〔9〕
「言うこと聞かねっけ、そうならんだて」
はい、言うこと聞かない俺が悪かったです。
『ヒマワリさん』を見送った夜、俺は台所のテーブルの上でアイスパックを使い、痛む右腕を冷やしていた。
正面の席では麻の甚兵衛を粋に着こなした爺さんが、ニヤニヤしながら今日もらってきたらしい『ワカサギの南蛮漬け』を肴に冷や酒を飲んでいる。
七十歳を過ぎて頭は薄くなったが、覇気のあふれる若々しさで公団中のご婦人方に人気の高い清蔵爺さん。俺の母方の祖父になる。
「見してみな」
爺さんは俺からアイスパックを取り上げ、右手首をひねった。
「痛てぇよっ、爺ちゃん!」
左手首の内側にある、五百円玉大のアザ。
これを隠すため、俺は普段サポーターを付けている。年中付けているから不思議がるクラスメイトもいるけど、暗い表情で「ちょっと見られたくないんだ」と言えば、大抵は勝手な解釈で納得してくれた。場所が場所だからな……。
見られたくない本当の理由は、そのアザの形が変わっているからだ。伏せ目がちに俯いた、髪の長い女性の首から上。ちょうど、そんな形だった。
普段は薄い茶色で目立たないが、俺が意図的に『幽霊』を見たり関わったりすると赤く浮き出て灼けるように痛み、少し大きくなる。
何故そうなるのか、何か影響があるのか、知っているはずの爺さんに尋ねてみても何も教えてはくれなかった。
「おめは、ちっとばか変わってらんだけ、気ぃつけんと大変なことにならんだぞ」
出身地丸出しの言葉で諭すと、爺さんは俺の左手をさすりながら念仏を唱える。するとみるみる痛みが引き、アザはもとの薄い色に戻った。
「サンキュ、爺ちゃん」
「したっけ(それにしても)、またアザがでかくなったなぁ……何があった?」
正直に話さないと、痛みが引く念仏を唱えてもらえなくなる。俺はかいつまんで、今日あったことを爺さんに話した。
爺さんは渋い顔をしたが、溜息をつくとカラになったグラスを手に立ち上がり、俺の肩をポンポンと叩く。
「ま、そういう年頃だっけに、しょうがね。だども、それ以上アザがでっけくなると、隠しきれねぇぞ?」
「……ああ、わかってるよ」
サポーターを手首にはめ、俺は右手を見つめた。