99.【風車町2】カーテン
月の明るさに雲は羊毛のように白く、平原にはゆるやかな風が吹いている。風車もほとんど回らず十字になって休んでいる。華やかだった町は寝静まり物音はほとんどない。
だが宿の窓から度々煌めくシルバーは騒がしく、眠りを妨げてくる。
俺はその銀を辿って町の外へ出ていった。
青くなった芝の上にぽつりと立っている見慣れた影。その素振りは近づいてもまったく音はない。だからこの静寂の中で自分の足音が目立ちすぎて腹が立つ。
そんな足音からくる胸のどよめきは俺が止まってもそのままだった。
「また剣を教わりに来たのかしら?」
ソフィは俺のことを一切見ず、素振りしたまま言った。だからその質問が的外れなことがわかってない。俺はそういうソフィの性格に嫌気が差してここに来たんだ。
「今日はもう疲れたでしょ。おとなしく寝てなさ――――」
「決闘しろ」
その澄ました言葉を遮るとソフィは初めて振り向いた。俺の宣言に対して驚き、じっとこっちを見ている。
「今、なんて言った?」
「決闘しろって言ったんだ」
「……なんのつもり?」
俺が何かを企んでいると思っているのか、ソフィは疑いの目をしている。そんなわけがないだろと俺は睨んで返す。
それでソフィも俺がふざけているわけじゃないと気づいているはずなのに、まだ目を細めて見てくる。
「本気?」
「本気だ。一発ぶつけてやる」
「……わかった」
ソフィは溜息をした後、剣を一度振り、真っすぐこちらに向けた。顔つきは固い何かを感じさせる、気迫がある。反射的に逃げたくなるような怖さがある。
でもそんなのに怯えたくない。ソフィに一泡吹かせて、俺が荷物じゃないことを認めさせるんだ。せめてこの気持ちだけでも叩きつける。
だから俺は退かない。同じように剣をソフィに向けた。
「震えてるけど、覚悟はできてるのかしら?」
「震えてなんかない。できてるに決まってるだろ」
「そう――――――――じゃあ行くわ!」
その掛け声とともにソフィはパッと消えた。
どこにいるのかと周りを見渡そうとした寸前に下からゾッとする気迫に気づいた。俺は急いで剣で身を守った。
「っう!」
剣を吹き飛ばそうとする重い一撃。なんとか耐えたが、体勢は大きく崩れた。
もちろんソフィはこの隙を逃さない。空かさず追撃をしようとしている。
防御できない、やられる。こんな簡単に負けるわけにはいかない。
光閃く刃が俺の首へ走ってきている。嫌だ。
「嫌だ!!」
嫌悪が恐怖を上回り、斬られることなど気にせず、俺はソフィ目掛けて無理やり剣を振り落とす。ここでただ負けたくない。せめて一発でも――――――――。
そう願いを込めた一発は容易く剣で受け止められた。
ソフィは自分の狙いすました攻撃を瞬時に防御へ移したんだ。
なんでそうなる。
攻撃の姿勢からすぐに防御に変えたその素早さや滑らかさ、これも驚くべきことだが、そこではない。
わざわざ勝負を決められる一撃をやめてまで俺の攻撃を守ったこと、そこに俺は困惑している。防御ができたのなら攻撃は間に合っていたはずだ。
「感情的になったら負け。こんなの基本よ」
「うるさい、まだ負けてない!」
余裕な顔して馬鹿にしやがって。鍔迫り合う中、俺は剣を押し付けていく。
ソフィといえど身体は細く、女だ。技は凄くても、力勝負なら負けていないはず。
音を鳴らして震える剣身。やった。
俺の力にだんだんとソフィは耐えきれなくなっているようだ。姿勢も後ろに寄ってる。もう少しで崩せる。
どうだソフィ、舐めて受け止めるからだ。俺だって力はあるんだよ。だからいい加減――――――――その無表情をやめるときだろ。
まだ余裕だって言うのなら、このままソフィを転ばせて勝負を決めてやる。俺はさらに力を込め、押し倒そうとした。
「っえ?」
そうやって押した瞬間、俺は前のめりになって転ぼうとしていた。ソフィがするりと俺の力を受け流したからだ。あの顔はそういう意味だったのか。わざと誘ったのかよ。
そのままソフィは肘の強打を溝に入れ、俺は蹴り飛ばされた。
気持ち悪い、吐きそう。
起き上がれない、溝が痛すぎる。
「休んでる暇はないわ!」
ソフィはやはり容赦なく、地面に這いつくばっている俺のほうへ飛び掛かってくる。
まだ終わらせたくない。気力を振り絞り、無様なまま剣を杖にしてなんとか立った。
向かえ来る攻撃に備え、俺は剣を構える。
首元を狙った振り下ろし、脇を狙った横振り、足への振り上げ。
ソフィの凄まじい攻撃の連続を根性だけで受け止める。
一発一発が剣を大きく揺らしてくる。力を込めて握っても剣の芯から伝わるくすぐる振動に麻痺しそうになる。
首元、脇、足。首元、脇、足。
平原に響く、剣のぶつかる音がだんだんと速くなっていく。
ついて行こうと集中し、意地でも受け止めている。でももう長くはない、前腕が爆発しそうで耐え切れない。
「っ!?」
激しい攻撃の中の一拍、ソフィの剣が来ない。止まった。
何故か剣を止め、目の前でじっと俺を見つめて立っている。
ようやく距離を取れる、腕を休められる。そうやって俺は安堵しようとしていたが――――――――違う、これはチャンスだ。
ソフィが攻撃を止めたのは俺が限界だったのと同じように、体力が切れたからだ。だったらこの刹那の隙を攻撃しないでどうする。
「あれ?」
腕は意思に反して流れていく。あるべきだった位置に剣を置くために。
意識はハッキリと攻撃を指示しているのにもかかわらず、腕は勝手にそこへ向かう。
「おわりね」
その声が耳を透き通っていくと、ソフィの姿が消えていた。
どこに行ったのか、辺りを見回すがどこにもいない。
後頭部にぶつかった声、向くと銀色の輝きに目を眩まされた。
躊躇いなく顔面を斬り裂こうとする刃に思考も感情も止まり、張り裂けそうな死の感覚が呼び起こされていく。
今までいろんな敵に何度も殺されそうになった。でもどこかで助かるような気がしていて、いや死んでも納得いく気がしていたから怖いだけだった。死にたくないだけだった。
でもソフィが今向けている斬撃はそれ以上の、一度味わった死の感覚よりも強い何かだった。
「嫌だ」
その感覚はあまりにもしつこ過ぎた。
だから思考と感情、意識が動かなくても、身体は自然と拒絶し、決断をしてしまった――――――――持っている力の全てを魔剣に込めることを。
渦の魔剣の刃はたちまち入り乱れた風を纏い、一気にそれを爆散させた。
そして散り散りになった風は逆流し収束していく、ある別の一点へ――――――――ソフィの位置へ。
「!」
ソフィの顔に一瞬、驚きが現れた。
ただそれすらも止めるようにガッチリと渦はソフィをその場に固定した。指の一本すら動かすことはできない。
無意識だった。
そのせいで動けずにこちらを見ているソフィを認識するまでに数秒かかった。
だけど無意識だけじゃなく、そこには驚きもあった。あのソフィが目の前で何もできない。今なら簡単に倒せるという事実に。
その驚きにさらに意識が飛んでいた。
ソフィはうんざりしたような目つきをしている。でも別にルール違反ではない。
だから特に悪いわけでもないのだが、やっぱり勝った気はしない。
そもそも俺も魔剣を使うつもりはなかったから、無意識だったから、満足できない。
「今がチャンスよ。存分にやりたいようにしなさい」
留める力に抗うことなく、ソフィは俺に言った。その言葉が何度も胸にズキズキと響いて痛む。なんなんだこれは。
俺は剣を握りしめ、まだ決められずにいた。
でも勝つなら迷っている時間はない。あと数秒で力は解けるだろう。それに魔剣の力を使ったせいでもうほとんど戦う体力は無い。ここを逃すというのは負けるのと同じだという事だ。
それは悔し――――――――いや、違う。悔しいのは今だろ。もうわかっていたんだ。俺がすでに負けたってことを。だから悔しくて立ち尽くしているんだ。
「時間切れよ。だいたい10秒くらいだったわね」
身体が動けるようになるとソフィは一瞬にして距離を詰め、その刃を俺の首元で止めた。お前の負けだと言わんばかりの鋭い眼光を俺にぶつけた。
言いたくない。
悔しさのあまり噛みしめた歯が砕けそうだった。いっそのこと砕けろとも思った。
でもすでに勝敗は決まっていた。どうすることもできない。
「……俺の負けだ」
閉め切って破裂しそうな喉から吐き出した。
これで負けたんだ。最初からわかってたけど――――――――やっぱりダメだった。なんにもできなかった。
「……」
ソフィは戦う前と変わらない、それよりも前と同じ顔のまま剣を収めた。
月明かりに照らされても、夕暮れにそっぽ向いても、ソフィはいつもと同じ。俺はこれを変えてやりたかった。
勝負に負けた敗北感よりもそのつまらない顔を見て滲んでくる怒りのほうがまた濃い。
でもまだだ。これは0勝1敗ってだけだ。
いつか勝ってその顔色をなんにでも変えてやる。そうとでも思わないと、この濃い感情を抑えつけることができない。
「次は絶対に勝つ。だから剣を早く教えてくれ」
通ってきた喉が焼けそうなくらい思いを込めた言葉をぶつけた。
ソフィの目から目を離さず、絶対に断らせないようにじっと見ていた。
「……わかった。でも今日はもう休む。疲れたから」
どこか呆れたような感じでソフィは了承し、言葉の通りに町へ歩いて行った。
離れていくその背中は見るたびに強者には思えない。だけど記憶がそれを否定する。
だからこそ塗り替えるんだ。ソフィが安心して景色を眺められるように。
それまで俺はその背中を追っていく。
いや、それだけじゃなく追い越す。
「そういえば、どうして私に挑んできたわけ?」
ソフィが後ろから問いかけてきた。
そんなの正直に言えるわけがない。
俺の足が止まるとともに音が止まり、静寂が襲ってきた。
でもソフィの顔がなんかだんだんと疑ったようになってるし、どうにか誤魔化すしか。
「……その剣の反射が窓から入ってきて眠れなかったんだよ」
「え?」
ダメだ。誤魔化しきれない。
だったら追求される前に逃げる。
俺は満身創痍の身体に鞭を打ち、ソフィの煩い反論が来る前に静寂が回る風車町へ去っていった。
「……」
――――ソフィは宿の二つだけカーテンの閉まっていない部屋を見上げた。
~あとがき~
言ってしまえばここの主役は前回現れた甲冑の人なんだ。
だけど自然とこっちのほうに話が流れたんだ。
今更書かないでいるわけにもいかず、この回だけはズラすしかないという結論になった。
今回、表現を強めに書きたくなっていて、というか今頃になって自分は表現する方が好きだという事に気づかされて、詩的な文が多いです。
でも元々はもっと多くなりそうだったんで、バランスが大事だなと平坦な文でバランスを取りました。
重要なところは詩的にして、そうでないところは平坦にする。そうすることで緩急が生まれて演出できる的なやつ?




