第460話「黒将コウロク」
近海の北方は、唯一の港である〈ワダツミ〉から最も離れていることもあって、開拓もあまり進んでいない。
また、他の海域と比べて波が高く、荒れやすいというのも理由の一つに挙げられる。
輝月に乗って北の海へやって来た俺たちも、早速その洗礼を受けていた。
「うぎゃっ!」
「レティも居住区に入ってて良いんだぞ」
「いえいえ、ちゃんとケット・Cさんたちの戦いぶりを見届けたいので」
輝月の筐体に打ち付けた白い飛沫が降りかかり、レティは長い赤髪を濡らしながら言う。
揺れも激しく、甲板も濡れ、油断すると滑り落ちてしまいそうだが、彼女はしっかりと直立していた。
「にゃあ。とりあえずMk3の射線上に入らないように気をつけてね」
レティの隣で悠然と立つケット・Cが、輝月の頭上に陣取っている仲間の方を見て、レティに忠告する。
巨大な狙撃銃を抱えたMk3はできるだけ高い位置に、ということであそこに登っていた。
輝月は戦闘中も動き続けるのだが、それを伝えても平然とした声色で「大丈夫じゃ」と言われてしまった。
「レッジ、三番コンテナ開けてよ」
「はいよ。ちょっと待ってな」
子子子の要請を受けて、輝月の腹部にあるコンテナの一つを解放する。
中に収まっているのは、いくつもの檻とそこに入った原生生物たち。
それらは全て、子子子の仲間だ。
「今回はヒョウエンに頑張って貰おうかな」
カウガールのような装いの子子子はコンテナの中を歩き、一つの水槽の前までやってくる。
そこに居たのは、鰐のような顔とひょろりと長い首、四つのヒレ、長い尻尾を持つ首長竜のような外見の原生生物――トーピードサーペントのヒョウエンだ。
彼女は早速その丸い背中に鞍を乗せると、そこに跨がり、水槽から飛び出す。
「いくよ、ヒョウエン。――ヤァ!」
ぺたぺたとヒレを動かして歩くヒョウエンは、解放されたコンテナの扉から、遙か下方に広がる海へと飛び込む。
風にはためくテンガロンハットを抑えて、子子子は嬉しそうな悲鳴を上げて落ちていった。
「ケットはまだ出発しないのか?」
「にゃあ。ボクはどこかの騎士団長みたいに海上を走れるワケじゃないからねぇ。まあ、50メートルくらいなら行けるかも知れないけど。――まずは標的が見つかるのを待つよ」
三つ爪の双剣を腰に佩き、ケット・Cはヒゲを震わせて静観する。
荒れる海原を進む子子子とヒョウエンが、高い波に見え隠れしている。
彼女が斥候となって、今回の目標である“黒将のコウロク”を探しているのだ。
「見つかるのか?」
「にゃあ。コウロクは普段ずっと海底にいるけど、場所自体は決まってるからね。座標を合わせて刺激してやればすぐにでてくるにゃあ」
ケット・Cが飄々とした立ち姿で言う。
彼の視線の先で、海を進んでいた子子子が止まる。
どうやら、目的の座標に到着したようだ。
「ヒョウエン、真下に向かって『ハイドロブレス』!」
子子子の指示を受け、ヒョウエンが細長い首を海中に突っ込む。
数秒後、輝月からも見えるほど大きな衝撃が、子子子の真下で爆発した。
「ケット!」
「分かってるにゃぁ」
一目散に逃げる子子子。
それと同時にケット・Cが走り出す。
「出てきましたよっ!」
甲板のレティが叫ぶ。
ヒョウエンの強烈なブレスによって、海底で眠っていた将が目を覚ます。
深い海の底から現れたのは――
「その硬い甲羅、切り刻んでやるにゃぁ!」
巨大な黒亀だった。
「盗爪流、第三技、『衣裂き』ッ!」
空中へ飛び出したケット・Cが、巨大な岩のような甲羅に向かって落ちながら双剣を引き抜く。
三枚の爪を持つ、合計六枚刃の双剣が煌めき、ケット・Cは黒い尻尾を揺らした。
身を捻り、力を溜めて、放たれる。
鋭い斬撃の重なりが、堅固な甲羅に深い傷を付ける。
「どう考えてもアレ、剣で狩る相手じゃないよね」
輝月の背で観戦しているエイミーが、呆れながら言葉を零す。
“黒将のコウロク”は見ての通り分厚い防御を持つネームドエネミーだ。
正攻法なら遠距離からのアーツによる攻撃。
物理だとしても、レティのハンマーやエイミーの拳のような打撃属性が賢い選択であるはずだ。
「にゃははははっ! 脆い、脆いにゃあ!」
しかし、彼にはそんなものは些細な問題でしかない。
ケット・Cは切った瞬間に甲羅を蹴り、再び跳躍する。
彼の鋭い爪は、間違いなくその硬い甲羅を破っていた。
首を伸ばし、体を回してケット・Cを海に落とそうとするコウロクを、彼は機敏な動きで翻弄していく。
その合間にも鋭い斬撃を放ち、着実に傷を与えていった。
「にゃははははっ! ボクひとりでも倒せるかもにゃ!」
「わたしだって支援してるでしょ!」
子子子が跨がるヒョウエンは、少し離れたところからウォーターカッターのような鋭いブレスでアシストしている。
ケット・Cに喰らい付こうとした瞬間に横から邪魔が入り、子子子へ向かおうとするとケットが甲羅の隙間へ刃を突っ込む。
彼らは一方的な攻勢を展開していた。
「――ステンバイ」
「んにゃっ!」
突然、Mk3の声。
それを聞いたケット・Cが焦って周囲を見渡す。
「ケット!」
「助かったにゃあ」
そこへヒョウエンを駆る子子子が近づいてくる。
その背中にケット・Cが飛び乗った次の瞬間、耳を劈く爆音が海原に響き渡った。
「にゃああああっ! Mk3ちょっとやり過ぎじゃにゃい!? ボクがまだ居たんだけど!」
「子子子が来てたから行けると判断したまでじゃよ。事実、死んでおらんではないか」
「結果論じゃにゃーの!」
ヒョウエンの背中から、輝月の頭頂に寝そべって銃を構えるMk3に抗議の声を送るケット・C。
Mk3は意に介した様子もなく、黙々と拳ほどのサイズもある薬莢を排出し、次弾を装填する。
「誰もコウロクを見てませんね……」
「まあ、あの火力でぶち抜かれてるからねぇ」
呆れるレティに、ラクトが困ったように眉を八の字にして答える。
にゃいにゃいと叫ぶケット・Cの近くには、甲羅のど真ん中を大口径の砲弾で貫かれたコウロクが浮かんでいる。
あの傷はクリティカルで間違いないだろうし、“出血”どころか“大出血”の継続ダメージも受けているだろう。
正直、すでに勝負は結している。
「あの狙撃銃、良い火力してますねぇ」
「ゴーレムの腕力でも重そうだけどね。実際、Mk3はあそこから動けないみたいだし」
「そもそもこの距離で正確に狙撃できるのが化け物だと思うんだけど」
近海のネームドに致命傷を与えたMk3の仕事ぶりに、レティたちが口々に感想を漏らす。
特にレティは、スタイルこそ違えど同じ火力特化型であることにシンパシーを覚えたようで、感動すらしているようだ。
「もしかして、ケット・Cが先制攻撃した意味ってあんまり無かった?」
「いえ、『衣裂き』は一定時間対象の防御力を低下させるデバフを付与するみたいですから、一応必要だったと思いますよ」
レティたちが、一瞬で勝敗の決した戦いを分析している間に、ケット・Cと子子子が手早くコウロクに追撃を与える。
一応、コウロクもネームドの意地を見せようと動き回っていたが、背中から腹に掛けて弾丸が貫いているのもあって、瞬く間に片付けられてしまった。
「ま、二番目ならこんくらいの強さだにゃ」
特に苦労した様子もなく、ケット・Cがあっけらかんと言い切る。
オニシキを倒したことで、本来よりも少し強くはなっているのだろうが、トッププレイヤーである彼らに掛かればこんなものらしい。
猫型ライカンスロープの彼らは、輝月の甲板に戻ると、全身を震わせて水を振り落とした。
「さて、順当に行けば、次は東のネームドだが」
「“青将のダシャク”だにゃあ」
「次は誰が戦うの?」
ケット・Cたちによって、東の将の名前が判明する。
“青将のダシャク”は、子子子のペットであるヒョウエンと同じ首長竜型の原生生物のようだった。
「レッジさん、レティたちが出ても良いですか?」
うずうずとした様子でレティが申し出る。
エイミー、トーカ、ラクトも彼女の背後で頷いている。
“赤将”はすでにメルたち〈七人の賢者〉が抑えているし、ここで出るしかないという判断だろう。
「気をつけてな」
「はいっ!」
俺は輝月の操縦席から離れられないが、彼女たちなら大丈夫だろう。
そんな信頼を込めて頷くと、レティたちはぱっと目を輝かせた。
Tips
◇トーピードサーペント
〈剣魚の碧海〉に生息する、大きな顎と長い首が特徴的な原生生物。四本のヒレと長い尻尾を巧みに用いて、魚雷のような速さで水中を泳ぐことができる。
非常に獰猛で、動くものすべてに喰らい付くほど食欲旺盛。皮膚は分厚く、生半可な攻撃は通らない。
体内に強靱な筋肉に包まれた水袋を持っており、高圧によって吐き出されるブレスは、金属板すら貫くほどの威力を持つ。
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