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だんだん日が長くなり、制服の上着もクローゼットでお留守番するようになってきたある日の休日。
エリスはいつも通りズボンにシャツという私服で、自分の机の上に「予言の書」とも呼べるシロナの手記を自分用に写したノートを広げた。
「さてと」
ルームメイトのフォリアは今日、自主練習に付き合ってくれたケルヘラムとウレックにお礼をすると言って商店街にお出かけ中だ。
アリスが誰と付き合うのかはさておき、シロナの破滅は、自分の破滅。そういう訳でエリスはシロナが破滅しないように日々この予言の書を開いて、とある事をしていた。
「んーと。順番的に次は殿下とアリスが物置きに閉じ込められる、か。これは却下だな」
エリスはノートにばつ印をつける。何をしたかって?
それは勿論、殿下とアリスに関するイベントをなきものにするスタンバイだ。他の攻略対象であれば、正直どうでもいいのだが、アランとの恋だけはご遠慮頂いている。
誤解されないように言っておくと、決してこれはアリスに対する嫌がらせなどではない。ちゃんと彼女の意思も尊重して、アランとのフラグは無かったものにするだけである。
「問題はシロナがかなり鈍い事なんだよな……」
鈍いというか、自信がないというか。あれだけイチャイチャしている癖に、シナリオへの不安が拭えずアランに頼ろうとしない。それどころか「自分は破滅に向かう運命なんだ」なんて思い込んでいる節が多々見受けられ、訳を知っているエリスからすると危なっかしくて仕方ない。
「本当にどうしようも無くなったら、私が(命をかけてでも)何とかするからいいんだけどさ……。せっかく華のスクールライフを送れるんだから、楽しまないと、ね!」
彼女はにやりと口角を上げる。
ばつ印をつけた文章の下に、矢印を引き「殿下とシロナに変更」と書き加える。あとはイベントの発生に合わせて、細工をするだけだ。
「今日アリスは、はケルヘラムさんとお出かけだし、殿下はシロンとお茶会だから警戒レベルは低いかな」
そこでグゥ〜と腹の虫が鳴いたので、昼食を摂ることにする。とてもいい天気なので、テイクアウトにして外でご飯を食べることにして彼女は寮の食堂へ。
「あ。エリスおはよう〜」
「おはようございます。ルナ先輩」
そこでルナとばったり出会す。彼女の後方に、カリナの姿を見つけたエリス。よく見るとランドと向き合ってチェスをしていた。
「今日はチェスですか」
「うん。今日はチェスなの」
だいたいエリスがカリナを見かけるときには、ファルスの息子と何かしら争っている。ルナは苦笑い。
「この後、勉強教えてくれるって約束だったのに。まあ、見てて面白いからいいんだけどね」
「お似合いですよね」
「うん」
カリナとランドンも、シロナとアラン殿下並みに見守りがいのあるコンビだ。 エリスは、ルナに同意する。
「あ、だ。ちょうど良いところに!じゃあ、エリスまたね!」
ルナは眼鏡をかけた寡黙そうな男子生徒を見つけると、彼に駆け寄っていく。
「トロイア 勉強教えて! 頼む! この通り!!」
勢いよく頼み込んだルナに、トロイアと呼ばれた青年はちょっと迷惑そうな顔をしたが「どこがわからないの?」と彼女に尋ねる。とても微笑ましい出来事に、エリスは目を細めた。
サンドウィッチとお菓子もテイクアウトし、訓練場の先にある裏山へ。ここには人気のない場所を好むカップルも近寄らないので、気を遣わずゆっくりご飯が食べられる。
「ふんふふーん」と鼻歌を歌ってだんだん坂がきつくなっていく森を進むと、たどり着くのは崖。
目下には雄大な自然が広がり、飲み込まれそうなパワーを感じる。朝のランニングで偶然見つけた場所だ。
この学園は一体、どんなところに建っているんだ? と気になるところではあるが、場所が特定できないようにファルスが幻術をかけているので概要は分からないまま。
何も注意がないことから、この崖も見せかけのものなのかもしれない。
エリスは適当に木陰に座り込むと昼食を広げる。
「いっただっきまーす」
たまにはこうしてひとりでご飯を食べるのも悪くない。
気持ちのいい風が木々を揺らすのを聴きながら、ラゼはもぐもぐと口を動かしていた。さすが貴族サマの集まる学園の食堂。サンドウィッチですらレベルが違う。
しばらくするとガサリ、と自然にはない無い音が背後に聞こえる。
「ここは——」
裏山の先に初めてたどり着いたらしい彼は、驚いた様子で立ち尽くしている。飲み物をストローで啜っていたエリスは、啜ったまま固まる。
その音に、海よりも深い青色をした髪が、さらりと揺れる。
「……なんだ。君か」
「お、おはようございます。ガイアス様」
「こんなところで何してるの、特待生?」
実技でガイアスを負かして以来、彼の当たりが少しばかり強くなった気がしている。頼むからお父様に「生意気な庶民がいるんだ」なんて告げ口しないで欲しい。切実に。
「ご飯を食べています」
近くに総帥の顔があって、エリスには目線を上げることが阻まれるが、嫌がる素振りを見せるのはご子息に失礼だ。
さすがに世界のイケメンと張れるような顔を近づけられるときんちょうする。
そしてガイアスは、お嬢様には絶対に有り得ない胡座姿のエリスに、彼は眉を寄せた。
「君さ。もう少し何とかならないの?」
彼女が制服とドレス以外でスカートを履いているところは見たことがない。シャツはちゃんとシワが無いものを着ているし、ズボンもそこそこいいものを履いているが、普通、この学園にいる女子ならば、身分がどうであれもう少し身なりに気を使う。
何を指摘されているのか直ぐに分からなかったエリスは首を傾げたが、慌てて姿勢を正す。
「す、すいませんっ!?」
ニヤリとガイアスが笑った。
いつも無表情の彼女が驚き声を上げたのが面白かったのかガイアスは、笑った。エリスは、1本取られたと頭を抱えた。
「お邪魔でしたか? 今退きますので」
「ちが、ああ。もう」
ガイアスは頭を掻いて、ため息を吐く。
「ここにいていいから。退けなんて一言も言ってない」
いつもの女子に優しく接している彼には珍しい、ぶっきらぼうな話し方にエリスはハッとする。
(これは、他の女子がやられたらみんな喜ぶんじゃないか?ギャップ萌えってやつ?)
「あ、はい。そうだ、これをどうぞ」
ガイアスは差し出されたお菓子の袋を見て考える。女子にお菓子を勧められることくらい何度もあるが、彼女からは珍しい。ちょっと考えたあと、ガイアスはそれを受け取りエリスの側に座った。ちょうど食事をしようとしたら女子に追いかけ回されて食事は、取ってないのだ。
「あ、飲み物も出しますね」
「あ、ありがとう」
天衣のスキルで飲み物もガイアスに持たせて、一通りやるべき接待を終えたラゼ。ガイアスは先にジュースを飲んだ。
(まつ毛、なっが!)
目を伏せた彼を見て、エリスは心の中で声を漏らす。美形め、羨ましくなんてないぞ! と叫びながら、目のやり場に困った彼女はサンドウィッチにかぶりつく。
美味しそうに食べるとシロナとアリスに評判のエリスは、今日も幸せいっぱいに頬を膨らませる。
「はぁ〜。美味しかった〜」
夢中になって完食すると、ガイアスが目を丸くして自分を見ていた。彼はこんなに嬉しそうな顔をしているエリスを間近に見たのは初めてだったのだ。
「ところで、ガイアス様は何故こちらに?」
完全に存在を無視していたことを思い出し、エリスはガイアスに問う。
「女の子たちから誘いが止まなくてね」
つい昨日、来月にアランの誕生日会をやることが非公式ながら発表された。学生がホールを借りて行うパーティーだ。
その主催者は婚約者であるシロナである。彼女は生徒会長の協力を仰ぎ、着々と誕生日会の準備を進めている。毎日忙しそうだが、とても楽しみにしていることが良く伝わってくる。
ガイアスはそのパーティーのエスコート役を頼み込まれているようだ。エリスは上司の息子さんの誕生日会なので、一応顔を出す予定ではいるが、貴族サマのようにドレスをポンポン買える立場にいないので出席するかは悩んでいる。
「流石『銀星の貴公子』様ですね」
恥ずかしい二つ名だこと。エリスの心中を察したのか、ガイアスはすかさず応える。
「ハハ。いつの間にかそう呼ばれるようになってたんだ。俺には貴公子なんて呼び名は勿体ないよ」
自身にも2つ名『月魄』という名前は記憶の彼方に行ってしまった。
ふたりの間に何かが走った。
(食えない奴)
(食えない人)
揃って仲良く同じことを思うガイアスとエリス。
((バトルフェスタで当たったら、絶対負かしてやる))
案外、息はぴったりだったりする。




