第459話「進路はどちらへ」
ワダツミ近海西方のネームドエネミー、“白将のオニシキ”はアストラによって切り捨てられた。
あとの解体は他のプレイヤーに任せることにして、俺は一仕事終えてすっきりとした顔のアストラを迎えに行く。
輝月を近くまで向かわせると、アストラは海面を蹴って、神鹿の足に取り付けられた梯子へ取り付いた。
「ほんとに化け物じみた身体能力だな」
「レッジさんに褒められると嬉しいですね」
コックピットからスピーカー越しに声を掛けると、アストラは水しぶきに濡れた髪を払いながら答えた。
平然としているが、彼は先ほどまで海を走っていたのだ。
右足が沈む前に左足を出すという、伝統的と言えば伝統的な方法で。
「これで行動系スキルを持っていないって言うんだから、信じられないよ」
「〈カグツチ〉12機を並列思考で動かしながら会話してるレッジさんも似たようなところあると思いますよ。それに、俺だって現実ではここまで動けません」
「動けたら怖いよ……」
要は、どれだけ仮想現実内で意識の枷を解けるかという話なのだろう。
言ってしまえば、根本的なところはレティの大食いと同じだ。
彼女は現実では物理的には絶対に胃袋へ収まらないような量を、仮想現実内で食べることができる。
常人なら満腹中枢が働いて、現実と同じ容量以上の料理を受け付けなくなるが、彼女はそれを意図的に回避することができるのだ。
アストラがこれだけ動けるのもまた、普通なら無意識下で抑制している運動能力を全て発揮しているからに他ならない。
「とはいえ、海上をあれだけ走り回ると頭が疲れますね。少し休ませて貰っても?」
「ああ。居住区にあるお菓子と飲み物は自由にしてくれ」
「ありがとうございます」
アストラは軽く頭を下げると、全く疲労を感じさせない軽快な動きで、梯子を数段飛ばしで登っていく。
それをカメラで追いかけて、俺もまた少し頭を休めようかと目を瞬かせた。
『ハロー、レッジさん。今、お時間いいですか?』
目の間を揉んでいると、管理者から連絡が飛んでくる。
次は誰かと見てみると、ワダツミのようだった。
「大丈夫だ。何かあったか?」
彼女は〈剣魚の碧海〉と、その向こうに広がる海洋フィールド全般を統括している。
つまり、“オニシキ”を倒すと、ウェイドとワダツミの双方にポイントが入ることになっているわけだ。
そんな彼女から声が掛かると言うことは、つまりは海で何かあったということだろう。
『“白将のオニシキ”が討伐されたことで、他のネームドエネミーが活性化しています。メイビー、おそらく現地にいる調査開拓員では少々手に負えないでしょう。余裕があれば討伐をお願いします』
「そういう特性があったのか……。もしかして、将を倒せば倒すほど、残りの将が強くなる感じなのか?」
『イエス。ただ、四将を全て倒せば、一定期間安全が保たれます。その間に航路を設定し、他の調査開拓員が海を進めるようにこちらでプランを練ることができます』
つまり、今回の場合相対的に言えば、“オニシキ”は四天王の中でも最弱、というわけか。
そして、四天王全てを倒せば、俺たちの後に続く他のプレイヤーの活路を開く余裕が生まれる。
ネームドエネミーはボスに匹敵するほどの強さを持つ代わりにリポップ時間が長いのだ。
「それじゃあ、ぐるっと回りながらネームドを倒して回るよ」
『サンキュー! ありがとうございますっ!』
ワダツミの喜ぶ声を聞いて、知らず頬が緩む。
アストラはしばらく動けないとして、それでもまだまだ力強いメンバーが揃っている。
すぐに動き出しても大丈夫だろう。
俺は艦内放送で、居住区や輝月の背中にいる仲間へ声を掛ける。
「ワダツミからの要請だ。これより俺たちは近海に生息する他のネームドエネミーを討伐に向かう。ぶっちゃけ俺はほとんど情報を知らないから、南北どっちに向かえば良いか教えて欲しい」
近海の原生生物については、俺よりもメルやケット・Cたち攻略組の方がよほど詳しいだろう。
どうせ彼らに戦って貰うことになるのだから、進路も一緒に決めて貰った方が良い。
そんな俺の思惑を汲んでくれたのか、すぐに返答が返ってくる。
「それなら北方に行くにゃあ。“黒将のコウロク”は動きが鈍いから、ボクがサクッと片付けてあげるよ」
「よし、南方に向かおう。“赤将のシュウラ”は近接攻撃こそやっかいだけど、ワシらのアーツがあれば一方的に狩れるからね」
「にゃあ?」
「うん?」
ケット・Cとメルが同時に言って、同時に剣呑な声を出す。
カメラで二人の様子を見ることもしていないが、バチバチと睨み合っているのはよく分かる。
「さっきアストラが剣で倒したんだから、次はアーツの出番だろう?」
「にゃあ。その理論はよく分かんないね。距離的には“コウロク”の方が近いんだし、そっちから回った方がいいにゃぁ」
「距離はどうせ一周するんだから同じでしょ。アストラみたいに海を走れるわけでもないんだし、ひっこんでて良いんだよ?」
「機術師こそ今後のために触媒を節約してた方がいいんじゃないかにゃぁ? 特にキミは燃費が悪いんだし」
「あ?」
「にゃぁ?」
なんでこんなに雰囲気が悪くなってるんだ……。
俺はコックピットで頭を抱える。
どうやって二人を諫めようかと考えあぐねているうちに、レティが二人の仲裁に入ってくれた。
「まあまあ、二人とも。どうせどっちも討伐するんですし、出番はありますよ。後の方が強化されて難しくなるでしょうし、実力がある方が後回しにしてみては――」
「レティ、それはマズい」
ラクトが制止の声を掛けるが、時既に遅し。
ケット・Cとメルの二人が一斉にコックピットのモニターに通じるカメラの方を向く。
「やっぱり南は後回しでいいよ!」
「北は最後でも余裕だよ!」
再び頭を抱える。
攻略組の彼らに実力の話を出せば、こうなるだろうと思っていた。
今度はどちらを最後に持ってくるかで言い合う二人に、レティがあわあわとしている。
「ケット・C、メル、ジャンケンしてくれ」
結局、公正なゲームで決を取る。
どうせ、どっちになっても二人の実力があれば余裕なのだから、結局変わらないのだ。
「じゃんけん」
「ぽいっ!」
「にゃああああっ!」
「はーはっはっはっはっ!」
そんなわけで、輝月は北海を目指すこと目指すことになった。
ケット・CとMk3、子子子のBBC組が装備を整える。
ケット・Cと子子子はともかく、Mk3の戦っている姿は見たことがないな、とコックピットで輝月を操作しながら気付く。
自由奔放なBBCメンバーの中では珍しく、何かイベントごとがあるとこうしてケット・Cと共にやってくる、三毛柄の猫型ライカンスロープだ。
とはいえ、銀翼の団のアッシュのようにボロボロのコートを纏っていて、顔もあまり定かではない。
「なあ、ケット。Mk3はどういうビルドのプレイヤーなんだ?」
「にゃあ? 本人に聞けばいいじゃないの」
「いやぁ、話したことがなくて」
あはは、と笑って言うと、ケット・Cは呆れた様子でヒゲを撫でる。
Mk3は寡黙な性格らしく、ほとんど話しているところを見たことがない。
ずっとケット・Cの側に付き添っていて、まるで彼の影のような印象を持っていた。
「――儂は〈銃士〉じゃよ」
ケット・Cの隣から、老人のような口調で言葉が返ってくる。
驚いたのは、その声が口調に反して鈴の音のように透き通った少女のものだったからだ。
「ケット、Mk3って――」
「にゃあ。女の子だよ」
「そうかぁ」
声帯もスキンのように好きなものへ変えられるが、現実と大きく乖離したものにすると違和感を覚えることも多く、大半のプレイヤーは大きく変化させることはない。
とはいえ、それこそケットやメルのように、若干のロールプレイをすることも多いし、Mk3の口調もそれと同じなのだろう。
「〈銃士〉ってことは、ルナと同じ感じか。二丁拳銃の〈格闘〉スキルミックスだったり?」
少し冗談も交えて聞いてみると、フードの下から飛び出したヒゲが少し震える。
そうして、彼女はおもむろに腰の天叢雲剣を武器の形状へと展開させた。
「儂の武器は――」
彼女の手の中で、銀色の棒が膨張する。
艶のない黒色に変化して、細長い砲身が伸びる。
それはMk3の身長を越えても巨大化を続け、やがて銃口付近に大型のマズルブレーキが装着される。
砲身の中央に、二本足の支えがある。
「特大型対物狙撃銃。“喰らう大蛇の顎砲”じゃ」
巨大で重量のありそうな、長身の狙撃銃。
持ち運ぶだけでも苦労しそうなそれを、小柄なライカンスロープの彼女は難なく肩に乗せている。
「にゃぁ。Mk3の十八番はこのバカみたいな狙撃銃を使った、後方からの超火力超破壊力の一方的な虐殺なのにゃ。BBCの中でも生粋のバーサーカーなんだよ」
自慢げに尻尾を揺らすケット・Cに、Mk3は不満げにヒゲを震わせる。
「儂は臆病なんじゃよ。だから、一方的に、安全に、殺られる前に殺るんじゃ」
「その銃に付いてるキルマークを見れば、誰も信じないと思うにゃあ」
ケット・Cは自分より少し小さな仲間と、彼女の巨大な銃を見て、肩を竦めた。
Tips
◇機械声帯
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