんなわけないよな。
「仕方ない。私が行くとしよう。」
ハゲはその実体を現したみたいだが、これが本物であるかはわからない。奴は少し遠くでソフィと化け物の戦いを見ているみたいだ。それもちょうどソフィから霧で見えないくらいの場所でだ。
あの化け物の本当の力が発揮されるということをソフィは知らない。このままじゃまずい。
戦闘シーンって楽しいかもしれない。
書きやすいしね。
個人的にはパーシヴァルが強いと思ってます。回復できるし。




