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時は少し遡り。
ガイアスがベスト16を決める試合。
彼の相手になったのは、一年の頃から戦勝を挙げシードを獲得してきた5年ルナ・アローラだった。
赤髪を三つ編みにした彼女は、4年生の時にはエリスと向かいの部屋にいた心優しい先輩である。
今大会もシードとして姿を現した武闘に優れたルナだったが、いつも明るい顔には緊張が浮かんでいる。
その原因は、バトルフェスタが始まる前に届いた一通の手紙にあった。
(……この大会でベスト4に入れなければ、あたしは……)
グローブをはめた手を、ルナはギュッと握り締める。
その手紙は彼女の実家から届いたもので。そこにはベスト4まで残らなければ、戦闘の才能はないと諦め、家が決めた良家と婚約しろと綴られていた。
ルナの実家はいわゆる成金。政略結婚をして地位を保とうとすることは、何も珍しいことではない。相手も既に顔を合わせたことのある年上の男性で、人は悪くなかった。
だが、騎士団に入りたくて努力してきたルナにとっては、受け入れたくない話だった。
(……騎士団に入るためにここまで頑張ってきたんだ。
……負けられない)
両親もルナが騎士団に入りたいことは知っている。しかし、可愛いひとり娘だ。出来ることであれば犯罪者を相手にする危険な仕事ではなく、家に留まって家庭を支えて欲しいと思うことは親心というもの。騎士団の仕事も決して甘くはない。ベスト4入り。これが両者が譲り合って決めた妥協点。ルナもそのことはよく分かっていた。
厳しい条件だが、騎士団にはヴァンドール出身の猛者たちが引き抜かれていく。その中でどうしても男性には肉体的に及ばない女の自分に仕事を任せてもらうには、ベスト4くらいには入っておかなければならない。
わがままを言って騎士団に入って、何もできずに事務作業をさせられるなど、それこそ親に申し訳なかった。
ルナはふぅと一呼吸を置き、リラックスして拳を構える。確かに自分の将来がかかった試合だ。しかし、どんな試合であれ、負けたくない。
相手は2年ガイアス・ラ・フェライト。
あの「剣聖」の息子だ。聞いた噂では、冒険者ギルドで既に最高難易度の任務をこなしているらしい。過去の試合では、同期のアラン殿下と比べれば成績は悪かったが、どうにもきな臭い。冒険者ギルドで活躍するような人であれば、もっと上を獲れていてもおかしくないだろう。
彼はシアンの頭脳と呼ばれる総帥閣下の子でもある。実力は計り知れない。厳しい試合になりそうだと、ルナは推測した。
カーンとゴングの音が響き渡り、彼女の運命を決める一戦は始まる。
ガイアスのスキルは風と雷。攻撃にも、防御にも応用して使えることはかなり有利だと思う。特に風の斬撃は厄介だ。武器を持たず、拳や蹴りで勝負するルナと正直相性は良くない。案の定、武器を持たないルナにガイアスは遠慮なく模擬剣を振り下ろしてきた。
(それを狙ってたんだ!)
ルナは風の力で身体能力を向上させているガイアスの剣筋を見切ると、手のひらをその模擬剣に当てるとそのまま剣を握る。
ぐにゃり。
模擬剣は生身の体ではありえない様子で、曲がった。
ルナのスキルは熱支配。ルナの手のひらの温度を一時的に鉄の融点近くまであげることで剣を使えなくさせた。
(ここからが勝負)
ルナすぐに間合いを詰めて、武器のないガイアスに拳を打ち込んだ。本当はまだ隠して置きたかったが、ガイアスが風を操って反撃することは予想できていた。
「ハッ!」
魔術で炎の壁を作り上げ風の斬撃を防ぎ火の壁から火の魔弾を射出する。そして、ガイアスが風の鎧を纏って攻撃を防ごうとしたところを、彼女は逃さなかった。
「燃えろ!」
ルナの昂った声と共に、ガイアスの風に火がつけられる。ここで審判からストップがかかれば、自分の勝ちーー。
「すみません。俺も、戦いたいやつがいるんで」
負けられないんです。その声は、ルナに届かない。ガイアスは火が放たれ炎の渦になったそれを、一瞬で風向きを操り、目の前のルナへと跳ね返した。ごうごうと燃える炎に囲まれ、ルナはへなりとその場に座り込む。これ以上やっても、全く勝てる気がしなかった。
「そこまで!!」
5年目のバトルフェスタで、ルナの最後の試合はそうして幕を閉じた。
*
試合に負けたルナは、呆然として闘技場の広い廊下を歩く。
「……負け、た……」
口に出せば、自分がこれからどうなるのか現実味が帯びてきて、涙が出そうになった。
「ルナ……」
そんな彼女の目の前に現れたのは、同じクラスの男子生徒。
「トロイヤ…」
ロ・ポ・トロイヤ だった。
走って来たのか乱れた前髪を、ぐしゃぐしゃと無造作に掻いて、トロイヤは彼女と向き合う。
「あ、はは。負けちゃった〜」
ルナはその場を誤魔化すように、そう言って笑った。
「……ウィンストンから聞いた。婚約のこと……」
しかし、トロイヤからそんな言葉を聞かされて、彼女は表情を崩す。今、一番聞きたくない現実を突きつけられた気分だった。
「トロイヤには関係ないじゃん」
気がつけば、そんなことが口から飛び出る。
トロイヤがびくりと反応し、驚いた顔をしていた。こんな風にトロイヤを突き放すような言い方をしたのは、それが初めてだった」
「負けたのはあたしの実力不足。お父さんも妥協して条件を出してくれたのに、応えられなかったあたしが悪いの。そういうことだから、別に慰めとかいいよ。別に政略結婚が絶対に悪いものだとも思ってないし」
つい口調が厳しくなる。これが八つ当たりだということは、分かっていた。でも、普段温厚なルナは人に当たってしまうくらい、この結果はすぐに飲み込めないことで。
「あーあ。今まで頑張ってきたのにな」
彼女は俯いて、投げやりにつぶやいた。
「だったら。」
「今は1人にして……」
「あ、ああ。ごめん」
彼女は、1人になりたいといい落ち込んだトロイヤを通り抜けて会場裏の休憩室に行こうとする。
「やぁルナ・アローラさん」
「だれ?」
「私は君をスカウトに来たものさ。団長は君のことを気に入ってるようでね」
「団長?スカウト?」
「あぁそうさ、もし気になるならこの場所に来るといいよ。団長は来れないだろうけど君には失望させないと誓うよ」
じゃあといい、先程の人は消えた。ルナは、渡された紙をみてそこの場所になぜか行こうと思った。
……
…
「ここなの?どうみたって来賓席だけど……」
謎の人に渡された紙を元に来たところは、会場の中で貴族や国の上層部が試合を見るところだ、なぜ呼ばれたのかは分からないルナは困惑した。
「失礼します」
「お、来たね。先程は名乗れなくてごめんね。私の名前はフィーラよ。あ、男だからね?」
出迎えたのは、茶色髪のショートカットの可愛い男の子だった。自分の容姿を気にしているのか先に男と言ってきた。
「あ、はい。私の名前は知っているようですがルナ・アローラです」
「うん、受け答えもしっかり出来てるね。団長が言いたいことは理解出来た。じゃあ誘っそくここに誘った理由を教えようか。君は、騎士団に入りたいんでしょ?でも、家の都合で入らない。そこでだ、軍に入らないかい?」
「軍ですか?」
騎士団とは違いいきなり軍に入らないかと誘われ驚いた。軍の関係者とも仲良くしたことない軍は、貴族が多いい騎士団と対立することも多少あると聞く。そんな軍が貴族であるルナを誘う理由が分からないのだ。
「まぁ、いきなり入らないかと言われても考えらなれないだろう。ましてや、君の御家族は家庭を支えて欲しいと言ってるようだしね」
「どうしてそれを……」
「私たちの情報量は、この国1番だからね。まぁ軍と言っても1部だけどね。」
「私は……」
「無理に決める必要はないよ。君の自由さ。軍ってのは、騎士団と違って魔物相手に戦うから厳しい戦いになるしうちの団長は訓練中は怖いからね〜。でも、君のうちにある戦闘センス 本能を肯定できるのは、私たち黒軍だろうね。君の才能は、ルナ君が思ってるより凄いよ」
「私の戦闘本能……」
ルナ自身、戦闘する時性格が豹変する事に気がついていた、周りには、戦闘で昂っているだけと言われたが自分が自分では無いように感じることがあったため目の前のフィーラにそう言われ胸に刺さった骨が溶けたように感じた。
「そういうわけで卒業まで時間があるだろうから存分に考えてもいいよ。だけど、注意してね、君は軍に入ったら名前を全て人生を捨てることになる。君の本能を解放する代わりに今の人生を捨てることになる。存分に迷って……じゃあ、いい返答を期待してるよ」
フィーラは、そう言葉を放ち指を鳴らすとルナの意思が遠のいた。




