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黒を連想させるその女が、ここにいて良い客ではないことは火を見るよりも明らかで。一瞬で冷え切った思考は、エリスを軍人へと引き戻す。
「ここにいてください」
「え?」
彼女はガイアスにそれだけ言うと、ひとり敵の目前へと転移した。
……
…
有無は言わさない。一歩でも足を踏み出すことを、少しでもその手を動かすことを。許しはしない。この人間は、排除するべきものだ。エリスは王国の魔女の前に飛ぶと、一瞬で間を詰めて相手を掴むと、そのまま一緒に学生たちから離れた別の場所へと再び転移の魔法を使う。
「やだぁ。強引なのね?」
飛んだ先で、手を振っていた魔女は呑気に口を開いた。
「何をしに来た?」
普段茶色の丸い瞳を輝かせ、シロンやアリスに甘いエリス・フローリアはそこにいない。
「愚問ねぇ。そんなの聞かなくてもわかってるんじゃないの? 軍人さん?」
魔女はさも可笑しそうにケタケタ笑う。エリスの表情は揺るがず、ただ静かにそれを見つめていた。エリスは無言のまま、自分の右手にナイフを呼んだ。
「何も反応しないでナイフを握るなんて冷たいわね。ワタシたちの同胞も、そうやって何も言わずに移動スキルで間合いを詰めて殺して来たの? まるで暗殺者みたいね?」
正体を知っている。彼女が王国から「月魄」と呼ばれた軍人だとわかっておきながら、その女の顔に恐れはなかった。あるのは、こちらに対する嘲笑だけ。それがエリスには、違和感で。嫌な予感がしていた。
この魔女が、学園に来る理由。
――金の卵たちを潰すこと。
後方に背負った校舎に、エリスは意識を動かす。
あちらには万が一のときのために、騎士団たちが配備している。自分は今、この異物の対処だけをして静かに学園祭に戻ればいい。シンプルにやるべきことを整理し直す。
「ここを守っているのは、私だけではない。帝国を甘く見るな」
エリスは言葉で相手を牽制する。
「ふふ。そうよね。みんな卵ちゃんたちを一箇所に集めた、この巣を守るのに必死よね。潜入するのにどれだけ苦労したことか。ここまで来れるんだからベルドルークも捨てたものではないでしょう?」
魔女は依然余裕の顔つきで応えた。
「ワタシがあなたに手を振ったのは、あなたと話してみたかったから。ねぇ。あなたは、この世界が物語の世界だって言ったら信じる?」
呑気におしゃべりをしている場合ではないが、心当たりのある話に、エリスは沈黙する。
「先読みの巫女。あなたなら知っているんじゃない? その娘が言うの。この世界は小説の世界だって。
――ふざけるのも大概にして欲しいわよね。本当に」
それまで口元を緩く綻ばせていた魔女の表情が、一瞬で変わった。
「いつまで経っても終わらない貧困。悪いのはモルタだと植え付けるだけの夢みがちな暴君。言いなりになるだけの重鎮。我が儘ばかり言う巫女もどき。全くもって、笑えないわ」
そう吐き出す彼女の姿から、どうしてだかエリスは目が離せない。
「学園の皇子たちが欲しい? シナリオの邪魔をしている奴がいるから排除しろ? 馬鹿なんじゃないのかしら? 国民がどれだけ苦しんでいるのかなんて、耳も貸さない」
延々と語られる愚痴に、エリスの眉間に皺が寄る。
何となく予想はしていたが、帝国の内情はかなり荒んだものになっているらしい。だからといって、こちらに危害を加えようとするものに同情するつもりは微塵もないが。
「ふふふはははははっ。そんなこと?私は、今現在、確実に起こることに対して対処する。それが私の仕事だ」
エリスは、もう終わりにしようと口を開く。
「……冷たいのね。ワタシはあなたに少しだけ希望を持っていたのに」
「希望?」
そんなもの、敵に抱いてどうする。エリスは怪訝な顔で聞き返す。
「結局、ワタシも巫女サマの物語に踊らされてたのね。未来を変えることができるあなたなら。あなたほどの実力者なら。いつかこんなクソみたいな国もどうにかしてくれるんじゃないかと思ってたの」
魔女は悲しそうに笑った。
「私は、そんな聖人じゃないからね。それよりもわざわざ私の前に来たのならそれ相応の覚悟してるんでしょ?」
「ッ」
「はは、まさかそんな御託を喋るためだけにきたんだ?
私結構ムカついてるのよ?彼との時間は楽しかったからあなたみたいなやつに絡まれて。正直他の国とかどうでもいいんだよね」
「そうだよね。ふぅじゃあやりましょうか」
「そう来なくっちゃ」
エリスは、口を釣り上げ闘志を剥き出しにする。それだけで周囲の空気 魔素が荒れ狂い振動する。エリスは短剣を投げ捨て新たに武器を想像する。禍々しい色を色合いをした黒とねっとりとした血の色に黒薔薇の装飾が施されてた鎌だった。まさに死神の鎌と言ってもいいだろう。
「じゃあはじめよっか」
「……」
魔女は大きな魔石が付いた杖を構える。エリスは、そんな彼女に関心した。こんな荒れ狂う力を感じとったら誰であろうと逃げ出すからだ。それは死のうとしたものでも同じ。彼女はそれぐらい覚悟してるのだ。
「はァっ!」
「万物を破滅させる劫火よ敵を焼きつくせ!
氷晶よ敵を綺麗な氷像にしなさい!」
エリスの鎌と魔女の2つの魔術がぶつかり合い爆発がおこり煙が舞う。エリスは直ぐに移動し先程敵のいた真上に移動し敵を狩ろうとするが宙を切る。茨の鞭がむしろから飛来したので地面に降りて敵のいた場所に鎌を投げつける。
「グフッ」
「ふふ、みっけ」
エリスは、すぐさま土魔術でドリル状の土の塊を敵の場所に射出してさらに風魔術で速度を上昇させる。
「氷よ私の壁になれ!はぁあああ!私は負けない!」
必死に氷の分厚い壁を作り上げドリル状の塊を防ぐ。
「私はあんなクソみたいな国に要るしかない、ならここであなた達を消して国を良くするしかないんだァ!!」
必死に魔女は叫ぶ。それほどまでにあの王国は腐敗してるのだろう。ここでエリスを殺し任務を遂行すれば彼女は確実に反乱を起こすだろう。だけど現実は甘くない。
「そっか。なら相手が悪かったね。じゃあね」
「私はまけ……あっ」
魔女は自信が上下半分に切られたことに気づかないまま絶命した。
魔女が絶命したのと同時に……。
「GUGAAaaaaAAAGAaaAA!!!!!」
場違いな咆哮が、エリスの耳に届く。その異様な鳴き声にも、彼女は冷静だった。
「まぁ君の言いたいことは分からなくもないよ。でも私達は敵同士。敵にお情けをあげるほど私達はあまくないよ?」
彼女は、興味ない国や人などに構う理由がなかった。
彼女はとうの昔に冷たい人間になっていた。
鎌を消し、彼女はトンとその場から消えていった。




