3の53
「そうだ。アルレンくん、服をありがとうございます」
「いえ。昨日着ていた服は洗って、荷物と一緒に運んでもらっていますよ」
「うわぁ、助かります。害獣の血ってなかなか落ちないのに、久しぶりに戦って加減を間違えてしまったんですよ」
どんな加減をしたら、あんなことになるのだとアルレンは疑問に思ったが聞くことはしなかった。
「気になってたんだけど。君、かなり早い段階で宮に救援を要請したね」
「それは、わたしも気になってました。冒険者の勘とは言いませんよね?」
「目が覚めてベランダに出たら、シロナが飛び降りるところを見たので慌てて後を追ったんですよ。彼女をひとりにはできないでしょう?」
ガイアスとアルレンは納得して頷く。
「そう言うガイアスこそ、一番に駆けつけてくれましたよね。魔物もかなり倒されたそうで。お母様のご指導でかなりお強くなられたのでは?」
「それなりにはね。誰かさんは毎回最初のほうで負けて鍛錬が足りて無いんじゃない?」
「へえ。誰ですかね〜」
そんな会話をしながらビーハムの山側へ砂利道を進むと、ポツリと建つ工房が見えて来る。主人はとっても気さくな人で、学園祭で使う天燈篭をこちらの紙で作らせて欲しいと願い出たところ、快く引き受けてくれた。
「決まって良かったです! お昼まで結構時間がありますね」
「では、街を回りましょうか」
「はい!」
昼食はお屋敷で食べることになっている。
エリスもビーハムには久しぶりに来たので、ちょっと観光して行きたかった。
「あ。ガイアス様、呉々も女の子たちに手を出して面倒を起こさないでくださいね?」
「誤解してるみたいだけど、俺から女の子たちに嫌なことをしたことなんて無いよ。それと。町にいるときは名前、
ガイアスでいいから。様もいらない」
「……わかりました」
ガイアスも庶民に紛れるために変装していて、色々と気を遣っているみたいだが、何故かイラッとするのはこの男の普段の振る舞いのせいだろう。
「それなら、ガイアスもエリスさんのことを名前で呼んだらどうなんです? もう二年にもなるのに『特待生』と呼んでるところしか聞いたことがないです」
「そう言われてみればそうですね。まあ、特待生はまだ私ひとりなのでそう呼んでもらっても特定できるので気にしませんが」
「気になるのはそこなんですか……」
アルレンはエリスの感想に怪訝な顔をする。
「気が向いたら呼ぶよ、特待生」
「お好きにどうぞ。ガイアスくん」
エリスは全く気にしていなかった。親から貰った大事な名だけど、心の奥底にしまった。今では、名前は重要じゃない。ガイアスは相変わらず食えない奴だなと思いながら、そんな彼女を見下ろしていた。
「ビーハムといえばやっぱり新鮮なお魚ですよね! でも、さすがにお土産には向きませんかね?」
「そうですね。食事は用意されているので、食べ物ではないほうがいいかと」
「んー。それだと何がいいかな」
街を歩きながら土産を探すエリスとアルレン。
ガイアスは、一歩後ろで周囲を観察しながらついて行く。
鮮やかな青と白い壁が目に新しい。ほんのり香る磯の匂いと波の音。帝都とは全く違う、まるで別の世界に来た気分である。
「あ、あれすごく美味しそう!」
「食べ物は無しって話だったんじゃないの?」
ジェラートを見て目を輝かせるエリスに、すかさずガイアスが突っ込みを入れる。彼女は「ぐぬぬ」と眉間にシワを寄せて、「この後の昼食と夕食はきっと素敵だろうから我慢」と独りごちた。
その横からアルレンが抜き出てあろうことかジェラートを購入。エリスは嫌がらせかとアルレンを瞠目した。
「エリスさんなら、一つくらい平気ですよ」
そう言って彼はジェラートをエリスに渡す。
「え! いいの?」
「どうぞ」
彼女は目をキラキラさせてそれを受け取った。
それを見ていたガイアスは眉を寄せる。
「アルレンはいつから特待生に甘くなったわけ?」
「些細な同盟を組んだだけですよ。ね、エリスさん」
「え? はい!」
エリスはジェラートに夢中で、ニコニコ返事をした。
小さな口の周りにジェラートをつけて、子供みたいにはしゃいでるのが分かったふたりは、思わず顔を見合わせて吹き出す。こんな令嬢は滅多におらず、貴族の学校に通っていようとも庶民らしさが滲んでいた。
「あ。そういえば。ビーハムには有名なチャームデザイナーがいたはず。覗いてみないか?」
「いいですね」
「俺、女の子たちに聞いて来るよ」
エリスがレモン味のジェラートを堪能しているところガイアスがチラチラこちらを伺っていた女子に突っ込んで行く。
彼女たちはキャーキャー叫んでガイアスと話している。
「アルレンくんはガイアス様と幼馴染みと聞きましたが、いつからあんな感じなんです? 彼」
「幼い時はわたしも任務に出ることが多くて、気がついた時にはあんな感じになっていましたよ」
「へぇ〜」
エリスはぺろりとジェラートを舐めた。
「聞いてきたよ。行こうか」
戻って来たガイアスは爽やかに笑う。恋愛小説なんてものがベースになっているこの世界。続編とやらで主人公になる彼がこれからどうなるのか少し心配になったが、総帥の息子なら何とかしてしまうのだろうとエリスはあまり深く考えなかった。
「ここだな」
「ですね」
見るからに高級感漂う外装の店。
遠慮なく入って行くガイアスとアルレンだが、エリスは店の前でちょっと佇んだあと気を取り直して中に入る。
「いらっしゃいませ」
中にはずらりと加工された魔石が並ぶ。
男がジュエリー?と思うかもしれないが、魔石が欠かせないこの世界ではとても価値が高いものだ。自分の命を任せるものと言っても過言ではないので(特に騎士団や軍に所属していると)、真剣に見極める必要がある。
ちなみに現在では、アルレンはアンクレット、ガイアスはネックレスで常に魔石を所持している。
「見ろよ、アルレン。これS級だ」
一番部屋の奥に飾られた指輪を見て、ガイアスがアルレンを呼ぶ。
「凄いですね。採掘者は……「シュヴァルツ」ですか。納得です」
プレートの説明書きをみたアルレンの言葉にエリスがぴくりと反応する。もちろんシュヴァルツとは、エリスのことを指しているからだ。
(ん〜と。いつ獲ったやつだ?)
本人は加工されてしまった魔石を前に、いつ回収したものか分からず首をひねる。ショーケースの中を覗き込んでいると、来店を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。これは、ゼーゼマン様! 本日もご来店頂きありがとうございます」
「久しいな。少し用があって寄ったんだ」
そう言って入って来たのは、見るからに大御所感を漂わせる壮年の男性。若くはないはずなのだが、威厳のあるたたずまいである。彼を見たガイアスとアルレンは咄嗟に姿勢を正した。
「おや。君たちは……」
「お久しぶりでございます。ゼーゼマン様」
「フェライトとバルドの息子か。見ないうちに大きくなったな」
あのガイアスが畏って礼をする彼の名は、クラロドス・ハッシェ・ゼーゼマン。公爵家の古株だ。
(な、何でよりにもよってこの人がここに?!)
ガイアスとアルレンの後ろで、エリスはひとりで絶句する。
「なんだ。女子を連れて三人で買い物か? 面白い組み合わせに見える」
「彼女は学友なのです。学園祭に必要なものの手配をした後、時間が余ったのでこちらに伺ったところでした」
「ほぅ。君、名前は?」
それまで後ろで極力息を殺して、大人しーくしていたエリスだったが、呼ばれて答えない訳にもいかない。
「……エリス・フローリアです」
俯いてスカートの端を持ってお辞儀をしたところ、「エリス・フローリア」という呟きが聞こえる。
ゼーゼマンはエリスの上から下をじーっと食い入るように見つめた。
(ひぃい〜〜)
彼女にはいやーな予感が。
「何だ。誰かと思えば、お前か」
その一言にエリスは諦めて顔を上げた。
「……………ご無沙汰しております」
ゼーゼマンはモルタ皇国軍大将でいらっしゃる方で、エリスとは何度も顔を合わせている人物だった。
「そんな格好だから、まさかお前だとは思わなかった。随分と楽しんでいるようだが、反抗期で仕事をしませんなんて言うのは話にならんぞ」
「ハイッ」
エリスはすぐに姿勢を正し、ゼーゼマンから有難いお言葉を受け取る。彼に会うとかなりの確率で注意されてしまうのは、きっと親のいない自分を思ってつけ上がらないように厳しくしてくれているのだろう。が、それをここでも発揮されるとは。内心、涙がボロボロだ。
エリス前のふたりが驚いて振り向く視線をその身に受けながら、ゼーゼマンの話に返事をする。
「お前はもう少し自分の力の評価を見直す必要がある。学園に通っている間に、何人の同志が危険に晒され命を削っているのか理解しているか? わたしはあのお方たちのように甘くは無いぞ、フローリア」
「ハイ」
温厚なゼーゼマンしか見たことが無いガイアスとアルレンは、驚愕の表情だ。同時に、彼女は一体何者なのかという問いが再出される。
「どういうことですか、ゼーゼマン様。彼女は一体……」
混乱するガイアスに、ゼーゼマンは口を開く。
エリスが軍人だということは伏せることになっているのだが、これはもう言い逃れができない状況まで来てしまっている。エリスは固唾を飲んで彼が何を言うのかと傾聴した。
「あまり詳しくは言えないが、国にも重宝される冒険者もどき、とでも言っておこうか。
ああ。便利な運び屋と言ってもいいかもしれないな」
「運び屋?」
「彼女のスキルはご存知で?」
ガイアスはハッとする。
「移動系……」
「そういう事です」
そこでゼーゼマンは何かを思いついた様子で、紙とペンを用意し何かを書くとエリスに手渡す。
「これを運んでおいてくれ。遊ぶ暇があるなら、できるよな?」
ゼーゼマンがにやりと笑う。
「ハイ」と引きつった顔で、エリスは返事をする。
「手間が省けた。頼んだぞ、“フローリア”。
今度茶でも奢ってやろう。じゃあな、ガイアスくんとフローリアくんも」
ゼーゼマンは颯爽と店を去って行く。
完全に気配がなくなったことを確認すると、エリスは「はあぁーーー」と長いため息を吐く。ぺらりと紙を広げると、『S級の魔石:十個』との文字が。
「ああああーーー。さらば私の休み時間」
エリスはがっくりと項垂れる。これはつまり、ダンジョンで獲ってこいという御命令である。せっかくエンジョイしていたところなのに、とんでもない人と出会してしまった。
(あの人、若かりし頃を忘れないようにとか言って、歳のくせに戦いたがる戦闘狂だからな……)
アクティブで、おひとりでこんなところに訪れてしまうお人柄。それにしたってこんな風にして遭うか?と、エリスは自分の悪運を恨んだ。
「おい」
「エリスさん、ちょっと」
アルレンとガイアスに引きずられ、エリスは店とお別れする。今までひっそり頑張って来たつもりなのに、どうしてくれるんだ、あのじーさん。と心中文句を溢す。
あの大将がこの状況を面白がって揶揄って来たことは確実だ。全く嫌な性格である。
(まだバレてないけど、どうせバレるなら、もっとかっこよく正体バラしたいわ!!)
なんでお叱りを受けて身バレしそうになっているんだ、こなくそ。と彼女は心中悔しがった。
「あなた、何者なんですか」
人影の少ない小道で、問い詰められるラゼ。
(なんかもう、冒険者とか運び屋とか、どちらにしろお偉いさんと面識あることバレちゃってなぁー……。隠す意味あるか?)
面倒な展開になってしまったが、(辛うじて)自分が軍人だということはあのゼーゼマンすら伏せてくれたので、ここはうまく切り抜けるべきだ。
「ゼーゼマン殿が言う通りです。私は色々とモノを運ぶことを任務として働いています」
「昨日聞いたときには清掃、調理、事務作業って言ってたけど?」
「広く捉えればという話です」
エリス決して嘘を言っているのではないが、ゼーゼマンにあれだけ厳しく言われるようなやつがただの庶民なわけがないと、ふたりの目はそう語っている。
「では逆に聞きますが、ただの庶民が特待生としてこの学園に入学出来るとでも? 私もそれなりに努力して生きてきたんです。これ以上の詮索は無意味ですよ」
冒険者兼運び屋も、軍人も似たようなものだろう。これ以上答えることは何もない。
自分はまだ若く使える駒として動かされる側の立場であるからして、軍人でシュヴルツの称号を持っていることを知られるのは良い策ではないのだ。
アルレンとガイアスも、ゼーゼマンが味方な限り彼女も警戒するような相手ではないことをわかっている。言葉を納めた。
エリスはそんなことよりも、この姿を上司に見られてしまったことへジワジワと恥ずかしさが湧いてくる。
「ああ〜。絶対似合ってないって思われた。恥ずかしい。やっぱり私にはスカートなんて無理なんだあ」
着ている服を見て彼女は落ち込む。
「気になるのはそこなんですか……」
アルレンは本日二度目の台詞を呟く。
「男性が女装を見られるのと同じくらい恥ずかしいんですよ?! 彼の、珍獣でも見るあの目を見たでしょう?!」
うわぁーと頭を抱えるラゼを、ふたりはなんとも言えない顔で見る。まさかこんな彼女が国に使われるような人材だとは、全く想像がつかないのであった。




