第292話「遊ぶ人々」
連絡を取った建築系バンド〈鎹組〉のリーダー、黒墨は体格の良いゴーレムの男性だった。
黒い厚手の作業用ズボンに青い法被を羽織り、頭にはねじり鉢巻きと、如何にも職人といった風貌である。
すぐにでも会えるという彼は俺たちのいる〈新天地〉の個室まで出向いてくれて、今は熱い緑茶をごくごくと飲み乾したところだった。
「すまねぇな、馳走になった」
「いや。わざわざ来てくれてこちらの方が助かったさ」
イソヲの時と同じく、彼にも敬語は拒否された為砕けた言葉で言う。
黒墨はぐるりと周囲を見渡して眉間に深い皺を刻んだ。
「しかし、依頼文にゃぁメイドロイド含めて七人の別荘って書いてなかったか?」
彼の視線の先には、ウェイドとワダツミの姿があった。
彼女たちを入れるとこの部屋には九人がいることになる。
「あの二人は計算に入れなくて良い。まあ、ちょっと事情があってな」
「噂になってる謎のべっぴんだろ? 俺も深くは聞かねぇが……」
「噂になってるのか……」
特定のプレイヤーと行動を共にするNPCの存在は稀だ。
それが彼女たちのように可愛らしい少女とあらば、余計に人の目を引くのだろう。
早く俺たち以外のプレイヤーの前にも出て行ってもらいたいところだ。
「そんなのはどうでもいいや。さっさと本題に入ろう」
「あ、ああ。じゃあ、これが事前に出した要望を纏めたものなんだが」
黒墨はすぐにウェイドたちから視線を外し、俺の方へ戻す。
彼に向けて纏めておいた要望を提出すると早速検証が始まった。
「ふん。無理難題も無さそうだな。これなら俺たちに任せて貰って構わねぇぜ」
「そうか。えっと費用はどれくらいだ?」
「そうさな、ざっと500kもあれば釣りが出せるはずだ」
「500kか……」
白鹿庵の共有口座だけでは足りないが、払おうと思えば払える金額だ。
他の面々も特に驚いていないところを見るに相場からそう逸脱しているわけでもないのだろう。
「あの、素材はどの程度負担すればいいですか?」
その時、レティが口を開く。
プレイヤーによる建築は、NPCのショップで建物を購入するのとは違って素材を必要とする。
先ほど黒墨が提示した金額は、あくまで建築の費用だけだ。
「大体の木材はこっちの在庫で何とかなる。ただ、いくつか各自で用意してもらいたいモンもあるな」
床や壁になる木材などは必要となる量も膨大なため、事前に〈鎹組〉がある程度ストックしているものを使うようだ。
ただし共有ストレージなどのアセットを作るための材料や、特殊な建材など向こうが持っていない素材は俺たちが集めなければならない。
「細けぇことは図面起こしてからになるがな。集めて貰いたいモンは話が決まってからだ」
今回、黒墨がここまでやってきたのは、俺たちの注文が受注できるかの確認のためだ。
彼が提示したおおよその見積もり額に対し俺たちも納得したし、ひとまず〈鎹組〉に依頼することで決定する。
「そんじゃあ一週間以内に図面起こしてレッジに送る。それを確認して、修正するところがあれば言ってくれ。細かい箇所なら何回でも良いが、間取りを変えるようなレベルは三回までだ。
図面が確定した段階で修正はできなくなるから気をつけてくれよ」
「ああ。よろしく頼むよ」
俺の纏めた要望書を持ち〈新天地〉を出る黒墨。
慌ただしいがきっちり押さえるべき所は押さえている様子は経験の深さが窺える。
「なんだか一瞬で決まってしまいましたね」
黒墨が出て行った後、レティが椅子に深く腰掛けて言う。
たしかにあれよあれよという間に話が決まってしまった。
「一週間後が楽しみですね」
「ウェイドの白鹿庵は元々あった建物を買ったものね。一から考えて作って貰うのはやっぱり楽しいわ」
トーカやエイミーなどは早速わくわくと胸躍らせているようで、どんな家具を置こうかとwikiのデータベースを眺めている。
彼女たちの様子を、ワダツミとウェイドは興味深げな眼差しで見つめていた。
「どうした?」
手持ち無沙汰になった俺は二人の側に行き、話しかける。
『計画段階で随分と楽しそうな顔をするな、と』
至極不思議そうな顔でウェイドが言う。
隣のワダツミも同じような考えらしい。
「誰だって自分の城が手に入ると嬉しいもんさ。どこに何を置けば快適か、なんて考えてる時間が一番楽しいまであるな」
「ですねぇ。何事も計画段階が楽しいものです」
『そうですか。……私たちの行動方針は領域拡張プロトコルに沿っているものです。多少のイレギュラーや修正はあれど、基本的には予想の範囲内を外れません』
それはつまり、意外性が無いということだろうか。
全ては規定されたレールの上を進むような。
少し想像してみて、確かにあまり面白くないかも知れないと思う。
『フム。ワタクシが別荘地区を策定したのは、ガレージシステムが多くの調査開拓員のメンタルデータに良性の影響を与えたからです。
しかし、原因と結果については知覚していますが、その過程については不明瞭なままです』
「皆が喜ぶから別荘作ったけど、皆がなんでそれで喜ぶのか分からないってこと?」
『イエス。ワタクシたち〈クサナギ〉と貴女方調査開拓人形の基幹思考論理は異なっているため、恐らく理解可能領域外なのでしょう』
ワダツミの言葉にラクトは腕を組んで唸る。
「うーん。別荘が持てて嬉しいっていうよりは、別荘っていう“遊び”が広がるのが嬉しいのかもね」
『ムゥ。違いが良く分かりません』
「確かに別荘機能は便利だけど、別になくても良いものなんだよ。バンドに入ってない人だって沢山居るし、バンドに入っててもガレージは持ってないって人も居るからね。
バンドに入って、ガレージを持つ人が求めてるのは、普段とは違う“遊び”なんだと思うよ。自由に内装をレイアウトして、仲間と一緒に楽しく賑やかに過ごす、開拓活動から離れた時間が好きなんだよ」
『フゥム……?』
ラクトの語りに俺たちが頷くのとは対照的に、ウェイドとワダツミは首を傾げる。
「要は余暇だよ。ワダツミたちが今ここに居るのも、本来の業務とは関係ない行為なんじゃないか」
『……確かにそうかもしれませんね。少し、分かったような気がします』
彼女たちの本業は、本体である都市を監視し管理し統括すること。
なのに彼女たちは仮想の人格を形成し、俺たちと同じような外見を獲得した。
そこに必要性は無いが、彼女たちは“そうしたいからそうした”のだ。
――根本的に言えば、ウェイドに限ればそうする必要があったのかも知れないが。
『確かに、この姿を得てレッジたちと交流を始めてから、私の思考プロセスにはいくつかの変化があります。
領域拡張プロトコルには記載されていない活動計画を検討し、情報資源管理保管庫に保存されていない生のデータに興味を示し、更には上位権限者である〈タカマガハラ〉の意志に反するような事すらしようとしています。
これらは全て……』
どこか不安げに俺を見上げるウェイド。
俺としては、優秀な思考回路と知性を持つ彼女がまだその結論に至っていないことに少し驚いているのだが。
「ああ。全部、ウェイドたちが“そうした方がおもしろい”と思ったからだろう。それが“遊び”なんだろうさ」
それは一見無意味にも映るのだろう。
重要性が低く、切り捨てても構わないもの。
しかしそんなものに強く惹かれるのには確かな理由がある。
『なるほど。“遊び”ですか。それがレッジたちの根源なのですね』
「根源……。まあ、そうなるのかもなぁ」
ゲームのNPCに改めて面と向かって言われると少し複雑だが、それが正しい。
俺たちプレイヤーの行動原理は、どこまで行っても“遊び”の追求の延長線だ。
『フム。なかなか興味深いですね。――レッジ、ワタクシもより深く“遊び”について理解する必要性があると予想します。そのため今後は更にワタクシと“遊び”について学習しましょう』
ずい、と身体を寄せてくるワダツミ。
管理者姉妹の末っ子だからか、彼女が一番好奇心旺盛な気がするな。
「ワダツミちゃん、今度レティたちと狩りに行きませんか? レッジさんだけだと経験値も増えないのでは?」
『フム? それもそうですね。先日の【地下トンネル美化計画】や【ワダツミ港湾地区保全計画】はあまり狩りらしい狩りでは無かったようですし』
レティの提案にワダツミはこくこくと頷く。
『それは私も興味がありますね。ぜひ同行したいです』
それに対してウェイドもまた興味を向ける。
二人とも都市の内側の事については全知全能かのような能力を誇るが、都市の外――俺たちがフィールドで行っている狩りなどについてはあまり詳しくないようだ。
「どうせこの後も時間余ってるし、このメンバーでどこか出掛けよっか」
「それなら私、少し行きたいところがあるのですが」
ラクトの提案にトーカが手を挙げる。
「アタシは留守番よ。どうせこの町の外には行けないし」
「ああ。よろしく頼む」
「仕事だから別に良いわよ」
カミルは椅子から降り、一足先に白鹿庵へと戻る。
皆が立ち上がったのを察して、うたた寝していた白月も顔を上げる。
「それじゃ、とりあえず店を出ましょ」
ぱちんと手を叩くエイミーの言葉で、俺たちはぞろぞろと〈新天地〉の外に出た。
Tips
◇情報最適化機能
機械人形に搭載されている基本的な機能の一つ。全身に無数のセンサー類を持ち、常に膨大な情報を集積している機械人形は長時間活動していると処理領域を逼迫しパフォーマンスが低下する。そのため定期的に収集した生のデータを圧縮格納効率の高い形式へと変換し、記憶領域に納める作業を行う。この情報最適化作業中は一時的に視覚などの主要なセンサー類が停止し、睡眠状態へと移行する。
Now Loading...




