第228話「鉄蜘蛛と三の技」
再び瀑布の裏の地底湖。
静寂の満ちるそこへ一歩踏み入ると自然と背筋が伸びてしまう。
「それで、なんでネヴァもここに?」
「たまには自分が作った作品の働きぶりも見てみたいなって思って」
何故か付いてきたネヴァは、俺の質問に柔やかな笑みで答えた。
それなりに格好付けて別れようとしたのに工房を出ても付いてきて焦った。
「死んでも知らないぞ」
「ちゃんと緊急バックアップデータカートリッジは取ってるわ」
「……準備のいいことで」
自分の仕事を信頼してるのかしていないのか。ただたんに用心深いだけかもしれないが。
少し離れた場所で岩に腰掛けるネヴァに見守られながら準備を進める。
「まずは……『野営地設置』」
整地を済ませた湖畔にキャンプを組み立てる。
ゆっくりと組み上がっていくそれは、テントと呼ぶにはあまりにも小さい。
壁と屋根があればそれは実質テント、という暴論の元開発した薄い八角形の箱のような外見をした金属製のものだ。
〈鍛冶〉スキルによる最小テント作製の限界に挑み、高さ20cm幅80cm長さ120cmのコンパクトさを実現した。
「これが中枢ね」
「そうだな。こいつが壊されたらおしまいだ」
八枚の鋼鉄製装甲に囲まれた、台形の構造物。
内部には人が入る余裕など一切ないが、その代わりにいくつかの機械類を内蔵している。
「杭はちゃんと打ち込める?」
「水際ギリギリを泳げばヘルムに感知されないらしいからな。時間は掛かるだろうが、行けるだろ」
テント――というにはあまりにも小さく特異な外見のそれが組み上がったのを見届けた俺は、続いて湖の周囲に鉄杭を突き刺していく。
まずは岸辺に二本、続いてゆっくりと泳ぎながら左右の壁面に二本ずつ、奥の壁に二本の計八本。
鉄杭は堅固な岩肌に突き刺さると、側面から細い四本の脚が展開して自らをしっかりと固定する。
最後に頭がくるりと回転し赤いランプが点灯すれば準備は完了だ。
「手間掛かるわねぇ」
「仕方ないだろ。こういうもんだ。……『領域指定』」
岸に戻り、八本の杭が刺さっているのを確認して〈罠〉スキルのテクニックを使う。
それにより鉄杭に囲まれた範囲全てが一つの領域として設定される。
「『罠起動』」
更にテクニックを重ねると杭の頭に内蔵された射出口から細い鋼糸が飛び出し、蜘蛛の巣のような網を形成する。
鋼糸を自動で張る機構は実用化に随分と時間が掛かったが、そのぶん大幅に手間を減らす事ができた。
「よしよし、ちゃんと出来てるな」
八本の杭によって支えられた網を確認し、頷く。
これで最後の仕上げをすることができるようになった。
「上手くいってくれよ……」
取り出すのは大きな鉄球。
開発した三種のアイテムの中でも特に重量のあるそれを地面に置いて、起動させる。
「『起動』」
鉄球の表面に赤い光線が走る。
線に沿って球体が割れる。
現れたのは八本の脚だ。
針のように先端が鋭いその足で身体を持ち上げたそれは、頭にある八つのセンサー系を赤く光らせた。
「蜘蛛だなぁ」
「機動力と安定性を取ったらこうなるのよ」
設計者が何か問題でもと首を傾げる。
実に合理的な判断だが、ここにレティがいなくて良かった。
黒々とした金属製の大蜘蛛はカリカリと脚を動かし駆動系を確認した後、指示を仰ぐように俺の方を見る。
「よし『接続』だ」
蜘蛛に指令を出す。
早速動き出した彼は、隣に置いてあったテントの下に潜り込み背中の上にそれを載せた。
背中のジョイントが稼働し、テントをかっちりと固定する。
その姿は蜘蛛、もしくはヤドカリといったところだろうか。
ヤドカリと言うには背中の貝がいささか平ら過ぎる気はするが。
「範囲を広くしたら効果量を取れなくなるなら、効果量を取った上でテントが俺に付いてくれば良い」
「発想が常識的じゃないわね」
小さなテントを背負った蜘蛛を見て誇らしげに言うと、顎を手に乗せたネヴァに返される。
共同開発者だというのに素っ気ない態度である。
「――さあ、実証試験だ」
蜘蛛の脚に手を掛け、背中のテントに乗り込む。
〈機械操作〉スキルを使い蜘蛛を操作し、杭に張り巡らせた鋼糸の上へ乗る。
この蜘蛛はミカゲが糸を使って高速に移動しているところに着想を得たシステムで、彼と同じように細く強靱な鋼糸を吐き出してそれを足場にする。
これにより地形に左右されない安定した移動が可能になるのだ。
「『対象選択』、『活性する怪力の鉄腕』『再生し続ける体躯』『鉄の体躯』『鮮明な視界』『活性する炉心』『鋭利な刃』『不壊の刃』『加速する回路』」
鉄蜘蛛の上に立てばキャンプの範囲内に入る。
消費した側からLPは回復を始め、〈支援アーツ〉を好きなだけ自分に掛けることができる。
攻撃力を上げ、自動回復を付与し、防御力を上げ、視界を鮮明にし、LP自然回復速度を促進し、槍の鋭さを増し、武器の頑丈さを補強し、全てのテクニックの再使用可能時間を短縮する。
俺が今できる最大の支援を自分に施し、機械槍を構える。
視線の先にあるのは黒々とした静かな地底湖。
「勝負だ、ヘルム!」
蜘蛛から発せられた電流が鋼糸を伝い水面を叩く。
ダメージは期待していないが、これで地底湖の主は目を覚ます。
大波が上がり、金眼黒鱗の大魚が姿を現した。
「白月、幻惑の霧だ!」
浮上した勢いのまま、その巨躯で俺を押しつぶそうとするヘルム。
蜘蛛の背から飛び上がり、湖の中央を目指す。
その足元に白い霧が集まりしっかりとした土台となって俺を支える。
「『鱗通し』ッ!」
二段階の跳躍の後、すれ違いざまにその分厚い鱗目掛けて槍を突き出す。
装甲を貫通する鋭い突きは鱗を貫き肉を抉る。
赤い飛沫のエフェクトを浴びながら槍を掴んだ手に力を込める。
「ふっ」
ヘルムの巨体を足で蹴り、切っ先を引き抜きながら後方へ下がる。
そこに移動させていた蜘蛛の背に戻り、すぐにテクニックを使用した分のLPを回復する。
「戦闘しながらの機械操作は複雑だが、DAFシステムほどじゃないな。なんとかなりそうだ」
敵の行動を見つつ自身の行動を組み立て、攻撃を繰り出し、鉄蜘蛛を操作し、足場として使う。
言うだけなら簡単だが、これが随分と集中力を使う。
ただでさえ〈罠〉スキルの“領域”維持と鉄蜘蛛の操作で継続的にLPを消費している上に槍技を繰り出せば、LP管理は非常にシビアなものになる。
それを補うために、鉄蜘蛛の背に乗せたテントは効果量に特化させているのだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
様子見は終わり、本番が始まる。
氷でヘルム自身を固定することはできないため、水面上に現れた瞬間を逃さず槍でチクチクと刺していく。
着地を間違えて水に落ちてしまえば、その瞬間地の利を得たヘルムに食い殺される。
機敏に杭で象った八角形の円周を移動する鉄蜘蛛に常に意識を傾け、足場を用意しなければならない。
「『三連突き』!」
〈跳躍〉スキルを持っていないため、飛距離はかなりギリギリだ。
ヘルムの身体を踏みつけ飛び上がる。
白月の幻惑の霧も併用しつつ、足場を移動しながら攻撃を加えていく。
「風牙流、二の技――『山荒』」
強い風を起こす風牙流は――全くの偶然だが――この戦闘スタイルに上手く噛み合った。
強風をヘルムの身体に当てることでダメージを与えつつ滞空時間を延ばし、鉄蜘蛛がやってくるまでの時間を稼ぐことが出来る。
「ぐっ……」
しかしぶっつけ本番であることは否めない。
日頃のテクニック収集を怠っていることも祟って圧倒的に手数が足りない。
ディレイを加速してなお使える技が無くなりチャンスをみすみす逃すことが増えてきた。
「もっとディレイを考えて技を組み立てろ。隙間を無くせ」
それはレティたちが日頃から当たり前のようにやっていることだ。
ディレイを計算し、その時点で最適な技をたたき込み続ける。
一瞬でも空白が生まれれば隙になり相手の反撃を許す切っ掛けになる。
そうならないよう常に先のことを意識しなければ。
「『旋回槍』ッ!」
そして俺が習得している技の傾向もボスとは相性が良くない。
ヘルムとのものではなく、ボス戦そのものとの相性だ。
風牙流を始め対多数戦、それも雑魚を意識した技ばかり揃えているせいで単一の敵に大きな傷を与えるものがない。
攻撃力の低さはそのまま決定打の乏しさに繋がり、戦闘が長引けば集中力も目減りする。
「ふっ、ふっ」
息が荒く、槍を持つ手が痺れてくる。
いつも前衛に立っている彼女たちの光景を目の当たりにし、初めてその圧迫感と緊張感を実感する。
「決定打が欲しい。なにか、アイツを殺せる切り札が……」
飛び上がり、槍を突き出し、反対側へ移動させた鉄蜘蛛に着地する。
攻撃が来ればそれを避け、幻惑の霧で一歩を稼いで再度鉄蜘蛛と合流する。
単調だが複雑、単純だが忙しない。
「『三連突き』!」
素早く突き出した槍が敵の鱗を吹き飛ばす。
しかしそれによって軌道が逸れ、傷は想定よりもずっと浅い。
「何か手数を。ただ一匹を狙う一手を」
――一説によると、カートリッジを使わないテクニックの覚醒は極限状態での希求に呼応するという。
苦しみ抜いたその先の、理性の衣をかなぐり捨てた本能の叫びにのみ応えるのだと。
「――ッ!」
視界の彩度が爆発する。
世界が遅延し、急速に思考が冷却される。
天啓のように落とされた滴が脳に染みこみ、成すべき事が神経の末端にまで駆け巡る。
「風牙流、三の技――」
ヘルムの体力はあと二割。
こちらの身体はボロボロで、LPはすでに残り三割を切っている。
一瞬の隙間を縫い、鉄蜘蛛からの回復を受ける。
刹那よりも短い時間、しかしその時間によって十分なLPの回復が出来た。
行ける。
そう確信し、身体を大きく捻る。
機械槍と餓狼のナイフを交差させ、その一撃を引きずり出す。
「――『谺』」
金眼の狭間、堅い頭蓋を貫く一撃。
間髪入れず差し込まれる二の手。
二度の攻撃は傷口の中で増幅し、怪魚の体内を駆け巡る。
氷山が崩れるように赤いバーが削れていく。
「かはっ」
俺もまた三割近くのLPを損耗し、視野が揺らぎ体幹が崩れる。
冷たい水中へ沈み、視界が閉じる間際、飛び込んできた褐色の両腕が俺を包み込んだのをおぼろげに感じた。
『〈鎧魚の瀑布〉のボス“老鎧のヘルム”を討伐しました』
『任務【四獣奮迅】が進行しました(1/5)』
Tips
◇『谺』
風牙流三の技。
ナイフによって敵を裂き、傷口に槍を突き込む刹那の二連撃。裂傷は大量の血を流し、衝撃は体内を反響する。
敵単体に状態異常:裂傷を付与、瞬間的な二回の直接ダメージの後、熟練度に依り複数回の継続ダメージを与える。
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