113.【廃病院編2】悪魔の病と魔法
傾いた十字はバツ印。その向こうは深い草木に包まれた闇の内。進むうちに暗くなったのは窓からの明かりが途絶えてしまったからだ。床に穴が開いていることもあり、不用意に歩けなくないここは沼地のようである。
視覚が降参したのならばあるのは触覚と聴覚だけだろう。体感はやはり凍てつくほど、暗いせいか余計にそう感じるようでもあり、さらに鉄のどよめくように周囲の音は響いて聞こえる。
さらにその音は、いや、鳴き声かもしれない。カサカサと擦れたり、ドンと大きなぶつかる何かの。
恐らく何かがいる。その不安と不快の中――――リュードはいたって冷静であった。
それはやはり知恵ゆえだろうか。むしろ自信満々に暗闇に立っていた。
「魔術が使える。これこそ文明の理だ」
指先にサファイアの輝かし、すらりと上に振るとオシャレな青いランタンが現れては宙を漂い始めていた。
文明の理。それは未知への展望。身を持ってリュードはこれを理解していた。ただランタンの照らすリュードの顔色は――――青く引きつっていた。
「注射が沢山落ちてるよ! ボロボロの紙も! なんか廃墟っぽくなってきたね!」
もちろんそれはロイバ。むしろ幽霊や動物ならばどれほど安心したかと、リュードは首を横に振っていた。
「文明の理は……馬鹿も見つけ出すらしい」
「え? あ、それよりもこの紙見てよ。古いチラシ、新しいパン屋だってさ!」
「古いチラシの新しいは太古だろ」
「いや、そうだけどさ……すごく美味しそうなのは変わらないでしょ? あーお腹空いてきたよ」
元々は肝試し。そこには未知との遭遇への不安と期待があるわけだ。そして文明はそれを解明することもできるかもしれない。ただそのような明かりがなくとも、ロイバの輝かしい好奇の目があれば大したことは無いなと、リュードは呆れていた。
「幽霊もビビって逃げるだろう。変態は聖職者よりも凶悪だ」
「幽霊がいたらパンの感想聞きたいねぇ」
「そんな明るい人間は幽霊にはならない」
「そんなことないと思うけどなぁ……あ! リュードの後ろに人影が!」
「あ、ああ、現れたか!! 焼き尽くしてや――――」
「嘘だよ」
「お前を焼き尽くしてやろうか」
青いカンテラが霞む赤の灯はロイバの馬鹿げた笑みを映し出していた。しかしリュードも相当きてるなと照らされてわかって、ちょっと苦笑いになった。
「冗談だよ。そんなに真剣にならないでさ、ほ、ほら、これ――――」
ロイバは足元に落ちていたボロボロの文書をリュードへ投げると、その火は静まった。
文書はやはりひどく汚れており文字は傷んで読みにくい。ただ大きくタイトルが書いてあった――――”悪魔の病と魔法”。
大方ロイバは魔法の文字を見て繕ったのだろうと察したリュードであるが、学者ゆえだろうか、すぐに文書の中を漁り始めた。
「ふぅ~危なかった。焚書は怒られちゃうよ。さて、もうちょっとチラシを探してみようかなぁ」
……。
「今度は別の部屋に行ってみようかなぁ」
……。
「あ、また古い教会のチラシが! あ、あるなぁ?」
……計二時間。リュードがその場に突っ立たまま文書を読み始めて二時間経った。さすがにロイバもやることが無くなり、最初はリュードにちょっかいを書けたがまったくの無反応で、最終的にくたびれていた。
「これじゃ僕が病人になっちゃうよ」
「元々そうだろ」
「あ、やっと読み終わったのかい? じゃあもう帰るよ! 幽霊いなかったし」
再び元気に床は軋みだした。ロイバは未練なく廃墟を出ようと歩き出したが――――、
「帰る? 帰るというのか? まだここには未知があるかもしれないのに?」
「……え?」
ロイバの抱いた感情はまさしくこの廃墟に入る寸前に抱いたリュードのそれである。そう、ロイバはコイツは馬鹿なのかと、ちょっと錯乱していた。そしてリュードはとても期待に溢れたそれは恐ろしい様子だった。
すでに探索し尽くしたとロイバは、肌で実感していたからこその存分な恐ろしさがあるだろう。
「い、いや、もう夜遅いし。それに幽霊いないし」
「ああ、幽霊はいないかもしれない。ただここには――――地下がある」
「……地下? 一通り回ったけどなかったよ」
「ああ、それは隠しているからだ」
「隠す?」
リュードはロイバの疑念を置いたまま歩き出した。自ら進んで廃病院の奥へ。逆にロイバはわからぬままその後ろをついていた。
「りゅーどぉ? そっちなんもないよ? そもそも地下なんてホントにあるのかい?」
「僕が間違ったことを言ったことがあるか?」
「いやわかんないけどさ」
「その解らないに真理があるかもしれない」
「どうしたのさ、熱くなっちゃって? そんなに地下って凄いのかい? 大概地下なんて貯蔵庫だよ。今までそうだったしなぁ」
「……お前は病院が何のためにあるのか知っているのか。それにここがなぜ恐れられたのか」
リュードは不満げなロイバへ突き刺すように言葉を投げかけた。ただ効果なくロイバはアホ面を疲労しただけだった。
「きっと村の人間は賊や動物が居たり、呪いがあるかもしれないと恐れていたはずだ」
「そういえばそうだったっけ。でも賊とか動物じゃ雰囲気出ないよ」
「いや、十分にあるだろう。特に呪いは、しかもそれが”未解決の呪い”であれば」
「ん?」
「ああ、お前のことじゃない」
「言ってないけどさ。話し続けてよ」
「そもそも病院とは――――」
元々この世界には薬草や療法などの医学があった。これはロアマトと呼ばれる聖術の原初が現れるまで病への大きな対抗だった。医学はもちろん治療を目的としていた、ただそれは聖術でも可能であった。次第に聖術への信仰が強まるにつれて医学は排他され、病院の数は減っていったのだ。
「病院って昔の教会みたいなものだよね。というか今ある病院は廃墟ばっかりだし」
「確かに現在では教会で治癒を受けることができる。だからといってまったく同じではない、いやむしろ逆ともいえる」
リュードはひどく赤い爪跡の残る壁へ視線を移した。その部屋には錆びついた鎖が散らばっていた。
「聖術は完璧ではない。奴ら聖職者はそうは言わないが、それでは治らないものもあった。そんな呪い、医学的には病か。それを患った人間はどこへ行くか、いや、送られるか」
「……閉じこめてたわけだね。未知の病を」
「ああ、でもそれだけじゃない。普通の病院ならその程度だろう。ただこの病院はそんな思想は持たない」
リュードはその文書をロイバへ返した。そう、その題名とは”悪魔の病と魔法”である。
中身を見なくともわかる神への反逆たる悪魔の概念、医学の概念である病。あとは聖術の含まれる魔法である。
「医学では魔法を扱わなかった。それはきっと魔法の祖が生まれる前からの信仰だろう」
「でもここにこの文書があったってことは、この病院は魔法を用いた医学を進めていたってことかい?」
「そうなら平和だったろう。恐らくその本質は――――魔法のため、いや、聖術のために患者を実験台にしていた。というところか」
「逆……だね」
「さすが聖職者と言ったところだ」
悪魔と病と魔法。その文書の中身は精密に書かれた患者への、いや、悪魔に憑かれた呪われし人間への正しい粛清の実践と結果であった。
「完全に呪われた人間は悪魔と同等であり、それはどのようにしても殺しても構わず、ならば聖術を色々と試していた」
「聖職者のほうが悪魔みたいだね。って言ったら僕も悪魔扱いされちゃうか」
「そうだな。今じゃそうじゃないだろうが、昔はそうだったのだろう」
「なるほどね。それはそうとしてさ――――地下室は本当にあるの? 別に関係なくないかい?」
話ながらもさらに爪深まる廊下の奥へ進む二人。
「ふぅ……詳しくは文書と知恵で分かるものだが、まぁお前のような馬鹿にはわからないだろう」
「辛辣だねぇ、なかったら許さないよ?」
「なかったらか。そこにあるではないか、地下への階段が」
左右の分かれ道の突き当り。リュードは足を止め、指差したのは真っ白な正面の壁――――ひどく綺麗であった。
リュードは指先に魔術の青き灯を集中させ壁を文書に示してあった通りになぞった。
すると壁はカーテンが開くようにすらりと道を開けた。
「患者の中にはもちろん魔術師もいただろう。ただそれが使えなかったのは呪いのせいではない」
――あとがき――
なんか設定のようなことばかり書いてしまったけど、あんまり気にしてないぜ。




