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〜転生者達の傭兵国家〜  作者: あぱ
軍人少女
89/146

3の50

(おいひ〜い!)


声を出している訳でもないのだが、エリスの表情からは幸せそうなオーラが溢れている。皇室のお料理ということで、ほっぺたが落ちそうなくらい絶品な料理たち。

見た目も華やかで、お皿が来る度に心が躍る。


そこでふと、目の前に座っているアルレンの手が止まっていることに気がついた。


「どうかされたのですか?」

「……いえ。少し考え事を」


アルレンはどこか落ち着かない様子で食事をしている。

きっと、普段なら執事として控えているのに、こうしてみんなとテーブルを囲んでご飯を食べていることに抵抗があるのだろう。


「やっぱり、ご飯はみんなで食べた方が美味しいですね」


エリスが本音を呟くと、シロナとアリスがとても優しい顔で頷いてくれる。彼女はそれを見てから、アルレンに視線を移して小さく頷く。何を言いたいか充分伝わった彼も、少し気まずそうではあったが、止めていた手を動かした。


「ご馳走様でした」


手を合わせて食事を終えると、ゆったり寛げるお部屋に案内される。ご飯を食べたらのんびり休憩できるなんて、

幸せ以外の何物でもなかった。おしゃべりをしたり、ボードゲームをしたり。楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、お風呂に入って就寝に。


「おやすみなさい」

「良い夢を!」


シロナ、アリスと一緒にお風呂に入ったエリスも、おやすみなさいと挨拶して部屋に入った。


明日は朝食を食べたらすぐにビーハムに飛ぶ。

もし断られてしまった時のことを考えて、何個か他にも候補を挙げているが、できればハピリフに頼みたい。


ふああ、と大きくあくびをひとつした彼女は、天蓋付きの豪華なベッドに潜った。



夜——。

うなされて目を覚ましたのは、シロナだった。


「またこの夢……」


彼女は震える両手を握り合わせて呼吸を整える。

最近よく見る悪夢。アランに婚約破棄を言い渡され、自分は恐ろしい何かに取り憑かれて彼らを襲う怪物になる。

どんなに叫んでも言葉は届かず、最後にはアラン達の手で心臓を貫かれて目を覚ます。


「わたくしは、破滅する運命なの?」


彼女はシーツをぎゅっと握り込んだ。


『そんな事にはさせません』


そこで脳裏に過ぎるのは、エリスの言葉。小説にはいないはずの存在である彼女こそ、シロナの希望だった。


「大丈夫。エリスがいるわ」


イベントは上手く回避できているし、何よりヒロインであるアリスとはすっかり気の合う友達で、虐めるなんてことはしていない。ゲームの強制力という恐ろしい可能性はまだ拭いきれないが、エリスの存在がそれを否定してくれている。シロナは自分に大丈夫だと言い聞かせると顔を上げた。

ベッドから降りてベランダに出れば、空には無数の星が輝いている。


(ちょっと気分転換に外に出てみようかしら)


夏といえど夜は冷える。彼女は上着を着込むと、そっと部屋を出た。


キィと扉が開く音がして、エリスはびくりと肩を震わせる。諜報部に居た頃の癖で、あまり深く眠れないのは相変わらず変わらない。昼は自分でも驚くくらい寝てしまい、

ウレックにも思わず掴みかかりそうになってしまったのは危なかった。


エリスは、完璧に気配を殺し、誰がベランダに出たのかを確認する。


(あれは、シロナか……)


上の階にシロナの姿を見つけて、とりあえず侵入者ではない事に安堵した。彼女は眠れないのか、何かを思い立ったようですぐに部屋に戻って行く。


しばらく様子を伺っていると、今度は上着を羽織った

シロナが、ベランダから魔術を使って外に飛び降りるのを目撃する。


(?!!)


お嬢様の危険な行動に思わずラゼは叫びそうになるが、何とか驚きを噛み殺す。


(5階からお姫様が飛び降りるなんて!はぁ魔術があってよかった)


ここは皇城ほど警備が厚くない離宮だ。

万が一何かあっては困るので、気が付いた自分が見守るのは当然の成り行き——。



「シロナ?」


そこで婚約者アンテナが何かを受信したのか、アラン殿下もベランダに顔を出す。彼がシロナを放って置くような男ではないのは充分承知している。殿下が行ってくれるなら安心! と言いたいが、エリスの場合は殿下まで出てきて、何かあったらと考えると恐ろしくて寝ている暇などではない。

案の定、殿下も窓から飛び降りた。


(そうなるよねぇ……)


エリスは素早く服を着替えて、シロナを追うアランの後を追うことにした。



シロナがたどり着いたのは、宮の裏庭。


「わぁ、素敵……」


季節の花たちが静かに月明かりに照らされている姿は神秘的である。


「シロナ」


後ろから声をかけられて、誰もいないと思っていたシロナはとても驚いた顔で後ろを振り向く。


「アラン様」

「ふたりの時はそうじゃないだろう?」

「……あ、アラン」


すぐ側に大好きなアランがいる。シロナの顔は真っ赤に染まった。


(………ごめんなさい。私は何も聞いてません)


甘っ甘なふたりを見守るエリスは、思わず心の中で謝罪を述べる。照れているシロナを、それは愛しい目で見つめる殿下。


「良くできました。でも、ひとりで出歩くのは感心しないな」

「す、すみません。眠れなくて、気分転換をと」


(ふたりで出歩くのも感心しませーん!)


エリスはこんな夜分に何故自分がこのような状態になっているのかを考えると、すかさず突っ込んでしまう。


(ん?)


そこでアランとシロナを見守る先に、黒い影を見つけた

エリスは目を凝らす。


(あれはアルレンか。彼も苦労してるなぁ)


眼鏡をかけていないから、最初誰だか分からなかった。どうやら、あの眼鏡は伊達らしい。

アルレンも顔が整っているので、殿下に控える身として目立たないように気を使っているのかもしれない。

こんな夜にまで、ちゃんと付いているとはなんて優秀な執事なんだとラゼはアルレンを褒め称えるのと同時に同情する。


(夜は冷えるな……。お身体に障らないといいが)


エリスが控えていることに気がつけないアルレンは、じっとアランとシロナを見守っていた。エリスもそうだが、こんな夜分に他人のために物陰に潜む彼もなかなかに苦労している。


アルレンの父親の元の身分は庶民で、エリスと同じく実力を認められ宰相までのし上がった。

その子どもとして彼は幼少期から、殿下のそばにいるために、かなりの努力を積んでいる。

所詮は庶民の子、と何度も陰口を叩かれることがあったのは辛い思い出だが、それを乗り越えて今があった。


しかし、強くなればなるほど、危険な試練が待ち受ける。この命に変えても、殿下の命は守らねばならない。

そうしていつの間にか自分の手は、光であるアランには触れることが許されないのでは無いかと思うくらいに、汚れていった。


アルレンは無意識に手袋を引きあげる。



「少し歩かないか。見せたいものがある」

「はい」


アルレンと手を繋ぎ、シロナは裏庭の奥へ進んでいく。

林を抜けるとそこに広がるのは湖。水面に映り込む夜空に、シロナは目を張った。


(わたくし、この場所を知ってる?)


見たことのある光景に、ざわりと胸騒ぎがする。


「先代が作った人工の湖だそうだ。まるで自然の鏡みたいだろう?」

「……は、はい」


シロナは夢現の様子で湖の周りを歩く。

アランとアルレンが異変に気がついたのは、その直後だった。


「シロナっ」

「きゃ!!」


水面が揺れたかと思えば、何かが彼女に襲いかかる。


アランが咄嗟にシロナを抱きしめ、アルレンがその前に飛び出た。襲いかかって来る赤い瞳をした獣を、アルレンが暗器で切り裂く。地面にベタンと落ちたのは魚型の魔物


ガサガサッと背後にも気配を感じたアルレンはすぐさまそちらにナイフを投げる。


ギャンッと何かが鳴いて、奥から犬型の魔物の群れが姿を表す。


「こ、これは……」


シロナの脳裏には、忘れていた記憶が呼び覚まされる。


——間違い無い。

これはアリスの覚醒イベントのはずであるもの。

アリスを庇ってアルレンは重傷、アランも傷を負うことになるイベントだ。


「嘘。イベントは回避していた筈じゃ……」

「シロナ!!」


身体から力が抜けて、シロナはその場に座り込む。アランが彼女を受け止めた。


「殿下はシロナ様をっ。こちらはわたしがやります!」


アルレンはそう言い残すと山から湧いて来る害獣を仕留めていく。夜は彼の時間。影を操り、影を殺せば本体も死ぬ。


(さすがに、多い——)


これはまるで、ダンジョンから魔物が溢れ出す天災〈スタンピード〉だ。


——でも、それがなんだ。


だからと言って、一体もこの先に行かせる訳にはいかない。

クロードは黒いナイフを両手に闇を駆けた。


「クッ」


魔石起動を過度に行うと頭痛に見舞われる。

目の前が歪むが、起動を解除することはできない。彼は必死に意識を保とうと自分を奮い立たせるが、背後に害獣が迫っていた。


「しまっ——」


飛びかかってくる牙だけが、鮮明に見える。

何も出来ずにそれを睨みつけていると、一瞬でその魔物が姿を消した。気がつけば、それは地面に「叩き潰されている」。疲労困憊のアルレンは頭が回っていなかったので、念のためもう一度言っておくと「叩き潰されている」。


「大丈夫ですか? 遅くなってごめんなさい」


虫を潰すごとく魔物の頭を地面に叩きつけて登場したのは、エリスだった。


「もう終わりました。殿下もカーナ様もご無事です」


それを聞いてアルレンは魔石の発動をやめる。

久々に追い詰められて、かなり疲労していた。気を抜けばすぐに倒れそうだ。


「アルレン!!」


しかし、奥から自分の名前を呼ぶ主人の声が聞こえて彼は踏ん張る。


「殿下。ご無事で」

「ああ。お前こそ怪我は?」

「大した傷はありません。後の処理はわたしがやっておきます。今はシロナ嬢の元へ」


アランはエリスも見返して彼女が「私も手伝いますから」と言うのを聞いてひとつ強く頷き、死屍累々の中を走って

シロナが待つ宮に戻っていく。

アルレンはその後ろ姿に目を細め、返り血を浴びた自分の掌に視線を落とす。



「——汚い」


ポツリと呟いた言葉は、静かな山でよく響いた。


エリスはそのうちに、さっさと狩った害獣たちを転移で一箇所に固める。いち早く異変に気がついた彼女が宮に報告したので、数人の騎士とガイアス、ケルヘラム、ウレックも参戦して魔物は早く片付いた。(大半エリスが倒している)

後の調査は、派遣される騎士団に任せておけばいいだろう。


(まさかこんな所でスタンピードが起こるとは思ってもみなかった。冷や冷やしたわ)


エリスは何とか無事に事件が終わったことに胸を撫で下ろす。すると、べっとり汚れてしまった自分の身体を見て

「あちゃあ」と嘆く。

久しぶりに魔物を相手したので、加減を間違えて余計な返り血を“大量”に浴びてしまったのだ。


(魔物って、こんなに弱かったけ?)


害獣が弱くなったということではなく、ただ単に彼女が

深層で相手している魔物が化け物なだけである。弱くて

ディザスター級なのだから。この魔物たちはせいぜいグレーターだ。


さすがにこんなにぐちゃぐちゃの状態のままでは宮に入れないので、感傷に浸っているらしいアルレンには悪いが、彼に助けを求めるしかない。


「すみません、アルレン様。お宮を汚さずに中に戻るには、どうするべきでしょうか」


アルレンはそう言われて、エリスを振り返る。


「!?」


暗くてわかりにくかったが、よく見るとそこには自分以上に全身に返り血を浴びた少女が立っていた。泥遊びをした子供以上にひどい汚れだ。アルレンの驚いた顔を見て、エリスもショックを受ける。


「も、もしかして、汚いからもう入れませんか?! そうですよね。こんなに汚いやつを神聖な紫翠の宮になんてあげませんよね」


彼女は「うわぁ〜、私、めちゃくちゃ汚いな。引きますよね〜」と苦笑い。

が、すぐに表情を変えた。エリスにもアルレンを観ていて、思うところがあった。目を細め、彼を見る。


「汚いと、シロナやアリスの側にいては駄目なんでしょうか」


その問いに、アルレンはどきりとする。すぐに言葉が出てこなかった。


「でも、嫌なんですよね、私。仲良くなった彼女たちと別れるの。『汚いから近づくな』ってふたりに嫌われるまで、離れる気が無いんですよ」


アルレンは大きく目を見開く。

誰にも悩みを打ち明けたことがない彼が、初めて他人からもらった意見だった。


何かがストンと落ちて、「ああ、自分もそうだ」と納得する。一緒にいたいから嫌になるし、一緒にいたいからこの仕事を辞められないが、それはどれも自分がそう思っているだけで、まだ彼に見放されてはいない。


——それなら、頑張れる。だから、頑張れて来た。


何も悩むことは無かったのだと、そこで思考が落ち着いた。


それを言った当の本人であるエリスは、彼のそんな様子には目もくれないで、自分の服に視線を落とす。

自分の思っていることを言いたい気分だっただけなので、

エリスがどう反応するのかは正直あまり興味がなかった。


エリスとりあえず上着を脱いでみる。ズボンは汚いままだが、少しはマシだろう。


「幻術使えば何とかなるかな。あ、でも、シャワーは浴びたいし。服はどうしよう、一回帰るか……」


ブツブツ独りごつエリスに、アルレンは歩み寄る。

手袋を外し、ポケットから綺麗なままのハンカチを取り出して、それを彼女の顔に押し当てた。


「わたしが案内しますから、早く宮に戻って汚れを落としてください」

「え、あ、ありがとうございます!アルレン様!」


エリスはシャワーが浴びれる!と喜んでアルレンに微笑む。


「アルレンでいいです。様もいりません。汚いもの同士、仲良くやりましょう。エリスさん」

「えぇ、何ですかそれ……」


眉に皺を寄せるエリスを見て、今度はアルレンが笑い出す。


「何でそこで笑うんですか、クロードくん!?」

「ははっ。かなり酷いよ、顔」

「それをもっと早く教えて欲しかった!」


その顔で殿下に頷いたんだぞ?! とエリスは悔いる。

彼女の顔は獣の血でベタベタだった。


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