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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【三章】エンテレケイア(前編)
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98.【風車町1】焦げ臭い夕焼け

ああもう疲れた。

こんなことなら冒険者になるんじゃなかった。


狭い山道、硬い地面に涙の混ざった血が擦れていく。

棍棒、斧、槍、三人の巨漢が転んだ僕を見下ろしている。その眼光は邪悪そのもの、命乞いの言葉もあざ笑った。


災難だった。山賊に襲われるだなんて。

僕の身体はすでに傷だらけ。もうダメだ。


「へっへっへ! 死ねえ!」


巨漢は斧を僕の頭目掛けて振り下ろす。

もう僕は避ける体力も気力もない。死の覚悟は絶望の中で自然とできていた。


「待った!」


張りのある声が斧を止めた。

巨漢たちは目を細め、声のあった方向を見上げた。


僕はその視線を辿っていく――――――――甲冑の男が一人、変なポーズで丘の上に立っていた。


「俺が現れたからには大丈夫だ! 山賊など俺が懲らしめてやる!」

「なんだお前?」

「名乗るのはお前を倒した後だ!」

「おいおい。こいつ、馬鹿じゃねえか?」

「三人に勝てるわけないだろ?」


甲冑の男は見たところ丸腰。剣も盾も持っていない。戦えるのか?

この当然の疑問に男は太陽のような輝きの笑みで答えた。


「ふふ、そうかな!」

「……なんだこいつ?」

「いくぞ!」


甲冑の男は丘から飛び降り、そのまま山賊の一人を踏みつけようとした。ただそれは簡単に避けられる。それどころか男は着地に失敗して盛大に転んだ。


「やっちまえ!」


すかさず山賊たちは襲い掛かる。

甲冑の男は転んだままなかなか立ち上がれない、まずい状況だ。


しかしどうしてだ――――――――甲冑の男はニヤリと笑っている。まるでこれも作戦の内のように。


僕はここから一体何が起こるのか、この窮地をどうやって切り抜けるのか、男の笑みの中に期待した。


「ふふ、やるではないか!」


男はただうずくまって蹴られているだけだった。

山賊たちの間髪ない蹴りにずっと立ち上がれず、痣だらけになっている。

それになのに今だに笑っている。なんなんだあの男は?


「なんなんだよ!」

「オラオラ!」

「ただの馬鹿じゃねえか!」

「馬鹿ではない! 僕はここから覚醒するんだ!」

「覚醒? 何言ってんだ?」

「頭を蹴りすぎたか?」


あの男は僕を助けに来た。山賊を倒すとイキっていた。でもボコボコにされている。何が起こっているのかよくわからない。


けれど山賊たちは男に集中しているし、今のうちに逃げ出そう。

僕は山賊たちにバレないように地面を這っていく。


「待て! 俺を置いていくのか!」

「は?」

「まだ覚醒するところを見てないだろ!」


なんか意味わからないこと言ってるんだけど。

山賊たちも僕に気づいてしまったし、あの男は何をやってるんだ!


もういい。やってられるか。

あんな男なんか無視して走って逃げてやる――――――――!?


「……さっさと片付けるわよ」


鬼の形相をした女が逃げ道を塞いでいた。山賊の仲間か?

すさまじい気迫を感じる。ダメだ、逃げられない。


「え?」


女は僕の隣を通り過ぎると目にも止まらぬ速さで山賊の一人を倒し、それにビビった他は逃げていった。


「傷を癒しますね」

「あ、ありがとう……」


回復士、魔術師、騎士、少年、盗賊?

あの怖い雰囲気の女の人とその仲間は旅人みたいだ。


山賊から命を救ってくれただけでなく傷も癒してもらい、金を少し要求されたりした気もするけどいい人たちだった。

だから僕は助けてくれたお礼にこの人たちを近くの町まで案内することにした。


「ところであそこで白目向いてるのはあんたの仲間かい?」

「あ、違います」



空気が澄んでいるし、風も穏やかだ。快晴なのはいいけど、太陽が熱い。

うねうねした道は滑らかに上がっていっている。ただその見た目に反して足腰は悲鳴に溢れているけど。


ここはレイロンド大陸の南東にあるシノロ山脈。

絶景だと目を輝かせるミアとは真逆に俺は息が切れて苦しかった。

昨日あれだけ歩いた疲れが残りすぎている。


「シユウ、大丈夫かい? 水飲む?」

「あ、ああ、助か――――辛!?」

「引っかかったね!」


舌が火傷しそう。胃が沸騰してる。なんだこの辛さは。


「この草は何ですか? とてもトゲトゲした匂いがします」

「触らないほうがいい。これはピカンテといって、ものすごく辛い草だ」


リュードがちらりとこちらを見て「ああはなるな」とミアに警告していた。

不意打ちだろ。仕方ないだろ今のは。


てかロイバ目め、触るだけでもヤバいものを飲ませるなよ。

お前の笑い声が山空に反響してうるさすぎる――――あ、だったらその口を塞いでやる。


「うげっ!? 辛!?」

「おらおら! 草詰めてやる!」

「うぼぼぼぼ!!」


いい具合に慌てふためいているのが響いている。ああ、清々しい気分だ。

ああ、山って気持ちいいな。


「……なんだあれは?」


道の先のてっぺんで偉そうに空を見上げる甲冑が目の端にあった。

たしか山賊に襲われてた騎士?だよな。さっきまで後ろを歩いてたのにいつの間に。


「近道がありますから」

「助かるわ」


案内の人が横の道を下りていった。あっちには行かないみたいだ。

あの人にも伝えてきたほうがいいのか?


いや、景色を楽しんでるところに邪魔をするのも悪いか。


「狼が!」


狼の群れが道に転倒した馬車を漁っていた。案内役の声に気づいた狼らは、その赤い牙をこっちに見せつけて唸り出した。


ソフィは剣を抜き、すぐに真ん前に出た。

狼は全部でたったの五匹。ソフィなら朝飯前だろう。狼からすれば女一人のはずだが、ソフィの威圧感から警戒して睨んでいるな。


狼たちも重心を落とす。

ソフィは剣を握りしめ軽く構え、足を踏みしめた。


その命を奪う瞬間、風は止んだ。

ソフィは地面を蹴り、素早く五ひきの狼に――――――――斬りかからない。構えたまま、斜め上を向いた。


「ふっふっふ。現れたな狼どもめ! 成敗してやるぞ!」


丘の上、太陽を背に甲冑の男は空高くこっちに飛んだ。

軽やかに空中で一回転し、大きな岩の上に華麗に――――――――転んだ。何やってんだあの人は。しかも狼隣にいるぞ。


「ガルルッ!」

「痛い痛い!」


盛大に噛みつかれてる。甲冑のおかげで牙は通ってなさそうだ。

でもなんか呼び応えたように、噛みつく狼が増えてる。


「ガルルル!」

「くそ! 痛いぞ! しかしこれでいい!」

「グルルッ!」

「うわ! やめろ! 首を狙うな!」

「ガオガオ!」

「これは窮地だ! これなら僕は覚醒できる!」


あ、五匹全部行った。


「た、助けないと!」

「あ、ああ? そうだった。ロイバ、手伝え」

「え、あ、うん? わかったよ」


俺とロイバはそれぞれ剣と短剣を振り、狼を追い払った。甲冑が引きつけてたおかげで、傷をつけたらすぐに逃げていった。


甲冑の男は丸まって震えている。別にそこまでして引きつける必要なんてなかったのに。ソフィの実力を忘れたのか?


それにソフィもなんか甲冑が襲われてるのをじーっと見てただけだし、なんで助けないんだよ。


「ソフィ、もう狼は逃げてきましたよ」

「あ、そう…………混乱してたわ」


ソフィは剣をしまうと顔を振り、肌を叩いて気を取り直している。本当に混乱してたようだ。

あのソフィを混乱させるなんて。甲冑の人一体、何者なんだ――――――――なんか決めポーズしてるけど。


「はっはっは! また覚醒し損ねてしまったか!」


いや、本当に何者なんだ。

言っている意味が分からない。同じ言語だよな?



それから下りたり登ったり、案内人について行って山道を進んでいった。

近道とか言っておいて断崖絶壁を登らされたり、荒く流れる川を倒れた木一本の橋を渡らなきゃいけなかったり、崖の間を飛ばなきゃならなかったりと険しすぎた。


もはや緊張しすぎたから自分でピカンテ水を飲んで気持ちを上げてた。ちなみに飲んだのは俺だけじゃなく、ミアもロイバもリュードも。一番飲んでいたのはリュードだった。


そんな険しい山道を切り抜けると、高原が広がっていた。この緑色の大地は山脈の間に位置するらしい。

確かに向こう側にも山脈が見えている。ってことはあれも越えなきゃいけないのか。


高原の風を浴びていると崖があり、そこからは青い海が広がっていた。

白い波のぶつかる音は聞こえず、覗こうとすると足が竦んで棒になりそう。

怖がっている俺に対してロイバは自慢げに崖の端に立ち、逆立ちした――――それは普通に凄い。


崖を辿ると、あっちのほうには一つの風車が回っているのが映った。ようやっと町が見えてきた。

もう足腰はヘトヘト。心も疲れ切った。あと胃も。早く休ませてくれ。



日が沈むころ、ようやっと町に着いた。

かなり大きな風車が町の真ん中にある。案内役はいたけど、目印になるあの風車があってよかった。


「はぁ……やっと着いた……」

「これだから旅は嫌いなんだ……」

「うわー! 凄い景色ですよ!」

「ほんとだ!」


こんなに歩いていたのにまだ景色を――――でも俺は思わず息を呑んだ。

夕暮れの空は紫と赤が二つ、そこにちょっと冷たくなった風が相まってどこか儚さが。穏やかな海には夕焼けからの一筋の線が通い、それは黄昏の道のようだ。遠くまで限りない。


この疲れも風景も、こうやって旅できるのだって今だけかもしれない。

そう思うと切なくなってきた。


この風も肌寒さも空色も目に焼き付けておこう。それだけじゃなく、いつも純粋なミアと呑気なロイバ、クソ魔術師、あと――――――――やっぱりやめよう。


ソフィは兵士と話をつけていた。

兵士の何人かだってこの景色を見ているのにソフィはまったく見向きもしない。いつもこうだ。


夕陽の灯が影に飲まれるように、切なさは怒りに塗りつぶされた。

その切なさは悲しさでしかなかったから。


夜の帳が下り、俺は剣を持って町の外に出た。俺の身体は立ち眩みするほどに疲れ切っているが、このイライラのせいでまだ動ける。いや、動けなくても関係はない。


剣を素振りするソフィがこちらに気づいた。クソみたいに何とも無表情。

俺は今からこの女に決闘を申し込む。


俺が強くなればソフィも気が抜けるだろう。

なんとなくそう思ったから。


―――――――――――――

後書き)

あれ、ギャグ回のはずがシリアスになってしまった。

まぁいいか。


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