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〔5〕

 講堂のドアを開けると、既に三分の二ほどの席が埋まっていた。

 特待生の立場上、参加しなきゃならないのが面倒だ。通学時間を考えたら、家で勉強してた方が効率がいい。

 比較的空いている前の席に腰掛けた俺は、教材を広げながら踏切で見た女子生徒のことを考えた。

 今のところ俺の理解者は、唯一の身内である爺さんだけ。小さいときは何でも話して相談したけど、最近は訪問者を報告もしないし、爺さんからも聞いてこなくなった。

 同じ年頃の友人に全てを打ち明け、相談できたらどんなに楽だろう。

 やりきれなさや寂しさを解ってもらえたら……。

 未練がましいと思いながらも視線は講堂をさまよい、女子生徒の姿を探す。

「結羅木くん、隣いいかなぁ?」

 四人掛け長机の通路側から呼びかけられて、俺は視線を声の主にあわせた。

「あぁ、別にいいけど」

 藤井美加ふじい みか、声の主は学年で一番可愛いと評判の子だった。

 といっても念の入ったメイクや危険ゾーンぎりぎりのスカート丈は、他の男子の好みでも俺の好みじゃない。

 それに朝から、不快に思うほどの香水の匂い。これから三時間、隣にいられたら匂いが移ってしまいそうだ。断れば良かったと思い、俺は小さく溜息をつく。

「夏期講習なんて、ため息でちゃうよね―。結羅木くんは特待生だし、講習受けなくても平気なんじゃないの? アタシなんて頭悪いから、親がお金出してここに入れたんだよね。どうせ高校も寄付金積めば付属にそのまま上がるんだし、講習なんて、かったるいことする意味無いんだけど」

 溜息は講習のせいでなくて、その匂いのせいです。

 俺は喉から出かかった言葉を飲み込み、美加を無視して教材に目を落とした。

「みんな余裕無いって顔してるけどぉ、アタシなんて昨日もプール行って帰りに買い物してきたんだ。夏休み遊んでばかりいると親がうるさいからさぁ、少しは勉強してるふりしなくちゃならないんだよね。結羅木くんは今年もう、プールに行った? やっぱ市民プールとか? アタシなんてT島園の温水プールしか行ったこと無いんだけど、夏休み中に男子何人かと市民プールに行く話、出てるんだよね。あんまし興味無いんだけど、結羅木くんとか行く? アタシなんてまた新しい水着買っちゃって、今年もう三枚目なんだけど……」

「悪りぃ、オレまだ眠くてさ。後ろの席で、寝てくるわ」

 俺は美加の話を遮ると、わざとらしいアクビと一緒に席を立ち、階段をあがって一番後ろの席に座った。美加はこちらを見上げ、ツンと顔をそむける。

 ああそうか俺は今、クラス一の美少女とお付き合いできるフラグを、へし折ったことになるワケだ。

 わざわざ隣に座ってプールに誘ったのは、俺に特待生の肩書きがあるからだろうな。美加と付き合えば、クラスの男子に羨望と嫉妬の目で見られて気分は良いかもしれない。

 だけど普段から、「アタシなんて」で始まる自慢話に辟易してるし、我慢してまで付き合うメリットはないかな。

 苦笑して俺は最上段の席から、すり鉢型の講堂をぐるりと見渡した。どこかに、踏みきりで見た彼女がいるかと思ったからだ。

 俺にとっては美少女より、霊感体質の仲間に興味がある。私立では珍しい黒髪だったから、いれば後ろ姿でわかると思うけど。

 いないなぁ……と、諦めかけたその時、一つ前の列右端に彼女を見つけた。間違いない、今朝の女子生徒だ。

 しかし、どう話を切り出すべきか? 

 いきなり「きみ、幽霊見えるでしょ? 実は俺もなんだ」ってワケにはいかないよなぁ。

 もしかしたら『踏切の片腕』が見えたワケじゃなく、何かに躓いただけかも知れない。足下に踏みたくないもの……汚物とか虫やネズミの死骸とか……があっただけかもしれない。もしかしたら、でも、やっぱり……。

 錯綜しながら三時間が過ぎ、講義に集中できないまま終業のチャイムが鳴った。

 我に返った俺は、急ぎ教科書やノートを片付け彼女を探したが既に姿はなかった。席が出入り口に近かったせいだ。

 まぁ、いいや。また見かけたら様子を見てみよう。別にそれほど期待してないしね……。




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