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シロンの代わりになると決めたエリス。自分の持っていた仕事をちゃっちゃと片付けると、彼女は運営室に戻る。
「アルレンくん。ご無事でしたか……」
「……それ、なんと答えるのが正解なんでしょうか……?」
そこには、疲労と心労がたたったのか、決して良いとはいえない顔色をしたアルレンがいた。つい先程までシロンが座っていた椅子は、主人を失いぽつんとしている。その斜め横に陣取っているアルレンの仕事机は、几帳面な彼にしてはモノが散乱していた。疲れているのだろう。伊達眼鏡の下にはうっすらクマも出来ている。
「……その。とにかく生存を確認できて安心しました」
エリスは冗談半分、本気半分でそう声をかけた。彼女がシロンの体調に気が付けなかったことを後悔するように、アルレンもまたそれを気に病んでいることは考えるまでもない。
側でずっと仕事をしていて、その相手は慕っている殿下の寵愛を受けている者とくれば……。アルレンには大きなダメージが加算されたに違いなかった。
「殿下には何か?」
「……いえ。『お前も無理はするな』と。殿下は今、招待客の接待についてシロンの代わりに理事長と会議中です」
「そうですか」
エリスはそれを聞いて少しホッとした。
(殿下はシロンのことになると熱くなっちゃう属性だからな。アルレンくんに被害がなくてよかった)
あの性格は若気の至りというより、彼の本質に近い。その独占欲の強さにエリスは正直なところ本気で引いてしまうのだが、お相手は異様に自己肯定感が低いため、お似合いなのだろう。
そこで、背後の扉が開いてガイアスが姿を現す。
「あ。特待生。今までどこに行ってたの? こっちは大変なことになってるのに」
彼は怪訝な顔でエリスを見た。きっと、ガイアスがシロンの穴埋めに入ったのだろう。
「遅くなってすみません。ひと通り自分の仕事を終わらせてきたんです。私もシロンのフォローに入ります」
時刻は午後四時。活動時間はまだこれからだ。
しかし、とりあえず……。
「ふたりとも、まずはひと休みしましょう。疲れた顔してる。今、お茶を淹れますから」
「「え?」」
「……なんですか、二人揃って?」
どうしてそこで驚いた顔をする?エリスは訳がわからずキョトンとする。
「その、今はそれどころではないというか……。いや、それよりも、エリスさんがそう言うのが珍しくて驚きました」
アルレンに言われて、エリスは確かにと思う。いつもは、シロンやアリスがアルレンがお茶を用意してくれる。エリスは机の整頓や、後片付けをすることがほとんど。
自ら彼らに何かを振る舞うことは、実はとても珍しいことだった。
「私だってお茶くらい淹れられますよ。一人暮らしも長いので、自炊とか普通にしますし」
そんなことで驚かれるとは思わなかったエリスは、少し不満気に答える。
「まあ、私の話はどうでもいいですね。アリスにもケルヘラム様とウレックくんと息抜きするようにお願いしておいたので、ふたりも休んでください」
エリスはシロンが部屋の端に作った給湯スペースに立つ。机の上にポットやカップ、茶葉、それからちょっとしたお菓子が置かれているだけだが、魔術を使えばここでもお茶を淹れることができる。今日は特別に、自分が寮で使っている茶葉と、
(昨日、またユーラシア先輩に差し入れもらったんだよね。お裾分けするか)
ユーラシアからもらったチョコレートの入った箱を転移させる。それから、ぽとととと、と。カップに茶を注ぐ音が部屋に響いた。
「どうぞ。チョコは貰い物ですけど」
準備を終えると、アルレンやシロンが作業をする机とは別に置いてあるローテーブルを片付けて、彼女はふたりにお茶を出す。作業をしていたガイアスとアルレンは顔を見合わせると席を立った。
「ありがとうございます。もしかしてわたしは疲れで幻覚でも見ているんですかね?」
「貰い物って。このチョコ、有名ホテルのやつだけど。誰から?」
どこからかアルレンが手配してきたソファーに座り、彼らはそれぞれ口を開く。
「幻覚じゃないし、疲れてる自覚あるなら休んでください。それと、このチョコは私の敬愛するユーラシア・ロー・ブロッサム先輩からの頂き物なので、もし会えたら是非お礼を言ってくださいね」
エリスは空いていたアルレンの隣に腰掛け、両方に答えた。
「商会のひとり息子か……。最近餌付けされてるでしょ、君」
「差し入れですが、そうとも言えますね」
彼女は前に座ったガイアスの目が細くなるのを軽くみて、選んだチョコレートを口に入れる。
「ん〜。おいひぃ」
さすが高級品。頬がとろけるのではないかと思うほど、美味しい。
「エリスさんって、甘いもの好きですよね」
アルレンはエリスの顔が緩むのを見て、思わず笑った。ガイアスはどこか面白くなさそうにして、カップに口をつける。
「シロンの仕事は、私に任せてください。これでも一応、副委員長なので」
しばらく嗜んだ後、エリスは今日この後の予定を発表した。
「いいけど。フォローはいらないの?」
「そうですね。ガイアス様にはお願いしたいことができたら、頼みます」
比較的余裕があるガイアスに言われて、彼女は頷く。
「アルレン様は、引きつづ」
続き仕事を。と、言おうとしたところ、エリスの肩にずしんと重みがかかった。
「なっ」
ガイアス驚いて声を出すのに対し、彼女はシィーと口に指を当てる。そこではアルレンが、エリスの肩にもたれかかって寝ていた。
「アルレンくんもかなり疲れてるみたいですね……。ガイアス様は、彼の分の仕事を頼めませんか? 寝かせてあげたいんですが」
全く動じないでエリスがそう言うので、ガイアスはグッと息を飲んで「……わかったよ」と承諾する。
「ありがとうございます。本当はベッドで寝かせてあげたいんですけど……」
保健室にはシロンがいる。彼にとっては気が休まらないかもしれない。彼女は魔石を起動すると、アルレンを起こさないようにそのままソファへ横たえた。
「あ。眼鏡は邪魔か」
エリスはアルレンの顔を覗き込み、そっと眼鏡を抜き取る。
(相変わらず、キャストの顔は整ってるなぁ)
そんなこと思いながら、魔術で取り寄せた枕や毛布をかけた。最後にサービスでホットアイマスクも目の上に乗せれば、お休みセットの完成である。
「こっちは任せて、ゆっくり休んでくださいねー」
そう言って、エリスは立ち上がった。
「よし。じゃあ、ふたりで頑張りましょう。ガイアス様」
「………………うん」
アディスの反応が遅い。彼女は小首を傾げる。
そこでもしかしたらと思い行動する。
「なっ!?」
エリスは、突然ガイアスの、額に自分の額を当て首筋に手を当てた。
「ふふ、ゴホン。熱 脈共に大丈夫そうですね。すいません、いきなりで驚かせてしまって」
「あ、あぁ。」
少し頬を染めたガイアスを見てエリスは、驚いた。
(彼には刺激強かった?この前の方がよっぽど刺激強かった気がするけど……まぁ夜だし私のせいで雰囲気に飲まれてたしね……。はぁなんで私こうやって誘惑してるのだろ?)
あきらかに自分がガイアスを誘惑してる事実に自分を疑いたくなった。前までむしろ嫌いだったがガイアスと戦ってから彼の可能性に胸が熱くなった気がした。




