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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第10章【万夜の宴】

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第450話「脳筋団長」

 洞窟の天井、鍾乳石の影からバラバラと落ちてくる“バレットバット”の大群。

 彼らは鋭利な翼をはためかせ、先鋭形の頭をこちらに向けて、トップスピードで飛来する。


「たん、たん、たん」


 無数の蝙蝠を迎え撃つのは、エイミーただ一人。

 誰がどう見ても状況は圧倒的に不利で、彼女が為す術無くやられてしまう未来を容易に想起する。

 しかし、本人は口元に余裕の笑みを湛え、一定のリズムを刻みながら、黒く頑強な盾拳を構えた。


「たん、たん。――『燦めく灼(グリッター・ヒート・)熱の小盾(スモールシールド)』」


 そうして、軽く拳を突き出す。

 その先に薄く小さな、赤みを帯びた障壁が展開される。

 それは完璧なタイミングで蝙蝠の頭突きを受け止め、爆発する。


「うわっ!?」


 炸裂する閃光が、洞窟内に満ちる闇を一瞬だけ払う。

 暗闇に適応し、巨大化した蝙蝠の眼球は、その光の奔流をもろに受け止め、視界を麻痺させる。

 バラバラと墜ちていく蝙蝠の大群に、エイミーが走り出す。


「――『硬壁(ハードウォール)』」


 彼女の声に従い、地面から黒い長方形の壁が迫り出す。

 エイミーはその縁に足を掛け、空中へ飛び出した。


「『爆裂する輪転の三重障壁』」


 空中でアーツが放たれる。

 エイミーを中心にした、三重のリングが水平に広がっていく。

 それは蝙蝠に触れると爆発し、その炎で焼いていく。

 驚くことに、ゆっくりと広がっていくリングと、偶然そこにいた蝙蝠が接触するタイミングは完璧で、立て続けにジャストガードの激しいエフェクトが発生していた。


「『ヒールキック』」


 リングの障壁を掻い潜り、エイミーに向かって突貫してきた蝙蝠がいた。

 彼女はそれすら分かっていたように、力を込めて蹴り落とす。

 巨大な蝙蝠は墜落し、エイミーはその反動を利用して空を駆ける。


「飛行能力なんてあったかねぇ」


 空を駆け、次々と蝙蝠を蹴り落とし殴り落としていくエイミーを、俺は呆気に取られて見上げる。

 〈飛行〉などというスキルはなかったはずだが、翼のない彼女は、翼を持つ蝙蝠たちよりも機敏な動きで空中を舞っていた。


 殴り、蹴り、時には障壁を展開し、全身を駆使して自由自在に戦うエイミーは、まるで踊っているようだ。

 空中戦の繰り広げられている直下では、蝙蝠の骸が雨のように降ってくる。

 やることもない俺は、“身削ぎのナイフ”でサクサクと解体しながら観戦していた。


「『崩拳』! 『弾む(バウンド・)障壁(バリア)』! ――『ストームラッシュ』ッ!」


 ぽよん、と弾む障壁をトランポリンのように使い、エイミーは更に高さを稼ぐ。

 蝙蝠たちが密集する群れの真ん中に突っ込んだ彼女は、そこで体を回転させた。

 氷上で踊るスケーターのように、足を高く上げて高速で回転する。

 風を捉え、嵐を纏い、一気に蝙蝠の群れを蹴散らした



「おお、ほんとに群れを一人で蹴散らしたな……」


 文字通り無数の“バレットバット”の群れを蹴落としていったエイミーに、思わず感嘆の声が漏れる。

 エイミーは良い笑顔を浮かべ、残り少なくなった蝙蝠たちを倒していた。


「レッジ!」

「どうした?」


 空中を駆けるエイミーが声を上げる。

 解体作業に戻っていた俺が顔を向けると、エイミーがこちらへ落ちてきていた。


「ごめん、LP無くなっちゃったから避けて」

「は?」


 エイミーが落ちてくる。

 彼女はタイプ-ゴーレムだ。

 こう言うと殴られるかも知れないが、事実としてデカくて重い。

 明け透けに言えば超重量の金属の塊が落ちてくるのだ。


「避けてっ!」

「うわわあああっ!?」


 突然の事に足が竦む。

 何をとち狂ったか、俺はナイフをしまい、彼女に向かって両腕を広げていた。


「きゃっ!」

「ぐげっ……」


 直後、全身にのし掛かる重量に、腰と肩と肘がゴキリと嫌な音を立てる。

 固い地面に足が少し沈み、人工筋繊維の一部が断裂した気配を感じる。


「ちょっ、レッジ!? 大丈夫なの?」

「だ、大丈夫、だ……」


 しかし、気合いと意地で、倒れ込みそうになる体を支える。

 歯を食いしばり、なんとかその衝撃を受け止めた。

 ひとまず安心して目を開くと、至近距離にエイミーの空色の瞳があった。


「そ、その、降ろして貰えると」

「そうだな。うん」


 エイミーの足と背中を支えていた手をゆっくりと下げる。

 無事に地面へと戻ってきた彼女は、ぱたぱたと服の裾をはたいて、小さく咳払いした。


「ありがと。その、重かったでしょ」

「いや、まあ。でも案外なんとかなったな」

「……そこは嘘でも軽かったって言って欲しいんだけど」


 むっと不満そうに唇を突き出すエイミー。

 しかしタイプ-ゴーレムが重いのは事実であって――


「あれ、レッジさんじゃないですか」


 その時、洞窟の奥から聞き覚えのある爽やかな声が響く。

 エイミーと共に振り返ってみれば、そこには揃いの銀鎧を纏う軍団を従え騎士団長が、白い歯を輝かせてこちらに手を振っている。


「アストラじゃないか。……ずいぶんと満身創痍だな」


 笑顔こそいつもと変わらず曇り一つない生気に満ちたものだが、彼の鎧は傷と泥にまみれている。

 彼だけではない。

 隣に立つアイの戦旗もボロボロだし、幹部である〈銀翼の団〉の面々も薄汚れている。

 恐らく精鋭の第一戦闘隊であろう騎士団員たちも、這々の体だ。


「〈アマツマラ深層洞窟・上層〉のボスが突破できたので、そのまま中層を探索していたんです。流石に一日ずっと探索を続けていると、物資も気力も底を突いてきて、最悪全滅するところでしたよ」

「騎士団もずいぶん無茶な事をやるなぁ」


 カラカラと笑うアストラに、呆れて眉を上げる。

 坑道や霧森といった既知のフィールドでも、十分に準備をして、その上で最長でも三時間程度出掛ければ疲れるというのに、攻略最前線のフィールドで長期滞在とは、正直にいって正気の沙汰ではない。

 並のプレイヤーならすぐに死に戻るだろうが、それでも生還できているのは単に騎士団の技量の高さ故だろう。


「そんなこと言って、レッジさんなら余裕でしょう?」

「買い被りすぎだよ。俺なんて木っ端みたいなもんだ」


 確かにテントを建てれば一日と言わず一週間くらい籠もれるかも知れないが、テントから出れば一瞬で死ぬ。

 俺は亀であってウサギではないのだ。


「深層洞窟の最下層にいた守護者は倒せたのにね。やっぱり厳しいのかしら」


 エイミーの問いに、アストラとアイが同時に頷いた。


「相対的レベル補正がかなり効いていますね。人数を増やせば増やすほど、各人が強くなればなるほど、原生生物の能力も上がります」

「いっそのこと、〈銀翼の団〉の方々だけで行った方が早いのでは? って思ってしまいますよ」


 アイの意見は少なからず団員同士で共有されているようで、背後で地面に座り込んでいた騎士たちが頭を揺らしていた。

 俺は手早く“鱗雲”を建て、コーヒーや紅茶を淹れて、一仕事終えた騎士団に振る舞った。


「ありがとうございます」

「〈ホムスビ〉まで距離もあるからな。ここであったのも何かの縁だし、ゆっくり休んでくれ」


 アセットの椅子を取り出し、アストラたちに勧める。

 ついでにエイミーも座らせ、俺は残っていた蝙蝠の解体に向かう。


「レッジさんとエイミーさんは、何を?」


 レモンスカッシュで喉を潤し、アストラが問い掛ける。


「洞窟の予習だそうだ」

「予習?」


 ピンとこなかったようで、アイが首を傾げる。

 エイミーが説明すると、彼女は唖然とした顔で周囲に散らばる蝙蝠を見渡した。


「これ、全部エイミーさんが?」

「そうなるわね」

「機術師並の殲滅力ですね……」

「各個撃破を繰り返してるだけだから、時間は掛かるわよ。今回はあくまで原生生物の行動パターンを覚えるために来ただけだし」

「エイミーさんも〈白鹿庵〉なんですねぇ」


 アイが驚嘆してエイミーを見上げる。

 当の本人は照れた様子で、頬を掻いていた。


「〈白鹿庵〉は別に、超人の見本市じゃないんだぞ」

「超人その一が言わないで下さいよ」


 思わず突っ込むと、すぐさま反論が返される。

 確かにレティもラクトもエイミーも、トーカもミカゲも、なんならカミルも優秀だが。


「そうだ、アストラ。上層のボスはどんなヤツだった?」


 エイミーがここで予習していたように、俺たちも近いうちに洞窟を攻略するべく動くことになるだろう。

 その時の参考にしようと、アストラに質問を投げる。


「すぐに騎士団の報告書として纏めますし、wikiにも書きますよ?」

「アストラの肌感覚が知りたい」

「そうですか。……まず、名前は〈庫番のコシュア=ヤグーラグ〉と言いました」


 その言葉に、俺とエイミーは驚いて顔を上げる。

 アストラたちは言わんとしていることを察したようで、頷いた。


「コシュア姓――しっかりと白神獣でした」


 彼の説明によると〈アマツマラ深層洞窟・上層〉のボスは、白い鱗を持つ八つ目の大蛇で、名前を〈庫番のコシュア=ヤグーラグ〉と言うらしい。

 その大きさは、俺たちプレイヤーの背丈を軽く越え、長さも全容を掴みきれない程だとか。


「洞窟の奥に、上層と中層を隔てる門があります。最下層にあったものよりは少し小さいですが、デザインは殆ど同じですね。ヤグーラグはそれを守るように、とぐろを巻いて待ち構えていました」

「なるほど。庫番というのはそういうことか」


 アストラは頷く。


「なにせ八つも目があるので、死角がありません。蛇らしく熱源感知もできるようで、隠蔽系もあまり効果がありませんでした」

「厄介だな」

「ええ。なので、一斉攻撃でゴリ押しました」


 あっけらかんと言い放つアストラ。

 騎士団精鋭の一斉攻撃となれば、その規模も威力も色々と桁違いだろう。

 きっと怪獣大戦争のような混沌の様相を呈していたであろうその現場を、少し見たくなった。


「私はちゃんと、一度退いて、対策を立ててから行くべきと進言したんですよ」


 誤解しないように、とアイが言う。

 彼女はミルクココアを飲んでいて、口の周りに白いヒゲを付けているが、面白いので黙っておく。


「ゴリ押しで行けそうだったから。もし、無理だと思ったら、俺も大人しく退いてたよ」

「団長、そう言って退いたこと殆どないじゃないですか」


 唇を尖らせ苦言を寄せるアイに、アストラは涼やかな笑みで受け流す。

 彼もまともそうな顔をしているが、実はしっかりと脳筋なのだ。

 そうでなければ、最大手攻略バンドの長を務めることもできないのかも知れないが。


「アストラが撤退の判断をする時って、どんな時なんだ?」


 興味本位で尋ねてみると、アストラはきょとんとして思案顔になる。

 どうやら、そのような状況を考えたことがなかったらしい。


「そうですね。……見つかった瞬間、剣を抜く暇もなく極大の熱線とかで蒸発させられた時とかでしょうか」

「それはもう撤退云々の次元じゃないだろ」


 想定している地獄が、正真正銘の地獄すぎる。

 あっはっは、と軽快に笑う騎士団長を、後方の団員たちが疲れた表情で見ている。

 彼らの気持ちがほんの少し、俺にも理解できた気がした。


Tips

◇バレットバット

 翼幅が3メートルを越える、大型の蝙蝠。強靱な筋肉と翼によって、素早く飛行することが可能で、硬く先鋭形に発達した頭部による弾丸のような頭突きで攻撃する。

 洞窟の環境に適応して、目は大きく発達し、聴覚と嗅覚も鋭い。大規模な群れを形成し、獲物を見つけると、それが自身より大きな個体でも、群れの力で倒し、捕食する。


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― 新着の感想 ―
[一言] VRのMMORPGがある時代だから VRの音ゲーとかダンスゲーあるだろうけど エイミーさんそういうのやらせたら フルコン達成あっという間にできそうよね
[一言] その状況は撤退すら出来ないよ… レッジ「他には撤退する気になるのはあるか?」 アストラ「カグツチの腕が吹っ飛んだ時かな?」 レッジ「カグツチ使うの?」 アストラ「他の所と合同する時がたまに……
[一言] >暗闇に適応し、巨大化した蝙蝠の眼球は、その光の奔流をもろに受け止め、視界を麻痺させる。 視覚を発達させたコウモリ…だと…? なにその変種
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