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「ついに学生の代表に会える気分はどうだ、フェータ?」
「それはもう、嬉しいです。ただでさえ、学校の長期休みにしか会えなくなったんですから、めちゃくちゃ楽しみにしてましたよ!」
トヴェリに問われたフェータは、強く頷く。今日は待ちに待ったヴァンドール学園、第一回目の学園祭。エリスから送られてきた招待券を手にしたトヴェリ。そして、『死神の玩具屋』からその切符を貪欲にもぎ取ったフェータの二人は、無事に休暇を取って、ノルとの待ち合わせ場所にいた。
時刻は朝の八時。
学園祭に転移されるのは九時。店で朝食でも食べて、時間を待とうということになっていた。
「それにしても、ノルが最後なんて珍しいですね」
「そうだな。まぁ、先に店入ってよーぜ」
フェータは待ち合わせの三十分前。トヴェリは、十分前に集合場所に来ていた。ノルの姿はまだ見えないが、トヴェリの提案でふたりは先に店に入る。席に着きながら、トヴェリは普段のラフな感じとは違って、綺麗目な私服を着ているトヴェリを新鮮そうに観察した。
「なに?」
「いや。トヴェリの私服、いつもより気合が入ってるなと」
トヴェリはフェータの素直な感想に面食らう。
「貴族の園に行くんだから、これくらい当たり前だろ。戦闘服だよ。戦闘服」
「いやぁ。足が長くてカッコいいですね」
「オレ、お前のそういうとこ嫌いじゃないけど、好きでもないわー」
自分でもらしくないと思っているのか、トヴェリはその場を濁した。フェータの言った通り、たまの休日には適当な服を着て過ごす。しかし、プライベートだからといって、今回はそういう訳にも行かず、この日のためにわざわざ服を買って来ただなんて彼には言えない。自分も案外浮かれてるのかもな、と思いながら、トヴェリはコーヒーを頼んだ。
……
…
「悪い。遅くなった」
待ち合わせの時間から、二十分ほど遅れてやってきたノル。
「ん。遅かったな。何かあったのか?」
先に食事を始めていたトヴェリが尋ねると、ノルは頭をかく。
「執務室に寄って来たら、面倒な人に捕まってな……」
彼は困ったように呟いて席に座った。
「その。面倒な人って?」
慣れた様子でノルが注文を終えてから、フェータが話題を振る。
「ルナラ教授が」
その名を聞いて、事態を察せない二人ではない。
「朝からご苦労」
「お疲れ様です」
「……まだ何もいってないんだが?」
揃って労いの言葉をかけられて、ノルはため息を吐いた。
ルナラ・フォーリア・アトランス。『白衣を着た悪魔』と呼ばれる生物学者だ。彼女はエリスのことを目に入れても痛くないくらいの存在に思っているため、学園祭に行ける招待券があれば、どんな反応をするかなど言わずと知れたこと。
「よく二十分遅れで済んだな?」
むしろルナラ教授に捕まって、この時間に来れたのは運がいいと言うトヴェリ。
「助手が探しに来たから助かったんだ。彼も苦労してるな」
「人のものは盗ってはいけません!」とルナラに一喝いれたあの勇姿は忘れはしまいと、クロスは語る。
「団長のこととなると、玩具屋と悪魔は黙ってられないよな」
トヴェリは楽しそうに笑った。
「他人事だからって笑うなよ。被害を受ける身にもなれ。次はお前かもしれないぞ」
自分ばかり被害を被っている気がするノルは、不満気に彼を脅す。
「大丈夫だ。オレはそうならない自信がある」
トヴェリはにっこり微笑んだ。その胡散臭い笑みに、ノルは嫌な予感がした。
「ルナラ教授は置いておいて。フェータは、ちゃんと設定を覚えられたか?」
流れを変えようとフェータに話を振る。
時々更新される「エリス・フローリア」の設定をまとめるのは、ノルの仕事だ。学園から送られてくる彼女からの手紙を読んで、不都合なことがあった時には設定を更新し、時には裏工作もする。エリスについて誰かが探りを入れれば、それも分かるようになっていた。シュヴァルツという存在は、軍の一部でしか認識されていない。それは彼女がまだ子どもであったり、諜報活動に秀でた才能を持ち合わせていたりなどのさまざまな理由から秘匿とされている。そして、そもそも軍の外に出て民間に紛れている軍人の正体を、簡単に言いふらしてはいけないのが規律だ。接触するときには、十分に気を使っておいて悪いことはない。
今回、その相手はあの『シュヴァルツ』だ。わざわざこうして朝集まったのは、ただ美味しく食事をするためだけなどではなかった。
「団長の足を引っ張ることだけはできないからな」
ノルは本題に入る。
「はい。いただいた資料を今日まで毎日読み込んだので、問題ないと思います。ノル先輩」
フェータは満を持した面持ちで、ノルを「先輩」と呼ぶ。
彼のいつになく張り切っている様子に、ノルは一抹の不安を覚える。そこでノルが頼んだホットサンドが到着した。
「じゃあ、オレが聞くことに答えてみろよ」
見かねたトヴェリが、フェータに視線を注ぐ。
「任せてください」
自信満々な表情で、彼は構えた。
「じゃあ、団長を呼ぶ時は?」
「エリスさまと!」
「団長とどんな関係か聞かれたら?」
「エリスさまは心の底から尊敬する仕事仲間です!」
「自分の職業は?」
「心の底から尊敬する人のもとで精進している、しがない狩人です!」
「よし!」
「待て待て待て待てッ!!」
トヴェリの機転に甘えてホットサンドを食べていたノルは、トヴェリとフェータの質疑応答に、突っ込まずにはいられない。
「おかしいだろ!? そしてトヴェリ。お前は何が、『よし!』なんだ!?」
真面目な顔をしてフェータの答えを認めたトヴェリに、ノルは叫んだ。
「え? だって、一応、誤魔化せてはいるし。間違ったこともいってないもんな?」
「はい! きちんと僕なりに考えて来ました!」
フェータは至って本気だ。それはそれで問題だが、「何が悪かったんだ?」ととぼけているトヴェリは、内心面白がっていることを、ノルはわかっている。彼を相手にしてはいけない。ノルはトヴェリに狙いを定める。
「トヴェリ。最初からまずいことはわかるか?」
「なっ?! 何が問題でしたでしょうか?!」
全く問題がないと思っているトヴェリは指摘されて、驚いた声を上げるが、驚きたいのはこちらの方だ。
「あっ!! 申し訳ございません。エリスさまなんて烏滸がましいですよね。フローリアさまと!!」
「違う。そうじゃない」
自分で訂正したが、そうじゃないとノルはすかさず突っ込む。
「庶民生の団長を『さま』なんて呼ぶ青年がいたら、注目を浴びせてしまうだろ!」
「ハッ。申し訳ありません! 今すぐ、腕立て五百回を!」
「しなくていい!!」
顔を青くして自らペナルティをやり始めようとするフェータを止める。ひとつ直すのにこれでは、後が思いやられるノル。前の席では、トヴェリが俯いてぷるぷる肩を震わせている。顔を見なくても、絶対に笑っていることだろう。
「ペナルティはいいから、『エリスさん』だ。一回言ってみろ」
「ハ、ハイ!」
フェータは心底真面目に返事をし、口を開く。
「えエリスさん、エリ す えりっすさん」
そして、噛みまくるフェータ。
「あははははッ!!!」
もう耐えられないと、トヴェリは声を上げて笑い転げる。
「ひ、ひっどいなぁ。本当お前、最高だろ!? わざとか? わざとなのか?!」
「わ、笑わないでくださいよ! 団長をさん付けで呼ぶなんて、恐れ多いんです!! 僕はどうせ虫けら以下ですから!!」
笑われたことに、フェータが拗ねた。
「からかうなフェータ。ちゃんと直すぞ」
その後、時間ギリギリまでフェータのシュヴァルツ崇拝思考は矯正されることになる。
「よし。フェータ。お前は代表に会ってもなるべく口は開くな」
やれることはやったが、不安が残るフェータに、ノルが告げた最終的なアドバイスはそれだった。
「え。ひどくないですか?」
「団長に迷惑をかけたくないなら、黙っておくのが一番だ」
そうと言われてしまえば、フェータが言い返せることはない。3人は店を出て、街の広場に足を向けた。
「そろそろ時間かー。転移先は闘技場なんだっけ?」
「ああ。闘技場でボディチェックをしてから、校舎にまた転移で移動するみたいだ」
「めんどーだなー」
トヴェリは愚痴りながら、招待券を手に取る。
そこには魔法陣が組み込まれており、時間になれば会場に飛べる仕組みになっている。今回は金品など必要最低限なもの以外は持ち込みは不可と、夏や冬の大会より規制が厳しい。
「団長、僕が行ったら驚いてくれますかね?」
フェータが、ぽつりと呟く。
「たぶん、びっくりすると思うぜ?」
「そうだな」
ノルはトヴェリに同意する。
「ハーバーマス殿に借りができたな。フェータ」
「はい」
フェータは、招待券を用意してやるとセルジオに言われたときのことを思い出す。人形と結婚させたがるような人が、どうしてわざわざ学園関係者に頼むようなことをしてくれたのか。疑問に思ったフェータは、素直に尋ねたのだ。
「どうして自分に招待券を用意してくれたのか」と。
『ひとりでも仲間が多く行けば、エリスも少しは安心して学園祭を楽しめるんじゃねぇのか?』
セルジオには、改めて礼をしなければならないとフェータは思う。




