3の19
「よし。少し休憩な!」
「女子も休憩にしましょう」
グレイス先生と、ラルス・フォン・ゾルディア先生の声に、A組の生徒は手を止める。今は動きやすい服に着替えて訓練場にて実技の授業だ。男子と女子に分かれ、それぞれ剣術と中距離攻撃の魔法習得を訓練中。
「アラン様、よろしければこれを」
「ありがとう。シロナ」
エリスの視界には、アランに飲み物とタオルを渡すシロナの姿が。図書館での出来事以降、彼らの呼び方が変わったことに気がついているエリス。
これは確実に出しに使われた……。
彼女が思うに、アランがそう呼ぶように言ったに違いなく、二人きりの時はシロナも「アラン」と彼を呼んでいるところを目撃してしまって胃がもたれそうな今日この頃。
「ケル様。腕を見せてください」
「あ、ありがと?」
「すぐに治しますから」
また一方では、最近仲が良くなったのかケルヘラムに世話を焼いている。他の令嬢から目線が向けられてるがアリスは、全くもって気がついてない。
(これは天使フォリアの素なんだよなー)
シロナから『fortune&KISS』の詳細がみっしり書かれた手記を貰ったので、エリスはそれに則りシナリオの検証をしている。今のところ、イベントらしきものは全て発生している。ただ、その内容は時に変化していた。本来なら殿下と
エリスで起こる筈のことが、シロナに起こったり。逆に違う攻略対象者とアリスが一緒になったり。
(イレギュラーの存在である、私とシロナの前世のせい?)
そう考えたって何もおかしくは無い。まず元の小説であれば、悪役令嬢シロナさまはもっとプライドが高かったみたいだし、そもそも転生者ではない。そして他でも無い自分という存在が、ゲームを変化させている。ここはシロナの言う小説の世界ではあるが、もう他のものとして考えた方がいい気がした。
「ガイアス様、よかったらこれを使って下さい!」
「お飲み物はいかがですか!」
「わたくし、蜂蜜レモンを作って来ましたの!」
エリスは思わず、黄色い声のする方へ呆れた視線を飛ばす。輪の中心にいる総帥の息子もやたらハイスペックだと思えば、どうやら攻略対象らしい。
それもシロナによると、争い事が嫌いなガイアスは、殿下の為に実力を伏せて常に一歩引いた立場におり、最初は殿下から気を逸らすために自分が女の子たちを侍らせていたが、実は彼女たちを傷つけないように平等に接していたところが高評価らしく。
そんな彼が不器用ながら一途に惚れ込んでくれるところをもっと見たい! との要望多数で短編では、蛇足が書かれるほどだそうだ。
かなり彼のイベントは、乗っ取られているのでアリスとの交流は少なかった。そして、何故か私との絡みがあるのは、気のせいかと思うエリスであった。
「そろそろ始めるぞ!」
先生たちの声かけで、みな授業に戻って行く。
ひとりで壁に背をつけていたエリスも、訓練場の中心に向かって歩き出した。
「男子はこれから模擬戦なー」
ガイアスの言葉に、彼女は模擬剣をもった男子諸君を見渡す。日々屈強な男たちを率いて戦っているエリスからすると、おもちゃの剣をもった子どもにしか見えない。
それでも、その中で異彩を放つのがアラン、ガイアス、ケルヘラム、アルレンだ。残念ながら剣術が苦手なウレックを除いた攻略対象者たちである。
「さて。女子もどこまで上達したか試してみましょう。的を用意したので順番に攻撃してみてください」
ラルス先生に向き直り、エリスは先ほどまで練習していたスキルを思い出す。エリスの今使ってるスキルは天衣元言い、移動。
性質上、近距離戦のほうが得意なのだが、遠距離攻撃ができないことは無い。
名前を呼ばれた者から順番に攻撃を繰り出していく。
「ハイペリオン」
「はい」
シロナのスキルは氷と炎の魔術。彼女が構えると、突然現れた氷の刃が的を突き刺すと同時に爆発した。
「おぉ!」
(流石公爵令嬢だね。まさか氷の刃の中に炎を仕込んで威力を底上げするなんて。)
エリスは思わず拍手を送る。
シロナは(殿下の婚約者ならば)これくらい出来て当然だと笑うが、こっそりひとりで練習していることをエリスは知っていた。全く可愛い人である。
アリスは、攻撃系の魔法全般が苦手らしく、あとでラルス先生に個別指導を受けるようだ。
(あの子は、多分回復魔術じゃない。身をもって体験した私からすると寧ろ時間を巻き戻した感じがした。本当は、時間魔術?この世界を小説とは、認めたくは、ないし。)
本人は、気がついてない。いや、そもそも設定が違うのか、悩むところだがそのうち検証するのもいいかもしれない。
「「きゃあ〜!」」
テストを終えた女子生徒たちが、男子の応援と銘打って黄色い歓声を送る声が大きくなる。エリスは何事かとそちらを見ると、イケメンたちが汗を流して剣を交えていた。
ケルヘラム対アルレン。
とてもいい勝負をしている。
「フローリア」
「はい」
彼女たちがそちらに夢中になっている間、エリスの番が来た。何しようか考える。
エリスは、いつもどうりサークルを発動させる。
そして、魔術で炎のオーブを顕現させて的の前に移動させ破裂させる。
「え…?」
煙が晴れるとそこには何も残っておらず焼け焦げた地面しか残ってなかった。
「あ、はい。流石ですね。特待生さん。」
「ありがとうございます」
エリスは不思議な顔をして頷いた。
「「ガイアス様〜! 殿下〜! 頑張って〜!」」
小さくなったと思った声援が、さらに勢いを増す。
見てみると、剣を構えたのはアランとガイアスだった。
「お手柔らかに」
ガイアスはそう言って笑っているが、毎朝素振りをしている人で実力はちゃんとある。
「全力で来いよ?」
ガイアスの言葉と共に、ふたりは剣を振り上げた。
どちらも身体強化を使用しており、人間離れした剣撃が飛び交う。ケルヘラムとアルレンの試合も目を見張るものだったが、このふたりもなかなか大人顔負けの動きだ。
(いいな)
エリスは学校では思いっきり全力を出すことができないので羨ましかった。本気を出してしまったら私が何者か疑われて後からめんどくさい事が起こることは分かりきっている。
(……貴族じゃなければ、あの人たち軍に欲しかったな)
大きな戦になると、軍、騎士団関係なく召集されるが、基本的に貴族が多く入団する騎士団には危険度が高い仕事は行かない。軍人が魔物と人間を殺すのに対し騎士団は、王族 貴族 国民全てを守り 人を裁くのが仕事なので比較的安全だ。
「君にも混ざって欲しいな」
「理事長先生?」
ふわりと煙のように彼女の隣に現れたのは、フォルス。
それはどういう意味だ、とエリスは彼を見上げた。
「見ていればわかる」
「?」
エリスは大人しくアランとガイアスの攻防を観戦し、ファルスの言いたいことを察する。
「ああ……。ガイアス様のことですか」
見るものが見れば、彼が手を抜いていることなど簡単にわかる。
さすがは、神の頭脳と隣国で「不滅の剣聖」と呼ばれた姫君の間に生まれた人だ。
スキルの起動能力は遺伝するものなので、生まれ持った潜在能力の差が末恐ろしい。
「まあ、そういうことだよ。あれでは折角学園に入っても、さらなる成長が望めない。そういうことだから、彼を頼めないかな?」
「へ?」
エリスは思いっきり顔を歪ませる。
「はは。言いたいことは分からなくはないがな。そんな顔をするな。もともと学園ではなく騎士団に入団するつもりのところを、ザハードが無理やり入学させたんだ。あまり退屈させてやるのも可哀想だろう?」
そんな話は知ったことではない。
なるべく総帥の息子とは距離を置いているのだから、そんなことを私に振らないでくれとエリスは言いたかった。
「参りました」
そこで尻餅をついたガイアスが、負けを認めるのが聴こえる。
「ほら、負けた」
試合の結果を見て、ファルスが困ったように肩を竦めると、
「グレイス先生」
彼はヒューガンを呼んだ。
「理事長。どうされましたか?」
先生は目を丸くしてファルス見た。
彼が授業を観ることは珍しいことではないが、干渉してくるのは滅多にないことである。
「ガイアスくんとエリスくんでひと試合やって欲しくてね。駄目かな、ガイアスくん?」
「いえ。構いませんが」
なぜ俺が? というのが顔に出ている。
そこは断って欲しかったとエリスは目を瞑った。
「理事長。アランには劣りますが、ガイアスはかなり強いですよ?フローリアは……」
「何。心配するな。彼女はわたしがオファーしてきた特待生だぞ?」
いやいやいや——。
特待生だからって、何でもできると思わないで頂きたいところだ。「そこまで言うなら……」とガイアスも引き下がってしまい、エリスはとうとう模擬剣を手にすることに。
「フローリアくん。わかっているね?」
「分かりました」
ファルスの圧が辛い。つまり負けるなということだ。
パワハラだと訴えたいところだが、残念ながらこの世界にはそんな概念が無かった。
「いいの?」
向き合ったガイアスに、初めてまともな言葉をかけられた気がする。
「大丈夫です。遠慮なくどうぞ」
やると決まればやるしかない。エリスは腹を括って、目の前の敵に集中する。
(——これは…)
彼女のまとうオーラが変わったことに気がついたガイアスも真剣な目つきに変わった。どうやら、理事長が推すだけの実力はあるみたいだ。彼は剣を握り直す。
「始め!」
異様な雰囲気の中で、ガイアスが開始の合図をした。
「ガイアス様手加減は、不要ですよ」
「?」
エリスの言ってる意味がわからずガイアスは、剣に力を込める。周りの生徒は、ガイアスとエリスの異様な対決をみて集まっている。
(なんだこの女わ…)
だんだんペースを上げてくるエリスにガイアスは、本気で食らいつくが遂に追いつけなくなる。
「ッ!」
結果から言うと、勝ったのはエリスだった。
「そ、そこまで!!」
圧倒的な差で負かした彼女は、首元に置いた模擬剣をしまう。最初は軽く打ち合っていたが、彼女はだんだんと一撃に込める力を増幅させスピードも上げて行った、最後にはガイアスは守りに入るしかなかった。いつの間にか全員が注目していたその場は、シンと静まり返った。
彼女は一応自分自身にハンデを設け、力を一切使っていない。単純な力のみで戦ったのだ。
「ありがとうございました」
ガイアスはアランに負けた時とは違い、呆然としているガイアスに頭を下げる。観戦していた女子たちは、
「アラン殿下との試合での疲労が残っていたのよ!」
「今のはただのまぐれだわ!」
「ガイアス様はたとえ庶民でも女性に手出しなんてしないのよ!」
なんて会話をしていたが、エリスはどこ吹く風でその場を去る。そんな彼女にシロナとアリスはすぐに駆け寄ってきた。
「エリス!凄いわ!」
「エリスちゃん、すごい!! びっくりしちゃった!」
チラリとファルスをみると、彼はゆっくりひとつ首を縦に振る。どうやらミッションはクリアしたらしい。
「ありがとう!」
エリスはご機嫌でふたりに応える。
(総帥と同じ顔がびっくりしてるところ見られたし、気分がいいわ〜!)
——こんな体験はもう二度と出来ないかもしれない。
エリスはその日一日とても上機嫌で、気がつけば鼻歌を歌っているのだった。




