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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【三章】エンテレケイア(前編)
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107.【東京編1】死と隣り合わせとサヨナラ?

死体を見るのはこれで何度目だろう。


風の町から出て平原を北に進んでいき、綺麗な山の景色も川もあった。

ただ目を奪われるのはそんな美しさだけじゃない。無残な姿になった農民、襲ってきた山賊の死体、いつものようにこの世界では人が殺し殺されていく。生臭さも、言葉にならなかった残酷さも、もう見慣れてしまった。


「ロアマトの子、いいかげんやめたらどうだ? この国に知らない死体を墓に埋めようとする人なんていないぞ」


俺たちが死体を無視して歩くたびにミアは列から離れ、それに防腐液をかけて祈る。とても丁寧に真摯に祈っている。死体の数はわからないけどミアが祈っていなかったことなんてなかっただろう。

それでもその善良な祈りは意味がない、死体はきっとそのまま放置され続けるとリュードはいくつかミアに言い放つ。防腐液で腐敗を遅らせても、死体が回収されてその家族の元に届くことなんてないと。


「わかっています。でも……」

「その液体を撒くことで動物がそれを喰えなくなる。すればその動物は村を襲うかもしれない。どちらにしろ、本来あるべき自然の姿が崩れてしまう。それはあるべき形ではない」


ミアは何か言いたげながらも言い返さない。その言い分はだいたいわかる、おそらく宗教とか文化の違いだろう。ミアは救いを与えるロアマト教、リュードは自然の摂理を利用する魔術を扱う身分。信じているものがほとんど真逆だ。


「わかりました……せめて祈りだけはさせてください」


ミアは足を止めて待つ俺たちと残り少ない防腐液の瓶を気にしながらも今までより少し長く祈った。


さらに北へ歩いていく。だんだんと風が冷たくなってきた。

まだ死体はよく見かけるけれど、俺はこの冷たい気候が死体の腐敗を遅らせ、できることなら待つべき人に届くことを想った。

そしてこんな風に死ぬ人がいなくなることを願った。



一行はムールハット学院を目指して進んでいる。それで今はこの長い長い平原をずっと歩いている。ああ、体力がついてきたと思ったけれど全然しんどい。


こんなところ通らなくても元々はちゃんとした道もあったんだ。でも国際的に緊張状態であるこのレイロンド領では旅人は厳しいチェックを受けるらしく、やはりちゃんとした道は帝国兵がいて通れなかった。ソフィの顔の広さも帝国に近づくにつれて利かなくなってきているみたいだ。


あの洞窟を通り抜けれればすぐにムールハット学院まで着くというのに大きく迂回しなければならない。まだまだ時間がかかりそうだ。


「はぁ……疲れた」

「シユウって体力無さすぎですよ?」

「お前らがありすぎるんだろ、もう三時間くらい止まらずに歩いて平気なのかよ」

「別に平気だけどね。こうやって走り回れるほど有り余ってるよ!」


ロイバがどっかのネズミを追いかける猫みたいに走り回っている。なんか見てるだけで疲れるな。

そもそも昨日戦ったばっかりだったし、もうしんどすぎる。あれだって帝国兵が町に駆けつけて来なければ――――、


「不満ばかり抱いていないでさっさと歩きなさい。もう少しで町に着くから」

「シユウ、そうですよ! ほら、煙突が見えてきてますし」

「シャーペンの芯みたいな感じだけどな……」

「なんだいシャーペンって? 詩人の名前かい?」

「もういい……」


あとちょっとだけなら頑張るか。

再び足を踏み出す。あいつらの一歩よりも俺の一歩のほうがどう考えても重く見えた。

こんなんならもっと運動しとけばよかった。



いや、やっぱりおかしい。だいたいどんな人間でも4時間歩けるほどか。それも整っていない道に加え、山賊とかが度々襲ってくる道で。ミアが祈る時間だけじゃ休憩にならないって。

なんか複雑な気分だ。


「下ばっかり向いてないで村に着きましたよ!」

「ミアは元気だな……」

「だってこの景色を見てくださいよ!」


煉瓦で作られた家々が建ち並んでいる。村を遮るように穏やかな川が流れ、花も咲いている。とても長閑で自然あふれる村だった。こんな風景も見慣れてるのに新鮮だと感動してしまう。こんな風景はあっちの世界じゃなかなか見られない、その感覚が残っているからだろうか。


「ようやっと休める……」

「村の感想とかないんですか?」

「シユウにそんな感性は無くなっちゃったんだよ」


弱っている人間をいじるのをやめろ。

とにかく酒場に行って休みたい。喉も乾いたし、腹も減った。

どこだ、どこだ――――ん? 色っぽいロングヘアーの女性が俺を見てる? なんだあの美女は。すごく綺麗だ。


「酒場を探すよー」

「ちょっとロイバ、まずは村長に挨拶しないとダメですよ」


透き通る白い肌で大人っぽくて、なんか引き込まれる瞳だ。

ドキドキしてきた。疲れもなんか麻痺している。


「では僕は別行動するとしよう。宿はあそこの宿だろう? 何かあったら本屋に声かけてくれ」

「ちょっとリュード、ご飯は? あー……」


ロングヘアーの女性が俺に微笑んだ。あれ、これってもしかして気に入られてる?

なんかこう、高鳴ってきた。あの人について行きたい――――、


「さっきから何してるの?」


ソフィの憤った声に情欲が吹っ飛んだ。そのやや軽蔑が込められているであろう目つきに俺は一瞬にして縮こまった。怖すぎるだろ。


「あなたはまだ子供よ。事件に巻き込まれることだってありえるわ、気をつけなさい」

「子ども扱いするなよ。俺だって戦えるようになってきたんだ、ただの悪人くらい倒せる」

「そう……やる気は十分だけれど足が疲れ切っているのに気づいていないみたいね。まずは体力管理からでしょ」


何を言い返そうとしても厳しく返される。手堅い。

確かに走ることができないくらいに足はダメだけれど。わかってるなら優しくしてくれてもいいだろ。


「シユウー! ここ、酒場だよー!」

「え? ってなんだよ、その白い髭は? もう飲んでるのかよ」

「ほら早くしないと全部飲んじゃうよー!」


俺は大人だ。だからこそ酒が大概の疲れと嫌気を癒してくれるのを知っている。というかこういうときは飲んでなんとかすることにしよう。

やれやれと首を振るソフィを無視して、俺は酒場まで絞り切った体力で走った。そしてそこで俺も白髭を生やすんだ。



酒を飲み漁って気づいたら夜道。

ロイバがなんかさっきからうるさい。


「シユウ、行こうよ~?」

「行かない」

「いいじゃん、行こうよ~? どうせ一日くらいサボったって大丈夫だって~」

「あのまま呆れられたままでいられるか」

「え~? そのための肝試しだって~」


肝試しとか何楽しもうとしてんだよ。そんなことよりも稽古だ。

俺はもっと強くなってソフィをアッと言わせるんだ。ああ、そうだアッと!


「シユウもしかして……怖いんだね?」

「ち、違うに決まってんだろ!」

「あ、絶対そうだ! ムキになってるよ!」

「なってない!」

「嘘だ~! だったら肝試し行こうよ~?」


この野郎。別に俺は幽霊なんか怖くない、廃病院なんて怖くない。夜な夜な物音がいくつも響いてきて入ったら戻れないと言われている、しかも酒場のマスターが夜に絶対に近づくなよって十数回念を押していたけれど、あの怖い顔つきのマスターが汗をだらだらにして歯をギクギクと震わせながら言ってきたけど、怖くないし。なんならマスターのほうが恐いだろうし、いやでも怖くなんかないし。


「怖くなんかねえよ!」

「だったら?!」

「肝試しに行ってやるよ!!」

「そう来なくっちゃ――――あ……」

「おい、どうした? ロイバから誘っておいて怖がってんの――――あ……」


宿屋の扉の前、あり得ないくらい殺気を漂わせこちらを睨みつけて立っているソフィの姿が。あれ、なんかズボンが冷たくなってきたような。


「何時だと思っているの? 明日も早いってあらかじめ言っておいたでしょ?」

「いやそれはその、あれだよね? ね? シユウ?」

「……俺はロイバに捕まえられただけです」

「っておい! そんなことしてないよ!?」


半分はホントだろ。それだけ悪ければ俺は無実だ。

無実だろ。なんでまだソフィが睨んでくるんだよ。


「ロイバはいいわ。別に旅に支障はでないだろうから」

「やったー! おっさきー!」

「ちょっと待てよ!」

「やだよー!」


ロイバは俺をあざ笑いながら飛び跳ねて宿に入っていった。

クソ、お前だって酔いまくってるのに何で俺だけ取り残されるんだよ!


「……馬鹿なのかしら? そんなに酔ってたら明日起きれるのわけないでしょ。なんでわからないの?」


ヤバい。これはマジで長い説教だ。

冷たい風が吹いてだんだんと酔いが冷めてきた。それだけじゃなく、ソフィの冷徹過ぎる様子にさらに酒を飲まなきゃ凍え死にそう。


「そもそもまだ15歳? だったら酒なんて飲むべきじゃないわ。だいたい次の朝は寝坊してこっちの予定が狂って……」


小一時間、宿屋の外で説教された。

途中狼の遠吠えが三度ほど聞こえて、何回か心で遠吠えを返していた。助けてくれと。

そしてだんだんと「なんでこんなに怒られなくちゃならないんだよ」と俺のほうがイライラしてきた。

けれど言い返せばさらに怒られるだけだったのでやめた。だって怖すぎるし。



そんなことがあって酔いも完全に醒め、げっそりと疲れが戻ってきた。というか倍以上に戻ってきてベッドに俺は倒れた。

「これは絶対寝坊するな」とクソリュードが小さく言ってきたのと、この期に及んでまだ「よし、肝試しに行くよ!」とクソ馬鹿クソロイバ裏切者三世が元気よくしていたのにイラっとしたが、さすがに睡魔には勝てなかった。


意識が溜まりに溜まった睡眠の海に沈んでいくのを実感しながら俺は目を閉じた。

真っ暗よりも真っ暗で何も感じない無の時間、きっと時間が飛んだようにすぐに目が覚め、ミアが「朝ですよ!」と起こしに来るのも肌に感じていた。


――――はずなのに。瞼の裏は点々と眩しかった。そして耳にぶつかる音音は懐かしく感じる騒がしさがあった。


「……あれ? ここは?」


紫色の夜空、ビル?に映る眩しい文字、白い線が並ぶ横断歩道、青信号に渡って行く数えきれないほどの人間――――――――遠くにこちらを見下ろしている赤い東京タワー?


まだ酔いが醒めていないのか? これは夢なのか?

その疑いがハッキリあるように覚めていて、馴染んでいた感覚と空気感が蘇っている。



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