悪の組織にて、いまだ眠りしものから
いまだカプセルの中で眠り続ける男の話。
pixiv小説の「執筆応援プロジェクト+~表紙から始まる物語Ⅱ~」という企画のために書いた短編です。
別の方が描いたイラストからイメージしてストーリーを書きました。
魅力的なイラストで、色々とストーリーを考えたからか勝手ながら愛着が沸き好きになりました。よければそちらも見に行ってください。
無気力そうな二人の女の子が描かれています。
01 ふざけた話
「ふざけた話」
ドン、と鈍い音が耳に届く。目を開けて周囲を見渡すが、視界に人影は映らない。熱源センサーを起動すると、頭上に人が座っていることが分かった。
声からして、47番だろう。
「聞いて、天赦2nd。私達、博士に名前をねだったの。どうなったと思う?」
「weeeooonn?」
喋ろうとしたが、まだ口からは人間的な声が出なかった。ノイズ混じりの獣の咆哮のような、耳障りな音が研究室内に響き渡った。
私の中に自我が芽生えて……まだ一月ほどだろうか? どうやらまだ発声器官は途上のようだと再確認し、私は再び沈黙した。
「私がヴィー・フォーセブン。妹の222番がラン・ツーツーツーだって。ふざけた名前」
ヴィランだから、ヴィーとランということだろうか。なるほど、確かに安直なネーミングだと、私も思った。
「忠告よ、天赦2nd。博士に名前をねだるのはよした方がいいわ」
「we」
私はヴィーの言葉を、記憶領域に保存した。
「そんなにイヤ?」
ウィン、と音を立てて防弾ガラス製の扉が開く。姉のヴィーそっくりの女が研究室に入って来た。
赤鬼のような色合いの肌と、モノトーンカラーの髪が特徴的な女性。見た目が既に人間離れしているが、実際その膂力は人間を凌駕している。
博士が生み出した戦闘用人造人間222番。47番から一年遅れで改造手術を受けた、実の姉妹だと聞いている。確か博士の血縁だったはずだ。
「私は気に入ってるけど」
「ランはいいわ、それなりに人名っぽいし。ヴィーはちょっとありえなくない?」
「外国人ぽくてイイと思う」
「……ホント、アンタはいつでもポジティブね、羨ましいわ」
カツン、と音を立てて、私の上からヴィーが飛び降りた。
並んで立つと、やはり二人は非常によく似ていた。
ただよく見ると髪の左と右、どっちが黒でどっちが白かとか、髪型だとか、しっかり違いがある。また、二人とも鎖骨の辺りが露出した服を好んで着るのは変わらないが、姉のヴィーの方が比較的露出の少ない、全身を覆うような服やロングスカートを好むのに対し、妹のランの方は露出が多く、動きやすいパンツや短めのスカートを好んで着る傾向があった。
二人ともいつも無表情で冷めた目をしているが、性格も結構違う。
ヴィーはインドア派で感情の起伏に乏しく、否定的な発言が目立つが、時折りスイッチが入るといつもとは真逆の派手な服を着たり、一晩中歌い続けたり、一週間不眠不休で身体トレーニングに精を出したりする。
ランにはスイッチのオンオフがなく、どんな時でもパッと見の変化は殆どない。しかしよくよく見ると感情の起伏が大きい方で、喜怒哀楽が激しいタイプだ。ポーカーフェイスで口数も少ないから分かりにくいが、感情が高ぶると身振り手振りが大きくなったり、声がほんの少し高くなったり、露骨に肌が赤くなったり(元々肌が赤いので、人の肉眼による視認は困難だろうが)する。
「でも人だったころの名前よりはマシ。そうでしょ?」
「止めて。あの頃のことは二度と思い出したくない」
ヴィーが顔をしかめ、私と外界を阻むガラスに触れた。
「キミが喋れるようになってから、キミに名付けてもらった方が良かったかもね、天赦2nd」
ヴィーが近づいたことで、彼女の瞳に反射して私の姿が目に飛び込んだ。
――上半身だけの身体。全身に様々な管が繋がった、機械仕掛けの人型の何か。それが、青緑色の液体で満ちた強化ガラスでできたカプセルの中に浮かんでいる。
それが私だと、私が理解したのはつい最近の話だ。
「今日のところは、ヒーロー達の相手は私達でするわ。だから早く目覚めてね、未来の悪の総帥『天赦2nd』様」
「目覚める日を、楽しみにしてる」
冷めきった目と表情に、ほんの少し慈愛のぬくもりが宿る。小さく笑って、二人が研究室を出て行った。
「weaeaon……」
何故私が……。そう呟いたはずの言葉は、言葉にならずに虚空に消えた。
02 仕事帰りの珈琲
カプセルの中を浮かんでいると、三日ぶりにヴィーとランが顔を出した。
「久しぶりね」
「やっほー」
ヒーローとの戦闘をこなしてきた帰りなのだろう、二人はあちこちに打撲や擦り傷の痕が見えた。
ただ服はいつもの服に着替えており、髪はしっとりと濡れていた。ひとっ風呂浴びてからこっちに来たのだろう。
二人の自己回復機能なら、数時間もすればこの程度の怪我は完治するはずだ。
「ナニヲノンデイルンダ?」
私は機械的な音声を発して二人に問いかけた。そう、この地に生まれて早三ヶ月。ついに私は発声機能を得たのだ。
戦闘機能の開発が優先されているためまだロクに調整がされておらず、耳心地がいいとはとても言えない声だが、話せるというだけで十分ありがたい。
このことに関しては、私は博士にとても感謝していた。
「こーひー」
「分かりますか? 記憶領域に主要先進国の母語で書かれた辞書と一般常識を突っ込んだと聞いていますが」
「ワカル……ハズダ」
まだ味覚機能がないので味がイメージ通りか分からないが、意味は分かる。
「ブラック……カ?」
「ええ。二人ともね」
ヴィーが答え、目を閉じて珈琲を啜る。二口ほど口に含んで嚥下し、ほぅ、と息を吐く。実においしそうだ。
ランも一見全く同じ仕草とタイミングで飲んでいるが、飲み終わった後わずかに眉をしかめたのを私は見逃さなかった。
どうやらランは甘党らしい。
「サトウ……イレタラドウダ?」
私が言うと、ランは少しだけ大きく目を見開くと、
「そうする」
と呟き、パタパタと小走りで研究室の外へと出て行った。給仕室へ向かったようだ。
「天赦2nd、ありがとう」
愉悦混じりの笑みを浮かべながら、ヴィーが礼を言った。
「ナゼ、レイヲ?」
「あの子が恥ずかしがるところ、私の大好物なの」
「ナルホド。ソレハヨカッタ」
確かに、普段ポーカーフェイスなだけあってランが恥ずかしがるところはとても可愛らしいと思う。ギャップの落差が、大人な人物の子供らしい一面を垣間見たような……そんな気にさせて可愛らしく感じるのだろう。そう、まるで淑女の秘密を暴いたような。
……そういう風に表現すると、少々気色悪いかもしれない。
私は己を恥じた。
「ドリンクはいい。噛む必要がないからね」
美味しそうに珈琲を飲みながら、ヴィーが呟く。
心なしか、マグカップを見つめる目がいつもより優しい気がした。
「ドクトクノ、カンセイダナ」
「そうかい? 食事の時間が嫌いな人って、案外いると思うよ」
そう答えた後、何かに気付いてヴィーは目を瞬かせた。
「ちょっと質問の答えとはズレていたね、すまない。要するに、私は食事の時間が嫌いでね。だから物を食べる、噛む、飲み込む、という行為が好きじゃないんだ」
「ナゼ?」
「家族との時間を思い出すからさ。……あれは苦痛だった」
トン、と音を立てて、彼女が私の入るカプセルに背を預けた。
マグカップを覗き込みながら、ヴィーが続きの言葉を探している。私はそれを待っていた。……だがうまい言葉が見つからないらしく、暫くの間沈黙が続いた。
私にとっては平凡な時間だったが、ヴィーにとってはもしかすると緊張感に包まれた時間だったのかもしれない。
嵐のような激情に駆られているような、それとも凪のような諦観に包まれているかのような。……ヴィーを見ているそんな風に感じて、思わず私は彼女を慰めてあげたい気持ちになった。
博士の作品という意味では、私は彼女の弟だ。彼女を抱きしめ、大丈夫と言ってやりたかった。
だが、それはできない。まだ私に人間的な腕はなく、腕があるべきところには人工筋肉が巻き付いた鉄骨と内蔵武器の砲身がむき出しになってカプセルの中をプカプカ浮かんでいた。
「妹の存在だけが救いだった。……博士には感謝している。私達に居場所をくれたから」
結局、私が何かを言う前に、ヴィーが続きを語った。
だがそれは、きっと話そうとしていたこととは違うだろう。何となく、それが分かった。
「世界なんて退屈で不条理で、ただ存在するだけで多くの人を傷つける。……私は世界が滅ぼうが永遠に続いていこうがどっちでもいいけど、博士が望むなら、それに従うわ」
ヴィーがそう告白して間もなく、ランが戻って来た。
「お待たせ。……何かあった?」
さすがは妹といったところか。ランはこの場の空気の変化を即座に感じ取ったようだ。
「なんでもないわ」
ヴィーはそう言ってブラックコーヒーを流し込み、流し目で私を見た。
「早く目覚めてね、天赦2nd。そして世界を滅ぼして。それだけが、私達の望み」
「…………ワカッタ」
どう答えればいいか分からず、私はただ絞り出すようにそう答えた。
03
異世界転生、という言葉がある。
まさかこの俺が……。という序文で始まり、死んだ人間がファンタジー感溢れる異世界に記憶を保持したまま転生する話だ。チートスキルと呼ばれるような、明らかに他者より優れた力を持って生まれることも多い。
――かくいう自分もそのたぐいだと気付いたのは、この世界に来て一週間ほど経ったときのことだ。
姿見を使って、ヴィーとランに私自身の姿を見せてもらったとき、その人とはあまりにかけ離れた姿に強烈な違和感を感じ……そして、思い出したのだ。
地名は何一つ聞いたことがなく、確かに私は異世界に生前の記憶を保持したまま転生していた。
あいにくファンタジックな世界ではないが、科学技術が高度に発展していて見たことも聞いたこともない道具や人造人間があって、「高度に発達した科学はファンタジーと変わらない」という言葉の意味をしっかりと理解できる世界だった。
ト〇タなどが時折発表していた「空飛ぶ車」も、この世界ではとうの昔に実用化しているらしい。
リニアモーターカーが横断・縦断していない大陸はなく、ガンや脳卒中のような現代日本を悩ませていた病の多くは特効薬がある。かつての結核や天然痘のような「過去の病」らしい。
チートスキルも万全だ。私の肉体は現在進行形で、博士によって「世界最高の戦闘兵器」となるべく研究・開発が進められている。
ある意味「異世界転生モノ」と呼ばれるすべてがそろっているわけだが、困ったのはその博士の目的だ。
「よしよし……天赦2ndよ、お前はヒーローたちを滅ぼす最高の悪の総帥になるんじゃぞ」
博士はいつも、口癖のように私にそう言った。
天赦2nd……即ち、「転写体ナンバー2」。私を開発する悪の博士と学会で双璧をなした、正義の博士が開発したロボットの研究データを元に開発されたロボットの二番目。それが私なのだそうだ。
博士も、そしてヴィーとランをはじめとした怪人たちも。私が目覚め、悪の総帥としてにっくき正義のヒーローたちの前に立ちふさがる日を待っている。
しかし異世界転生者である私には、そのモチベーションが全くない。世界を滅ぼす気など起きないのだ。
それが、私が日々頭を悩ませる問題だった。
「じゃあ天赦2nd、またね」
その日、珍しく出発前にランが研究室に立ち寄ってくれた。
近頃、ヴィーやラン、怪人たちが怪我をして帰ってくることが増えた。中には二度と姿を見せない者もちらほらいる。
どうやら最近現れた新しいヒーローのせいらしい。まだまだ未熟なところもあるがそのヒーローとしてのスペックは過去最高で、こちらの攻撃はロクにダメージを与えられないのに、相手の一撃はこちらの致命傷足りえるらしい。
手違いや偶然から最新ヒーローベルトを手に入れた若い青年だと聞いていた。
「珍しいな。今から戦闘だろう?」
あとは目覚めるばかりの完全な人型の姿になった私は、いつも通りカプセルの中から話しかけた。
「うん。……もう、会えないかもしれないから」
そんな消極的な言葉をランが言うのは、私が知る限り初めてのことだった。
「そんなに強いのか?」
私が聞くと、ランは小さく首肯した。
「強い。この秘密基地に敵が乗り込んでくるのは、もう時間の問題かも」
「そうか……」
何と言っていいか分からず、私は思わず黙り込んだ。
そして私は、最後かもしれないという彼女にどうしても聞いてみたいことがあったことを思い出した。
「少し聞きたい。ラン、お前はどうして戦う? なぜ、世界を滅ぼそうとする?」
私がそう聞いても、ランは驚いたりはしなかった。もしかすると、私の内なる悩みを察していたのかもしれない。
「それが、姉さんといられる唯一の方法だから」
しっかりと私と目を合わせながら、ランはそう言った。
「既に機械はあらゆる面で人の能力を凌駕してしまった。自由や権利なんて言葉は遠い過去。現代世界に人間の意志が介入する場所は既にない。感情で揺れ動く人より機械の方が遥かに、最適なアンサーを出してくれるから。人間はその答えにただ従うだけ。
私の家には児童虐待が確かに存在した。だけど、その状況から助けてくれる者はいなかった。能力は優秀だけど人格に大きな問題を抱える父と母を、社会の枠に最低限の犠牲で収める生贄。それが機械が判断した私たちの存在意義だった。
私たちの少女時代を犠牲にすれば、全てが丸く収まる。その後の人生には、国から児童虐待手当金としてサポートが出ると聞いていた」
そこで一度話を切り、ランが遠くを見つめた。
「私はそれもいいかな、と思った。姉がいるなら、どんな日も耐えられた。姉だけが私の救いだった。……でも、姉は私よりも先に深く傷つき、私達は引き離された。
今こうして再会して、最期の時まで姉と一緒にいられる。それで私は満足。もう他に何もいらない。姉が世界を滅ぼすために戦うなら、どこまでも私もついていくだけ」
それが、ランの覚悟。戦う理由らしい。
どれだけ酷い目にあっても現実を受け入れ、そして周囲に身を任せ、流れを楽しむ。
何とも彼女らしいな、と私は思った。
「きっともう会うことはない。天赦2ndも自分が納得する生き方をして。誰が何と言おうと、きっとそれだけが正解だから」
そう言って、ランは研究室を出て行った。行こうとした。
「待ってくれ」
気が付くと。私の腕がカプセルを突き破っていた。
「今日は、私も行く」
世界を滅ぼす気には未だなれない。それでも、彼女の言葉を聞いて、戦う意思は生まれた。
まずは、二人を助けよう。
そう考えながら、私は悪の総帥としての一歩を踏み出した。