96.【植物園3】弁えた握手
静かだ。小さい風に揺れる葉音だけがゆったりとしている。
空は青く、日差しもよい。空気も美味しい。
長閑で優雅で、昼寝してしまいしそうなほどだ。
ずっとこんな日々が続けばいいのに。
夜は月と星がただ綺麗で怖くない。
朝は眩しい日の光となだらかになっていく冷たさに寂しさが余る。
雨、嵐、雪。
季節が回って回って、ときに厳しく感じることもあるけれど、長くなるとそれも僕たちの一部なのだと理解できて、楽しみにもなる。
変わる景色、無くなった彼ら、新しく生まれた命。これも季節の一つ。少し悲しいけれどそれもきっと大事な気持ちだろう。
なのにどうして。どうしてあの子らは――――。
このまま過ごすこと、嫌になったのかな。
だんだんと僕たちは減っていった。あの子らの子孫が僕たちを喰らったんだ。
それに大地が穢された。僕たちはこんなものを食べなきゃならないの?
知らない風がよくぶつかる。
雄叫び、激しく鳴る金属音、爆発音。騒音が頭に静かに響いていた。
その後は鼻に染みつく煙の臭いと粉塵が肺に入ってきた感覚。
ぼんやりとする意識の中、目を開ける。
やっぱりそうだった――――――――いくつもの草木がまた折れた。
水の雫が身体を撫でている。優しい雨が色を流していく。
また戻っていくんだ。僕らの場所に。
身体に付いた汚れも臭いも無くなって、僕たちは綺麗に戻っていく。
けれどまた彼らはやってきた。
見たことのない光、灰色の空を埋め尽くす何か。
高く響く彼らの音、低く萎んでいく彼らの音。
別のところから吠える声、違うとこには小さい水滴が落ちた。
僕たちはまた減った――――木々は水に溶けた。
いくつも日が昇って落ち、あの頃の景色は無くなっていって、僕たちももうほとんどいない。
動かなかったからかな。眠っていたからかな。
今では風が強くて、砂ぼこりを吸ってしまって、日が強すぎて、どうにも眠れない。
もともと彼らも僕達だったのになんでこんなことするのだろう。
あの頃は素敵だった。誰もが平等だった。
何を求めてそんな風になってしまったの。
それとも長い時の中で忘れてしまったのかな。
こっちへおいでよ。
眠ってみれば思い出すよ。
争いなんてやめて―――――――――さぁ元に戻ろうよ。
元に戻る。
そうか。そうすれば俺は―――――!?
パッと目が開いた。
色々の実を孕む木々と夜空の下、ローブの男がこちらを見下している。
「頭まで焼いてしまったか。いや、どうせ元々こんなんだったに違いない」
本能が先行して勝手に起きた、意識や痛覚は数秒経ってから覚めてきた。
確か俺は身体に植物が生えてきて――――あれ、消えてる。肌色の手足がちゃんと付いてる。
「元に戻ったのか」
「そうだ。焼き殺してやってもよかったんだがな」
「焼き殺す?――――ってお前は!」
このローブの男、ミアを攫った魔術師だ。
あの後どっかに消えたってミアが行ってたが、こんなところで遭遇してしまうとは。
「なんだ。命の恩人に対してその顔は」
「命の恩人?」
「ああそうだ。僕が気持ちの悪い植物人間を燃やしてやったんだ」
そういえばコイツ、炎の魔法みたいのを使ってたな。それで俺を燃やして助けてくれたのか――――助けてくれた? そうか助けてくれたのか。
もしもあのまま植物になってたら、ずっと変な夢見てたのかもしれなかったからか。
「ほら、礼の一つでも言ったらどうだ?」
「……あ、ありがとう」
「違う。リュードさんありがとうございますだろ?」
「……………………リュードさん、ありがとう、、、ございます」
「言い方が気に入らないが、まぁいいだろう」
コイツ、気持ち悪い性格してやがる。
こんな奴に助けられるくらいならあのまま植物になってたほうがギリギリでよくなかったくらいには嫌なやつだ。
てか名前知らなかったのだが?
俺がソフィから盗み得た凄まじい殺気を目から飛ばしているのに、ビビっているクソ魔術師ことリュードは、涼しい顔してあたりにある木々から様々な実を手で掴み取っては凝視している。
「てか、なんでこんなとこにいるんだ?」
「君に教えて僕に何の得もないだろう」
ああ、こういうところだ。
賢ぶっているこの態度や仕草が引っかかるんだ。
それだけじゃない。コイツがミアを攫ったせいで大変なことになったんだ。その侘びがないし、ミアが直接の被害者だから謝らないにしても、堂々としすぎだろ。俺だって死にかけたんだ。
「それにしても見たことのない果実だ。新種なのかもしれない」
「はぁ……」
もういいや。こんなやつに感情的になるのも馬鹿馬鹿しい。
巨大樹から空をなぞって帰る方向を確認し、俺は歩きだした。
「おいおい、新種なのは果実だけじゃないようだ。ここまでの馬鹿がいるとは」
「は?」
背中からの刺すような言葉に足が止まり振り向くと、クソ野郎が頭に人差し指を何回も当てながらこちらを覗いていた。
いや、構うことはない。こいつは人を馬鹿にするのが好きなだけだ。無視して帰ろう。
「そうか。僕よりも年下のくせにもうボケているようだ。意味が分かっていないみたいだ」
無視だ。無視
「いや違うか。耳がボケているのか。アホは老化が早いものだな」
無視無視。気にするな。こんな奴の言うこと。
俺はそのまま歩いていこうとしたが、ただ森はかなり狭くなっていて、歩く隙間が無い。
だから全然進めず、クソ野郎の声がずっと聞こえてくる。
どこか入れる隙間がないのか。うねる木々の間にある暗闇に手を伸ばしたりするが、すぐに木にぶつかる。
「はぁ……馬鹿だねぇ」
落ち着け。深呼吸だ。相手にするな。
俺は巨大樹で方角を確認しつつ、少しずれてでも道を探していく。
「あれ?」
ぎっしりと詰まった木々をなぞってみていくと、やけに直線的。あっちまで続いて、出られないみたいだ。
ってことはここを沿っていけばどこかで出られるかもしれない。
「この森からは出られない。ということだよ」
冷たく静かな声が、出そうとした俺の足を止めさせた。
いや、また馬鹿にしているだけだ。この先に行けば、巨大樹から離れられる。この木々は真っすぐだ。
「僕は探知を使える。少しばかりだけだが。それで調べた結果、巨大樹を中心にこの曲がりうねった木々は円になっている可能性が非常に高い。ゆえにそこを歩いていっても出られるとは思えない」
「……いや、そんなはずないだろ。ここ真っすぐだぞ」
俺がハッキリと言い返すと、リュードはそれ以上にハッキリとした、もはや切れ味すらある溜息をした。
「この状況で嘘をつく必要がどこにある。真っすぐに見えるのはこの森がそれだけ大きいからだ」
……言い返せない。
というか納得してしまった。
でもそれはコイツが言ったからではなく、旅をしてきた経験から来る森の厄介さにだった。
断じてこいつが正しいと思ったからではない。
「わかった。じゃあ外に出たいから木を燃やしてくれ」
「それはできない」
「は? お前は外に出たくないのかよ?」
「違う。そもそもこの木は燃えないんだ」
リュードは魔法を使って木々にしばらく炎を浴びせても、煙一つ立たないその様子を俺に見せつけた。
「もはやこれはただの木ではない。そもそもこれも動物が植物になったものだろうが、なったのもただの植物ではなかったという事だ」
「まじかよ……」
殺人鬼まみれの森、ありえない獣のいた森、そして今回は入った者を植物に変える上に出られない森。ここに来て一番最悪な森に出会ったみたいだ。
いや、本当に最悪なのはこのクソ魔術師と一緒に閉じ込められたということだけど。
「だが出る方法がないとは言っていない」
「ここから出れるのか? どうやって?」
俺がそう聞くと、クソ魔術師は自慢げにニヤリとして大げさに口を開いた。
「そもそもこの森は一か月前、僕がここら辺を通ったときにはなかった。それが今はこのように生い茂っている。さらにはあんな巨大な樹まで出来上がるなど、どんな魔法なのか。この天才的な頭脳を持つ僕でも知りはしなかった。だからこそ僕はこの森に入ったのだ。それで――――」
「何の得もない話いいから、どうやったら出られるか教えろよ」
「これだから学の無い者は……まぁいいだろう。とにかくこの森は魔法によるものだ。そして魔法は魔法粒子というものがだな――――」
「だからそういうのいいから。結論教えろよ」
「……探知の結果、あの巨大樹には膨大な魔術粒子、ブルー粒子の反応があった。あれがこの森を形成した可能性がある。つまりあの巨大樹を破壊すればいい」
そうか。あの巨大樹を――――破壊?
俺は巨大樹を見上げた。ここから遠いところにある巨大樹だが、近くにあってほしいと願いたくなるほどに余計に大きく映っている。あれを破壊するなどできるとは思えない。
「それしかないのか?」
「残念だが。」
何のためらいもなくキッパリと魔術師は言った。
こんなところに来るんじゃなかったなと後悔しつつも、やるしかないのかと腹を決めなければならない。さもなくば、ここで植物になるという結末があるだけだからだ。
「……おい」
「なんだ?」
俺が巨大樹を睨み覚悟を決めようとしていた中、コイツはまだ果実を眺めて頷いていた。本当はこんな奴と一緒にいたくはないが――――。
「お前はこの森から出たくないのか?」
「そうだな、いづれ出なくてはならないだろう。ただ急ぐ必要はない。なぜなら僕は植物にされそうになっても燃やせる上に、食料も――――!??」
リュードは話しながら人差し指で丸を描き、そこを覗くと顎が外れそうなほどに口を開いて驚いていた。
「食料が……植物に変わってる」
そしてその驚愕の顔は固まり、青く解けた。すなわち、ざまぁみやがれ。
余裕ぶっていたところにこの顔は傑作だ。
「……おい」
「なんだよ?」
「あの巨大樹を破壊するのを手伝いたまえ」
リュードは真剣な面持ちでこちらを見ている。そこはもう少し焦るところじゃないか。
「いや、俺がいなくてもできたんだろ?」
「そうだ。だが魔法瓶も植物に変えられた。魔力が足らない」
丸い縁から異空間に入っているフラワーガーデンを見せられてもな。笑うしかないな。
あれだけ威張ってたくせに手伝えか。
だが俺も一人じゃとてもあの巨大樹は壊せないだろうし、というかコイツも俺が手伝えば壊せると言うのも謎だが、ここは協力するしかない。
もともとそうするしかなかったけど、こっちから頼み込むという苦行を防げたのだからラッキーだ。
「いいだろう。協力してやるよ」
「そうか。そういえば君の名前を聞いてなかったね」
「ん? シユウだ」
「そうかシユウ君か。よろしく」
リュードは手を差し出してきた。どうやらようやっと弁えたらしい。
そうだ、そもそも俺はお前から馬鹿と言われるのはおかしいことだろ。
俺とお前は対等だ――――俺はリュードと握手した。
今回、話が進んでないよ。
なんでだろうか。




