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昼食が終わると、本日最後のベスト8を決める試合が始まる。明日にも今大会の優勝者が決定する試合日程だ。
反対の山にいるアランをエリスが負かすためには、必然的に決勝まで残る必要がある。全学年、及び保護者たちから一身に視線を浴びるのも、もう少しの辛抱だ。
「エリスさん。自分で言うのもなんだけど、オレ、結構諦め悪いからね」
「……うん?」
会場で向かい合ったウレックに言われ、彼女は眉をひそめた。小説なので、攻略対象者たちがいいところまで勝ち上がってくるのは、何となく分かっているラゼ。それでもやはり、実際相手とすると彼らが他の学生とはひと味違うこともまた分かっていた。
「いい試合をしよう!」
「はい」
ふたりは試合前の挨拶を交わすと、好きな位置に構える。
さっきまでフレンドリーな笑みを見せていたウレックは、スイッチが入ったのか隙のない目つきに変わった。槍をその手に携えた彼のまとうオーラに、エリスの口角は少し上がる。
準備ができた審判たちが全員挙手すると、ついに開始のゴングが鳴ったーー。
勝敗を分ける一瞬。エリスは高速移動で直進し、ウレックに技をかける。近づいた彼からは「ま」という音が聞こえた気がした。
「……」
秘策があると聞いていたのだが、これまでと同じように倒れていくウレックに思わずエリスは眉を顰める。それは期待を裏切られた、そんな表情でもあった。
「そこまーー」
審判もウレックが地面に倒れるのを認知し、終わりを告げようとする。
が、
「ーーだやれます!!
仰向けに倒されながら、ウレックがそう言い切った。彼は技をひと段落させたエリスを振り払うようにブレイクダンスのごとく回し蹴りをし、素早く抜け出す。
(さ、策って……)
エリスはかなり拍子抜けした顔になりながら、パッと距離を取り直した。どうやらさっき気のせいかと思った「ま」の一音は、「まだやれます」の「ま」だったらしい。始まる瞬間からそんなことを言っていたとは驚きだ。
「技、受けちゃうんですね。そして諦め悪いってそういうことですか……。確かに審判が試合を止めるか、参りましたって言うと勝敗が決まるルールですけど……」
秘策も何もあったものではない。
でも、ちらりと審判を見れば、何もなかったような顔には「続行」と書かれている。
「まだ負けないぞ? だってオレ無傷だし」
まあ、彼の思い通りになったという点では、その作戦は成功なのだろう。流石脳みそが筋肉なキャラクターとでも言っておこうか。……一応、褒め言葉である。ウレックは次はこちらの番だと言わんばかりに、エリスに向かって槍を振るってくる。
「やるじゃん」
ただエリスが一言つぶやき口元を吊り上げると会場が一瞬で静かになった。ウレックもそのエリスの笑みをみて冷や汗をかいた。
(本気できてくれるのか!)
だが、脳筋のウレックは、エリスが自分相手に本気を出してくれることに喜んだ。
『なんと!! 〈丙の間〉ではウレック・マジノが、あの一撃必殺のエリス・フローリアに怒涛の猛追!!』
『なかなか思い切った行動でしたね。彼女に倒されて審判に判定をくだされる選手が多いなか、それを止めてしまうという……。考えたとしても、それを行動に移すことは普通できないことです。その勇気に、拍手を贈りたいですね』
『そうですね。彼からは何度倒れても体が動く限りやるぞっていう強い意思を感じます。さて、思わぬ反撃を食らったエリス・フローリア選手がどう出るか見どころです!』
そんな実況を聴きながら、エリスはウレックの攻撃を避け続ける。
(これはちゃんと戦闘不能にしないと、負けを認めてくれないタイプだな)
ビュンと、彼女の腹の前に風を切る音が聞こえた。
今回、エリスの攻撃が審判から認められなかったのはウレックが技を抜け出したとみなされたからだ。
相手に全く傷を負わせず、負けを強要するような勝ち方なので、こんなことも起こりうるだろうとは、エリスもわかってはいた。だが、まさか実際にやってくる人がいるとは思っていなかったのだ。見方によれば、彼の行動は負けを認めない愚行だとも言われるだろう。
頑なに負けを認めない場合には、審判が試合を終わらせるが、そこまでするのは恥さらしとも言われてしまう。
だから、実況している解説者たちが言うように、ウレックがやったことはかなり勇気のいることだったし、エリスも驚いて二撃目のタイミングを逃していた。
(魔石を起動させないつもりか。私の場合はなくても魔術やスキル普通に出来ちゃうのだが。)
冬の大会で学年一位を獲得しているウレックの槍術を、何も発動せずにかわし続けるのは厳しいところがある。
勿論、このくらいの突きならば避けるまでもなく、空間移動でもして彼の背後をとれば終わりだ。
しかし今大会で、エリスは空間を飛ばしてA地点からB地点まで行くようなスキルは一度たりとも使っていない。言うなれば、動く点Pとして、直線上を一定のスピードで走り切るということしかしていなかった。
(空間移動は応用効きすぎてるから、ちょっと使いたくないんだよな)
武器なしで入場してしまった彼女は、どうしたものかなと考える。気をつけなくてはいけないのは、自分は平気だと思っていても、審判に危険だと判断されて試合を終了させられる可能性。武器を持っていない自分の方が、今は不利に見られていると思ったほうがいい。
(……武器、もらうか)
武力の象徴である武器を持ったほうが分かりやすそうだ。エリスはヌッと体を前に出し、それを掴む。
「ちょっと借りますね」
「ッ?!」
自分のテリトリーであるはずの間合いを、簡単に詰められてギョッとしたのはウレックだった。エリスが掴んだのは、言わずもがな彼の短槍。
試合用に穂先は刃物ではないが、当たれば骨が折れるかもしれないのになんの躊躇もなく彼女は槍を掴みにきた。
咄嗟にウレックは槍を振り上げようとしたが、エリスはそれを許さない。左脇に槍を挟み、身体強化で握力増し増しな両手でしっかりそれを掴むと、全身の力を上手く使って回転するようにウレックの腕から槍を抜き去る。接近したまま左回転させた背中でウレックを押し、左足を前に出せば半身になる。そうすると小脇に挟んだ槍の穂先がウレックの体に当たりそうなので、左手は彼の左肩を掴み、右手に持った槍は一回転させて上に構える。
「そこまで!!」
槍は急所を確実に定めており、審判から止めの合図が下された。最終的なエリスは、上体だけみるとまるで歌舞伎の見得をアレンジしたようなポージングである。
彼女は自分の勝利が決まってから、ウレックから手を離し、槍を下ろした。
「お返しします」
エリスに差し出された槍を受け取れば、彼はハァとため息を吐く。
「やっぱりエリスさんは強いな。一撃もあたらなかった……。武器持ってない分、ハンデだと思ってたんだけど考えが甘かったみたいだ」
言葉こそ悔しさが滲んではいるものの、やっと彼女と一戦交えることが出来たからかウレックはどこかスッキリしたような面持ちでもあった。




