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ヴォーパルバニーと要塞おじさん  作者: ベニサンゴ
第41章

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2228/2276

第2226話「原初の魔術師」

 激闘が繰り広げられる。


「せやぁあっ!」

「歪曲」

「させませんっ!」


 果敢にハンマーを振り下ろすレティに、レッジが手を翳すだけで空間が歪む。世界を意のままに操る魔法を相手に、彼女は躊躇なく踏み込んでいく。

 魔法"歪曲"はすでに定義された。

 それは位相を歪めるだけの単純な空間変形。たとえそこに腕を突っ込んだとして、外見上は捻れてしまったとしても、焦らずそのまま突き進めばいい。

 そのように、情報保全検閲システムISCSが定めたのだから、それが正しいのだ。


「観測による再定義。レッジさんが発生させた魔法は即座にツクヨミが全て感知してISCSによって解釈されます。いくらレッジさんが世界を変化させても、こちらがそれを確定させるんですよ!」


 ハンマーが唸る。

 彼女の持つ武器はシンプルだ。ただ重く、ひたすらに硬い。無駄のない無骨な存在は、それ自体が概念的にも強靭なものになる。


「軟化」

「効きません!」


 レッジは防御を諦め、レティの無力化を選ぶ。だがそれこそが悪手だ。

 彼がどれほど望んだとて、世界がそれを認めない。彼一人がレティのハンマーを柔らかいものであると定義しても、他の大多数がそれを否決する。

 彼女のハンマーが何よりも硬いことを、調査開拓員たちが知っている。


「がっ、はぁ――!」

「まだまだぁっ!」


 クリティカルヒットで吹き飛ぶ少年を、一足跳びで追いかける。衝撃を殺せず転がる彼に再びハンマーを叩きつける。


「レッジさんはこんなもんじゃないでしょう!」


 叱咤激励の言葉だった。

 レティはギリギリの攻防のなかにもかかわらず、レッジに檄を飛ばす。まだまだ緩いと苦言を呈する。


「目を覚ましてくださいよ、レッジさん!」


 ハンマーが胸を穿つ。

 肋骨の折れる呆気ない感触。少年は吹き飛び、落ちてくる。

 その目が、開いていた。


「すまんな、レティ。待たせた」

「っ!」


 火炎がレティを包み込む。それを脱した先に、氷柱が飛び込んできた。

 身を捩り、氷を蹴って避けるレティに、巨岩の拳が落ちてくる。


「ぬぅわっ!? い、いきなり強く……! まさか、レッジさん――」

「ある程度、"理解"できたよ」


 眠っていた男が、目を覚ます。

 彼が指先を動かすだけで眼下の海が大きく渦巻く。その中から溶岩の蛇が飛び出してくる。


「ぬわーーーっ!?」


 魔法とは、意志の反映。

 レッジは秩序なき法則に、理論を構築した。

 荒ぶる蛇はレッジの指先に従う。円を描きながら空へと登り、火炎の咆哮を上げる。天変地異が荒れ狂いながら、それでも世界は破綻せずに存在している。


「レッジさん、なんですよね!? もう大丈夫なんですか?」

「一応な。今もかなり頭が熱いが」


 さっぱりとした表情で、レッジは頷く。


「聞いていた話だと、レッジさんを倒せても、意識が潰れて世界が終わって大ピンチって話だったんですが……」

「それなのにぶっ叩いて来たのか……。まあ、おかげで助かったんだ。レティが再定義してくれたおかげで、かなり魔法を理論立てることができた」


 グルグルと溶岩蛇が周囲を巡る。その熱気を感じながら、レティは笑う。具体的に再定義プロトコルがレッジにどれほど与したのかは分かっていなかったが、ひとまず事態が落ち着きそうな雰囲気があったからだった。


『ちょ、ちょちょちょちょっと待ちなさーーーーいっ!』


 全てが穏便に終わりかけた、その時。

 突如頓狂な声が飛び込んでくる。二人が振り向いた先に現れたのは、ツヤツヤの毛並みをボサボサにさせて憔悴しきった、二尾の黒猫だった。


『き、君! いったい何をやって……。やらかして……。やり遂げたんだね!? なぜ明瞭に意識がある!? 理性が残っている!?』

「おお、いつぞやの黒猫じゃないか。何って、魔法を世界法則のなかに組み込んで、ついでにいくつかの人格を制御機構として分割して置いてきただけだが」

『何言ってる!?』


 くわっと目を見開いて食ってかかる黒猫に、レッジは頬を掻き首を傾げる。


「魔法っていうのは、なんでもありの現象だろう。そこにルールを整備して、置いてきた。観測者としての目があれば、それは問題なく機能し続けるだろ」

『はぃい!?』


 ヒゲを震わせる黒猫。

 レッジはより簡単に噛み砕いて、一言で言う。


「イザナミ計画実行委員会の一員として――まあ、末端も末端の一般調査開拓員だが――、この惑星イザナミに新規コンテンツ"魔法"を実装したってことだ」

『……はぁあ?』


 今度こそ、猫のアゴが外れる音がした。


━━━━━


「主任! データセンターサーバー内部に大規模なブラックボックスが出現! 不規則なデータ処理が発生してます!」

「物理エンジンが機能不全に……。各種環境シミュレータは正常に動いてる!?」


 最先端科学技術研究センターの地下は阿鼻叫喚の様相を呈していた。接続している世界最大規模のデータセンターから、次々とアラートが飛んできては消えるのだ。

 異常な接続が検知された瞬間、"正常"と見なされていく。

 その渦中で解析不可能な計算領域が増幅し、サーバー内部を侵蝕していた。


「桑名さんっ! 早く緊急停止と物理遮断を!」


 研究員が叫ぶ。

 だが、桑名はハンマーを手にしたまま、それを振り上げることはない。メガネの奥の瞳は、冷徹にモニターを見つめていた。


「主任!」


 悲鳴が上がる。


「問題ない。――実験は、ひとつの成果を得たわ」

「何を言って――」


 振り返り詰め寄ろうとする青年は、若き天才が微笑みを浮かべていることに気づいて硬直した。


「まさか、この、ブラックボックスって……」

「とある男の異常な脳を模倣したデータセンター。その形式的な複写だけでも、既知の計算アルゴリズムをはるかに超越した演算効率が得られた。でも、それだけではまだ足りない。彼を彼たらしめるもの――彼が無数に分割し、意のままに操ることのできる、特異な人格。それを、電脳のなかに受け取ることができたのよ」


 魔法と呼ばれる不定形。その水を注ぐコップであるところの観測者。

 レッジが理論を組み上げ、その監視として分離した、ひとつの人格。意志なき機構は、授けられたのだ。


「喜びなさい。研究は大きく進展したんだから」

Tips

◇"監視者"

 世界の意志より分割され、法則のなかに組み込まれた自律機構。魔法に与えられた無数のルールを維持するための観測者にして、現象を技術へと変える変換機。混沌は"彼"によって秩序を与えられる。


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― 新着の感想 ―
一般………???? どう考えても大丈夫ではないが?
つまり、おっさんの分割された人格の一部が、データセンターに組み込まれたと… 大丈夫か、おっさん(の一部)だぞ?
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