第232話「あまい一時」
地上前衛拠点シード04-スサノオ、またの名をサカオ。
酷暑の〈毒蟲の砂漠〉を抜けた先にある落莫とした大荒野〈竜鳴の断崖〉を南下すると現れる、切り立った崖に造られた都市である。
瀑布に続く崖は同様にほぼ垂直で、シードはその横腹を殴るように投下された。
結果、町は崖を覆うように形成され、五つの都市の中で最も複雑怪奇な形状を広げた難解な町だ。
「あれですね、サカオ!」
実在の町の名前を捩った通称は、不思議なことにその特色をよく反映している。
砂漠の先にあるということで“貿易”をキーワードにしているのか、四つある地上前衛拠点スサノオの中でも物資保管機能に重きを置いている。
そのためベースラインを囲むユニークショップには他の町では販売されていないようなニッチな品がずらりと並び、物好きたちの財布と物欲を刺激する。
また、殺風景な荒野の崖から斜めに伸びた白銀の制御塔は、美麗な風景を求める写真家たちにも人気のフォトスポットとなっていた。
ちなみに塔を登ってそこから鉛球を落とそうとした変わり者も居たが、足を滑らせた結果身体を張って物理エンジンの機能を確認したという逸話もあったりなかったり。
「俺は店については詳しくないし、四人で決めてくれ」
町の門を潜りながらそう言うと、早速レティたちは分厚い雑誌のようなものを取り出して頭を突き合わせていた。
なんでも町のユニークショップを纏めた情報誌を発行しているバンドがあるらしく、そこに掲載されている飲食店はどれもレベルが高いのだとか。
「うーむ、賑やかな町だな」
サカオの町は、まるで町そのものが市場になったかのような賑やかさだ。
石造り風の建物の軒下には色とりどりの庇を突き出した露店が並び、広い大通りは機械牛や馬車が擦れるようにすれ違っている。
当然人々も空気に酔ったように声を上げ、それが更に町の陽気な雰囲気を高めていく。
「うん? どうした」
「うーん、ちょっと酔ったかも……」
元気よく歩みを進めるレティたちを追っていると、若干暗い顔をしたラクトが下がってくる。
どうやら人混みに酔ったらしい。
「フェアリーは体格も小さいし、圧迫感があるか」
「うん……」
しんなりしてしまったラクトにどうしたものかと考え込む。
――よし。
「ほら、ラクト」
「うえっ!? い、いいの?」
「まあ、ラクトくらいなら軽いしな」
戸惑うラクトを背中に乗せ、軽く揺する。
体格の小さなフェアリーなら、俺でも十分背負える。
少し強張っていた彼女も次第に脱力し、背中にぺったりと身体を預けてきた。
「レッジさん! あっちに美味しいスイーツのおみゃぁぁあああ!?」
ぱっと振り返ったレティが俺を見て物凄い悲鳴を上げる。
喧噪の中では目立つことも無かったが、突然悲鳴を上げられた俺は驚き思わずラクトを落としそうになる。
「れれ、レッジさんななな何をををを」
「また言語野がバグってるぞ。ラクトが人混みに酔ったみたいでな。こっちの方が楽かと思って」
「しもふりに乗せればいいじゃないですか!」
「いや、しもふりは〈機械操作〉が無いと乗れないだろ」
「普通に町を歩いてる程度なら余裕で乗れますよ! ほら、ラクトこっちのほうがいいですよ!」
ピンとウサミミを立てたレティはどこか焦った様子でラクトを俺の背中から引き剥がす。
そのまま借りてきた猫のように大人しいラクトはしもふりの背に移され、ぺたんと寝転がって荷物のように揺られ始めた。
「レッジさんもラクトも、そういうのはちゃんと考えてですね」
「なんでそんなに……。普通に負ぶっただけなんだが……」
「デリカシーを持って下さい!」
烈火の如く怒るレティの言葉に俺もはっとする。
確かにラクトも小さいとはいえ中身は(恐らく)成人女性だ。
少し軽率だったかもしれない。
「すまん。以後気をつける」
「そうしてください」
ふんふんと鼻息を荒くするレティに、俺は素直に頭を下げる。
顔を上げると、前に居たトーカとエイミーがどこか悲しそうな顔でレティを見ていた。
「それで、どこに店があるって?」
「こっちです。スサノオ町歩きでも星五つの名店ですよ!」
気を取り直してレティは当初の目的であるスイーツ店へと案内を始める。
人混みに揉まれながら大通りを進み、枝道へ逸れる。
まだまだ人混みが多い道を更に進み、更に何度か角を曲がった奥にひっそりと隠れるように佇む小さな店が目的地だった。
「カフェ・えぷろんどれす。種類豊富なパフェがウリのお店ですよ」
瀟洒な店構えの建物を指し示し、レティが言う。
なるほど彼女が言うだけあって店の前には随分な人だかりが出来ている。
「人気店すぎてユニークショップなのに内部でゾーン分割が行われているんですよ。人混みと無縁なのはVRのいいところですよね」
そんなトーカの言葉の通り、すんなりと店の奥へと通される。
背の高いパーテーションで区切られた席は、仲間内でゆっくりと寛ぐことができる俺好みの配置だ。
天井のファンのゆったりとした回転に合わせるような音楽が流れ、フリルの多用された丈の短いカジュアルなメイド服の店員NPCが歩いている。
「こちらへどうぞ!」
そんな言葉と共に案内された席に五人で座る。
白月はテーブルの下で身体を丸め、しもふりは店の外で少し待機だ。
「俺は……コーヒーでいいか」
「レッジさんいつもそれですね」
「じゃあせっかくだし、このショートケーキパフェで」
言外にここのウリのパフェを頼まないのは何事かとレティに責められ、ひとまず安パイそうなパフェを頼むことにする。
サイズはS,M,L,XL,DX,SP,SPDX,MEGA,GIGAの九段階から選べるらしい。
なんで仮想世界の店は無駄にサイズ展開豊富なんだ……?
「うーん、あんまり腹は減ってないしな。Mでいいか」
「レティはどれにしますかねー」
メニューウィンドウを覗き、いつになく真剣な表情で品定めする女性陣。
いつの間にかラクトも復活したようで、プリン・ア・ラ・ドーモというものを頼んでいた。
「……あらどーも?」
「誤字じゃないみたいだよ」
首を傾げて覗き込むと、ラクトがウィンドウの一角を指す。
そこにはプリン・ア・ラ・モードも別に記載されていた。
「私は白玉あんみつパフェのLサイズにしましょう」
「私はロックチョコパフェのMで」
「レティは……レティは……」
最後まで選び切れていないのは案の定レティである。
いくつかの候補の中から選び切れない様子で複雑な表情を浮かべている。
「見た感じ値段も良心的だし、二つくらいなら別にいいぞ」
「いいんですか!? い、いや、それはちょっと……。うむむ……」
変なところで矜持があるのか、彼女はきりりと眉を寄せて首を振る。
そうして長考の末彼女が選んだのは――
「“えぷろんどれす完全武装ぱふぇ”GIGAサイズのお客様ー♪」
「はぁーい!」
広いはずのテーブルの約半分を占領する、巨大なすり鉢のようなガラスの器。
そこに盛られた、もはや蟻塚と形容したいほどのパフェ。
色鮮やかで艶やかなフルーツと、たっぷりの生クリーム。
鯛焼きが土台を固め、中腹には餡子に埋まったカステラとプリン。
チョコソースと苺ソースがモンブランかと見紛うほどに掛けられ、トドメとばかりにクッキーやウェハースが針山のように刺されている。
「これがかの有名な“えぷろんどれす完全武装ぱふぇ”のGIGAサイズですか……」
その頂を見上げ、喉を鳴らすレティは野獣のように鋭い眼差しだ。
「何故人は山に登るのか。そう、そこに山があるからです!」
でかいスプーンを握りしめ、果敢に挑むレティ。
その存在感に圧倒されて、俺は目の前にある自分の慎ましいパフェの存在にしばらく気付かなかった。
「いただきます……。うん、うまいな」
素直に甘い生クリームと、真っ赤な苺。
ふんわりと柔らかなスポンジに染みこんだシロップ。
これがスイーツだと思い知らされる、正統派である。
アクセントに添えられたウェハースもさっくりと香ばしく食感も楽しい。
レティのアレが隣にあるせいで感覚が麻痺しかけてるが、丁度良いサイズである。
「コーヒーも美味いな」
特にこだわりがある方でも無いが、コーヒーも十分美味い。
少し濃いめに淹れられているのか甘いパフェとも良く合う。
「ラクトのは……」
「あらどーもって感じだねぇ」
向かいに座るラクトの方を見ると、彼女は器に鎮座するプリンに銀の匙を差し込む。
するととろりと流れ出る琥珀色のソース。
なるほどこれは確かに“あらどーも”だ。
「和風系も美味しいですよ」
白玉と白、黒、ずんだの三種の餡で飾られたあんみつパフェを食べていたトーカが幸せそうな顔で言う。
ぷりんとした白玉に黒蜜が絡み、これもまた美味しそうだ。
しかしあれはLサイズだったか。
下から三番目とはいえかなりの大きさで、器もどんぶりのようだ。
「レッジさん」
「うん? どうした」
「あーん!」
突然、スプーンが突っ込まれる。
白玉と餡が口の中に転がり込み、優しい甘さが広がった。
「っっっっ!?」
「ちょ、トーカ!?」
それと同時に立ち上がるレティとラクト。
二人は愕然とした顔でトーカを見る。
「ふふ、レッジさんが物欲しそうな顔をしていたので、つい」
悪戯っぽい顔で笑うトーカ。
彼女は可愛らしいが、その言葉によって二人の鋭い視線が俺を貫く。
「へ、へぇえ、そうなんですか、レッジさん」
「ふーん。ふーーん……」
「いや、二人とも、これは不可抗力だろ」
ていうかこのゲームほんとに自由度高いな。
いや今はそんなところに感心している場合では――
「レッジさん! あーん、です!」
「レッジ、プリンだよ!」
ずい、と差し向けられる二つのスプーン。
小さな匙には蜜の絡んだプリンが乗り、もう一つの巨大な匙には生クリームの積まれた鯛焼きが丸々一尾乗っている。
「なんでラクトの方を食べるんですか!?」
「レティのは顎が外れるからだよ!」
めちゃくちゃに悔しがるレティと、勝ち誇ったような顔のラクト。
プリンは優しい甘さに蜂蜜のような透き通った蜜が良く絡んで美味しかった。
「むぅ」
「……」
仕方が無いのでレティのパフェも、ほんの一欠片を掬って食べる。
「うん。味はいいな。……この量を食べきれる気はしないが」
完全武装なんとやらを見上げて顔を青くする。
見ているだけで胃がもたれそうな威容だ。
「溶けたり温くなったりしないのが幸いよねぇ」
そんな中一人平和にチョコやブラウニーの乗ったパフェをパクパクと口に運ぶエイミー。
そういう問題なのかと首を傾げつつ、俺はすっかり甘くなった口内にコーヒーを流し込んだ。
Tips
◇カフェ・えぷろんどれす
シード04-スサノオに存在する小さなスイーツショップ。店主が創意工夫を凝らしたこだわりのパフェが人気の隠れた名店。
様々なパフェとそれに合わせたドリンクがウリで、それを目当てに遙々遠方からやってくる客もいる。
厳格ながらも茶目っ気のある店主が作る“えぷろんどれす完全武装ぱふぇ”はSサイズでさえ未だ完食した者が居ないシード04屈指のチャレンジメニュー。
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