第454話「宴の始まる日」
俺が企画した開拓者企画〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉は、〈スサノオ〉のイベントスペースに作られたステージから始まった。
〈ダマスカス組合〉に依頼した半円形のステージは、周囲にずらりと並べられた観客席も含めて、仮設のものとは思えないほど立派なものだ。
これを三日で作り上げてくれたスパナたち建築課には、足を向けて寝られない。
「しかし、ずいぶん集まってくれたな」
「そりゃあまあ、そうでしょうとも。配信カメラもブンブン飛んでますし、実際の動員数はめちゃくちゃ多いと思いますよ」
ステージの袖からちらりと客席の方を見る。
職種も所属も無関係に、無数のプレイヤーたちが来場してくれている。
中には、銀の鎧を着ている青年や、ネコ耳をピコピコと動かす青年、緋色のローブを着ている少女など、見知った顔もあった。
客席の上空を飛んでいる球形の金属機械は、配信サイトと接続した撮影用ドローンだ。
「スレッドも沸いてるね。流れが速くて全然読めないよ」
「マジか。凄いなぁ」
「他人事みたいですねぇ」
トーカが眉を下げるが、実際あまり現実味がない。
俺は企画と告知と準備をしただけで、彼らが待ちわびているのは、俺ではなく管理者たちだ。
「ウェイドたちは準備できたか?」
『ま、待って下さい。まだ少し……』
裏にある鏡の前で、ウェイドが慌てている。
さっきからリボンの位置が気に入らないようで、何度も微調整しているが、正直違いが分からない。
『ああもう! じれったいなぁ。んなもん、動いてたらズレるし気にするんじゃねえよ』
『にゅわああっ!? なにをするんですかサカオ! カミルに整えて貰ったヘアセットが崩れてしまうじゃないですか』
『この程度でほどけるか、馬鹿!』
とっくの昔に衣装も整えたサカオが、いつまでも鏡の前から動かないウェイドの頬を両手で挟む。
『せやせや。ウェイドもちゃんと可愛えよ』
『イエース! ま、ワタクシの方が可愛いですが!』
『全員同じ顔じゃねェか。何にも変わんねぇよ』
『皆さん、おむすび作ってきたんで食べませんか?』
『本番前に食べたら吐きますよ!?』
うん、わちゃわちゃとしている。
管理者たちは衣装をいつものワンピースから変えて、髪型もそれぞれカミルにアレンジして貰っているが、中身は変わっていない。
小柄なのも相まって、まるで幼稚園か小学校の低学年くらいの教室みたいだ。
『あぅ。レッジ……』
可愛らしく騒ぐ管理者たちを見ていると、不意に服の裾を引かれる。
視線を下げると、緊張に顔を強張らせたスサノオが立っていた。
「どうした、スサノオ」
『あぅ。スゥ、変じゃない?』
スサノオは身を捩り、ひらひらとした衣装を確認しながら言う。
彼女の黒髪はそのままが一番可愛い、というカミル先生の意見を受けて、スサノオは服装だけを変えている。
他の管理者たちともお揃いの、パニエでふんわりと膨らんだミニスカートだ。
プリーツは白と青のカラーリングで、全体的なシルエットとしても、カミルのエンジェル☆メイドとよく似ている。
製作者はネヴァではなく、〈シルキー縫製工房〉の泡花だ。
「ちゃんと似合ってるさ。可愛いぞ」
『そう? えへへ、うれし』
艶のあるさらさらとした黒髪をぽんぽんと撫でると、彼女は口元を綻ばせる。
緊張は氷解したようで、軽い足取りでウェイドたちの方へ向かった。
「やっぱりレッジさん、ああいう子が好みですか」
「何の話だ?」
後ろからぬっと現れたレティの低い声に驚く。
「レッジ、そろそろ時間だぜ」
「分かった。じゃあ配置に着かせるよ」
舞台管理をしているクロウリが、操作室から顔を出して声を掛けてくる。
時計を見れば、もうすぐ予定の時間が差し迫っていた。
「ウェイド、時間切れだ。配置に着いてくれ」
『そんなっ!? ま、まだここが――』
「ちゃんと可愛いから安心しろ。ていうか、元から可愛いんだから、そんなに不安になる必要ないだろ」
『そ、そういう話では』
もごもごと口を動かすウェイドを、他の管理者たちに目配せして引きずっていって貰う。
ずっと任せていたら、それこそ鏡の前から動かないまま日が暮れる。
「レッジさん、もう始めちゃっていいッスか?」
控えていた、ピエロのような仮装をした青年がやってくる。
彼はMCの為に雇った、イベント管理系バンド〈菜の花会〉のメンバーだ。
彼以外にも、黄色いシャツを着たメンバーが、会場の人員誘導などを受け持ってくれている。
「そうだな――。うん、よろしくお願いします」
ゴーサインを出すと、派手な格好の青年はきっちりとしたお辞儀を返し、早速スポットライトの降り注ぐ舞台の真ん中へと飛び出した。
「レディィィィィィッス! エン、ジェントルムェェエエエエエン!」
マイクを介して、会場各所に設置された大型スピーカーから大音量の声が響き渡る。
音響専門機械系バンド〈音遊〉の、最新式イベント用設備だ。
今回、少しでも経費を節約するため、新商品のデモ展示も兼ねて使わせて貰っている。
「お待たせしました皆さん! いよいよ始まりますはあの! 〈白鹿庵〉が誇る、みんなのおっさん、レッジさんの初企画大、大々大イベント! その名も〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉ッ! みんなっ! 概要は知ってるかぁぁあああい!」
ピエロがマイクを客席に向ける。
歓声が弾け、それをスピーカーが増幅する。
耳を劈くような爆音が、スタートダッシュを華麗に決めた。
「おーけーぃ。みんなもう大体は知ってるな。じゃあ、オレからの説明はナシだっ! みんなもう待ち堪えるのも限界だろ? 知ってるんだぜベイベー!」
舞台裏での好青年といった印象は消え、清々しいほどハイテンションのMCっぷりだ。
客席もそれに応え、呼びかけるたびに声が返ってくる。
「今回のイベントはユーザーイベントだが、そんじょそこらのミニイベとはワケが違う、規模が違う、世界が違う! 今回の主役はおっさんじゃねぇ。各都市の頂点から俺たちを見守る可愛らしい管理者の皆さん、だぁぁあああっ!」
スポットライトが踊る。
ゴーサインを出すと。左右の舞台袖に分かれていた管理者たちが走り出す。
「落ち着いて、気楽にな」
『分かってますっ』
体が強張っているウェイドの背中をぽんと押す。
彼女は強がりか、そんな言葉を言い捨てて、先に飛び出したスサノオの背中を追った。
「うぉおおおおおっ!」
「サカオちゃーーーん!」
「俺だぁぁぁああ! 結婚してくれぇ!」
「私に手振ってくれたぁ!?」
「ぜったい今視線合ったって!」
彼女たちが現れた瞬間、さっきよりも何倍も大きな歓声が爆発する。
スピーカーの音が割れ、甲高い音が会場に鳴り響く。
熱気が膨れ上がり、立ち上がって涙を流す者もいた。
「登場した瞬間にこれですか……。流石ですね」
「七人全員が一堂に会したのはこれが初めてだもんね。事前に宣伝もされてたし、期待値も上がってたんでしょ」
「衣装もいつもとは違う特別製ですからね。かわいさに磨きが掛かっています」
舞台に立ち、客席に向かって笑顔で手を振る管理者たち。
ウェイドも一度表に出てしまえば吹っ切れたのか、可愛らしく飛び跳ねている。
そんな彼女たちを、俺たちは舞台袖から腕を組んでプロデューサーのような顔で見守っていた。
「それでは管理者を代表して、ここ地上前衛拠点シード01-スサノオの管理者であるスサノオさんにマイクを渡したいと思います。皆さん、ご静聴をお願いしますっ!」
ピエロがスサノオにマイクを渡す。
事前の打ち合わせでは、一番管理者実体としての経験が長いウェイドが推されていたのだが、管理者それ自身の歴が長い長女のスサノオが選ばれた。
彼女はマイクを受け取ると、少し緊張した面持ちで客席を見渡す。
客席側も、彼女の言葉を僅かでも聞き漏らさないように、水を打ったように静まりかえっていた。
『――あぅ』
スサノオの声が漏れる。
その可愛らしい音に、叫び出しそうになったプレイヤーを、瞬時に周囲の者が押さえ込んでいた。
訓練がされすぎている……。
『あぅ。えと、皆さん、はじめまして。スゥの名前は、スサノオです』
あまりのエモの供給過多に、胸を抑える者が続出する。
ざわつく客席に、スサノオが困惑した様子で俺の方を見るが、構わずいけとサインを返す。
『あぅ。その、このたびはお集まり頂き、ありがとうございます。今日から始まる〈大規模開拓侵攻;万夜の宴〉は、スゥたち管理者の、姿と人格、えと、存在し続けるための作戦です。
スゥたち管理者が頑張って、皆さん調査開拓員に協力してもらって、領域拡張プロトコルを、いっぱい進めます。
そしたら、開拓司令船アマテラスの〈タカマガハラ〉も、スゥたちの存在を認めてくれると思います。
ワガママなお願いですが、助けて頂けると、すごくうれしいです』
事前の原稿は用意していない。
彼女が考えた、彼女自身の言葉だ。
だからこそ、そのスピーチは人々の胸に深く突き刺さる。
「ぎょうりょぐじないわげないだろっ!」
「そうだ! 俺まだスサノオちゃん全然推せてないんだぞ!」
「タカマガハラにカチコミに行ってもいいくらいだっ!」
客席から声が返ってくる。
それを聞いて、スサノオはぱっと花が咲いたような笑みを浮かべた。
『あぅ。スゥたちにできるお礼は少ないけど、管理者として、しっかり皆を案内します。それに、皆をお歌とダンスで応援します』
『――まずはこの決起集会の場で一曲。今回の作戦の成功を願って』
『楽曲は、音楽家バンド〈ノーツフォレスト〉から提供してもらったぜ』
ウェイドたちが言葉を引き継いでいく。
舞台背後の幕が上がり、そこに控えていた演奏家たちが準備を始める。
色とりどりのライトが点灯し、舞台は一気に華やかになる。
音楽が奏でられ、彼女たちは腕を振る。
会場は湧き上がり、歓声が空に響き渡る。
軽快なメロディーと共に、万夜の宴が始まった。
Tips
◇大型音声拡大装置〈ヤマビコ〉Ver.24
オーディオ機器専門バンド〈音遊〉が開発した、大規模な野外音楽フェスでの使用を想定した大型スピーカー。電気駆動台車に搭載されており、仮設ステージでの設置、展開、撤収もお手軽に行えます。
豊富なアクセスポートを用意しているため、〈音遊〉の関連製品だけでなく、他バンドの音楽機器との接続もスムーズで安定しています。〈音遊〉オリジナルチューニングのリアルかつクリアな音質を保証するサウンドイコライザーを搭載し、超高音から超重低音まで幅広い音域をカバーしています。
最大出力の音声は衝撃波、超音波の広範囲攻撃装置としても使用できます。(※対エネミー兵器として使用する場合は〈操縦〉スキルレベル75以上が必要です)
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