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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【三章】エンテレケイア(前編)
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109.【東京編3】切り刻まれた原型

淡い灯りに挟められた暗い路のさらに奥へ紛れようとする人影、その足鳴りはほんのりとした雰囲気に一歩早く眠らされている。


そのせいで追われるこの心は迷宮に絡んでしまって頭が破裂しそうだ。

息を忍ばせ普段よりも小さく映る背中を見失わないようにまたちょっと物陰からはみ出て歩く。


やっぱり見間違いじゃない。ホテル街の中をどこにでもいそうな男と、その腕を抱きしめている女性が、その柔らかすぎる笑みも、静かに色らしくしている東京の服装であっても、あれはソフィだ。

たまに聞こえてくる口癖、美しく落ち着きのある歩き方、そして今もこの胸を締め付け続ける痛み。見間違いならとっくに俺は平気になっている。


なんでここにソフィがいるのか――――なんてことはどうだっていい。ソフィをあんな顔にさせることができるあの優男は何者なんだ。まさかシュロムか。いや、ここ東京だし、違うだろ。

だったらなんなんだよ。もしもこのままソフィがあの人と中へ入っていったら――――そんなわけがない、そんなのはソフィじゃない――――けれどそうなったら――――ああ、頭が爆発しそうだ。


どれほど困惑し混乱し悩みに蹲っても目に焼き付かれている光景は幻なわけもない。ソフィはあの男と性の路地を奥へ進んでいく、喧嘩することもなくずっと幸せ溢れて艶めかしい顔して。

そんなものをずっと見ていて、だんだんとこの状況に慣れてきて安らいできてもいた。この落ち着きが永遠になってほしかった――――――――けれどたった今、ソフィはあの男とホテルに入っていった。


張り裂けた胸の内から何かが湧き上がってきた。

憎しみなのか、怒りなのは疑えない。頭だけでなく全身の血管が沸騰している。

身体が木端微塵になるくらい溜まりに溜まっている、どうしても抑えられない感情がある――――――――はずなのにどうしても俺は歯を噛みしめたまま物陰で、そこへ行けない。


もう散々だ。

夜空に輝く小さな星々も新円のような月でさえも濃い白雲に隠されている。そして遠くからの眩い光は静かに、濁った曇りを照らしてくる。


あれは――――夢だった。悪夢だった。

現実逃避の続きをしよう。そのやつれた足をようやっと動かした――――――――その靴先は鮮やかな赤が濡れていた。驚けば今度は腕に紅い飛沫が生温かい。


「……ソフィ?」


全身血まみれのソフィがホテルから出てきた。

手に持っているナイフから滴った血粒がその足元の血溜まりに波紋を一つだけ。どこか虚ろで、静かに身震いしている。けれども今までの尖り覇気のあるものとは違う、染みこむように凍りつかせる殺気があり、ここからでも血を固め、心臓が止まらせようとしてくる。


ただ俺はまったく気圧されてはいなかった。まさしく誰でも殺しそうなソフィだけど、むしろそっちのほうが俺にとっては懐かしく、嬉しかった――――でも自己嫌悪の傷はより深くさせている。痛みを誤魔化しているだけで。


俺はソフィにゆっくりと近づいていく。

わざと足音を立てながら、鮮やかな血を踏みしめながら、勝手に身体は離れた方がいいと訴えるけれど無視して強引に。


「…………」


あったのは――――男の無残すぎるバラバラに切断された死体。特に皮一枚でつながった頭、その顔は何百回も切り刻まれ、もはや顔に原型はない。

酷い有様だ。言葉にできない。さっきまであった嬉しさも怖気に変貌し、だけどそんなのはすぐ忘れ去られ、強い戸惑いに立ち尽くした。


「……なんできた」


こちらを向くことなくソフィは喉を押しつぶすように呟いた。散り散りとした、ここに跡形もない死体よりも、切り刻まれた様子の声だった。

近づくべきじゃなかった。人違いだとして逃げていたほうが良かった。そう強く後悔させたのは、その声によって気づかされた、じわじわと侵食してきたソフィの不気味な殺気への恐怖だった。


「……あなたも偽物なら同じように殺すわ」


鋭利すぎる眼がこっちを向いて呼吸と鼓動を貫く。

確かに見えているはずなのに暗すぎてわからないソフィの顔、黒紅く染まったドロりとした髪、血の乱暴な臭さに鼻がやられそうだ。

今になって、これが本当にソフィなのかと疑ってしまうほどに変わり果てていた。


怪物か、妖怪か。殺人鬼か。そうにしか映らなく、頭がそう納得しようとしている。でもなければ喉を言葉が通らないことを説明できない。

それにこれさえ無駄だろう。何を言ったところで俺のことを信用するわけがない。冷静に判断できると信じれたなら、俺のほうが狂っている。でももう狂っているのかもしれない。


「……そう、だったら死んで」


ソフィはナイフを強く握りしめた、その身体の震えを抑えつけるように。そうしたら俺に向かって迷うことなくその刃を振るった。

それはとても緩やかで、綺麗で、どう斬ればどうなるのかが決められた振る舞いだった。でもいつもの冷静な感じじゃなく、顔は見えないけれど感情的になっていることがわかる。


どれだけ心に支配されようとも、その剣は、行為は変わることない。美しいまま。やっぱりこの武器の扱い方はソフィだ――――――――俺は避けることもできず、切り刻まれた。肉も骨も血に変わった。


「……やっぱり違う。あなたは本物みたいね」


ナイフは止まっていた。振られてすらなかった。

助かったのか。本当に生きているのかって少し混乱している。死ぬ覚悟する前に死の感覚がきていた。その未来が浮かんできたくらいだった。


そしてそれは刃がこちらに向いていない今も感じる。凍るような先程の殺気に紛れて尖ったような気迫も混ざり合ったものが強烈にある。

変な動きをしようものならば敵味方関係なく殺す。そう確信できる。



ソフィは上着を脱ぐとナイフをハンカチで拭い、辺りを見回して歩き始めた。

東京出身ではないけれど故郷の日本、俺のほうが道には自信があってほしいのに、ソフィは狭い路へ迷うことなく入っていった。


「今から首謀者を探す。手分けして怪しいところを捜索するわ」

「首謀者? なんだよそれ?」

「この変な場所に閉じ込めた犯人、いえ、おそらくシュロム。探して殺す」

「で、でも――――」

「……」


言い返すことを許さないギラリとした眼光。

この変な場所だとか、閉じこめた犯人だとか。まだシュロムが絡んでいるって決まったわけじゃないだろ。

普通に何かしらの要因で俺とソフィが東京に転移されただけかもしれない。だったら最初から敵なんていない。


「また行き止まり。嫌な場所」

「おい、地図ならある」

「……とりあえず大通りまで案内して」


大通りなら地図を使わなくてもさっきの路を戻っていけば普通にいけただろ。なんで裏路地なんか入ったんだよ。

だなんて文句言える雰囲気じゃない。ソフィはかなり殺気じみてる。俺のことをまだ疑っているのだろう。

どうにかして誤解を解きたいし、ただの転移の可能性もあるとか説明したいけど、どうしたら収められるんだ。


頭を悩ませながら歩いて行き、入り組んだ路地裏をやっと抜けた。久々の光が眩しくて目を瞑りそうだ――――、


「動くな!!」


張りのある声が光を飛ばし、こちらに拳銃を向けている警察官十数人を見せてきた。

そうだ。ソフィは殺人をしてしまった。警察から追われて当たり前だった。

ソフィと再会したから現実世界の感覚が戻ってこなかった。こうなったら終わりだ。俺は手をあげて降参した。


「何をしているの。さっさと進みなさい」

「おい女、手をあげろ。凶器を下ろせ!!」

「わかったわ。ナイフを下ろせばいいのね」


ソフィは警官の言う通りナイフを下ろした。というか地面へ落とした。さすがにソフィも状況がわかっているのだろう。

と横を見たとき、そこにソフィの姿は無かった。目を戻して警官のほうを見ると、全員倒れていた。


「こっちの道ね。さっさと行くわ」

「お、おい」

「何?」


すでに警察に追われているだけで大変だというのに、これ以上暴れようものなら死刑だ。共犯の俺もただでは済まない。

そう説明したいが、やはりソフィの凄まじい気迫がそうはさせない。言おうものなら俺が殺されるし、どんな敵であろうと倒し尽くすとその目が宣言している。


「くそ……」


さらに遠くからサイレンの音が響いている。俺たちを捕まえようとしているのは明らかだ。しかしソフィはそんなのをお構いなしに進んでいく、繁華街へ。


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