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待ちに待った(?)短期休みがやってきた。
アリスはいつもより早起きをして、丁寧に髪を梳かしたかと思えば、今度は何を着ようかと頭を悩ませてコロコロ表情が変わる。可愛いなぁと思いながら、エリスはベッドから降りてしばしの休養に別れを告げた。今日は自宅に戻ったらすぐに執務室に行き、現状把握から仕事を始める予定だ。
(あー。何もやらかしてないよね……)
部下たちに一抹の不安を覚えるも、さすがに彼らも馬鹿なことはしないだろうと信じてエリスは帰宅の支度を整えた。
「アリス。お化粧してあげよっか。髪の毛も」
鏡の前であたふたしているアリスを見かねアリスは彼女を呼んだ。
「お、お願いしますっ」
照れている天使も可愛いっ!なんて叫びながらアリスを仕上げる。
「次、学校に来るときはもうバトルフェスタかぁ」
「早いよね」
彼女の呟きにエリスは鏡越しに頷く。
「そうだ!エリスちゃんのおかげで、相手を倒せる魔法を思いついたんだよ! ありがとう!」
「私は何もしてないよ。凄いじゃん、アリス。クローディア卿もきっとびっくりするんじゃないかな」
「そうだといいな」
「きっと大丈夫だよ」
エリスはアリスを励ました。
「エリスちゃんは?」
「ん?」
フォリアの問いにラゼは首を傾げる。
「エリスちゃんのバトルフェスタに来て欲しい人は?」
思わぬ質問に、エリスはすぐ答えられなかった。
学園に入るには家族や親戚に参加証を渡せばいい。でも、私の家族はみんな死んでいるし、後見人は一応ファルスが請け負ってくれているが、実際の彼女は自立している。部下にお膳立てさせるのも申し訳ないし、何よりそんな暇があれば彼らも休みたいだろう。
なかなか答えられないエリスにアリスがハッとした表情になり、彼女は慌てて歯切れ悪そうに答えた。
「あー、いるよ? でも、皆んな忙しいから。来るのは難しいかな」
「そ、そっか」
「うん」
それからしばらく無言でいたが、アリスが口を開く。
「エリスちゃん。お土産たくさん買ってくるね」
「本当? それは楽しみだな。あ、それなら甘いものがあると嬉しいな〜なんて」
「うん! わかった! 楽しみにしててね!」
「うん。……よし、出来たよ」
髪のセットも終わり、鏡には五割増しでとってもキュートなアリスが映る。
終業式でホールに集まった全校生徒は、それぞれ私服姿に荷物を持っている。式が終わり次第、ここで行きと同じ場所に転移されることになっていた。これからは自炊など、何でも自分でしなくてはいけないのが少し億劫に感じてしまうが、またしばらくすれば学園に来れる。
理事長の話を聞き終えれば、帰宅の時間だ。
「またね、エリスちゃん」
「うん。元気でね!」
光に包まれ目を瞑れば、次に視界に入るのは真っ暗な部屋。
「……ただいま」
返事が返って来ないのには慣れたはずだったが、つい先程までアリスといた寮を思い出すとちょっぴり寂しく思う。
「さてと。準備しますか」
エリスは、カーテンを開けて部屋に光を入れ、荷物を片付ける間だけ換気をして、すぐに出勤の準備を整えた。
「いってきます」
使い込んだ四角い鞄を持って転移すると、書類の山に埋もれたノルが顔をあげるところだった。
「おはよう、ノル」
「お、おはようございます! 代表!」
ノルはパッと顔を輝かせた後、溜まった書類を見て頭を掻く。
「私がいない間、問題は起きなかった?」
「……ハイ。なんとか。討伐はいつもよりは負傷者が出ましたが、死者はいません」
「うん。それは良かった。さすがノルだよ」
エリスは席に荷物を置いて早速報告書に目を通す。
「ん? 結構遠征に行かされちゃったみたいだね? 指揮官として、部隊の様子を見て、無理そうだったら無理だとちゃんと断ることも大事だよ?」
書類をめくるラゼに、ノルは「ハイ」と答えるが、合同訓練でひと暴れしちゃいましたとは言えなかった。
だいたいやる事を把握してから、エリスは、次に参謀本部に飛ぶ。
「討伐部シュヴァルツであります」
「入れ」
中に入るといらっしゃるのは、麗しき総帥。
「久しぶりだね。ファルスから話は聞いている。やはり君を送ったのは正解だった」
(やっぱり、本物のほうが色気がヤバイな……)
久々に見たザハードの色気に当てられそうになるが、エリスは瞬時に心を無にする。
「うちの息子の面倒も見てくれているみたいで助かったよ。誰に似たんだか、なかなか素直じゃなくてね。殿下と争わないように気を遣うのが嫌なのか、大したことも出来ないのに騎士団に入るなんて言うから、ヴァンドールで何かしら一位を取ったら認めてやるって言ってあるんだ」
「ガイアス殿も、大変優秀でしたよ。今、騎士団に入っても何ら問題なくついていけるかと」
総帥の顔がいなくなるのは嬉しいので、是非とも騎士団に入団して欲しい。
「ハハ。気を遣わなくていいよ? 君にもそうだけど、剣術の特別指導でボコボコにされていることは知っているからね。これからもあの子が天狗にならないよう、鼻を折ってやってくれ」
息子がボコボコにしばかれていることを笑顔で話す親とは、如何なものか。
意外にガイアスも苦労しているのかもしれない。
「さて。与太話はここまでにして。その後どうだ」
声色が変わった閣下に、エリスも背筋を伸ばした。
「ハッ。報告致します。ハイペリオン嬢の作ったお菓子に混入された毒についてですが、製法は難しいものの学園内で作ることができる物だと判明しました。図書館で作り方の書かれた書籍の貸し出し履歴を見たところ、丁度その製法が書かれた本が一冊貸し出し者不明で無くなっていることも分かりました。学園関係者が犯人で間違いありませんが、まだ特定は出来ていません」
「そうか」
「ファルス理事長の許可を頂き、学園内にトラップを仕掛けることにしました。同時に今回毒物を口にする可能性があった生徒の皆さんの所に、いつでも駆けつけることができるよう、秘密裏にではありますが、私のスキルを既にかけてあります」
「……仕事が早いな」
「いえ。早急に犯人を見つけ出し、生徒の皆さんに不安な思いをさせないようにする事が私の任務であります。この長期休みでは、教師、清掃員、調理師、商店街の住人についての情報を洗い直す予定です」
ザハードは首肯した。
「把握した。終わり次第、ファルスとバトルフェスタの警備についても話し合って欲しい。それとエリス・フローリア。君にゾーン15の入地を認める。時間が出来次第、調査を頼む」
「ハッ」
「最後に何かはないかな?」
「ハッ。クローディア侯爵の調査と殺害をさせて頂けないでしょうか?」
「ふむ…確かにあいつは、この国にとって頭が痛い問題だ。そろそろ頃合か。いいだろう。許可しよう」
「ありがとうございます」
やる事が多すぎて、すでに目が回りそうだ。二週間の休みで一体どこまで出来るだろうか。ザハードは立ち上がり、机の横に立つ。
「シュヴァルツくん。学園は楽しかったかい?」
そんな事を聞かれるとは思っていなかったエリスは、は目を丸くした。
「は、はい。色んな生徒さんがいらっしゃって、毎日新鮮な気持ちで楽しく通わせて頂いております」
「そうか。それは良かった。その調子で友人たちのことをサポートしてあげてくれ」
「はい」
エリスはザハードの部屋から出てから、一つ息を吐く。
まるで親みたいなことを言うので驚いた。
(あ、そう言えばあの人も一応父親なのか)
子持ちとは思えない雰囲気なので、ついついガイアスのことを忘れてしまう。
「調子狂うなー」
エリスは、頭を掻きながら、仕事部屋に転移するのだった。




