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魔王討伐

 100年ほど前、このフォルタナ大陸に出現した魔族。


 怪物どもを従えるは、七つの頭と七つの尻尾を持つ魔王メイザース。


 魔王メイザースは、七つの軍団を使役し、人間たちの国を次々と滅ぼしていった。



 それに対抗するは各国から選抜された108人の小勇者たち。


 彼らは決死の覚悟で魔王城に向かった。


 その旅は過酷で、魔王城に到達したときには半数以下になっていたという。


 しかし、勇者たちは勇気と叡智を振り絞り、魔王城に到達する。



 それを迎え撃つは、無数の魔物たち。


 魔王は人間たちの反抗を予期し、強力な魔物を居城に残していたのだ。


 魔王城を進むたびに減っていく勇者たち。


 魔王の間にたどり着いたとき、残っていたのはたったの七人であった。



 彼らは後に〝七勇者〟と呼ばれることになるのだが、その中でも別格なのがレナス・フォン・リヒタットであった。


 ――ていうか、俺のことなんだけど。


 俺ことレナス・フォン・リヒタットは貧乏貴族の次男坊なのだが、七勇者のリーダーを務めていた。


 一癖も二癖もある勇者たちを統率していたのである。


 ときには励まし、ときには叱咤し、剣を並べて魔物どもを斬り伏せ、過酷な旅を乗り切り、最前線で戦い続けたのだ。



 俺なくして魔王の間にたどり着けなかったし、生き残ることも出来なかっただろう、後に七勇者たちはそう述懐する。


 ――そして魔王を倒すことなど不可能だったろう、とも。

 


 俺は神話の絵巻物で描かれるような獅子奮迅の働きをすると、魔王メイザースの心臓に剣を突き立てることに成功する。


 巨大な竜に化身していたメイザースは、死の瞬間、隠していた八本目の尻尾を取り出し、最後の一撃を放つ。


 メイザースを殺すことに全神経を集中させていた俺はその一撃を避けることができなかった。



「――見事だ、勇者レナスよ、まさか、わしを殺すものが現れようとは。しかし、この魔王メイザースはただでは死なない。貴様を道連れにする」



 心臓を穿たれた魔王メイザースはそう言い残し、息絶えた。


 メイザースの尻尾を見ると、毒物のようなものがにじみ出ていた。

 

 魔王の蠱毒と呼ばれる地上最強の毒があることを思い出す。


 魔王を倒した喜びもつかの間、自分たちを導いてくれたリーダーの死を想起した勇者たちは慌てながら俺に駆け寄る。


「レナス!」


 女戦士は俺を抱きかかえると、大丈夫か、と揺さぶるが、俺は冷静に突っ込む。


「殺す気か、脳筋、毒が回るだろう……」


「はっ、そうか」


 と地面に落とすのは脳みそが筋肉で出来ている証拠だが、悪気はないので怒る気にはならない。


 俺は冷静に司祭を見る。


「解毒いけそうか?」


 司祭は冷静に患部を見ると、渋面を作り、首を横に振る。


 回復魔法の名手でも手の施しようがないらしい。


 それだけ魔王の蠱毒は強力なのだ。


「まあ、仕方ないか。これも天命かな」


 と他人事のように漏らすと、精霊使いのエルフの娘が涙目を浮かべ、俺を抱きしめる。


「……お願い。死なないでくださいまし」


 彼女のような美姫に死なないで、と言われてしまえば従うしかない。


 俺はなんとか生きる道を模索しようと、一番の知恵袋と称されている賢者に向かって話し掛ける。


「賢者のじーさま、なんとかなるかね?」


「どうにもならん」


 即答する賢者だが、こうも続ける。


「魔王の蠱毒を治癒するのは不可能じゃ。おまえはこのまま悶え苦しみながら腐り落ちるだろう」


「薔薇色の未来だな」


「しかし、〝今〟治療できなくても100年後は分からない」


「というと?」


「わしが今から魔王の蠱毒の治療薬を研究する」


「100年間、悶え苦しみながら待っていればいいのか?」


「その必要はない。今からわしはおまえを氷漬けにする」


「なるほど、冷凍保存か」


 得心はいったが、氷漬けにされると聞かされて心躍ることはない。


 それは仲間たちも同じようだ。


 女戦士はこう主張する。


「つまり、レナスと次に会えるのは100年後ってことなの!?」


「そうじゃ」


「そんなのやだ。あたしたちはレナスと共にこの長く苦しい旅を勝ち抜いてきたんだ」


「そうだ。レナスとは魔王を倒す苦労を共にしてきた。その後の栄華も分かち合いたい」


 七勇者の盗賊もそのように主張するが、それは感情論であった。


 この場で議論が長引けば、俺の身体は腐り落ちて死んでしまうのだ。


 ――というか、すでにその前兆はあった。


 肺が締め付けられるように苦しく、視界が歪んでいる。


 俺の体調を誰よりも把握しているのは、エルフの精霊使いのフィーナ。彼女は仲間たちの言葉を遮ると、俺の手を握りしめ、賢者に願う。


「賢者マードック、お願いします。わたしの愛するレナスの命をどうか繋いでください」


 フィーナの頬に伝わる一筋の雫。


 彼女は俺の恋人であり、妻のような存在。そんな人物が決断したからには、他の七勇者たちが反対する理由はなかった。


 女戦士は「ずびー」と鼻をかむと、


「これでお別れじゃないからな。100年後、あたしの子孫がレナスと会う。あたしみたいな美人だったら愛人にしてくれて構わないぞ」


 と言った。


 中年の司祭は、


「七勇者筆頭のレナス・フォン・リヒタット、貴殿の功績は我が神殿で永久に語り継がれることでしょう」


 と言った。


 シニカルな盗賊は、


「あんたとの旅、楽しかったぜ、またな」


 と言い放つ。


 他にも七勇者たちはそれぞれに言葉をかけると、賢者マードックを見つめた。


 一同の視線が集まると、彼はこくりとうなずき、呪文の詠唱を始める。


「千年極氷」


 と呼ばれる禁呪魔法を詠唱すると、周囲の温度は徐々に冷たくなる。


 やがて俺の身体に霜が降りると、極低温になっていく。


 氷が付着し、それが蓄積していく。


 それにともなって意識も遠くなっていくが、その前に共に戦った七人の仲間を見つめる。


 それぞれに特徴的な顔をしており、思い出深い連中だ。


 憎たらしいこともあったし、むかつくこともあったが、今ではいい思い出であった。


 彼らのほとんどとはもう会うことはないだろうが、俺は神に願う。


 彼らの健康と幸福を――。


 栄華と繁栄を――。


 そのように願いながら目をつむるが、最後に視界に収めたのはやはり愛するフィーナであった。


 彼女はエルフ。長命の種族だ。


 彼女だけは100年後でも逢えると確信していたが、それでも100年も逢えないのはつらかった。いや、冷凍されている俺には一瞬の出来事なのだろうが、彼女は100年も待たなければいけないのだ。


 寂しくもあり、切なくもあるだろう。愛する人にそのような思いを抱かせるのは正直申し訳なかったが、だからこそあえて最後にこう言い残した。


「100年後だろうが、1000年後だろうが、ずっと君を愛し続けるよ」


 その言葉を聞いたフィーナは花を咲かせたかのような笑顔を浮かべると、


「1000年でも10000年でもお待ちしております」


 と言った。


 その瞬間、俺の記憶は途絶える。どうやら脳まで完璧に冷凍されたらしい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 蠱毒を単にめちゃくちゃ強力な毒って意味で使う作者初めて見ました
[良い点] これから先への進行を期待させる良い始まりだと思いました 各キャラや世界観設定が分かりやすい上に読みやすい。 [一言] 壮大な始まり方でとっても良いです。 本当にスルスル読めて気持ちが良…
2021/04/27 07:59 退会済み
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