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「団長」
執務室に戻って早々、フィーラの困った顔が彼女を迎えた。
「どうしたの?」
「アルトのダンジョンでディザスター級の魔物が出ました」
「それで、私に要請?」
「はい」
彼女の予定がわかっているフィーラは、彼が悪いわけでは無いのに申し訳なさそうである。
「既に死者が出ています。冒険者たちの救出に騎士団も手間取っているようで」
そんな事だろうとは簡単に予測できる。
要請が来てしまったからには行くしかないが、騎士団にだって優秀な人材はいるはずだ。わざわざ自分に仕事が回ってくるのには、思わずため息が。
「騎士団も所詮は貴族サマの集まりだからなぁ。危ない事は軍がやっとけってこと? まあ、命張るのが私たちの仕事だけれど、もう少しなんとかならない訳?」
使えるものは使う主義。よく言い換えれば適材適所だが……。現場が分からない以上、あまり悪くは言いたく無いが「あ、彼奴がいるじゃん」みたいな軽いノリで任務を回さていては堪ったものではない。
「よし。確かあの子が空いてるはずだよね。行ってもらおう」
「トヴェリですか?」
「トヴェリはやり過ぎが心配だな……。騎士団と喧嘩しないように、お目付役としてフィーラも向かってくれる?」
「分かったわ」
普段なら自分で済ませてしまうであろう任務を任せてもらえるとは光栄な限りだ。
(トヴェリのやつ、調子に乗らないといいんだが)
どうにも舵取りが難しい仲間たちが多くて困ってしまうが、任務は遂行してみせる。彼はさっそくトヴェリの元を訪ねるのだ。
時を同じくして、フェライト家
「うん。なかなか良くなってきたんじゃない?」
アルトリアはだんだんといなすのが難しくなってきた息子の攻撃を受けて嬉しそうに笑う。「ちょっと休憩にしましょう」と剣を下ろし、木陰に腰を下ろした。
メイドから冷たい飲み物とタオルを受け取り、ガイアスも汗を拭う。
「ねぇ、ガイアス」
「何ですか?」
「あなた、定期考査で一位を取ったのでしょう? 騎士団のことはいいの?」
ずっと気になっていたことをアルトリアは尋ねる。ガイアスは少し考えた後に答えた。
「いえ。俺はまだ一位を獲っていませんから」
頭に浮かぶのは、庶民の特待生。彼女を抜かないことには、一番と言えない。それにまだ一年の時に負かされた分を返していないのだ。やられっぱなしで騎士団に入ることはできない。公式な舞台で勝つことを望んでいるのだが、肝心な彼女が初戦負けを繰り返すので、痺れを切らしてきたところだ。
「そう……」
目標を持ったガイアスの瞳に、アルトリアは優しい眼差しを向ける。
(でも、相手はシュヴァルツちゃんなのよね。もう少し鍛えてあげないと)
実はシュヴァルツと面識があるアルトリア彼女に勝ちたいならば、もう少し手厳しく稽古をつけなくては到底相手にならない。アルトリア自身がかなりの強者で、その血を引くガイアスもハイスペックに磨きがかかってきているところなのだが、アルトリアは無自覚に容赦が無かった。
実際戦った所をアルトリアは、見たのだが、シュヴァルツの戦いをみて圧巻されたのは、今にも覚えている。
だが、シュヴァルツは、生まれてから1度も本気を出したことがないので追いつくことは、一生ないだろう。禁忌を犯すいがい。
「そうだわ。ガイアス、そろそろダンジョンに行きましょ!」
そうして夫の仕事道具である転移装置を使用して飛んだ先は……
「あの、母さん。ここは……」
「あら? お取り込み中だったみたいね。まあ、気にすることは無いわ。邪魔にならないように魔物を倒せばいいだけだもの」
アルトのダンジョンの入り口には、騎士団のテントが張られ、どう見ても何か問題があったことが伝わってくる。
全く気にする素振りを見せず、騎士団に挨拶までしてアルトリアはダンジョンに進んでいく。
(何で誰も止めないんだ?)
スルスル前に進めることにガイアスは驚きを隠せない。
「もう大丈夫だ!」「勝利の女神が来たぞ」なんて聞こえて来るのは幻聴ではなさそうだ。ガイアスはアルトリアがストレス発散がてらダンジョンで運動していることを知らなかった。エリスが学園にいる間、危険度が高い魔物を処理していたのは半分くらいこのお方である。
「先に面倒なものから片付けて、後はゆっくりしましょうね」
「え」
そう言って真っ先に向かって行ったのは、ディザスター級の根城。
「さっ! お母さんも援助してあげるから、頑張って!」
目の前には、荒れ狂う怪物。
「……」
ガイアスは初めて母親のことを鬼畜だと思うのであった。
*
「……なぁ、オレたちもう帰っていいんじゃね?」
「……」
現場に到着したトヴェリが、目前の光景にそうエットに問う。
「頑張って、ガイアス!」
自分たちは人をも殺した化け物退治に来たはずなのだが、場違いな御婦人が少年に黄色い歓声を飛ばしている。
その少年も、ひとりで化け物を相手しているというのに、そろそろとどめを差そうとしていた。
「今時の若者って、みんなあんななの?」
ハルルは「怖〜」と肩を竦める。
「いや、よく見ろよ。あれ、総帥の息子さんだ」
「うわっ、ホントだ! 団長の言う通り、そっくりじゃん」
ふたりは激しい戦闘にも関わらず、風をまとって戦っている少年の顔をしっかり把握する。
「毎日あの顔が側にあると思うと、確かに困るな」
「慣れたと思っても、突然あの顔が前に来ると思わず敬礼しそうになるって言ってた」
「ああー」
エットは同情の声を漏らす。
「総帥の息子さんなら、あの強さは頷けるな。やっぱり蒼穹生まれは持ってる」
「そうだな。団長もあれだし」
そこで声援を送っていたアルトリアが、エットとトヴェリに視線を向けた。
「……挨拶、しとくか」
「そうだな」
彼らもそこにいる御婦人が誰だか分からないはずも無かったので、彼女の前に立つと、軍人らしく敬礼する。
「ご丁寧にありがとうございます。あら? その制服、もしかしてシュヴァルツちゃんの?」
((シュヴァルツちゃん……))
アルトリアは彼らの服を見て目を丸くする。
エット達は初めてを団長そんな風に呼べる人に会って驚く。
「はい。代わりに任務を受けましたが、必要なかったようです」
「ごめんなさい。わざわざ来てもらったのに。うちの息子を、シュヴァルツちゃんに勝てるくらい強く鍛えないといけなくて」
そう言って頬に手を置いたアルトリアに、ふたりは頬を引きつらせる。
(団長超えってマジかよ?!)
(例え話だろ……。いや、あり得ないことはないか)
(それでも、ありえないな。あの訓練を思い出したら無理だ)
(確かに)
「まあ、本人は知らないんだけれど。男の子なんだから、強くすることに越したことはないわよね?」
「「ハ、ハイ」」
——綺麗な顔をして、とんでもない事を言う。
2人は頬を引きつらせた。
そこでズドンッと横から何かが倒れるような音と、地響きがして彼らはハッとそちらを見る。
「あら。終わったみたいね」
奥から出てきた少年を見て、まずまずねと感想を言う彼女は鬼なのだろうか。返り血を浴びたガイアスが、倒した骸を越えて三人のもとに降りて来る。
「終わりました。……この人たちは?」
「軍人さんたちよ」
ガイアスを間近に見たエットとトヴェリは、一瞬だけ固まったが、上司の上司の息子さんということですぐに挨拶を。
軍人と接触することはほぼないので、ガイアスは物珍しそうに彼らを観察した。どちらも騎士団とはまた違った逞しさを感じる佇まいである。
「この人たちは魔物討伐で一番の戦功を上げている部隊の凄い人たちなのよ」
「恐れ入ります。しかし、それも指揮官が優れていらっしゃるからでしょう」
「そうねぇ。何しろあのシュヴァルツが率いる部隊だもの。隊長さんはどう? 忙しくしてる?」
「……はい。私たちに仕事を任せるくらいですから」
「そうなの……。あの人に無理させないよう強く言っとくわ。どうにも、あなたたちの隊長さんに頼りがちみたいだから」
あの人とは、シュヴァルツの上司であるザハードのことだ。
エットとトヴェリは顔を見合わせて、アルトリアに深く礼をする。それは自分たちよりずっと年下の隊長を思い遣っての行動だった。
別れたあと、ガイアスはアルトリアに尋ねる。
「『シュヴルツ』とは、優れた武功を挙げた英雄に贈られる称号のことでは?」
「ええ。そうよ? まさかガイアス、“モルタには生きて狼牙の称号を得た軍人がいる” って話を嘘だと思っているの?」
アルトリアの酷く驚いた表情に、ガイアスも面食らう。
「それは戦争中に生まれた幻想だと」
「まぁ! その人のことについては、色んな任務をするために公になってはないけれど、本当の話よ? 気づいていないだけで、あなたもお世話になっているんだから」
「え?」
「ガイアスも、もっと強くなったら分かるわ。次に行くわよ、次!」
それからガイアスはダンジョンを梯子する日々が続いたのだった。




