第68話「特殊開拓指令」
スサノオの北、町をぐるりと囲む分厚い壁の袂に開かれた門の前には、大勢のプレイヤーたちが詰めかけていた。
彼らは皆、俺たちと同様にあの放送を聞いて集合したのだろう。
その殆どは手に武器を持ち、武装した物々しい出で立ちをしている。
「これだけの人が集まると壮観だな」
「そうですか? レティは息苦しくてちょっと苦手です」
「右に同じぃ」
ワイワイガヤガヤと騒がしい黒山を眺め、ただただ圧倒される。
レティとラクトはこういった人混みが得意ではないらしく、表情は少し曇っている。
「けど、何かが始まる感じがして凄くわくわくするわね」
「それはそうですね」
「左に同じぃ」
エイミーは変わらず元気な様子で空色の瞳を輝かせている。
そんな彼女の太ももに寄りかかり、ラクトはぐったりとしてフードを目深に被っていた。
その時、エイミーの期待溢れる声に呼応したのか門の上部に設置されたスピーカーが震え、先ほどと同じ合成音声が流れ出す。
『地上前衛拠点シード01-スサノオの衛星リンク警戒網により、多数の原生生物による侵攻が確認されました』
『現時点を以て侵攻する原生生物の敵性評価を青、一部赤とし、現地の調査開拓用機械人形全体に緊急指令を発します』
「おお、緊張感が出てくるわね」
普段聞くことのない緊迫感のある放送に、エイミーはうずうずと身体を震わせる。
それは他のプレイヤーも同じようで、そこかしこから気合いを入れる威勢の良い声があがっていた。
『作戦名〈特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉は現時刻より15分後に開始されます』
『作戦内容は敵性原生生物の撃破、および地上前衛拠点シード01-スサノオの防衛です』
『作戦中は緊急特例措置が解禁され、機体完全破損時のBB損耗分が無償かつ迅速に補給されます』
『また緊急防御形態へ移行するため、ベースライン以外の全ての店舗が利用不可能になります』
『ベースライン店舗では商品販売価格が半額となりますが、地上前衛拠点シード01-スサノオの標準備蓄リソース量は有限であることに留意してください』
更にはイベントの詳細な情報が続々と流れ、少しずつその全容が明らかになってくる。
イベント時には普段とは町の形態も変わるようで、死亡時のデメリットもかなり緩和されるらしい。
「これってつまり、めちゃくちゃ死ぬ可能性があるってことですよね?」
「そこに気付くとは、天才か?」
「茶化さないで下さいよぅ」
レティが顔を青くして俺の裾を掴む。
普段はノリノリで戦闘しているくせに、こういうのには気弱になるらしい。
「そういえば俺、まだ死んだことないな」
「レティもですよ」
ふと思い返して、俺はまだゲーム内で死んだ経験が無いことに気付く。
レティもそうらしいが、なにげに上手くやっていたらしい。
まあ俺の場合はキャンプ地に引きこもっていたのも大きいだろうが。
「二人は凄いね。わたしは結構死んでるよ」
「私も私も。まあ無事に機体をサルベージできさえすればそこまでペナルティも重くないんだけどね」
反してラクトとエイミーは今までも何度か死を体験しているようで、そこまで恐怖を抱いている様子はない。
これは俺も一度くらい、どこかで適当に死んでおくべきだったか?
なんて、ある意味狂気的なことを考えていると、突然人混みの前の方から喝采が響く。
「なんだなんだ?」
「ほら、あそこ見て下さい」
何事かと顔を上げるとレティが前方に広がるバリケードの方を指さす。
ダマスカス組合が用意した立派なバリケードの櫓の上に、顔の良い青年が立っている。
「あのイケメンは?」
「レッジさんあの人も知らないんですか!?」
悲鳴に近いレティの叫び。
そんなに……?
「大鷲の騎士団が団長、〈剣聖〉のアストラさんですよ!」
「えっ、大鷲、ええ、けんせ……?」
なんだその、なんなんだ?
ダマスカス組合の比ではないほどのクエスチョンマークが脳内を埋め尽くす。
「大鷲の騎士団はダマスカス組合と同じプレイヤーによる自主的な集まりよ。あのアストラって人はその発起人」
エイミー先生の補足がありがたい。
それで剣聖とかいう二つ名っぽいやつはなんなんだ?
「剣聖っていうのは自称よ」
「自称なのか……」
言ってて恥ずかしくないんだろうか。
俺は遙か前方の櫓の上に立って何やら威勢良く演説をしているアストラ君を眺める。
なんか、別に尊敬はしないけど、色々凄い人みたいだ。
「ちなみに同名のウェブサイトがあって、そこで団員募集中みたい。団員の証は胸に着けた大鷲のブローチよ」
「エイミーはなんでも知ってるなぁ」
「色々有名だからね」
殆ど理解は追いつかなかったが、キャラの濃い青年ということは分かった。
しかし遠目から見ても顔がいいな……。
流れるような金髪に青い瞳。
銀の鎧を着て青いマントを纏っている。
更には重そうな剣を抜いて空に掲げている様子は、なるほど勇者のように見える。
「まあ言動とかセンスとかは面白いけど、騎士団はかなりの大所帯だし、そうなるだけの技量はあるみたいよ。攻略最前線押し上げてるのも大鷲の騎士団だし」
「へえ、バリバリの攻略組なのか。まだ若そうなのに凄いな」
「むしろ若いからじゃないの? 私にはあそこまでのエネルギッシュさはちょっと羨ましいもの」
そういうエイミーの横顔に何故か親近感を覚える。
彼女は恐らく、パーティメンバーの中でも一番年が近いからだろうか。
「レッジ、そろそろ皆移動するみたいだよ」
アストラ君の演説する様子を見物していると、くいくいと裾を引かれる。
ラクトはぞろぞろと移動を始めた他のプレイヤーたちを指さし、自分たちも前線へ上ろうと提案した。
「そうだな。そろそろ時間か」
開始はたしか十五分後と言っていた。
そろそろ移動すれば、ちょうど良い頃合いになるだろう。
俺たちは人の流れに従って進み、バリケードを越えて草原に立つ。
「パーティ単位で行動する人が多そうだな」
左右に陣を広げるプレイヤーたちを一瞥し、彼らが少人数で固まっているのを確認する。
中にはソロ志向なのか一人で準備をしている者や、アストラ君のように大勢のプレイヤーを率いている者もいるが、だいたい八割くらいはパーティを組んで待機していた。
「どう考えても混戦必至ですし、パーティ組んでいた方がお互いの状況が確認しやすいですからね」
「支援アーツの回復もパーティメンバーを指定した方が早いしな」
行儀の良い日本人の性か、状況が進むごとに陣形は整っていく。
最終的には櫓と櫓の間に三つほどのパーティが並ぶ、絶妙な距離感を保った配置が完成していた。
「明確な指揮系統もないのに良くできるよな」
「もはや本能なんでしょうねぇ」
バリケードの壁にもたれかかり、時間を待つ。
草原の向こうは未だ穏やかで、何かが迫っているような予兆はなにも見受けられない。
「ほら、そろそろ」
時間を見ていたラクトが声を上げる。
それを聞いて俺たちが武器を出し準備をすると、左右のパーティにも波及していく。
ガチャガチャという音が少しずつ響き、やがて騒音となって軍勢の士気をかき立てる。
「うぉぉぉおおおっ!」
「俺はやるぜ! 俺はやるぜ!」
「早く来やがれ獣どもぉぉおお!!」
「ドンドンズズン! ドンドンズズン!」
やがて気の短いプレイヤーたちの声があちこちから噴出し始め、盾と武器を打ち鳴らす戦士たちも現れる。
その時だった。
「来たぞぉぉぉおおお!」
櫓に立っていたプレイヤーが大声を張り上げる。
それと共に、緑の丘のむこう側からもうもうと土煙が立ち上る。
「やっとお出ましか」
「レティも元気出てきました!」
レティが声に張りを取り戻し、真新しい真っ黒な鉄のハンマーを地面に突き立てる。
「な、なんだあれは……!」
「どうした見張り、何が来てるんだ!」
「あ、あれは……」
視線の通る見張り役たちがどよめく。
地上に立つ俺たちには見えていないが、すでに敵は姿を現しているのだろう。
そうして見張りのプレイヤーが説明しようと口を開いたとき、それは現れた。
「これは……」
「凄い数……」
土煙の中から現れたそれを見て、俺たちは絶句する。
大地を踏みならす無数の脚がうごめき、黒々とした目がぎょろぎょろと動く。
打ち鳴らされる硬質な音が響き、それらは猛然とこちらへ進んでくる。
「か、か……蟹だぁぁあああ!?」
「でかすぎるだろ!」
「剣通るのかあれ!?」
それは人の背丈ほどもある巨大な蟹だった。
甲殻は鮮やかな紅色をしていて、暁の空のように大地を染め上げている。
大きな鋏を打ち鳴らし、波のように走り寄ってくる。
数の暴力もさることながら、その巨体はそれだけでも圧倒される迫力を持っていた。
「ええい構わん、掛かれぇぇい!」
平原を埋め尽くす蟹の群れ。
勇気あるプレイヤーの一団が駆け出すと、それに乗じてバリケード下に待機していた陣が動き出す。
そうして数秒後、両軍は勢いよく激突し開戦の火蓋は切られた。
Tips
◇敵性評価
地上前衛拠点スサノオの中枢コンピュータ、クサナギが周辺地域に生息する原生生物に与える危険度の指標。緑、青、黄、赤、黒の五段階で分類され、後者になるほど危険性と緊急性が高くなる。
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