23.笑うおっさんと転ぶお爺さん
光あふれる空からあんパンがたくさん降ってきた。
俺は手にとっては頬張り、甘さを堪能。
「やっぱりあんパンはこしあんが一番美味いよな。」
両手はアンパンまみれだ。
「あんパンだ…」
天国があるのならきっとここがそうだ。
これが幸福だってことだろ。もう山賊に襲われることもない。ソフィにあしらわれることもない。ミアに巻き込まれることも。
「あんパンが…あんパン…」
無数のあんパンが雨のように降る。
「ん?」
なんかデカい影がある。特大あんパンか。
影はだんだん大きくなっていく。
「なんか…」
特大あんパンを見たことがあるかと言えばない。だから見覚えのあるこの影はなんなんだろう。この圧迫する感じ。自然と身の毛がよだつ感じ。
…
…
「ああああああああああああああああ!」
思い出した。というか体が覚えている、拒絶反応みたいに。
「獣じゃねええええええええかあああああああああああ!」
空から落ちてくる恐怖によって俺の頭を両手で押さえた。
頭が痛いと思ったらミアがおでこを押さえて立っていた。
「獣って何ですか…」
痛みによって寝起きでも意識がはっきりする。
嫌味の込めた表情の後に呆れたような呟きがあった。
「…早く起きて準備してください。」
おでこを押さえたままミアはテントの外に出ていった。
「嫌な夢だった。」
目覚めの悪い朝、今日は王都に戻る。
あくびをしながら集落の門に到着するとすでに眉間にしわを寄せたソフィと疲れて見えるミアがいる。
「遅い。何時だと思っているの?」
声が大きくないのに俺は仰け反っている。
思い返せば、朝はソフィに怒られてばかりだ。ようやくこれが終わるのだと思うとワクワクしてきた。
「なんでうれしそうなの…」
何故かソフィの威圧感は引いていた。いつの間にか怒りを鎮めるすべを俺は習得していたらしい。
「とりあえず乗って。」
「乗る?」
よく見るとソフィの後ろに馬車の荷台に木箱を積んでいるおっさんがいる。
疑っている間にソフィはスタスタと荷台に乗ってしまった。
まだ積んでいたからおっさんがソフィに眼を飛ばすが、目が合った瞬間に目を逸らして木箱をソフィの邪魔にならないように積みなおしていく。
「ほら、早くしないと日が暮れるわよ。」
動揺しているミアがチビチビと馬車に乗ろうとしているその真横を通り過ぎ、おっさんの目の前を堂々と荷台に上がる。
そして満足げに俺はおっさんを見下しながらミアに急かす視線を送った。
「ええ?」
困惑しながらもミアは怖い顔したおっさんに一礼してから丁寧に荷台に座る。
そしたら意味不明にせっせと狭い荷台から木箱をいくつか下した笑顔のおっさんがいた。
すぐに馬車は動き出し、今まで乗ってきた馬車の中でもとても乗り心地が良く感じたのはミアのおかげだろう。
今日も平原は晴れ晴れとしていて、遠くに見える動物の群れも生き生きしているように感じる。
「そしたら…して…するの…」
「…それって…大丈夫なんですか?」
のどかに通るそよ風も気持ちがいい。
同じように難しい話も耳をスッと通り過ぎていく。
「聞いているの?」
「ああ。」
いきなり現れた肉食動物がさっきの群れを襲っている。
肉食動物が群れの中の一匹に噛みつくのと同じくして俺は一発殴られた。
「あなたは今、誘拐犯扱いされているかもしれないことわかってる?」
「あーそうだったなー」
ミアと一緒に王都を出てソフィを助けに行った早朝。それから何日かロアマトの子が行方不明になれば、あの鬼畜司教ロウエルもカンカンだろう。
だから考えたくないんだよ。
「とにかくさっき私が言ったとおりにして。わかった?」
「はいはい。」
誰のせいでこうなったと思っているんだ。
さっきの肉食動物が別の群れを襲おうとしているとき、いきなり馬車が止まった。
運転している笑顔のおっさんがキメ顔をしてこっちに話しかけてくる。
「なんか事故があったみたいです。」
おっさんの向こうを覗くと車輪が外れて転倒している馬車がある。
ミアが急いで荷台から下りたことに疑問を感じて俺も見に行く。ミアは怪我した爺さんに治癒をしていた。
「た、たすかったよ。嬢ちゃん。」
爺さんはミアに微笑んで感謝しているようだ。
「大けがじゃなくてよかったです。」
ミアも相変わらず丁寧に対応している。なんで見ず知らずの爺さんにそこまで手厚く介抱できるのか。
「爺さん、事故なんて不幸ですな。近くの集落まででよかったら送っていきましょうか。」
運転手のおっさんが爺さんにそう尋ねる。
「すまないね。」
ここらへんの人は気前がいいみたいだ。それなのにここらへんで山賊が多くなるのはおかしいとも思ったが、それだからそうなるのかもしれない。
「ここから一番近い集落ってどこなの?」
いつの間にか荷台から下りていたソフィが不満気におっさんに言う。ソフィはここらへんの人間ではないのは確かだろう。
「大丈夫だぞ、もう少し行くとに集落がある。」
どうやら話は落ち着いたらしい。爺さんを馬車に乗せて近くの集落まで連れていくことになった。
俺とおっさんが辺りに飛び散った木の破片などを掃除してから再び馬車に乗る。
「ん?」
「乗らないのですか?」
ソフィが馬車に乗らずに突っ立っている。あれほど王都に行きたがってたくせにいきなりどうしたんだ。
「先に行っていて。ちょっとここに残るから。」
冷静にソフィは言うが、あたりは何もない平原。
「残るってなんでですか?」
「そうだぞ、王都に行くんだろ?」
ソフィの意味不明な行動に疑問を投げかける。
「いいから、先行っていて。すぐ追いつくから。」
相変わらず言いたいことばかり言うソフィ。それに不満は無くなったが、ミアはそうでもないらしい。明らかに頬を膨らました。
「じゃあ私も下ります。」
「え?」
ミアは何故いつも止めることなくついていこうとするんだ。
「ダメ、先に行って。」
「嫌です。」
こうなると頑固さではミアが勝つことを俺たちは知っている。
馬車にいるロリコンと貧相な爺さんを見た後、俺も自然と荷台から下りた。
「行ってくれ。」
俺が手で払いながらおっさんに伝えると歯ぎしりさせながら馬車を進める。外から見た馬車は酷く振動していた。
建造物がないにもない平原のど真ん中で水平線上にある風車が良く見える。
つまりは周辺には何もないのに、そんなところでいきなり下りるといった女をイカレていると思わない人はいない。
「酔ったんですか?」
「違うわ。」
純粋にソフィを心配するミアは例外だった。
「じゃあなんでだよ、なんにもないだろここ。」
俺がそう言うとソフィは転倒した馬車の荷台の方に歩き出した。
中は小麦粉や塗料などが酷く撒き散らされており、木箱やタルが転倒している。
「変だと思わない?」
「?」
激しく転倒もすればこんな風に荒れるだろ。
俺はソフィをじっと見た。
「…辺りをもう一度見てみて。」
さっきと同じように周りには何もない。ほんとうに何もない。
「何もないですよ?」
居るとすれば、首をかしげて周りを何度も見回すミアがいるだけだ。
「だから何もないのが変なの。」
「は?」
怖い眼光を俺に飛ばした後、ソフィは荷台へ指をさした。
「だから強く転倒したらこうにもな…ん?」
おかしい。
「やっと気が付いたのね。」
ここら辺は平原のど真ん中、それもここら辺は真っ平といっていいほど勾配は殆どない。
「…」
ミアが急かしてくるから俺は説明しろとソフィに目線を送った。
「ミアもさっきのお爺さんおかしいと思わない?」
「…」
ミアは黙ったまま珍しく顔をしかめている。
「お爺さんを治療するのに時間かかった?」
「…!?」
少し笑いながらソフィがヒントを出すと流石のミアでもわかったようだ。
「そう、こんなに大きく転倒しているのにあんなに軽傷なわけないわ。しかもこんな平らな場所で転倒なんてするはずないの。」
いつものように自慢しだすソフィ。
「だから変だと思って荷台を調べたら、案の定そういうことだったわ。」
シユウは大人しく解説するソフィにそっぽを向いている。
「食料には目もくれず、空になっている木箱があるわ。」
「つまりどうゆうことですか?」
何もないところで転倒、軽傷の爺さん、空の木箱。ソフィはその三つの条件から何かを察した。
「あのお爺さんはここで停車した後に襲われた。襲ったのは多分、取引相手で箱の中身を奪っていったのもそうよ。」
ソフィは確信を持っているかのように真っすぐと言う。
「お爺さんは売人か薬の輸送をしていたのだわ。」
あまりにもはっきりと言ったから驚いた。
「あの爺さんが薬の密売人?…そんな風には見えなかったぞ」
「だからよ。自分で密売していますなんて言うわけないでしょ。」
確かにその通りだがあんなに身近にいるものだなんて信じられない。
いや、山賊が横行して怪獣がいるようなこの世界じゃありえないなんてことは無いか。
ソフィはすぐに真っすぐ歩き出した。
「どこいくんですか?」
「追うのよ。」
相変わらずミアもソフィについて行く。
「追うってどこに取引相手がいるだなんてわかるんですか?」
ミアがそう聞くとソフィは回れ右してミアの両肩を掴んだ。
「あなたたちはここで待っていて。」
ソフィもソフィだ。
「無駄だって。ミアは止めたってついてくるぞ。」
「…」
ソフィがミアをしばらく見つめるとミアは両肩に置かれた手を払い、ソフィの前に歩き出した。
「早く捕まえに行きますよ!」
何度も何度も悪いやつに襲われているのになんでこんなに笑顔で戦場に飛び込もうとするのか。
「仕方ないわね…。」
ソフィが先行して平原を歩き出し、ミアもその後をついていくのだから俺もついていくしかなかった。
今回は推理っぽくなったよ。
気づいたら12月になっていたという事は私も異世界にいるという事だろうか。




