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〔8〕

「おまえ、良いヤツとか悪いヤツとか解るのか? その……幽霊のことだけど」

「うん、良い幽霊は柔らかい感じがするの。悪い霊は踏切で時々見る片腕とか……あれは嫌い、ピリピリしてて冷たくてぞっとする」

 信じてみようか、菜奈乃さんの言葉を。

 やっぱり、この親子は放っておけない気がした。

 なぜなら俺も、母さんにさよならが言えなかったからだ。

「あのガキ、呼んで来いよ」

「えっ?」

「いいから、早くしろ」

 言われたとおり和樹くんを連れてきた菜奈乃さんは、俺がなにか余計なことを言うんじゃないかと心配そうな顔をしている。

「そんな顔するなよ、大丈夫だって。ええっと、和樹くん……俺と手を繋いでくれるかな?」

 このガキ、あからさまに嫌な顔しやがったな?

「いまそこに……ヒマワリのそばに人がいるけど、俺はその人を知らないんだ。でも、和樹くんなら知ってるかもしれない」

「誰も、いないじゃん」

 菜奈乃さんと話していたことで、和樹くんは俺に敵意をもったらしい。挑戦的な目で反論してきた。

「誰もいないと思うだろ? だけどいるんだよ、君にしかわからない人が。その人は、君に何か言いたいみたいだ。聞いてあげてくれるかな? 和樹くんじゃないと、聞こえないんだ」

 出来るだけ、にこやかな顔をすると両手を合わせ、俺はお願いのポーズを取った。

「……いいけど」

 不審そうな表情で、和樹くんは頷いた。

 どうやら、お願いされたら断れない優しさを持っているようだ。家族から、たくさんの愛情をもらって育ったんだろうな。

「じゃあ俺と手を繋いで、目をつむってくれる?」

 サポーターを撒いた右手で、俺は和樹くんの手を握った。

「お話しなんですか? って言ってから、ゆっくり目を開けて」

「お話し、なんですか?」

 素直にそう言って、和樹くんはそっと目を開いた。

 次の瞬間、その目は驚きに大きく見開かれる。

「ママ……? ママ、ママっ!」

 どうやら、『ヒマワリさん』を見ることが出来たようだな。

 嬉しいのか悲しいのか、和樹くんの小さな顔はぐしゃぐしゃになり涙がぼろぼろ流れ落ちた。手を振りほどいて駆け寄ろうとしたが、力をこめて握り返し和樹くんの耳元に囁く。

「手を離すな、離すと見えなくなる」

 唇をきゅっと結んで、和樹くんは頷いた。いま見えている姿を逃すものかと、必死の形相だ。

『ヒマワリさん』は、ふわりと和樹くんの前に来て低く腰をかがめた。

 顔は、ぼんやりとしか見えないが、口元が微かに動いている。和樹くんには聞こえたのだろう、泣くのをやめて目をゴシゴシ拭い、何度も何度も頷いていた。

 すると『ヒマワリさん』が、少しだけ微笑んだ。

 眩しい夏の光にとけ込むように、『ヒマワリさん』の姿が薄くなる。そして目の覚めるような青空に映る、ミニヒマワリの鮮明な黄色だけがその場に残された。

 もう、誰もいない。

 再会の邪魔をしないように遠慮していたのか、今まで聞こえていなかった蝉の鳴き声が、急にやかましくなる。

「聞こえたか?」

「うん」

「そっか」

 何を言われたのかは、あえて聞かなかった。『ヒマワリさん』と和樹くん二人だけの約束だ、俺には関係ない。

「菜奈ネェ、おうちに帰ろう」

 和樹くんは俺の手を離し、菜奈乃さんと手を繋いだ。

「うん、ちょっとまってね。あの、結羅木くん……」

 用は済んだとばかりに帰ろうとした俺を、菜奈乃さんが呼び止めた。

「なに?」

「すごいよ、結羅木くん。こんな事が出来るなんて!」

「すごくもなんともねぇよ、なんの役にも立たない特技だし」

「ううん、すごい。なんか、カッコイイ」

 考えてみれば、今の出来事を菜奈乃さんも見ていたワケだ。

 彼女が同じ体質の人間か探りを入れるだけのつもりが、いつの間にか目的を逸脱してしまった。自分らしくない行動が急に恥ずかしくなった俺は、視線を宙に泳がせた。

「でも、どうして? 誰でも結羅木くんの手を握ると、幽霊が見えるの?」

 右手のサポーターに注がれる、菜奈乃さんの視線。遮るように俺は、ジンジンと灼けるように痛む腕を背中に隠す。

「ちょっと違うかな……。俺は、もともと誰にでもある霊感を少し助けてやるだけさ。だから本人が会いたいとか、話をしたいとか、望まないかぎり力になれないんだ」

「あ、だから最初に、和樹くんに話してたんだ」

「そーゆーこと」

「やっぱりすごい! それに……優しいんだね。今日は本当にありがとう」

 真昼に近い日差しで暑さも限界だけど、顔の熱さはそのせいじゃないかもしれない。やばい、のぼせそうだ。鼻の奥が、つーんとしてきた。

「じゃあな、明日は夏期講習に来いよ」

 あわてて俺は、踵を返す。

 バス停に戻る途中、一度だけ振り返ると、菜奈乃さんはまだ手を振っていた。その横で、和樹くんも手を振っている。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 俺は片手を挙げて挨拶を返すと、ポケットからハンカチを取り出した。格好悪いところ、見られないで良かった。

 思った通り、鼻血が出ていた。




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