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「丁度始まるところですわ」
フィールドの中央にアリスが緊張した面持ちで立っている。相手は同じ一年生。回復魔術以外苦手なアリスだが、一体どうやって対抗するだろうか。
「アリス頑張れー!!」
エリス大きな声援を送る。それに気がついたアリスは、こくんとひとつ頷いた。
(……よし)
合図が鳴ると、彼女はすぐにスキルを起動。
「あれってなんてスキル?」
「なんだろう」
「見てれば分かるよ」
エリスに言われて、シロナとウレック、ケルヘラムはじっとアリスを見つめる。だが、少しすると変な感じがした。
「これは、神々の介入!?まさかアリスと私を消してやり直すつもりなの!?」
時が止まる感覚がして、辺りを見回すがなんの変化もなく会場を見るとアリスがただ相手に向かって歩いていくことだけが見えた。
「まさかもう身につけたの?時間を操るスキルを」
アリスは、いてに向かいながら歩き、礼をしてから相手の首元をトンと叩くと相手は倒れた。
時がまた動きだした。
「「うぉー!!!何をしたんだ!」」
いつの間にか倒れている彼に会場は、湧き上がった。
「なんだったんだあれ?やっぱり彼女、面白いや」
ガイアスの呟きが聞こえる。アリスは、本来聖女となり浄化を覚えるはずだが、これから先は、回復と時間を操る力で何とかしていくのだろうか?
「ねぇ」
「ハイ」
ガイアスに呼ばれ、エリスはそちらを伺う。
「さっき言ってた強制力って、本当に無いと思ってるの?」
意外に真剣な表情でそう尋ねられ、彼女は目を丸くした。
「無いと思いますよ。あれ見てください」
保護者側の観客席に誰かを見つけて、パアアッと顔を輝かせるアリスを指す。言わずもがな、そのお相手はクローディア客席で異彩を放っていらっしゃるので直ぐにわかった。
女の子をたくさん相手してきたガイアスなら、アリスの表情を読み取るくらい造作もないだろう。
「……怖くない訳? 君が死ぬ可能性だって否定できないんだろう?」
「前にも言いましたが、私が怖いのは飢えることくらいですよ。誰だって今日死ぬかもしれないんですから、そう深く考えたって仕方ないです」
前を見つめたままそう言ったエリスに、ガイアスは怪訝な顔に変わった。彼女は達観しているというよりも、自分の身を何とも思っていないような節がちょくちょく見受けられる。人の行動に敏感なガイアスは、そのことに気がついていた。
(自分には、何も守ってくれるものが無いくせに)
最初は特待生だから、自分が騎士団に入るべくエリス・フローリアを気にかけていたのだが、彼女を観察して知ることが増えるほど、どこか危うさを感じる。
「お疲れ〜!」と呑気に手を振るエリスを見て、ガイアスはため息を吐いた。彼女ならばバトルフェスタも余裕で勝ち上がってくると思って、あの母親から指導も受けてきたというのにとんだ誤算だ。
(腹立つ……)
誰かにこんな感情を抱くのは久々だった。
*
神が介入してきた件以来、何事もなく大会は進んだ。
攻略対象者の皆さまは当たり前のように先輩たちを倒して、1年生としては大変優秀なところまで進んでいた。
この大会には、スカウトに来るお偉い様がいらっしゃるのだが、皆さんの目は早く彼らが5年生になって欲しいと言っていた。
シロナもかなりお強く、エリスとアリスが驚いていると、「殿下のお側にいるためには、このくらいできて当然よ」だそうだ。
前に聞いたときより、自信がついているように見えたのは、きっと心の痞えが軽くなったからに違いない。
殿下とも心が通じ合えて、イチャイチャ度が急激に増したのには、相変わらず砂糖を吐きそうだが、ふたりが幸せそうで何よりだ。
アリスのイベントについては細心の注意を払っていたが、それらしきものは起こらなかった。おかしいなと感じたエリスは、自分が負傷したことが代わりのイベントだったのかもしれないと気がつく。
ゲームの強制力について否定はしたものの、身代わりイベントの発生がどうにもならない。
(……最悪、私の分身をアリスに擬態させれば大丈夫かな?)
それか何処からか代わりにイベントを被る人を探して来ようかなと彼女は真剣に検討し始めた。
エリスはひとりで昼食をとりながら、うーんと唸る。
なぜひとりかって?
他のみんなは保護者の方々と家族団欒でお食事中なので、エリスはボッチ弁当である。
今日は丁度、みなさんご家族が観戦にいらっしゃっており、自然とひとりになってしまった。
一緒に食べようと誘ってくれたのだが、家族水入らずで話したいこともあるだろうし、遠慮しておいたのだ。
「エリスさんーー!!!!!」
「へっ?!」
「きゃあ! 可愛い!! 制服じゃない!! なんなの? 天使?」
何とかお弁当は死守したが、突っ込んできた彼女を受け止めきれず、ラゼは顔を青くする。
「フェム、な、何でここに?」
「何でって。わたしの癒しを探しに来たに決まってるじゃない? 制服とか最高過ぎるわっ」
はぁはぁして詰め寄られ、エリスは頬を引きつらせた。
「で、本当は?」
「本当は?って酷いよ。勿論あなたに会いに来たのが一番の理由よ? そのついでに、陛下たちの護衛。それより、ちゃんとご飯食べてるわよね? あの子たちには厳しく言うくせに、自分は忙しいとご飯食べるの忘れちゃうから心配してたのよ?」
陛下の護衛をついでとは……。
まあ、陛下には騎士の皆さんがぴったりくっついていらっしゃる。フェムは広範囲の探知に長けているので、念のために会場に配置されたのだろう。
「ちゃんと食べてるよ。ここにいると規則正しい生活をせざるを得ないから」
「そう? それは良かったわ。あ、これ差し入れよ」
抜かりなく差し入れを持ってきてくれるフェムは女子力がかなり高い。
「中は?」
「ゼリーよ。沢山持ってきたからお友達とでも食べて」
「ありがとう」
紙袋を受け取って、エリスは笑顔で礼を言う。
フェムとは同じ部隊に居ても、あまり一緒に仕事をすることが無いのだが、彼女の方から話しかけてくれたことがあり、それ以来仲良くさせてもらっている。
料理は上手だし、美容にも気を使っていて、顔を合わせる度に色々してくれるので、姉のような存在なのだ。
「そういえば、ルナラ教授があなたに会いたくて暴れてるわよ」
「うぇっ。やっぱり?」
深層の新種は、今までとはまた違う個体だったので、ルナラ教授が食いつくとは思っていた。奴らには人に近い理知的な行動が見られるのだ。エリスがしかめっ面になりながら、食堂でテイクアウトしておいたお弁当を食べようとすると、ヒョイとそれをフェムに奪われる。彼女はその代わりに、自分で作ってきたお弁当をエリスに持たせた。
「わたしの手作り。あなたの為に作ったから、そっちを食べて」
「ありがとう!」
思わずラゼは叫ぶ。
「教授は、まあ、ガロスくんが何とか頑張ってくれるでしょう」
彩り豊かなフェムのお弁当を頬張りながら、エリスは答える。ガロスとは、ルナラ教授の助手のことだ。
いつもオカン並みにルナラ教授の世話を焼いてくれているので、今回も彼に任せたいと思う。
「どうだった? 新境地は?」
「それなりに手強いよ。長い年月をかけて進化したのか、今までの奴より知能がある」
「そうなの。それは倒しがいがあるわね」
「うん。魔石のレベルも見直す必要がありそう。このままだとSを何個も重ねることになるからね」
フェムはエリスから取ったお弁当を代わりに食べながら、その様子を伺っていた。
「学校はつまらない?」
「え、何で? 楽しいに決まってるよ」
フェムの問いにエリスは目を丸くする。
「そう。それなら良いの。次の休みにはわたしのところにもちゃんと顔を出しなさいよ?」
「うん。この前はごめんね。忙しくて」
「分かってるわ。ノルくんがあなたが働き過ぎで心配してたもの。無理はしないようにね。お肌に悪いんだから!」
「はーい」
フェムらしい怒り文句だ。彼女が仕事に移るまで、エリスは楽しくフェムとご飯を食べた。
「じゃあ、またね。エリス」
「うん。お弁当と差し入れ、ありがとね」
「いいーえ。お勉強は程々にね?」
「ハハ。わかったよ」
そんなアドバイスをしてくる人は滅多にいないだろう。
エリスは笑いながらフェムに手を振った。
「あれ、エリスちゃん。今の人は?」
フェムとは反対側から何かを抱えて戻ってきたアリスが不思議そうに彼女を尋ねる。
「知り合い。いつもよくしてくれて、私がここに入学したの知っててお弁当くれたの」
「そうなの! よかったね!」
「うん」
エリスをひとりにさせてしまうと分かっていたアリスは、ご飯を食べ終えてすぐに戻って来てくれたみたいだ。
「これね、クローディア様が友達と食べろってくれたの!」
「私もゼリーもらっちゃった。一緒に食べよ」
「うん!」
それぞれもらったものを広げていると、エリスはアリスが持ってきたお菓子を見て固まる。モルタの西部で有名な伝統菓子「レレブ・ストリース」。身分の差に愛を阻まれた男が、魔女に自らの声を捧げて愛する者には効かない毒をもらい、それが盛られたお菓子を食べさせて晴れて結ばれるという逸話から来るお菓子である。勿論、本当に毒など入っていない。
(ロマンチストというより執着質というか……。アリス大好きだな、クローディア卿……)
エリスは毒に当たらないことを祈りながら、レレブ・ストリースをかじったのだった。




