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「あ、エリスちゃん。ケルくん!」
「ままっ!」
エリスとケルは辛うじて同じグループにいるので、二人揃って観客席に戻った。アリスとマータは興奮がおさまらない様子で、目をキラキラ輝かせて彼らを迎える。
「まんまとしてやられたな。ケル」
「僕だって油断してたわけじゃないよ……」
アランに話しかけられて、ケルはため息混じりに答えた。
「悔しいけど、フローリアの圧勝。勝てる気がしない」
そう言いながら、席につくケルヘラムを他のメンバーはもの珍しい顔で見つめる。庶民が貴族の学園にいることをよく思っていない彼が、そんな風にエリスを褒めるとは想定外だったのだ。ケルヘラムは自分に刺さるそんな視線を気にしない素振りで、どんどん進められていく試合を見下ろす。
「ケルがそんな風に言うとはな」
「やっぱり、エリスはすごいわ!」
アランがしみじみと呟き、シロナは嬉々としてエリスに笑いかけた。たいしたことをしたつもりは微塵もないが、友達の微笑みにエリスはにかむ。
「エリスちゃん。模擬剣持ってなかったのは、最初から速さで勝負をしようと思ってたの?」
「うん。先手必勝、一撃必殺。カッコいいでしょ?」
エリスは照れ笑いでアリスに答えた。
「……どうして今年はそんなにやる気満々なわけ?」
そこで落ち着いた声色が横からかかる。
声の主はガイアスだった。その瞳はエリスの考えを探るようなものである。彼の詮索に気がついた彼女は内心ドキリとした。
(この人、勘がいいよね……)
癪だが、ガイアスの反応には感心する。
今のところ小説がどうちゃらを知っているのは、エリスの他にシロナとアラン、そして彼だけ。シロナとアランはふたりの世界でラブラブしてくれているのだが、どうにもガイアスはエリスに関することへの警戒心が強い。
ライバル意識を持たれているようなので、行動には気をつけねばならないが、今大会で目立つのはどうにもできない。
「私はそもそも戦いが好きではないですが、あと何回しかないので頑張ろうかなって思いまして」
適当に理由を述べてみるが、ガイアスは「ふーん」と含みのある返事をする。
(「先読みの巫女」の予言をへし折るためですとは言えないんだよなぁ)
十中八九、その王国にいる巫女とやらは転生者だろうという予想がついていた。わざわざこんな学園のことについてを予言するあたり、確実に「小説の世界に転生しちゃった!」タイプの人だろう。それに乗じて、去年現れた乱入者は帝国からの刺客だという可能性がかなり高くなった。
「必殺技! カッコいいな!! オレ、エリスさんとやりたい!」
ひとりテンションが高いウレックの言葉に、エリスはハッと我に返る。子犬のようにつぶらな瞳を向けてくる彼に、彼女はフッと笑みを溢した。
「負けなければあたりますよ」
エリスの言葉に、周りは目を見張る。それは彼女が負けなければなのか、ウレックが負けなければなのか……?
どちらのことを言っているのかは、エリスをよく見ればわかった。彼女の瞳は好戦的に輝き、自信に満ちている。
それは今大会では負けるつもりがないということを示していた。
「ッ……。さすがエリスさん。燃えて来た」
珍しく挑発的なエリスに、ますますウレックは闘志を燃やす。そして、彼女の発言に感化されたのは彼だけではない。
ガイアス、アルレン エリスの実力を怪しむものは静かに彼女と戦う機会を狙っていた。
*
『おおーー! 〈丁の間〉では、またしても試合開始直後のダウン! 二年生エリス・フローリアが止まらなーい!!』
『いやぁー。彼女の何が凄いって、分かっていても止められないってことなんですよね』
会場に響き渡る歓声。実況と解説のアナウンス。熱気に湧くバトルフェスタは佳境を迎えていた。
「やっとベスト16か」
全校生徒から十六人にまで絞られた選手たち。
エリスは毎試合、全く同じ戦法でここまで勝ち上がってきた。誰一人として彼女に攻撃をできたものはいない。
(上司と部下にだらしない試合は見せられないからな。油断はしないようにしないと)
エリスは観客席をちらりと一瞥し、“彼ら”の姿を見つける。無意識に目元が緩んだが、それも一瞬で。彼女は視線を元に戻すと、その一身に好奇の視線を受けながら試合会場を出て観客席に戻った。
「今、団長こっち見てなかったか?」
「あ。やっぱり? オレもそう思ってたとこ」
そんなエリスの視線に気がついた男性がふたり。
『きゃあ! さすがシュヴァちゃん!わたしの天使!! 今の試合もちゃんと見てた?! あの子、相手が女の子だったから、ラリアットはしないでお姫様抱っこにしたのよ!? わたしもされたい!! あなたたち、ちゃんと見てた?!』
「?!」
「うぉっ……」
いきなりふたりの耳につけられたイヤリング型の魔法道具から声が聞こえて、彼らはびくりと肩を震わせた。
「み、見てましたけど、任務とは関係ないことで無線機を使わないでくださいよ。少佐……」
「まぁまぁ。硬いこというなよ、ノル〜。わざわざオレたちだけの回線使って喋ってんだから」
軍のオネェさんことジュリアス・ハーレイ少佐に、エリスの部下、ノル トヴェリのペアが、それぞれの配置から彼女のことを見守っていた。エリスが試合に集中する分、警備に回されたのがふたりだったのだ。一日目に隙を見てエリスに会いに行ったらば、ものすごく驚いた顔をされたものである。誰が見ているかわからないため、それ以上の接触は控えているのだが、何処にいてもエリスが自分たちのことを見つけていることが、彼らはすごく嬉しかったりする。
会場を見渡せる司令室にいるジュリアと、私服姿で観客席に混ざっていた2人のツーマンセルとの通信は続く。
『そうよね〜。見逃すはずないわよね。あ、最後の一言も聞こえた? 「まだやりますか。お姫様」ですって?! あの子いつの間にあんなキザなこと覚えたの?!』
きゃーきゃー耳元で騒がれて2人は眉間にシワを寄せるが、読唇術でエリスの言葉を読み取っていたふたりもその意見には同意する。
「団長が男だったら、この大会は大変なことになっただろうな……」
『何言ってんのよノル。女の今でも十分ヤバいわよ』
「「確かに……」」
2人は声をそろえた。
『あなたたち、シュヴァちゃんの晴れ舞台を生で見れて本当によかったわね!』
「晴れ舞台ねぇ……」
『何よ。何か言いたそうね?』
トヴェリが口ごもるのに気がついたジュリアは尋ねる。隣に座っていたノルも不思議そうな顔だ。
「いや。だって団長、全然本気じゃないから。オレはもっとすごいってことを分かってもらいたいですよ」
ふてくされた表情のトヴェリに、ノルは苦笑する。
「お前、何だかんだで団長のこと大好きだよな」
「そりゃあ、面倒なことさせられるのは嫌だけど、別に団長のことを嫌いになったことはないよ」
団長だって仕事をしてるだけなんだから。とトヴェリは付け加えた。
『はぁーあ。羨ましい。わたしもシュヴァちゃんと一緒の部隊が良かったわ』
ふたりの会話を聞いていたジュリアがため息を吐く。
『ふたりとも今日の昼休みは警備から外れるのよね? どっちかでもいいから、わたしのいる部屋に来られる?シュヴァちゃんに渡すお弁当を任せたいんだけど』
ノルはハッとする。
「いいんですか?」
『今日はわたし、昼休みに抜けられないの。……一回くらい一緒にご飯を食べてあげなさいよ。あなたたちの分も用意しておいたから。一応上にも確認したし、ちゃんと変装してるんでしょ?』
ふたりは顔を見合わせると、「ありがとうございます」と口にするのであった。




