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アルレンに連れられて、エリスは使用人用の裏口から宮に入るとすぐに風呂場に連行される。服は貸してもらえるし、こんな夜中に湯船に浸からせてもらえるのでハッピーだ。
風の魔法で髪を乾かし、気を遣ってくれたメイドさんに温かい飲み物を恵んでもらうと、アルレンも同じく着替えて風呂から出てきた。
「騎士団の方と執事長が仕切ってくれているので、後は気にしなくていいですよ」
「わかりました。お疲れ様です」
エリスはぺこりと頭を下げる。
「あ。腕とか、傷がありましたよね? 治しました?」
服に引っ掻かれたような跡があったことを思い出すと、彼女は椅子から降りてアルレンの袖をまくって傷を見る。
「うわ。結構深いじゃないですか」
「あら、やだ。包帯持ってくる?」
メイド長のマーサが救急箱を取ろうとするが、エリスは首を振る。
「これくらいなら、私でも塞げます」
彼女はアルレンの傷に集中する。あまり回復魔術は得意ではないのだが、職業柄鍛えてはいるので、体力と時間さえあれば傷を塞ぐことくらいはできる。
じんわりと傷口が温かくなったかと思えば、みるみるうちに塞がっていく。アルレンは目を丸くした。
「ふぅ。他に酷いところはありませんか?」
「無いです……。ありがとうございます」
「いーえ」
ケルヘラムより魔法が勝るとバレてしまった以上、力を隠している必要性も感じない。まぁ最低限しか出さないが…
(これでよし……)
彼の怪我は己のミスでもあるので、彼女はその証拠を隠滅した。
マーサがアルレンにも飲み物を進め、彼は少し迷ったあと椅子に座った。
「それにしても。こんなに小さくて可愛い子が、あんなに血塗れになるなんて。怖かったでしょう?」
「大丈夫ですよ。逆に驚かせてしまって、すみません」
「そんなことないわ!」
少し大きな寝間着を着て、ちょこんと椅子に座り、両手でマグカップを持っているエリスをよしよしと撫でるマーサ。
この数分で大分慕われている。
「平民の子が来るっていうから、どんな子かと思っていたの。本当にいい子で、うちの子に欲しいくらいだわ」
「マーサさんがお母さんだなんて、とっても素敵ですね」
「まあ!」
柔和な雰囲気に、アルレンは先ほどまでの出来事が嘘のように思えた。
「アルレンくん。明日はどうなりそうですか」
「原因が解明するまで、この宮にはいられませんから、明日はまた違う場所が手配されるでしょう。学園祭の準備については殿下とシロナ嬢次第でしょうね」
「そうですよね。私のお休みは明後日までなので、少しでも用意して置きたいのですが……」
エリスはミルクと蜂蜜入り紅茶をこくりと飲む。
自分には時間が限られているのだが、だからと言ってひとりで駆け足していても仕方ない。
「それならわたしも付き合いますよ」
「え、ありがとう! 頼りにしてます」
つい軍にいるときのような話し方になっている。アルレンとの距離が縮まったので、これを機にもっと仲良くなりたかった。味方は多いにこしたことはない。(将来のためにも)
「姿が見えないと思ったら、こんなところにいたんだ」
そこに現れたのはガイアスで、どうやらふたりを探していたようだ。
「どうかしたんですか」
「君たちの無事を確認しに来ただけ。シロナ嬢、かなり心配してた。行ってあげてよ」
「え。殿下がいらっしゃいますよね?」
その提案は飲めないなとエリスは語るが、ガイアスが眉を寄せる。
「それでも。君になら話せることもあるんじゃない?」
「……わかりました」
エリスは意味深なガイアスの言葉に腰を上げた。
「こんな格好でいいと思います?」
「何か羽織っていった方がいいかもね。ちょっと待ってな」
マーサから上着をもらい、色々と世話になった礼を言う。
アルレンもひとりであれだけの害獣を相手して、疲れているだろう。
「魔石の使い過ぎには、寝るのが一番です。無理しないようにしてください。シロナには私から言っときますから」
アルレンは一瞬キョトンとして、まじまじとエリスを見返す。執事として、ポーカーフェイスを心がけているのをこうも簡単に見破られるとは思ってもみなかった。
「……お願いします」
彼は驚きを抑えてエリスの後ろ姿を見送る。
彼女はガイアスの後ろについて、シロナの元へ。
「もしかして、予言についてのことですか」
その途中、エリスは、尋ねる。
「わからないけれど、多分そうだと俺は思う。今は落ち着いているけれど、かなりショックな出来事だったみたいだ」
エリスはそれを聞いて一気に不安になった。
事細かにイベントについて書かれている予言の書には、今回の事件に近い記述は全く無いはず。
(まさか、何か大事なイベントだったのか?)
その考えは的中する。
シロナの部屋に行くと、彼女は泣いたのか目が赤くなっていた。
「エリス……」
「どうしたんですか。もう怖い敵はいませんよ。ちゃんと
殿下やみなさんが排除してくださいました」
エリスは殿下に軽く会釈して、ベッドに座っているシロナの手を握る。彼女はふるふると頭を横に振り、エリスを見つめた。
「これは、アリスの覚醒イベントのはずだったの」
「……でも、ノートには何も」
「ええ。こんなに大事なイベントを、わたくしは忘れたままだったの。小規模なスタンピードでアラン様やアルレン、みんなが傷つき、アリスが浄化の力に目覚める。これは、そういうイベントだったのよ」
(何て恐ろしいイベントなんだ!!)
それを聞いてエリスは険しい表情に。アリスの覚醒は得難い収穫だが、VIPメンバーの負傷など笑えない話だ。
こちらはアルレンの傷でさえ、やらかしたと思っているのに、そんな胃痛なことを言わないで欲しい。
「みんな無事なんですから、気にすることはありませんよ」
エリスはそう言って励ますが、シロナは納得いかないようで。
『駄目よ。もし、わたくしが破滅の道を進んだら、アリスの力は必ず必要になるのよ?!』
「……」
(ああ、この様子だと——
真剣に悩んでいるところ申し訳ないが、どうやら、まだ。まだ、なんとか、内容は変化しているもののイベント自体が全て発生していることに、シロナは気がついてはいない。
エリスはそのことに安心してしまう。
——「わたくしが破滅の道を進みます」なんて言い出されては、堪ったものではない。
日本語になって、話がわからなくなった殿下とガイアスはもの言いたげな顔をしていた。エリスはふぅと小さく息を吐くと、シロナに問う。
『シロナ。殿下が傷ついても良かったんですか?』
『そんなの、嫌に決まってるわ!』
シロナは即答する。
『なら、イベントもどきなんて起こらない方が良かったに決まってます』
エリスの指摘に、シロナがハッとした。
『ちゃんとフラグは折って来ました。あなたが殿下に殺されるなんてあり得ない。それに言ったでしょう? 私があなたを守るって。あと、私とアリスしか知りませんがアリスには、回復魔術より有能な魔術がありますし。
一緒にいるからお忘れかもしれませんが、私こう見えて、
小説には出てこないバグなんですよ? シナリオになんて負けません』
シロナはエリスの訴えに、心に刺さった棘が解けていくのがわかる。肩の力が抜けて、彼女はふうと息を吐いた。
「……エリスの言葉って、何だかすごく説得力があるのよね」
落ち着いたシロナに、ラゼはニッと笑う。
微笑みを溢したシロナに、殿下がほっと息を吐いた。
「もう大丈夫そうか?」
彼はシロナの髪をそっと耳にかける。
「はい。ご心配をおかけしました。わたくし、難しく考え過ぎていたみたいです」
「え。それじゃあまるで、私が頭を使ってないみたいでは無いですか」
「あら。わたくし、そんなこと言いました?」
「……シロナ?」
とぼけてみせたシロナに、エリスがじとーっと視線を送る。彼女はそれを見て、楽しそうに笑った。
笑われているのは自分だが、エリスもつられて目を細める。
「じゃあ、私はこれで」
殿下もふたりになりたいだろうと、エリスはガイアスと共にお暇することに。
まだ起床までは時間があるので、戻ったらもう一眠りしたい。
「あ、待って。エリス」
「はい?」
「一緒に寝ましょう? お願い……」
「え?」
思わぬお願いに、エリスはシロナに返事をするよりも先に殿下を見た。意外なことに、彼は首を縦に振る。
「わたしが一緒にいたいところだが、理性にも限界はあるからな」
「……サヨウデゴザイマスカ」
エリスはそうしてシロナの部屋で寝ることに。
あんなことがあったあとだ。可愛い姫様のそばにいてあげるのも大切である。ベッドは充分過ぎるくらい広いので、寝る場所には困らない。
アランは少し心配そうな顔のまま、シロナの前へ。エリスは彼と居場所を替わった。
「おやすみ、シロナ」
「おやすみなさいませ。アラン様」
ふたりがやり取りするのを見つめるのも気まずかったので、エリスもガイアスに視線を向ける。
「魔物退治、お疲れ様でした。休み期間中、お母様と一緒にダンジョンをはしごしていたのは、やっぱり本当の話だったんですね」
「なんでそれを」
ガイアスは珍しく表情を崩す。彼も年頃なので、戦乙女と呼ばれたアルトリアだからと言って、母親とダンジョンを回っていることを知られたくはなかったのだ。
「私も冒険者のはしくれですから」
「……拡めるなよ」
「すごく強いって話なんですから、隠すことも無いと思いますけど。まあ、人の噂も七十五日ですよ」
おやすみなさいとエリスは挨拶すると、ガイアスも少し困った顔をして「おやすみ」と返して部屋を出ていった。
「わたくしたちも寝ましょう」
「はい」
ふたりになった部屋で、エリスは遠慮がちにベッドに潜る。間を開けて横になったのだが、シロナがその間を埋めた。
「ふふ。こうやって友達と寝てみたかったの」
「私は、毎晩アリスに抱きつかれて寝てますよ。私の理性が爆発しそうです」
「ふふ、エリスってもしかして、女の子に恋しちゃう?」
「それは、分かりませんよ」
「ふふ、そうね。あと、さっきアリスには、覚醒必要ないってどう言うこと?」
「あ。そういえば言いましたね。彼女は、時を操れます」
「え?そんなの小説では…」
「まぁそうです。これが私が原因なのか分かりませんが彼女は、全く別の道を歩もうとしてます」
「そっか、なら覚醒しなくても大丈夫なのね。覚醒したらアリスもっとすごくなるかもね」
「そうですね!時間魔術と治癒魔術のに超もちですもんね。どっちも回復出来ますし」
「そうね。寝ましょうか。」
「おやすみ」
シロナはそう言うと、疲れていたのかすぐに瞳を閉じて眠りにつく。
ラゼはそれを見届けると、自分も目を閉じるのだった。




