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「離してくださいっ!!」
「はーなーさーなーいー!」
今日の正午にシロナたちと待ち合わせをしているというのに、自分の腰をがっちりホールドして離さない白衣の女性にエリスは悲鳴を上げる。
「教授〜!」
白衣を着た悪魔こと、ルナラ・フォーリア・アトランス捕まったエリスは非常に困っていた。どこにそんな力があるのか、全く離れないルナラ。
滅多に出歩かない人が、わざわざエリスのいる建物にまで顔を出し研究所に連れ込もうとする執念は怖い。
「エリス。結婚しよう。そしたら、ずっと一緒に研究できるよね?!」
「何を血迷ったこと言ってるんですか!」
いい加減に離してくれと言っても、彼女には話が通じない。
誰かに助けを求めたいのに、廊下で教授を引きずっているエリスを見た者たちは、皆見なかったフリをしてその場を離れていく。
「私は今日、どうしても外せない用事があるんです!」
「知ってるよ〜。金の卵たちのお相手でしょう? どうしても行くっていうなら、わたしも一緒に行くぅ〜〜」
「それは、まずいって!」
そうこうしている間にも、時間は迫っているというのにこの人は!こうなったら強硬手段を取るしかない。
「教授いい加減にしてくれないですか?」
「ひッッ…ご、ごめんなさい」
「スーさん教授をよろしくね」
教授の助手に押し付けてエリスは、部屋を出ていった。
「私は今日、三十分で仕事を終わらせる!! それ以上は認めないから、ついて来れない奴は即刻強制送還する! 帝国の哀れな実験体たちを解放してやれ!」
「「応!!」」
急遽、エリスの休み前に入ってしまった任務は、王国が密かにで行っていた実験で生まれてしまった失敗作のお相手。
〈国の眼〉が帝国が人の言う事を聞く魔物の軍団を作ろうとしている情報を得ていたのだが、どうやらその失敗作たちがモルタ近郊で暴れているそうだ。クローディアが1枚噛んでた実験だろう。
エリスを先頭に上空を飛ぶ軍人たち。みんな風魔術を使って飛んでいる。エリスは、銀翼の翼をだし空を飛んでいる。
「あちゃーあれは相当怒ってますね」
「だろうな。非人道的な実験に加え我らに押し付けると、しかも団長は今日offなのに」
ただでさえエリスの部下は速いのにエリスは、更に上に行く。時速300キロを超えている。戦闘機と変わらない。
「私の邪魔をしやがって!」
『絶界』
早速エリスは、魔物たちが暴れている場所へ出向き詠唱をすると暴れているもの達が一瞬で縦半分に切れた。
「さすがですね団長…」
「やばい、やばい!」
エリスは、時刻を確認して慌てふためく。
「団長。回収はわたしたちが済ませておきますので、どうぞ行ってください」
「えっ、いいの?!」
そんな後始末ばかり部下にやらせるなど申し訳ない。
が、これから家に戻って身支度を整える時間も必要だ。
「ありがとう。今度何か礼をするよ!」
家に帰ると全身くまなく洗い流し、風の魔法で素早く水気を切る。殿下がどんな場所を用意したのか知らないが、下手な格好はできない。寝る間を惜しんで空けた時間で買った服に身を包む。数日ぶりに前髪を編み込み、アリスから誕生日プレゼントでもらった髪留めをつけた。
「あっちゃぁ……。クマが酷いな。顔変えようかな…」
鏡に映った自分の顔の酷いこと。
急いで化粧で隠し、だいたい準備は整った。
二泊三日の荷物が詰まったトランクを持ち、待ち合わせ場所の近くまで転移すると、その時点で時刻は正午。
「やっばい!! 遅刻だ!!」
エリスは全力で駆け出した。
「あ、あれ? 誰もいない……」
集合場所の時計台の下には誰もいない。エリスは置いていかれたかと焦る。
「フローリアさん」
「あ。グライス様」
アルレンに声をかけられて、彼女はホッとするが、遅れてしまったことをすぐに謝った。
「すみません。私が遅れたから……」
「いえ。ガイアスが人目を気にしないせいで人が集まってしまい、違う場所で待っていました」
その状況が簡単に想像できてしまうのが恐ろしい。
アルレンは流れるような動きでエリスの荷物を持ち、彼女を案内する。
(さすが宰相の息子さん!)
庶民の自分にまで気を遣ってくれるとは感激だ。
「ありがとうございます」
「……いえ」
涼しい顔をしているが、普通はこんなことは出来ない。
(うちの部下にも見習わせたい。絶対、モテる)
早いところ軍団は騎士団より野蛮というイメージを払拭したい。まぁエリスが団員を見つけてる時点でそんなことはありえないのだが…
「今日も働いていたんですか?」
「ハイ……。清掃作業が長引いてしまって」
「そうでしたか」
「すみません……」
遅れた事を責められていると思ったエリスはとにかく謝った。すると、間の悪いことに空腹に耐えかねた腹の虫がグウウと鳴く。これには、流石のエリスも恥ずかしかった。
「うぅ……ごめんなさい。朝から何も食べて無くて」
「どんな生活してるんですか……」
アルレンは呆れた様子で売店に寄ってくれる。
「それひとつ」
「はいよ!」
軽く食べられる肉まんに似た食べ物を受け取ると、どうぞとエリスに差し出した。
「すみません。今お金を」
「これくらいいらないです」
「え、でも」
「そんなにお金が無いように見えますか?」
「…………ありがとうございます」
奢ってくれるとは、男前過ぎる。
(さすが、だね。)
彼の手袋を見てふとエリスは考える。予言の書によると、彼は殿下の側仕えとして悩みを抱えているそうだが、アリスは、私が取ってしまったので心を癒して貰えない?
ウレックとケルヘラム、ガイアスもそうだ。
そこで、「あれ? そういえばウレックくんの悩みって、剣に向いてないって言われたことじゃなかったか?」と気がつくのが、エリスである。
あれくらいの悩み、生死が問われるような問題ではなかったので、小説のシナリオを忘れていた。まあ、ちゃんと立ち直っているし、結果オーライということにしておこう……。
さて。気を取り直して。
殿下のために尽くすアルレンは、裏では暗殺業も営んでいる。汚れているという意識のため、常に手袋をしている彼。
ヒロインだったら「あなたは汚れてなんか無い! だってこんなに優しい手なんだもの」くらい言えるだろうが、生憎
エリスはそんな歯の浮くような台詞は吐けない。
エリスは渡された肉まんをじっと見つめた。
「食べないんですか?」
「もちろん、食べますよ!」
慌ててエリスはそれにかぶりつく。一口食べれば急に食欲が湧いてきて、彼女はそれをあっという間に平らげた。
「……働いて生きるって大変だけど、こうやって良いことがあるから頑張れますよね」
ご馳走様でした! と満足そうな顔で笑うエリスを見て、アルレンは少し驚いた顔をしていた。
「仕事、大変なんですか?」
「それなりには。汚いことばっかりです。あ、勿論ちゃんと身は清めて来ましたからね?!」
慌てて付け加えるエリスに、彼はフッと笑みを溢す。
「ちゃんと綺麗ですよ」
そう言ったアルレンの背後に花が咲いて見えたのは、補正のせいにしておこう。
「それは良かった。身なりだけでもちゃんとしないとと思って、念入りに支度をして来たんです」
エリスの言っていることは全て本心だ。
前を歩くアルレンから「わたしもですよ」と小さな呟きを拾ったが、その言葉はどこか寂しかった。




