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私は魔王を倒した翌日部屋で休憩を取っていた。
何もしてないとはいえ昨日は休む間もなく大陸を横断したため鍛錬を続けていても疲れたのだ。だがその時間が突如終わる。
「罪人 柊胡桃いるか!」
(え、罪人?)
「王からの命令だ今すぐ部屋を出てこい!」
男が私の部屋の前で声を荒らげる。なんで私が罪人?
自問自答をする私が王に無礼を働いたのだろうか。
「そうか出てこないかよし、こじ開けろ」
逃げようと思ったがしっかりと事情を聞けば疑わないはずと思い私は捕まった。
バチィィィッ!!
薄暗い地下牢に音が鳴り響く。
突然地下牢に入れられて男達によって頭上で両手を鎖で繋がれ……
『言えっ! お前の知っている事を全て吐けっ!!』
何とか足が届くと高さで立たされた彼女へと容赦なく、幾度も鞭が振り下ろされる。
気失う毎に水へと頭を押さえつけられて無理やり覚醒させられる。
『手間取らせやがって……仕方ない、明日からは拷問官を呼んで本格的な拷問を始めるぞ』
『『『『はっ!!』』』』
蔑んだ目で全身血だらけの彼女を一瞥した騎士が部下達にそう告げた帰って行く。何を言っても聞き入れてもらえない。激痛に悲鳴を上げれば煩いと暴力を振るわれる。
あの騎士は何故こんな事をするのだろう?何故私はこんな目に遭わなければならないのだろう?ジクジクと凄まじい激痛に、絶望と恐怖に、彼女の血が地面へと落ちて弾ける音だけが響く地下牢で涙が彼女の頬を伝う。
「……んだ」
その日からも毎日続く拷問。殴る蹴るの暴力、鞭打ちは当たり前のように行われ。椅子に固定されて爪をゆっくりと一枚一枚剥がされては回復魔法で元に戻され、また剥がされる。腹を殴られ腕を折られる。
吐けっ!! と、怒鳴りながらハサミで指を切り落とされる。歯を抜かれては回復、目を潰されては回復、眼球を抉り取られては回復。剣で腕を、足を、四肢を切断されては回復。拷問を受けては回復させられ、また拷問受ける。そんな日々が何日たっただろうか。
もう私は暗い牢獄で何も身動きが取れなかった。
「なんで……」
その日以降、死なないようにと細心の注意を払いながら行われる数々の拷問。
囚人かは始まりクラスメイトの男子デブ貴族 王族などに抵抗も出来ず犯される日々。
魔王との戦いで疲弊したストレスの吐口にされる、勇者の1人としての尊厳など……1人の人としての尊厳など何処にもない性奴隷のような日々が延々と続き……
鞭で打たれようと。爪を剥がされようと。腕 足をおられようと。殴る蹴るの暴行を受けようと。回復出来るからと、指や手足を切断されようと。辱めを受けようと。
胡桃は何も感じなくなった。いつの間にか体が痛みというのを効かなくなった。
嘲笑う者達の言葉も。国王である陛下の声も、クラスメイトの声も。
何も聞こえない。だけど私は生きたいと願う。だってどうしても最後に彼 楓に会いたかったから。
喉を潰され、王都中を連れ回され、磔にされて断頭台に立たされる。人々に石を投げられようと。
〝悪魔の契約者〟と蔑まれ、罵声を浴びせられようと、最早どうでも良かった。
磔から降ろされ、断頭台に跪かされた彼女に王私に言うが。
『見るが良い、これが貴様を庇った者共の末路だ』
私が無造作に無気力に項垂れる彼女の髪を掴み上げ、無理やり視線をソレに向けさせる。
そして彼女の目に映るのは……親しかった者達の…… 苦痛と恐怖に歪んだ貌の首。
『…っあ、あ……あ!』
『────』
隣で話す私の言葉が耳に入らない。なんで自分のためにこんなことをしたのだろうか。それが分からなかった、だが、私を庇ってくれた事に嬉しく涙が出出ることは無かった。
そして断罪の刃が振り上げられ彼女の首は飛んだ…
「なんで私が……!」
ふと気がつけば、辺りは時間が止まっていた。
本当に時間が止まっているのかは分からないがそうとしか表現できない。一切の音が聞こえず、人々は無理のある姿勢で硬直しており、降ってくる途中の雪や飛び跳ねた子どもまで空中で静止している。
なに、これ……?
何が起こったのかと思っていると、唐突に声が掛けられる。
「ご機嫌よう、柊胡桃さん」
何の前振りも無く胡桃の隣に何かが居た。艶めいた女の声だった。そいつは処刑台の縁に腰掛けていて、振り返るようにして転がった胡桃の首を覗き込んでくる。
結い上げた髪は黒いロング、に黒のストライプスーツ、タイトなスカートに黒タイツ、ハイヒールまで真っ黒という、何故か世界観にそぐわないキャリアウーマン風の装いをした黒ずくめの女性だった。服装と対照的にその肌は生気を感じさせないほどに白く、その目は黒と言うよりも一切の光を吸い込むブルックホールかのようなの色。
「貴方は運がいいね」
「な!?何がうんがいいですか!?」
もう心が死んだと思っていは胡桃は自分の言動に驚きながらも目の前の女に噛み付く。
「まぁ怒るのも分かりますが。少し話を聞いてください。
私は一応悪神としてこの世界などを見ています」
「悪神?」
「そう悪神です。まぁ名前だけですけどね。善悪で分けるなら私は悪神でしょう。それはそうと私は興味を持ったものは助けたくなったり意地悪したくなってしまうのですよね」
「は、はぁ」
「それで貴方はこの世界の人間が憎くないですか?魔王を討伐しに召喚され嵌められて殺されるなんて可哀想で可哀想で泣いてしまいそうです。シクシク」
「私は…」
「私は?」
「彼いえ、最後に楓くんに会えれば充分ですか」
「おぉまさかここでもこの名前が出てくるとは」
胡桃は驚いた神が楓くんの事を知っているため驚くのは当然だ。
「彼はこの世界で私の仕事を少し手伝ってもらってますよ。あ、そうだ!なら楓くんの仕事の手伝いをお願いしますね」
「あ、はい」
女の言葉に呆気に取られた胡桃は一瞬で答えを決め言う。
「もちろん、やります」
まだ多少疑う気持ちは残っていたが、知ったことか、その疑念を振り切った。
「もう一度楓くんに会えるなら…なんでも……!」
「よろしいでしょう。では、これにて交渉成立です。あなたには特別に力を上げましょう」
書類もサインもハンコもあったものではない。
悪神の掌から、どう見ても邪悪でしかない闇が迸り、胡桃の頭と身体に吸い込まれていった。
「つっ!!」
ドクン、と心臓が熱く脈打った。いや心臓が脈打つというのもおかしい。とっくに頭と身体が離れていて、しかも死んでいるはずなのに。それを鼓動のように感じた。心臓がマグマのように熱い血を送り出したかのように。
「力の使い方は自然に分かるでしょうから、まあ適当に人を血祭りに上げてるうちに慣れると思います。じゃ健闘を祈りますよ。私をどうか楽しませてくださいね?」
言うことはもう全て言ったとばかり、余韻の欠片も残さずに悪神は姿を消した。その途端、時間が動き出した。
胡桃の耳に音が帰ってきた。自分の死を喜ぶ人々の歓声が。
そう……とっくに死んでいるはずなのに、しっかりと物が見えて、音が聞こえたのだ。
息絶えたはずの胡桃の身体が、ぴくりと動いた。
処刑台に胡桃をつなぎ止めていた枷が、弾けた。
――なに……!?
そして、介錯は見た。
傷だらけでボロボロだったはずの少女の肌が、見る間に艶めいていくところを。
ギロチンで落とされた首から生えるボサボサ黒い髪が、美しい清潔な黒色を宿すのを。そして頭が血に戻りその血が体に入ると頭が体から生えた。
「おい! 何かおかしいぞ! おい!!」
介錯は叫んだ。歓声を受けて『正義は為された』とか『新たな夜明け』だとか吠えている処刑台上の騎士に向かって。
大騒音の中で大声を出している騎士には、介錯の声は届かない。数度怒鳴り直してようやく騎士はうるさそうに振り返った。その時には、全てが手遅れだった。
女が手を下に振り下ろすと処刑台がふたつに割れた。
悲鳴が上がった。数人が下敷きにされたようだ。
だが下を見ているどころではなかった。介錯だけでなく、群衆のほとんどもそんな状態だった。あんぐりと口を開けて見ていた。処刑台があった場所に今でも台があるかのように浮いていた。
――なんだあれは? なんだあれは!?
片方の手には赤と黒が混ざった刀のようなものを持っており、血がその形を成したようでもあった。あれで処刑台を切り裂いたのか。
群衆が掲げていた先の下敷きになった者から出た血が少女の身体を覆う。彼女は外套のようにそれを纏ってボロボロの下着姿を隠した。介錯はこの魔物が聞いた事がない
更に魔法の詠唱をブツブツという。
『黄昏よりも昏きもの血の流れよりも紅きもの
私の前に立ち塞がりし 全ての愚かなるものよ
刮目せよ 私の前では無力なり
絶望の血を流せ 猛き 深紅よ 』
平坦に、感情のない人形が文を読み上げるような口調で彼女はそう言った。一切の感情がこもらない子どもの声とは、これほどおぞましいものかと介錯は戦慄し絶望する。
『血禁龍』
介錯の聞いたこともないような魔法だったが、それが攻撃魔法であることは分かった。だが、逃げれなかった。足が竦み腰が抜けたのだ。
「え……?」
あまりにも簡単に大量の人が死んだので、何が起こったか介錯は最初分からなかった。
少女から出た血液が龍を象り人々が飲み込まれ、立ったまま干からびた死体と化していたのだ。血液が全て飲み干され皮をのこし肉までもが食い尽くされた。骸骨に人皮を貼り付け、服を着せたようなものが数十と並んでいた。それらはやがて力なく、雪でぐちゃぐちゃの石畳の上に倒れた。
「きゃああ!!」
「うわああ!!」
「どうしてだよおぁおおお!」
生き残った群衆が悲鳴を上げ、一斉に逃げ出した。いくつかある広場の出口に殺到し、蹴倒し合い、潰し合い、まだ何があったか分からずに居る後方の見物人とぶつかり合う。何かの拍子に倒れた者はそのまま踏みつぶされて血まみれの肉塊と化した。
「ふふ、この力があれば彼に役立てます……」
頭上の少女が呟くのを聞いて、介錯は血の気が引いた。
彼女にとってこれは、ただ自分が何ができるか確かめただけ。スポーツ選手が試合の前にウォーミグアップして体の調子を確かめるのと同じようだった。
たったそれだけで、下手をすれば三桁の人間が死んだ。
宙に立つ少女が真下を見た。そのあまりにも穏やかで楽しげな視線を受けて、美しいと思いと同時に恐怖という文字が浮かぶ。更に赤い刀を構えた。
血のような赤い刀が目にもとまらぬ早業で振るわれる。その剣技は、まるで舞うように軽やかだった。
介錯の目の前で、騎士が立ったまま解体された。
鎧ごとブツ切りにされた騎士の身体がびちゃびちゃと雪の上に落ちた。
「くそっ……!」
もうどうにもならないと思った介錯は少女に背を向け処刑台を飛び降りた。だが、そんな介錯の視界を、赤い剣の切っ先が横切った。
背後から首を刈られたのだと気がついた時には、介錯の首は身体を離れ、子どもが蹴り上げた鞠のように宙を舞っていた。
――なるほど。首を切られるってのは、こんな気分なのか……
雪の中に突っ伏した自分の身体を首だけで見下ろしながら、介錯の意識は闇に落ちた。




