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「あ、エリスちゃん!!」
「エリスっ」
観客席に着くとすぐにアリスとシロナが駆け寄って来た。
「もう大丈夫なの?」
「平気だよ。怪我はかすり傷くらいだから。応援してくれたのに、負けちゃってごめんね」
「気にしないでいいんだよ! わたし、エリスちゃんの分まで頑張ってくる!」
両手に拳を作ったのを胸の前に出すアリスは、あざとすぎるが可愛いので許す。
「無理はしないようにね。何かおかしいと思ったら、審判にすぐ言うこと。頑張って!」
「うんっ!」
神の介入さえ無ければ、ここはエリスの守備範囲だ。
必ず生徒の危険は排除する。
「エリス…」
シロナに袖を引かれ、エリスはそちらを見ると今にも泣き出しそうな顔をしなシロナが。
『も、もしかしてゲームの強制力のせいで、あなたが?』
エリスは図星を突かれてドキリとする。
『ただ単に試合に負けただけですよ?』
『で、でも。わたくし聞いてしまったの。審判をしていた先生が、あなたの傷がもう少しズレていれば死んでいたって!』
(なんて事だ……)
ここは彼女を安心させてあげることを優先しなくてはならない。さっきから、アランと何故かガイアスにも注目されている。日本語だからといって、シロナがとても不安そうなことを語っているのは分かってしまうので、落ち着かせなければ。
『そんな訳無いじゃないですか。大袈裟な。それほど深い傷なら、こんなに早く回復できませんよ』
『で、でも先生がそう言っていたのよ?』
『じゃあ、見てみます?』
エリスは再び服をめくって、シロナに傷がないことを確かめさせる。その後ろで男性陣がギョッとし、アディスが額に手を当てていることには気がつかない。
『ね? 大丈夫』
不安にさせないように笑ったのだが、シロナは安心したのか逆に涙を流し始めた。
「え、シロナ」
滅多に泣かない令嬢が泣いているところを晒すわけにもいかず、エリスはシロナを隠すようにして抱きしめる。
「よかった。よかったわっ。エリスがいなくなったら、わたくしもあとを追うんだからねっ」
(それには色々と語弊がある!!)
周囲の目に加えて、明らかにアラン殿下の目が険しくなったし、ガイアスも無言の圧がある。
居た堪れなくなったエリスは、やむなくシロナを横抱きにしてその場からの逃走を図った。
「きゃっ。エリス?!」
「アリス。試合、頑張って! 私はちょっとシロナを落ち着かせてくるから!」
「う、うん? 気をつけてね!」
彼女は取り敢えず、人気のない場所を目指してきた道を戻る。
「待て!」
後ろからアラン殿下が追いかけてくるが、止まれはしない。完全に姫様をさらった悪役ポジションだ。
「ここまでくれば平気かな」
空いていた控え室に入ると、エリスは姫様をソファに座らせた。
「君、友人だからってな!」
続けて文句を言いながらアランとガイアスも入室してくる。
「その、すみません。これは謝ります」
悪気は無かったのだが、これは失礼だった。
エリスは深々と頭を下げる。
「そんな。アランは悪くないわ。わたくしがあんな場所で取り乱してしまったから、かばってくれたのよね」
そんな近くにいたアランの行動が遅かったと遠回しに言うようなことはやめてほしい。エリスは困って微笑した。
アランはシロナの前にしゃがみ込み、彼女の手を取る。
「不安なことがあるなら、遠慮なんてしないで言って欲しい。シロナのことは俺が守るから」
これにはちょっと意外だった。彼女からは何も聞かされていないだろうに、さすが婚約者殿はシロナの不安を察知していたようだ。
(あ、リボン貰えたんだ)
彼の腕にもリボンが揺れるのが見えて、呑気にそんなことを考えていたが、シロナが答えに困ってエリスを見つめるのでトバッチリが来る。
「そんなにわたしは頼りないか?」
「っ、決してそのようなことは!」
(えぇ……。これって、原因私じゃないか)
これでは「円満な人間関係」が崩れ去ってしまい、シロナの破滅フラグも立ってしまう。
『シロナ。殿下を信じてお話しするべきだと思います。話せるところまででいいのです』
エリスはシロナにそう言った。彼女は自分のせいで不安にさせてしまったアランを見て、覚悟を決めたようだ。
アランの手を握り返し、彼を見つめる。
「今から話すことは、馬鹿げていると思われるかもしれませんが、全て事実の話です」
「ちょっと待った。それって俺も聞いていいやつ?」
そこで何故かいらっしゃったガイアスが手を挙げる。
「……はい。ガイアス様も一応当事者ですから」
「当事者?」
「はい」
それからシロナは、自分が怪物になること以外についての大まかなシナリオを語った。聞き終えたアランとガイアスは戸惑ってはいたが、シロナが嘘をついているようには見えなかったので、理解するよう努める。
「だいたいわかった。それなら、わたしがシロナ以外を好きになることはあり得ないから、何も問題ない」
アランはシロナを抱き寄せて、そう強く言い聞かせた。
シロナは顔を真っ赤にさせて、口をぱくぱくさせていらっしゃる。これでシロナが婚約破棄されて、憎しみの化身となることはほぼ無くなったと言っていいだろう。
(……問題はやはり、イベント自体の阻止)
シロナは全てではないが、やっと殿下に予言について語ることができた。ここからは自分の出番。彼女たちが無事に卒業できるように、悪しきイベントを破壊するのがミッションだ。
「ところで。今の話には特待生が出てこなかったけれど、それはどういう事?」
「私はバグ、すなわち誤りです。本来ならいるはずがない存在。シロナは今回の試合について、シナリオの強制力が働いて私を削除しようとしているのではないかと不安になられてしまった訳です」
「削除……」
それが何を意味しているか分からないわけがない。ガイアスは表情を変えた。エリスはそんな事が起こるわけがない、と少し大袈裟に演技する。
「だって、それは不安になるわ。もしアランがいなくなってしまったら、わたくしのフラグも回収されてしまう可能性が高いもの」
シロナはそれに頬を膨らませる。上手く誘導できたようで、エリスは内心ほっとした。
「ああ、なるほど。だから “あとを追う” か」
理解が早くて助かる。殿下の誤解が解けたようで何よりだ。
「そういうことです。それに、強制力が働いているなら、ガイアス様だってもう少しアリスに気があってもいいはずなのですよ」
「そういえばそうだわ。ガイアス様、アリスのことが好きではないのですか?」
「え? 女の子はみんな好きだよ?」
「「……」」
ガイアス以外の三人の視線が揃った。
「ガイアス……」
殿下に窘められ、彼は肩を竦める。
「ガイアス嬢の回復魔術には特別興味があるよ? でも、女
の子として見るのは、他の子たちとも同じ感情かな。」
あ、こいつ、恋したことないぞ?三人の思いはひとつに。ガイアスは自分に向けられた視線に、ごほんと咳払いして話題を変える。
「ときどきふたりが話している言葉は、予言の物語のもの?」
「そうですわ。もうひとつの母国語のようなものです」
それから少しずつ足りない部分を補って行き、シロナの外堀は埋まっていった。
「そろそろガイアスの試合が始まりますよ」
「もうそんな時間? 行かないと」
四人は椅子から立ち上がる。
(ッ……)
先ほど血を流したのに、シロナを抱えて走り、いきなり立ち上がったのがよく無かった。
立ちくらみがしてエリスは、目をつぶって堪える。
会場がパニックにならないように流血は違う場所に転移させていたので、血が足りていなかった。
「エリス?」
「ああ、ちょっと立ちくらみがしただけです」
しばらくして目を開け、ゆっくり顔をあげれば問題ない。
『ごめんなさい? あなたは本当は私の世界にいないはずの存在なの。出しゃばりなモブはお暇してくださいですって。これ以上、この世界の秩序を乱さないでくださいな』
(「モブはお暇してくださいですって」か)
神は、私の権能の1部になったが人間にもいる可能性もあるので最大限の注意は、必要だ。
(後は私が何とかしないと)
グッと拳に力が入るのを、ガイアスが見ていたことにエリスは気がついていなかった。




