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入学して2ヶ月が過ぎた。外は日が出ていてぽかぽかしている。こんな日にはピクニックがしたいわ、なんてシロナの提案で、また次の機会に花畑でお茶会をすることに。
そんな話していると、〈時計塔〉のてっぺんにも届きそうなほど、高くて大きな建物が見えた。
「おっきいねぇ〜」
アリスが空を仰ぐようにして、図書館を見上げる。
ここには許可を得た研究者たちも本を借りるほど、専門的なものから大衆向けまでの書籍たちが収まっている。
なんて贅沢な場所なんだと、エリスは図書館に入った瞬間、その圧倒的な蔵書の数に度肝を抜かれた。
「これだけあると、一日で図書館を回るのも難しい気がするわ」
「そうですね、アリスの言っていた通り、冗談抜きで迷子になりそうです」
「司書さんに聞けば大丈夫だよ。一階のカウンターで待ち合わせにする?」
「それがいいと思うわ」
そういうことになったので、三人はそれぞれ興味があるエリアに行くことに。エリスは真っ先に生物学に関する論文誌を探した。
「あった」
ちゃんと検索の魔導が使えるので、早く目的を達成した彼女は、ふたりを探しに行く。
「何階にいるかな」
あのふたりであれば、小説を読みそうだなと思ったラゼは階段を下って三階を覗く。通路を進み、横の列を確認していると灰色の髪が見えた。
「あ、ア——」
「エリスさん、待って」
アリスを見つけた、と呟こうとしたところ、前の棚からひょっこり現れたシロナに腕を引っ張られる。
「ど、どうしました?」
「シーッ。静かに。今、確かめるところなの」
シロナに口を塞がれ、エリスは頭に疑問符を浮かべたまま、アリスを遠くから観察することに。彼女は上の方にある本が欲しいのか、一生懸命背伸びをしている。
「これですか」
「あ、え、はいっ」
そこに登場したのは、ケルヘラム ・アロンソだった。
「ありがとうございます」
「いえ」
欲しかった本を取ってもらったアリスは、ぺこりとケルヘラムに頭を下げる。
「その本、面白いですよ」
「そうなんですか! 読むのが楽しみです! わたし、この作者さんのお話がすごく好みで。アロンソ様もご存知なんですか?」
「うーん·····ケルでいいよ。呼びづらいでしょ」
「ケル様?」
「ふ、まぁいいや。彼の作品が好きなら、こっちもお勧めですよ」
なかなかいい雰囲気のふたり。楽しそうだ。前も誘っていたが気があるのじゃないだろうか。
「やっぱり、シナリオは全てが変わってくれるわけでは無いのね……」
すぐ側からこぼれ落ちる言葉。エリスは、しめたと思いシロナに問い直す。
「シナリオ?」
「な、何でもないわ」
あからさまに目を逸らした彼女に、これは見逃せないとエリスが今度は腕を取る。
「シロナ。もしかして、あなたは……」
「え?」
「ここでは不味いので、場所を変えましょう」
半ば強引にシロナを連れて、エリスはは図書館の外に出た。シロナは今のエリスの反応に、もしや?と思う。
「シロナ嬢?」
窓の外にそのふたりをアランが見つけ、不審な顔になる。
·····
…
「エリスさん?」
「シロナ、私はあなたさまに確認しなくてはならないことがあります」
人の気配が無い場所まで出ると、エリスはシロナに向き直る。気のせいならそれで構わないが、もしそうであれば、今後を左右するとても大切な話だ。
「……実は、わたくしも同じことを思っていたの」
「え、そうなのですか?」
「ええ」
ふたりの間に、しばし沈黙が走る。
そして覚悟を決めた彼女たちは、一斉に質問を繰り出した。
「「転生者?」」
お互いの質問が重なり2人は、固まる。
「エリスさんは、転生者なの?」
「私は、違います」
「え、でもなんで知ってるの?」
「それは·····」
(ここで、私が元のアリスっと言ってもいいが混乱する気がするし·····。どうしよう。)
「シロナは、殿下をみて悲しそうな表情をみて、シロナには、何か未来を知ってるような秘密があるのではないかと思い。聞いてみました。」
「そ、そうなのね。その通りよ私は、地球からの転生者。」
(ウッ。本当に転生者だとわ。あいつと同じように私を狙ってる様子は、ないけど·····)
エリスは、過去の事が昨日のように思い出し寒気がした。
強くなったのに過去のことは昨日のように思い出す。
「やっぱりそうでしたか。転生者の存在は、前からちょくちょくいました」
「そうなの!?でも、なんでエリスちゃんは知ってるの?」
「私は、冒険者として活動していたので色々な人と会うので。それで、シロナはいつから記憶が?」
「そうなのね。わたくしが記憶を取り戻したのは、十二歳のときだったわ。ひとつ、確認なのだけれど。エリスさんは殿下を好いていたり?」
「え?! なんでそんなことに?!」
心底驚いた様子のエリスにシロナは、ホッと息を吐く。
エリスはそこで恋愛小説のテンプレという記憶が読み取る。
「殿下。その他もろもろお偉いさんの息子。庶民で回復魔術が使えるアリス……。婚約者のシロナ……」
小説のあらすじが見えてきたエリスが「ま、まさか」と顔を青くする。
「そのまさかよ。わたくしが、『fortune&kiss』の主人公アリスに敵対する、悪役令嬢シロナなの。最悪なことに、バトルファンタジー要素のあるこのゲームでは、わたくしは最後、憎しみに溺れて、か、怪物になり、ヒロインたちに成敗されてしまう運命なのっ」
シロナが紡ぐ言葉は震えていた。崩れ落ちる彼女を、エリスは受け止める。
「そんな事にはさせません」
真剣な眼差しで、エリスはシロナに誓う。同時に怪物になったら誰も傷を付けず苦しませないように殺すことを。
「大丈夫です。私がいます。そんなフラグは粉々にしてやりますから、もう一人で悩まないで」
エリスの言葉に、シロナはボロボロ涙を流した。
「もう大丈夫ですよ。何があっても、私が守りますから」
エリスはシロナを抱きしめ、落ち着くまでずっと背中を摩った。
それもこの小説、かなり物騒な設定だ。アラン殿下の婚約者であるシロナが怪物(?)になって成敗されるなど、空前絶後の大事件。もし任務についている自分が、それを未然に防げなければ……。
(——クビだ。もしかすると本当に首を落とされるかもしれない…………)
「あ、ありがとう。エリス……」
「いいえ。泣いてる乙女を放っては置けません」
そうとは知らないシロナは、涙を拭うエリスにキュンとする。
「そこで何をしている?」
後ろから凛とした声がかかる。当然のごとく人の気配を探知していたエリスだが、このタイミングで来るかと肩を竦める。
「殿下」
シロナは泣いた跡を見られたくないようで、咄嗟にエリスに隠れる。乙女心が分からない事はないので、エリスは困った。
「シロナがどうかしたのか?もしくはお前……」
(へぇ)
若干の殺気を感じるが所詮は、ただの学生だ。何もわない。
「ご、誤解ですわ、殿下!エリスはわたくしの大切な方で、本当に面白くて涙が出てしまい」
(……エリス?)
滅多に呼び捨てにしないシロナが「エリス」と呼ぶのを聞き、アランは眉間にシワを寄せる。彼はシロナのすぐ側まで来て、腰を落とした。
「……そうか。それなら良い。
だが、そんな無防備な顔を他のやつに見せるな」
「へ?」
アランはそう言うや、蹲み込んだシロナをいとも簡単に横抱きにしてしまう。
「で、殿下?!」
「じっとしてろ」
(うわーお……)
この光景をダイレクトに拝む事になってしまうとは、目眩がしそうだ。
悪役令嬢なんて柄ではない。地球人として結末を知っているシロナは、『あの女』と違い私を殺すのではなく自分の力で、殿下と上手く行こうとしたようだ。エリスは軽く手を振って彼女を見送った。シロナは全く気が付いていなかったが、殿下に殺気の視線を浴びせられたエリスは呟く。
「……。破滅フラグはすでに折られてるのでは?」
——どーう見ても殿下は、あなたに惚れてますけど???
残された彼女は、独占欲が強い殿下殿から攻撃をくらって、しばらく今後について頭を悩ませる。どうせ、将来に仕えるのだ、これで敵視されていては、後が思いやられる。
「考えても仕方ないかぁ……。シロナの鞄を回収して、アリスを迎えに行かないと」
殿下の気持ちがどうであれ、万が一に備えて準備はしなくてはならない。この世界が恋愛小説だということについても、まだ半信半疑ではあるが、シロナがこれから起こる出来事を予知していることは分かっている。
(軍人として予知能力については報告した方がいいに決まってるんだけど……。内容が内容だからなぁ。狂言だと思われるかもしれないし、私が「見守る」しかないかぁ)
予知能力を持つものは、国から保護されることがモラルでは義務付けられている。「晴蘭の年」に天啓を受けた子が生まれるなんて予言した大婆様がいい例だ。ちなみに彼女は豪邸に住んでいらっしゃる。
(ってよく考えたら私も悪神だけど神に話しかけられたな·····まさかね)
「ハァ……」
エリスは思わず息を漏らしたのだった。




